320000's daydream

 

あの女性誌のスクープ以後、幾つかの女性誌で越前の恋人のことが取り沙汰されている。

あまり信憑性はないと思っていたが、何度かデート場面が目撃されているとなると本当かもしれない。

僕は記事の切抜きをスクラップ・ブックに貼りながら考えていた・・・今なら間に合う、と。








『仮面の裏側の孤独』―絶対無二の孤独・補足―







どうして「間に合う」なのか、自分でもよくわからなかったが手塚を手に入れるチャンスは「今」だと思っ

た。手塚が1人実家に戻るこの冬休み・・・今しかないと。

この知らせが入ると直ぐに今年の忘年会は「折角だから越前が居るうちにやろう」と例年より少し早い19

日の夜にやることに決まった。2人の帰国当日だが越前の滞日スケジュールの都合だ(そして越前は22日

にアメリカに帰る)。この日取りを聞いた皆は早速クリスマス・イブの計画に取り掛かっていた。

エージは大石とナイター・スキーに行き、そのまま近くのホテルに泊まる・・・「ホワイト・クリスマスだよ

ん」とエージは嬉しそうだった。「夕方行って朝帰る強行軍だけどな」と大石は苦笑していた。

乾は研究室仲間と酒盛りだ・・・「俺の特製カクテルを飲ませるつもりだ」と物騒なことを言っていた。

タカさんは店だ・・・「稼ぎ時だからね、仕方ないよ、繁盛するのはありがたいことだ」と微笑っていた。

桃と海堂はデートだ・・・「ホテルのディナーは定番スよ」「ふしゅー」と相変わらず競い合っていた。

11月、例によってタカさんのところに集まったとき(だいだい月1回のペースで集まっている・・・今回の

名目は手塚の合格祝いだ、本人はいないが)、それを聞いて僕は皆に言った・・・「クリスマスの話は忘年

会では禁句だよ、越前はその日も仕事なんだから。誕生日なのにサ。」

すると乾が「そうだな、手塚も居ないしな」と眼鏡を指で押し上げながら言った。聞いて大石が「同居人

ができたばかりだっていうのに一人暮らしに逆戻りだからな」と頷いた。「越前の両親は?」とタカさん

が訊くと反対側から桃が「あ、越前が仕事じゃあ行っても仕方がないと言ってるそうっスよ、ハウスキ

ーパーも休暇で居ないからって」と答えた。途端に響いた「えー、おちび淋しいじゃん!」というエージ

の大声を「もうチビじゃねえっスよ」と海堂が小声で訂正し、同時に皆が頷いた。

成人した今では越前は手塚を追い越し、乾やタカさんと変わらない、むしろ見た目では優った体格をし

ている(当然僕よりも・・・僕も高校でけっこう伸びたのだがそれでも手塚にも及ばなかった)。

「大きくなっても淋しいことには変わりはないだろう、手塚も心苦しいはずだ。」

発言が全員を一巡したところで大石がそう締め括り、クリスマスの話には緘口令が敷かれた。僕の狙い

どおりだ・・・僕の心はこの時決まった。

「不二はどうすんのサ?」とエージが思い出したように訊いたので僕は「僕もデートだよ、スペシャル・ナ

イトにするつもり」と微笑って答えた。途端に桃が「スペシャルってどんなんスか?」と身を乗り出して

訊いてくる、参考にするつもりだろう。向こうでは海堂が乾からカクテルのレクチャーを受けている。

空になったグラスを手に「皆楽しそうだね」とポツリと言ったタカさんの声は少し淋しそうだった。気づ

いた大石がタカさんのグラスにビールを注ごうとした時、ちょうど追加のビールを持って現れたタカさ

んのお父さんが「てやんでい!てめえは来週見合いするだろうが!!」とタカさんの頭を小突いた。皆驚

いた、そしてタカさんの為に乾杯した。

 
 
