仲間

 ある意味ひさしぶりの勝利に、皆が沸いた。
 セラを無事に奪還し、同時にソリッドを――即ち、仇敵ミック・ザ・ニックを――撃破したことは、エンブリオンの誰にとっても、単なる戦果以上の大きな収穫であった。
 ポイント136の、およそ戦場と呼ぶには似つかわしくない雰囲気も相まっているのだろう。
 少し離れた場所でセラを囲む彼らを見やりながら、サーフは1つの言葉に想いを馳せていた。
「“仲間”……仲間、か」
 改めて、口の中で繰り返す。
――そう、俺達は仲間だ。
 お前も何か言え、と、ヒートに促されるまま肯定した言葉を、今は実感を伴って受け容れている。もはや聞き慣れない言葉ではなくなっていた。
 悪い気分じゃない。
 常に死と隣り合わせでいながら、自分に連なる者は誰1人として欠けてはならない。そのために、自分が傷ついたとしても。我ながら非合理的な欲求だということは重々承知しているが、譲れない部分であるのも事実だ。
 そうまでして守りたいものを“仲間”と呼ぶなら、これほど的確な言葉はないと思った。
 サーフの脳裏に、忘れかけていたいつかの記憶が蘇った。

 当時はまだ小さな集団でしかなく、トライブとして正式に名乗りを上げていなかった。
 教会の掟は絶対だ。このジャンクヤードで生き残るには、強い者に従うか、自分が強者となるか。客観的な兵力において他の集団よりも圧倒的に劣っていたが、アルジラは「新しいトライブに必要なのは、量ではなく質だから」と、集団を束ねる男に向かってそう告げた。
 元より他者の翼下に納まる気はなかった。銀髪のニュービーは、後者を選んだ。
 アルジラの確信を裏打ちするように、サーフ率いる少数精鋭部隊は次々に敵をなぎ倒し、味方の数を増やすと同時に着実にその名を広めていった。
 ある集団との遊撃戦での出来事だった。最前線で陽動作戦を展開していたヒートが、些細な判断ミスから敵に包囲される事態に陥った。咄嗟の応戦でファーストストライクは凌いだものの、背後の伏兵に対しては完全に出遅れてしまった。
 至近距離から向けられる銃口。こちらがリロードする余裕はない。
(最低一発は食らうしか……!)
 身構えたその時、ヒートは物陰から飛び込んできた何かに強く肩を押され、飛び交う銃声の下で転がるように地面へ伏せた。
 窮地を救ったのは、遥か後方にいたはずのサーフだった。いびつな断末魔を上げて敵兵が斃れ、続いてサーフの体がグラリと揺れた。
「サーフ、何をしている」
 ヒートは素早く視線を走らせてひとまずの安全を確かめ、自分の代わりに撃たれたサーフを抱えて自陣へ引き返した。幸いにして、弾丸は急所を外れていた。
「――何故、前に出た」
 横たわるサーフを見下ろし、ヒートが吐き棄てるように言った。
「引き際を誤ったのは俺のミス、あの場で撃たれて当然だ。指揮官が兵隊を庇ってどうする」
「……俺にも、よくわからない」
 サーフはぽつりと答えた。だが、わからないと言いつつもその口調に迷いはない。
 相手が重傷人であることも忘れて胸倉を掴み、ヒートはなおも食い下がった。
「わからないわけがないだろう。お前は、事ある毎に足を引っ張る奴の代わりに命をくれてやるのか。それでボスが務まるのか」
 眉を顰めるヒートの腕を掴み返して、サーフは静かに答えた。
「この先も、俺にはお前が必要だ。アルジラも、シエロも。1人として欠けることは許さない。だから、あんなところでお前を失うわけにはいかないと判断した。不服か」
 ヒートはようやく手を放した。
「お前は、いつだってそうだ。もういい。そこでおとなしく寝ていろ」
 そう言って立ち上がり、最後に小さく付け加えた。
「……ボスがボスなら、下につく俺も同じ穴のムジナか」
 ヒートは再びグレネードを携えて走り出した。
 ほどなくして敵の本陣は陥落し、生き残った敵兵も順次白旗を揚げて投降した。
 新たに味方に取り込んだ者の1人に「このトライブの名は何か」と問われて、サーフは率直に「ない」と答えた。
「リーダー。もうそろそろ、カルマ教会にトライブの登録を申請してもいいんじゃないか」
 進言したのはシエロだった。ヒートとアルジラも賛同する。
「そうだ。今回の勝利で、兵隊の数は倍に増えた。手頃な活動拠点も手に入れている。俺達は、いつまでも無名の集団でいる必要はない」
「ボスはあなただ、サーフ。私達は、どこまでもあなたに従う」
 サーフは頷いた。傷の痛みなど、とうに忘れていた。そして傍らの軍旗を頭上に掲げると、この場に集う全ての者へ高らかに宣言した。
「――時が来た。今こそここに、俺達のトライブを創成しよう。この旗の下、生死を共に分かちニルヴァーナを目指す俺達の名は、『エンブリオン』だ」
 霧雨に霞む戦場に谺する、喝采の産声。エンブリオンが誕生した瞬間だった。

