| レインドロップ
俺は兄貴の袖を引っ張って、この屋敷に見覚えがあるとか、外観が変だとか、そんな当たり障りのない話を夢中になって喋っていた。 そうでもしなければ、俺まで落ち込んじまいそうだった。 ……ううん。ちょっと、手遅れかも。 ゲイルにいろいろなものを託して、ルーパは死んでいった。もう、悪魔の姿から戻れなくなっていたけど、ルーパは最期に笑ったんだと思う。安心して? 満足して? なぁ、ルーパ。あんたは、どんな気持ちだったんだよ。 ゲイルは、死んだルーパの体を喰らった。頭から足の先まで、ひとかけらも残さずに。いつも喰らうことを嫌がってたアルジラも、あの時だけは何も言わなかった。誰も文句なんか言えやしないよ。喰い終わるまで、俺達はゲイルを独りきりにさせた。気を利かせたんじゃなくてさ。正直なところ、あんな辛そうなゲイルを見てらんなかったんだ。 「俺にこんな力を与えたことを悔やむがいい」。高い空の上から俺達を見て嗤ってる奴に向かって、ゲイルは叫んだ。ゲイルがデカい声を上げて誰かにマジギレしてるのなんて、初めて見た。物凄く胸が痛かった。 俺だって、ルーパを殺さなくちゃいけなかったのは悲しいし、誰かの掌の上で弄ばれてるって思ったら腹が立つ。 でも、俺はきっと、本当の意味でゲイルと同じ気持ちにはなれない。 悪魔の力を手に入れて、口じゃウンザリしてるようなことを言っときながら、心の中じゃ結構喜んでた。空を飛べて、みんなと一緒に戦えて……バカだよな、俺。自分に都合のいいとこしか見てなくてさぁ。ルーパが死んだ時も、ゲイルみたいに「こんな力」とは思わなかった。俺って、そんなに冷たい奴だったのかな。 兄貴と喋ってるうちに、自分でも何が言いたいのかよくわかんなくなってきた。1人でテンパってる俺に兄貴は笑うでも呆れるでもなく、携帯端末で時間を確かめて、さらっと言った。 「ちょっと、ベンダーに寄ってくる。そうだな……30分ぐらい、待っててくれ」 そして、真顔で目配せされた。やっぱ気付かれてるよな、俺がゲイルのことばっか考えてるの。出口の方に歩いていった兄貴の背中を見送って、俺は重い腰を上げた。 ゲイルは、まだ地下水道の前に突っ立っていた。……元気ないな。当たり前だよな。たまたま見つけたようなふりをして、ゲイルの後ろに立った。 「――時間か、シエロ」 背中を向けたまま、ゲイルがぽつりと訊いた。 「ううん。兄貴がベンダーで買い物してる。あと30分ぐらい掛かるって」 「そうか」 会話が続かなくて困ってたら、またゲイルの方から話し掛けてきた。 「……シエロ。俺は今まで、途方もなく驕っていた。己の力を過信し、できないことなどないとさえ思っていた。“理解する”というのは、これほど苦しいものだったのだな」 ゲイルは拳を握った。 「ルーパには、まだ教えを請わねばならんことがたくさんあった。あの時、力ずくでも引き止めていれば良かったのだろうか。そうすれば、俺達はルーパと共に、ニルヴァーナへ行くことができたのだろうか」 ゲイルらしくない弱音を吐きまくって。胸が痛くて痛くて、堪んねーよ。 「そんなこと言うなって。男がさ。そいつの大事なモノのために命を懸けようとしてんのを、こっちのワガママで邪魔できっか? そんなんで、ルーパが喜ぶと思う?」 何だか凄く小さく見えた背中を撫でながら、俺は言ってやった。 「なぁ、ゲイル。お前が今、どんだけキツい思いをしてんのか、わかってるつもりだけどさ。ルーパからバトンタッチされたんだろ。ココロも、命も、全部。だったら、いつまでもくよくよ悩んでたって始まんねーよ。ルーパがやれなかったこと、代わりにやってやろうぜ。あの人のココロと一緒にニルヴァーナへ行くんだよ」 だけど、ゲイルを励まそうとすればするほど、俺の中の何かがどんどん冷めていく。 違う。こんなんじゃない。俺が言いたかったのは、こんなんじゃなくて……。 胸が、痛い。 「ゲイル1人じゃ無理でも、みんながついてるだろ。