12月19日、僕達は約1年ぶりに全員揃って乾杯した(前回は越前が全豪の連覇を逃した帰りに寄った2月

初めだった、越前は「今年獲りたいはウィンブルドン1冠スからね、気にしないっス」とケロリとしてい

た)。

前回もそうだったが今回も越前は手塚と離れて座っている。手塚は大石と乾に挟まれて、越前はエージ

と桃に挟まれて、そして皆2人の話を聞きたがって自分達の話どころではなかった。

おまけに今回は途中で意外な人物が現れた・・・タカさんの見合い相手だ。

「まだ全然どうなるかわからないんだけどさ、越前に会いたいって言うから少しだけ顔を出したらって

言ったんだ」とタカさんは頭を掻きながら皆に紹介した。「へー、テニス・ファンなんだ」と僕が言うと違

うと言う。単に有名人だからということだ。越前は今ちょっと女性週刊誌の誌面を騒がせているからだ

ろう・・・これだから女はくだらない。それでも越前はちゃんと色紙にサインなんかしてやっている。成

長したね、王子サマ。横目で窺うとその間手塚は乾に「例の実験」のその後の話を聞かされて頷いていた。

手塚と越前が以前より親密さを増している様子はない、僕は安堵した。

・・・緘口令は守られた。決行まで後5日。








 
我が家は今年のクリスマスは姉さんのところで過ごすことになっていた。両親も裕太も可愛い孫や甥・

姪に会えることを楽しみにしている。皆サンタをするから泊りがけだ。僕は急に都合が悪くなって皆を

車で送った後、プレゼントだけ預けて帰るつもりだった(どうせデートだと思ってくれる)。

肝腎の手塚は心配しなくても予定はないはずだ、手塚は折角帰国したのだからできるだけ家で家族と過

ごすつもりでいるだろう。そして手塚の家族にクリスマスを祝う習慣はない・・・普通の日だ、「皆で騒ぐ」

と誘えば必ず出てくる。

皆に予定があることが手塚の耳に入るだろうか?問題はそこだけだ。

皆がどれだけ越前を気の毒がっているかだな。越前を可哀想だと思えば1人だけ帰国した手塚も辛いだ

ろうと考えて手塚にも話さないはずだ。皆それぐらいの配慮はできる。

・・・多分大丈夫だ。11月の様子から大石・乾・タカさんは言わないだろう、3人は揃って越前に同情し

ていた。海堂は無口だ、手塚相手に要らぬお喋りはしない。エージと桃もまあ大丈夫だろう、やはり手

塚相手に要らぬお喋りはしない、ただこの2人は越前には喋るかもしれない、2人とも越前とはメル友

だ、自分の嬉しさにはしゃいで既に自分の予定は知らせているかもしれない・・・越前がそれを手塚に話

すか?・・・2人が今どれくらい親密なのかはわからないが、2人ともお喋りな質ではないからそんなこ

とは話題にしない気がする。それに1人・2人なら欠けてもさほど不審には思わないだろうし・・・ここは

運試しだな。

23日の夜に手塚に電話しよう・・・当日では遅すぎる、そこが待てるギリギリだ(早いと誰かと一緒に来る

相談をされる危険がある)。そのとき手塚が何と言うかだ、それまでは考えても仕方がない。いずれに

しても手塚を騙すという行為は同じことだ、手塚に軽蔑されるのが1日早いか遅いかの違いしかない。

今は準備を進めるだけだ。

 
 
キャンドル、シャンパン・・・薬は既に入手してある。

オードブルとチキンとケーキの予約・・・どうせ食べないけど形は整えておかないと。

クリスマス・ツリーは小さいものを・・・派手な飾りつけは要らない(子どものパーティじゃあるまいし)、

飾るならむしろ白い花だ・・・カサブランカが良い、これは前日に届けてもらうことにした。

潤滑剤にはオリーブ・オイル・・・手塚に相応しい最高級のエクストラ・バージンを1瓶選ぶ。

準備なんて簡単だ・・・僕は23日を待つばかりだった。

 
 
