| ただひとつの青
腕の中で、シエロがほどけてゆく。 繋がった腰を何度も穿つと、シエロは強張らせていた両膝を開き、艶やかにねだった。 「はぁ、あっ……ゲイル、もっと……して……っ」 真っ白なシーツを、波打つ長い髪が淡い青色に染める。快楽に蕩かされた顔も体も、声も、強くしなやかな心も、シエロの何もかもが欲しいと思った。 「……シエロ」 昂る感情を言い伝える言葉が見つからない。 ことシエロに関しては、優秀と少なからず自負した頭脳などまるで役に立たなかった。ただ湧き起こる情欲をシエロにぶつけては、繰り返し呪文のように己を呼ぶ声に安堵する。ゲイルはあれこれと考えるのを止め、汗ばんだ小柄な体を引き寄せた。 「っふ、ぅ……ん、ん……」 鼻に掛かった窮屈そうな吐息がこぼれ落ちる。シエロは両腕で顔を覆っていた。そんな姿を見せられると、つい力ずくで突き崩してしまいたくなる。ささやかに抵抗するその腕を抉じ開けてベッドに押しつけ、全て曝け出させた。 「や……何見てんだよ」 「もちろん、お前の良い顔だ」 「ばっ、ばかやろ……んなこと訊いてんじゃねぇっ……」 顔を歪めて抗議の視線を投げてくるが、それが却ってゲイルの情欲を掻き立てた。 浅い呼吸に上下する喉元に吸いつき、新たな痕跡を刻む。甲高く鳴り響く左胸がうるさい。 甘く疼く中心を締めつける内側を思うまま味わううちに、シエロは下半身をびくんと痙攣させた。 「んうぅっ……もぉ、いくっ、ゲイル……ッイル……!」 腹の上に白いものをぶちまけた体から力が抜ける。シエロが達したことを見て取ったゲイルは、更に深く、根元まで自身を沈めた。 「――ッく……」 喩えがたい昂揚感。一瞬、意識がノイズで埋め尽くされる。軽く眉を顰めながら、シエロの内に熱を注ぎ込んだ。 疲労感と入れ替わりに急速に引いていく熱気を捉まえんと、そのままシエロを抱き竦めようとした。……が。 「あ! ちょっ、ま、待って」 一足早く夢うつつから醒めたシエロに肩を押し止められ、素早く逃げられてしまった。 「ゲイルも汚れるっつってんのに。全っ然わかってねーんだから」 口を尖らせながら、シエロはシャワールームから拝借してきたタオルで体に飛び散った白濁をゴシゴシと拭う。普段、泥が撥ねようが返り血を浴びようが平気な割に……と思いつつも、ゲイルはとりあえずシエロの好きにさせてやることにした。 「ふぅ。――よっ、と」 拭き終わったシエロはタオルを床に放って寝転がり、改めて両腕をゲイルに伸ばした。 「……もう、いいか?」 ゲイルは手繰り寄せた毛布ごと、シエロに覆い被さるように横たわった。くしゃくしゃに縺れた長い青髪を差し入れた指で梳く。何か目的があったわけではないが、今はとにかくシエロに触れていたかった。 洗い立てのくせっ毛は、見た目も感触も非常に重たい。戦闘や作戦実行の邪魔になるから短く切れ、と幾度となく提言したにも係わらず、シエロは頑として首を縦に振らなかった。その辺は何としても譲れないこだわりがあるらしい。とは言え、今では“慣れ”以上に、悪くないと思っている自分がいたが。 シエロの瞳や髪を彩る青は、悪魔の姿に変じた彼がいるべき場所――“空”を連想させた。ところが、実際に目に映る空はどこまでも雨に濡れて灰色で、シエロの青とは少しも似ていない。こんな澄んだ色の空などという心象は、一体どこから湧いてきたのか。 ふと視線を落とした先で、青い目がにやにやとこちらを見上げていた。 「何がおかしい」 「えへへへ。ゲイル、まーた甘えんぼさんになってんなぁ、って」 髪を梳く手が止まった。 「どういう意味だ」 「だって。いつも、すること終わったらサッサと寝ちゃうか、服着てどっか行っちゃうじゃん。