ってか、俺がいるじゃん」 俺がいるから、何だってんだ。ゲイルのために何をしてやれんだよ。俺じゃ、ルーパの代わりになんかなれやしないのに。 ……ああ、そっか。そういうことなんだ……。 何でこんなに胸が痛いのか、やっとわかった。 ルーパが言ってた。「息子に似ている気がする」って。それで、ゲイルのこと気に入ってた。ゲイルもルーパのことが気に入ってた。わかるよ。ルーパ、カッコイイもんな。敵わないよな。俺じゃ絶対に。あんなに、誰かの後を一生懸命追っかけてるゲイルも、初めて見たよ。 そのルーパを、自分で殺さなくちゃいけなかったんだよな。 俺、怖かったんだ。ルーパがゲイルにいろんなものをあげた代わりに、ルーパにゲイルのココロを持ってかれちゃったようで。返せって言いたくっても、ルーパはもういない。……もう、いないんだ。 返せよ。返してくれよ。強くて、自信満々でいっつも偉そうにしてる、俺が知ってるゲイルを、返してよ。 ねぇ。 「ま、どーせお前のことだから。俺が余計なこと言わなくったって、大丈夫だよな」 嘘ばっかり。バカみたいにすっとぼけた自分の声がイヤになる。人って、嘘を吐こうと思ったら、どこまでも嘘が吐けるんだな。 「だからさ。しょーがないから、今日1日ぐらいへこんでたっていいよ。俺が許す。俺がゲイルの分まで頑張って、ブルーティッシュの奴らをブッ飛ばしてくるわ。えへへ……これでも、鬼参謀に毎日さんざん鍛えられてたんだし。俺のことは心配しなくっていいから。俺らに任せて、ゲイルはちょっと休んでなよ」 手が震えてんのをごまかしたくて、ゲイルの背中をぽんぽん叩いて。俺はゲイルからそっと離れた。 そしたら、ゲイルに腕を掴まれた。 「……俺が潰れていては、エンブリオン全体の士気に係わる。それを忘れるところだった」 ゲイルがこっちを向いた。俺を見ているゲイルの目は、冷たい雨の色じゃなくて、キレイな緑だった。ゲイルも、“思い出した”んだね。こんなに、こんなにキレイなのに。どうして、そんなに淋しい色なんだろう。 「ゲイル……」 「大丈夫だ。俺はまだ戦える。お前の言う通り、俺にはまだ、やらねばならんことがある。……お前は俺などよりずっと強い。その強さに、俺はまた救われている。傍にいてくれるのがお前で良かった」 やめてくれよ。そんなんで言ったんじゃないんだよ。俺は強くなんかない。 俺の後ろめたいキモチなんて気付かないで、ゲイルは俺の肩を抱いた。背中を丸めて、俺に寄り掛かるみたいに。俺はまた、ゲイルの背中を撫でてやった。 「シエロ。今一時だけ、ほんの少しでいい。このままでいさせてくれ」 「……ああ」 頼られてる……んだよ、な。こうしてやれんの、俺だけだよな。 俺、やっぱり思った。ゲイルのことが好きだ。弱音を吐いてても、他の誰かのことを想ってても、ゲイルが好きなんだ。きっと死ぬまで変わんない。 ううん、俺バカだから。死んだって、ゲイルが好きって言い続けてるんだ。 こいつのために、何にもできなくても何かしてやりたい。気付いてくれなくていい。笑ってくれなくてもいい。ゲイルのココロがどこにあるのか、わかんなくてもいいから……。 「――……シエロ」 名前を呼ばれて、息が詰まるほどキツく抱き締められた。 「シエロ……お前だけは、俺の前からいなくなるな……お前まで失ってしまえば、俺は、ッ……――」 途中から言葉にならなくなって、後はただ、ひゅうひゅうと小さくしゃくり上げるような音だけ。 どんだけワガママなら気が済むんだよ。いつもつれないくせに、こんな時ばっかり。それでまた、ゲイルを放っとけなくなる。わかったよ。わかったから、そんなに泣くなよ。俺が悪いみたいじゃんか。 あ……やべ。俺も泣きそう。 ゲイルの肩越しに空を見上げた。冷たい雨粒が、いくつも俺の顔に当たって跳ね返る。いつまで降ってるんだろう。いつか止むのかな、この雨。 でも今は止まないで。お前に紛れて、泣いてるのがわからなくなるまで。 どうか、このまま――。 <終> 【後記】 |