僕の誘いを手塚は何の不審も抱かず承諾した。24日、僕は家族を姉さんの嫁ぎ先に送り、帰りに予約し

た品々を受け取って手塚を迎えに行った。手塚は「わざわざすまないな」と言いながら僕の車に乗った。

・・・本当に君は人を単純に信じるよね、それは君の長所だけど命取りにもなりかねないよ(越前の言った

とおり「世間知らず」だ、彼の邸に下宿したのは跡部の言うとおり正解だね)。

既にシャンパンは細工して冷やしてある。毛布とロープはソファーの下だ。白い花が手塚を祝福する。

太陽は早々と沈み、2人だけの夜が始まる・・・君の不可侵が破られる聖なる夜に乾杯。








 
全て計画どおりだった・・・全て上手くいっていた。

越前が僕と2人きりになるなと警告していたのは予定外だが(さすが王子サマだね)所詮後の祭りだった。

なのに一番疑ってもみなかったことが全く予測を外れていたなんて・・・。

・・・手塚の身体はもう抱かれ慣れている、何度も男に抱かれた身体だ・・・手塚には男の恋人がいる。

相手は越前しか考えられない・・・日本では居なかった・・・アメリカで突然同性愛に目覚めるなんて手塚に

限って考えられない。相手は越前だ、いつからだ・・・留学の前か、後か?

前だろう・・・ウィンブルドンでの記者会見・・・手塚への取材拒否、あの時にはもう関係ができていたんだ。

一体いつの間に?

手塚は全くそんな素振りを見せず、偶然を装って2人で暮らし始めたんだ。

騙された・・・。

僕はキャンドルを灯す・・・このキャンドルが燃え尽きるまで君は僕のものだよ、逃がしはしない。

 
 
僕は1人で手塚を抱いた・・・手塚は抱き返してはくれない、手を縛ってあるから当然だけど。

愛の言葉を囁いてもくれない、声もほとんど出さない・・・いっそ泣き喚いてくれればいいのに。

僕は手塚の熱い内奥と繋がりたいんだ、身体だけでなく、心も。

身体は抉じ開けることができても心は抉じ開けられない・・・今更「止めろ」なんて忠告は聞けないよ。

どんなに恋焦がれても報われてはならない想いがあるのか・・・『カサブランカ』のように。

愛する女を別の男と逃がす為に破滅を選ぶ男の気障な美学・・・濡れた君の瞳に、乾杯・・・。

 
 
僕の穢れた聖なる夜に無粋な邪魔が入った。こんな時間に電話してくるのは一体誰だ?

越前!

生憎だけど高慢なデートリッヒは居ない。ここに居るのは高貴なバーグマンだ。

・・・確かに眠らせて縛って抱いている僕は最低かもしれないね、だったら他にどんな方法があったと言

うんだい?決して屈することのない誇り高い手塚に対して?!

ほら、君にも泣き言は言わない・・・言われたとおりさっさと仕事に行くんだね。

何の用?・・・人を誘拐犯扱いしないで欲しいな、お互い様だよ。君だって手塚をアメリカに攫って行っ

たんだ。

 
 
僕はユダかもしれない、でもね、ユダはイエスを愛していたんだよ。有能な自分の愛に応えてもらえな

かったから裏切ったんだ・・・この解釈が僕は好きだ、これが定説になれば良いのに。

君に愛されないなら君に殺されたい・・・キャンドルと一緒に僕の命も燃え尽きると良いな。

君の腕の中で死にたい。

 
 