「あーにき。何、ボーッとしてるの?」
 突然の呼びかけに、サーフは我に返った。鼻先数センチのところでシエロが覗き込んでいた。
「今の、聞こえた? 偵察隊が戻ってくるってさ」
「あ、ああ……わかった」
 いつの間にか、他の皆も自分の周りに集まっていた。先ほどの屋上での顛末もあってか、特にセラは心配そうな顔で様子を窺っている。サーフは微笑んで首を振った。
「何でもない。ちょっと、懐かしいことを思い出してた」
「懐かしいことって?」
「エンブリオンを立ち上げた時にも、いろいろあったなと思ってね」
「あ、なるほど」
 シエロはこれ見よがしにヒートの方へ振り返った。
「うん、アレはちょっと大変だったよなぁ。後でアルジラから聞いて、もうびっくりとかそういうレベルじゃ……な、ヒート?」
「な、何で俺に振る。お前といい、サーフといい。そういう下らねぇ話はさっさと忘れやがれ」
 いまだにバツの悪い思いをしているらしい。ヒートは背中を向けてしまった。
「ホント、サーフってば昔から無茶なことばっかりしてるわね。どれだけ心配したってキリがないんだから。ヒートをどうこう言えないじゃない」
 アルジラはいたずらっ子を見るような目で苦笑した。例の一件以来、アルジラはサーフが戦場に出るたびに「兵隊の代わりはいくらでもいるが、リーダーの代わりはいない」と釘を刺し続けていた。もっとも、自ら前線で指揮を執っている以上、彼女の忠告の半分は右から左に聞き流すことになるわけだが。
「ねぇ、どんなことがあったの? 良かったら教えて」
 それまで黙って聞いていたセラと、珍しくゲイルまでもが1歩前に出ていた。
「俺が参入する以前の話か。興味がある。話せ、サーフ」
「ゲイル! 何でこんな時に限ってテメェが乗ってくるんだ。サーフ、絶対に喋るんじゃねぇぞ!」
「ハーイハイハイ。これは最重要案件につき、ヒートの秘匿要請は却下しまぁーす。いいじゃん、セラが『教えて』って言ってるんだからさ」
 妙に話が大きくなってしまった。誰かに吹聴したい向きのエピソードではなかったが、この様子では全て話すまでここから帰らせてもらえないかもしれない。
 まずどこから話そうかと思考を廻らせながら、サーフは、ずっと探していた言葉を手に入れた心地良さを感じていた。

<終>


【後記】
勢い任せで書いたアバチュSS第1作目です。
エンブリオン創設にまつわるお話は外せませんよ。
うちのボスは純情熱血派なので、選択肢で「ダメだ」「確かこうだ」「そうだ仲間だ」と答えたこと前提です。
無駄にアツいです。氷のくせに(笑)。