ゲイルが甘えんぼさんになってる時はずっと一緒にいてくれるから、わかりやすくって」 理解不能ではなかった。少なくとも、身に覚えがある。シエロに触れていたいと願うことが「甘え」だと指摘されるなら、反論の余地はない。 ゲイルは、まだ笑っているシエロから少し上体を離して尋ねた。 「それほどおかしいか。お前が、普段通りの俺でいることを望むのなら、そうするが」 「ん、ダメ。甘えんぼさんでいい。俺が嬉しいから、いーの」 悪戯っぽく囁いて、首筋に抱きつく腕。 「……そうか。なら、良かった」 シエロに否定されたのではないと知り、声のトーンが僅かに和らいだ。再び体を預け、髪を梳く。シエロは、生え際を掠める手をくすぐったそうに掴まえて、自分の頬に押し当てた。 「ゲイルの手。大きくてあったかいから、好き」 「前にもそんなことを言っていたな。体格の大きい者であれば誰の手でも相応の大きさがあり、血が通っていれば、温かいのは当然だろう。それでもお前は、俺の手に特別な意義を見出すのか」 「うん。ゲイルの、だから」 「これまで幾多の命を奪い、夥しい血に染まってきた手だ。お前のように、何かを創り出したり、壊れたものを修復することなどできん」 ゲイルは不器用だからねぇ、と笑って、今度は唇が手の甲に触れる。 「でも、この手で俺のこと撫でてくれたり、ぎゅってしてくれるだろ。血でめいっぱい汚れてんのは、俺も一緒。そうじゃなきゃ生きてけないんだし、仕方ねーよ」 限りなく、シエロに赦される。 笑う青の双眸に意識を奪われそうになる。 シエロの表情は常に目まぐるしく変化する。そうすることが彼の存在証明であるかのように。 取り分け、シエロは笑顔を見せることが多い。最初にそれを目にした時は、「一時的で不安定な情動の露出」としか認識できなかったはずだ。論理的思考の妨げ、秩序を乱すもの、不要なもの、と。 いつからだろうか。会うたび、思い起こすたびに、自分の中にないその表情を求めるようになったのは。 「どうしたの、ゲイル?」 「シエロ。お前は、いつも笑っている」 言葉で足りない分は、体が勝手に動いた。不思議そうに見上げる顔へ細かく唇を落とす。シエロはまた笑って、唇の端に反撃を1つ。 「ゲイルが笑わな過ぎなの。いっつも、こーんな感じでシワ寄っててさぁ。たまには笑ってみりゃいいのに」 「俺は、笑い方を知らん」 「知らないんじゃなくて、笑うの我慢してるだけだと思うけどなぁ」 意識したことは1度もない。そもそも、いかなる状態において「笑う」という行為が成立するのかさえ知らないのだ。 「よくわからんな」 ゲイルは少しだけ考えて、心に浮かんだことをありのまま述べた。 「……だが、シエロの笑う顔は好きだ。お前は、そうやって笑っているのが最も良い」 返事がない。呆けたような顔をしていたシエロは、急に手を突き出してゲイルの視界を遮った。 「え、えぇっ!? いきなり何だよ。ほ、ほんとに今日のゲイルおかしいって! 熱でもあんじゃねーの!?」 「体調管理は日々万全だ。お前に気遣われずとも問題ない。今、体温が異常上昇しているように感じられるのは、むしろお前の方だが」 「お前が変なこと言……あーもうっ、そーじゃなくって! どうしてこんな天然ボケ、好きになっちゃったの俺」 気分を害したわけではないことは、力一杯抱きつかれている現状から判断するとして。やはりシエロ相手では頭がうまく働かないようだ、と、独り困惑を隠し切れないゲイルだった。 しばらく経って、熱っぽかったシエロの体も元に戻った頃。いつの間にか腕を弛めていたシエロは、しきりにゲイルの肩口を触りながら呟いた。 「――ゲイル、凄い傷だらけ。こことか、これも」 今更のように、気にも留めていなかった傷跡を指先でなぞられる。 「敵の攻撃を全て回避できずとも受け流せれば、それに越したことはないがな。