手塚はどこまでも僕を受け入れてくれなかった。

愛してはくれない、憎んでもくれない、そして生きろと言う・・・自分と一緒に生きろと言う。

目玉焼き・・・サニー・サイド・アップ、太陽が昇るんだね。

君は名前のとおり光だ。・・・イエス様の本当の誕生日は10月7日かもしれないね。

復活した太陽・キリスト、貴方の後を追って死んだ哀れで愚かなユダの葬儀に立ち会ってください。

この2カ月、つまらない女性誌を何冊も買った。ただ越前の恋人の記事だけが目当てで。

それを燃やしてしまおう、もう僕は2度と君を裏切らない。それだけは約束する。

君と一緒に生きていけるかどうかはわからないけど・・・決して手に入らない君を見ながら何もせず大人

しく生きていく自信は僕にはないんだ、それほど僕は君が欲しいんだ。

・・・欲しかったんだ。








 
元旦には手塚からも年賀状が着ていた・・・投函はあの日より前だろうな、手塚のことだから。

でもきっとあの日の後でも手塚は投函してくれただろう、僕は彼の「友人」だから。

・・・あれから後で彼女とデートしてSEXしたけれど、愛の言葉を囁いて抱き締めてくれる彼女を抱いてい

るより何も言わない腕を縛られた手塚を抱いている方が僕は充足感があった。手塚の心には入っていけ

なかったけど僕の心は満たされた。僕が愛しているから僕の心は満たされた。

「友人」でも失うよりはましなのだろうか?光を失うよりは・・・。

 
 
「あけましておめでとうございます、越前ス。」

ああ、あの日、別れ際に訊いたとき、越前とは3日に会うって手塚が言ってたっけ。2日の夕刻に日本

に着くって。オーストラリアに行く前に1人で、確かマスコミにも皆にも内緒で寄ると・・・。

その口の利きよう、やっぱり手塚の保護者気取りだね。身長を追い越したら年齢も追い越した気でいる

のかい?相変わらず生意気な王子サマだよ、君は。手塚は君のお姫様ってわけだ・・・お姫様がどうして

デートリッヒなんだ、彼女の役どころじゃない、どう考えてもミス・キャストだ。

「いざとなったら2人でロッキーの山の中にでも隠れ住みますけどね。それも悪くない。」

何だって?!

「僕から永久に手塚を取り上げるという脅しかい?」

冗談じゃない!そんな真似をされて堪るものか!!

「すみませんでした、不二先輩。」

「僕と手塚のことには口出ししないことだね、君が心配するようなことは何もないよ。」

・・・君に謝られたってどうにもならない、手塚が君を選んだんだ。君を選んで、その上で僕を見捨てな

いと言うんだ。僕を赦すと・・・僕が何をしても僕の傍を離れることはないと。

だから生きろと、この孤独を抱えてともかく生きろと手塚国光が言うんだ・・・僕の光が・・・。








 
1月6日、手塚がアメリカに帰る前に僕達は新年会をした。お馴染みの8人がお馴染みのかわむら寿司

に集まる。ここ数年はずっとこうだったのだ、アメリカへ行った越前は年に1度くらいしか顔を出さな

かった。

手塚の両隣は僕と乾の指定席、乾の隣が海堂で、エージの隣の海堂と遠い方が桃、近い方が大石の指定

席、遅れて座るタカさんはその時空いている席(つまり海堂と大石の間か、桃と僕の間だ)・・・いつの間

にかそう決まってしまっていた、手塚が留学するまでは。

だから僕は手塚の右に座っている。手塚の左に乾、前に大石・・・僕達3人は中学時代ずっとこのポジシ

ョンで手塚を護っていた。そして部長の手塚を中心にこの顔ぶれで全国を目指した。

・・・僕はあの頃から君が好きだったんだよ、手塚。僕が敵わないと思ったただ1人の君のことを。

僕には君だけだった・・・この10年、ずっと観ていたよ。

君はいつも輝いていた。その冷徹な瞳は眼鏡越しに遥かな目標を見据えて決して揺らぐことがなかった。

「手塚、君の眼鏡に乾杯!」「お前の笑顔に乾杯・・・休みが取れたら皆と遊びに来い。」

僕は笑顔で手塚とグラスを合わせた。手塚の眼鏡のシルバー・フレームが光に煌いて僕の目を射る。








 
End(「絶対無二」では書き足りなかった不二様の心境補足ですが結末編に相応しい終結かと自画自賛)