お前も、始終俺の指示を無視しては、余計な傷を負っているだろう」 「うん……つーか、さ。前から言おう言おうと思ってたんだけど……」 やけに歯切れの悪い物言い。さっきまでとは打って変わって、少々トーンダウン気味だ。 「戦ってる時に、俺のこと庇うの……もう、やめろよ。だから、こんなにボロボロになるんだろ。スキル使って治せるんだったら、わざわざゲイルが痛い思いをしなくてもいいじゃん」 断る、と言いかけたのを飲み込んで、ゲイルは指摘をはぐらかした。 「俺に庇われることが不満なら。その必要がないよう、お前が力をつければ済む話だ」 「そりゃ、そうだけどさ。ゲイルに庇われるのがイヤなんじゃなくて、俺の代わりにお前が傷つくのがイヤなの」 頬を両手で包まれ、強引に正面を向かされた。 「なぁ。どうせゲイルのことだから、『お前が心配だ』とか言うんだろ。でも、俺だってゲイルが心配なんだよ。そんなに俺って頼りない? 俺の気持ちなんか、知ったこっちゃない?」 正直に答えるべきか迷っていた。自分だけが納得していれば良いと考えていたその行動理由は、シエロに対しても――否、シエロにだけは、最後まで明かすつもりはなかった。 だが、シエロの諦めの悪さは自分がよく知っている。下手に拒んで押し問答を長引かせるのも得策ではなかった。 「……これは、くだらん戯言だと思って聞け」 言葉を選び選び、ゲイルは話し始めた。 「確かに、お前の身を案じているのは事実だ。しかし、俺の手足を動かしているのは、そんな生易しいものではない。シエロという存在は、俺の中であまりにも大きくなり過ぎた」 一旦言葉を切り、ちらりとシエロを窺う。シエロは何も言わず、瞬きで続きを促した。 「俺は、お前を失うことが恐ろしい。いつまでも拘るべきでないとわかってはいるが。飢えてお前を喰らおうとし、むざむざ敵の策略に嵌り……俺自身の失態で2度もお前を失いかけた。これ以上は繰り返すまいと、その思いばかりが先んじていたかもしれん。我を忘れて、持てる力の限りお前を護ろうとした。たとえジャンクヤードの全ての人間を敵に回してでも。そのために、お前の意思を度外視する形になろうとも」 「……バカだなぁ、ゲイル」 溜息雑じりの苦笑。猫のように摺り寄せてきた頬から、心地良さと同時に微かな苦しさを与えられる。こんな風にシエロに触れられるたび、いつも相反する感覚が胸に込み上げた。 「大丈夫だって。殺したって死にやしねーよ、俺は。ずっとゲイルの傍にいるって約束しただろ。大好きなゲイルを置いて、どっか行ったりしないから。な?」 顎を引いて頷く、ただそれだけでいいのに。何故か素直に肯定できなかった。 「そう言いながら、お前は心配ばかり掛けさせる。任務終了まで俺の指示を順守する気にはならんのか」 「ゲイルだってたまに兄貴の命令を無視することあるし、俺にはめちゃくちゃ心配させといて、ソレ言うかなぁ!?」 「俺は自分の始末ぐらい、自分でつけられる」 「えーっ、ずるいよ!」 体の下でシエロがじたばたと足掻いた。何と謗られようが、この唯一の存在を護れるならそれも構わない。 不意に、ゲイルの心にある言葉が思い浮かんだ。これまでに聞いたことも、ましてや言った記憶もない。それでいて、ずっと以前から当たり前のように知っていた気もする。単に忘れていて――そう。ようやく“思い出した”のだ。 「……シエロ」 これは、シエロに言い伝えるべき言葉だ。 そう思った途端、自分の顔がふっと緩むのを感じた。 「何だよ……って。ゲイル。今、笑っ――……」 「シエロ。俺も、お前が好きだ。……“愛している”」 何か言おうとしていた唇を口付けで塞いで、ゲイルはシエロを強く抱きしめた。 <終> 【後記】 |