| act on impulse
果てしなく続く昏(くら)い空に、悪魔は翼を広げた。 原型を留める建造物は決して多くない。その上ゲイルの提示する条件を満たすとなると、状況は更に厳しくなる。シエロは元来た方向へ大きく旋回し、荒れた大地を隅々まで見渡した。 以前から、前線基地として有用な土地を探索する案は出されていた。折からのツボミ事件の混乱でほとんどの者がそれどころではなくなっていたが、空を翔る翼を得たシエロにとっては、作戦に己の能力を最大限に活かせる絶好の機会であった。 シエロはいくつかの廃墟が連なる場所を発見し、速度を緩めて降下した。変身を解き、あれほど軽かった身に圧し掛かる重苦しさに溜息を吐く。水から出た時の感覚にも似ていた。 真下から見上げる廃墟群は、予想以上の荒れ様だった。 外壁が吹き飛び、剥き出しの内部構造を露呈するもの。 土台部分だけを残して崩れ落ちたもの。 無機質な、石と鉄の残骸。 冷たい雨に晒されたそれらを眺めているうちに、「まるで墓標のようだ」という想いが胸を過ぎった。 その後は決まって、「“墓標”って何だ」と自問することになる。アートマの力を手に入れてから、幾度となく繰り返した戸惑い。今は探索に専念しようと、シエロは頭を振った。 比較的損害の少なそうな建物を2つ3つと覗いて、あっさり結論を下す。ここは基地として使えそうになかった。駄目なら駄目で、また違う場所を探しに行けばいい。度重なる空振りにかかわらず、さほど気に留めていなかった。 ――振り返ったシエロの耳に、複数の足音が聞こえた。 自分以外の誰かがここにいる。シエロは急いで物陰に身を潜めた。 足音は話し声を交えて、なおも近づいてくる。 「この付近に……という情報が……」 「探せ。1匹残らず……命令だ」 シエロは我が目を疑った。兵隊が身にまとったトライブスーツには、黄色のペインティングが施されている。 ソリッドの戦闘員だ。 彼らはメリーベルと交戦中で、こんなエンブリオン領に程近い場所まで侵攻してくる時期ではないはずだった。 (……とにかく、早くこの場から離れよう) 壁際から離れようとしたその時、マシンガンの乾いた発砲音が響いた。シエロの足元に無数の水柱が上がり、跳弾が頬を掠める。 「出てこい。そこにいるのはわかっている」 応戦するには多勢に無勢だ。シエロは上体を屈めたまま悪魔化すると、上空を目指して一直線に飛び立った。 「違う、奴らじゃない」 「行きがけの駄賃だ、喰い殺せ!」 別の男達が声を荒げる。シエロとソリッド戦闘員、双方にとって予想外の遭遇だった。しかし、飢えた悪魔には獲物が何であれ同じこと。即座に変身した男達は、逃げたシエロの追跡を開始した。 敵の中に飛行能力を持つ者がいたことは、シエロに最悪の状況をもたらした。最高速度を上回るスピードで距離を狭められ、追っ手を撒こうと方向を転じれば、挟み撃ちで退路を塞がれる。複雑に入り組んだ廃墟群の中で、シエロは次第に追い詰められていった。 (1人でも動きを封じて、その隙に突破するしかない) シエロは精神を集中した。短い雄叫びと共に、召喚した電撃が迫り来るソリッド兵に降り注ぐ。 だが、活路を開くはずの攻撃魔法はダメージを与えることなく、敵の体に吸い込まれてしまった。 (こいつらに、電撃は効か――) 考える間もなく2体から体当たりを食らい、シエロは弾き飛ばされた。 「鬼ごっこは、お終いだ」 剥き出しのフロアで待機していた女魔の眼が、妖しく光った。 「グゥッ……ウ……!」 食らった、と思った瞬間、視界が歪んだ。魔力の網に絡め取られた感覚が体の自由を奪い、息が詰まる。声にならない叫びを上げながら、シエロは真逆さまに墜落した。 変身が解けていくシエロの周りに悪魔が群がった。動かない獲物の頭をわし掴み、ソリッドの悪魔はせせら嗤った。 「オレンジのトライブカラー。お前、エンブリオンか。弱小トライブの雑魚にしちゃ上出来だ。もっと愉しませてくれても良かったがな」 「……う……あ……」 微かに残った意識さえも、苦痛に蝕まれていく。 「次は俺達の腹を満たしてもらおうか。それが掟だ。“力の掟”だよ」 もう、何もわからない。 虚ろな目に、鮮やかな緑の残影が映って……そして。 廃墟に一陣の風が舞った。 獲物に喰らいつかんと口を開けた悪魔の首が、胴から転がり落ちた。遅れて噴き上がる血飛沫が視界を閉ざす。飛び退る羽根を袈裟がけに斬り裂いた白刃は、鋭角の軌跡を描いて女魔の喉を抉った。 「――その男を喰らうことは、我々エンブリオンに対する宣戦布告とみなす。軽視に値するか否か、己の身を以って知るがいい」 蠢く歯牙の間から、襲撃者はゲイルの声で低く静かに言った。 我に返ったソリッド兵が宙に羽ばたいた。猛毒を帯びた羽毛針を飛ばして反撃に出る。 その動きをいち早く察知したゲイルは、身を翻してかわした。 ソリッド兵の残党は明らかに動揺の色を見せていた。誰もが冷静な判断力を失い、呼吸を乱してうろたえる。ゲイルは、それが“恐怖”というものだと認識した。 やがて、廃墟に元の静寂が訪れた。雨に拡散した血が四方を赤く染め、むせ返るような生臭さがそこかしこに漂う。かつてはヒトであった肉塊を踏み越え、ゲイルはシエロの傍らに屈んだ。 「生きているな、シエロ」 シエロにまだ息があることを確かめ、メディカルキットを使用する。シエロはうっすらと瞼を開いた。 「……ゲイ、ル」 「アジトに帰還する。目的は不明だが、ソリッドがここまで来ていたのは事実だ。可及的速やかに対策を――」 シエロを一瞥して、そこでゲイルは異変に気付いた。体に負った傷は全て回復しているはずだが、シエロは自らの肩をかき抱き、身を縮ませ震えている。 「ゲイル。待って、行くな……」 呼吸は浅く、早く、ゲイルに伸ばした手が熱い。 ゲイルは顎に指を当てて考えた。程なく、ソリッド兵の中に状態異常を誘発する類の術を使う者がいた、と推察する。あいにく、今は適切な回復手段を持ち合わせていなかった。 「……厄介な。アジトまで持ち堪えろ、シエロ」 シエロの頭が力なく横に揺れる。 「体が、熱い……ゲイル、……して。この前、みたいに……ぐちゃぐちゃ、に。触って」 引き寄せたゲイルの手を自らの体に這わせ、下腹部に導く。はぁっ、と熱っぽい息を吐いた。 このまま強引に連れ帰るより、“処理”させた方が得策か。ゲイルはそう判断し、シエロを廃墟の奥へ運んだ。時間をかけるつもりはなかったが、安全面と作業効率を優先させてのことだ。 ゲイルは、床に下ろしたシエロのアンダーパンツに手を差し入れ、熱を含んで硬直したそれに触れた。 「あ、あっ……」 触れられただけで、シエロがか細い声を上げる。強く握り込んで上下に扱くと、堪え切れないように背を強張らせてシエロはあっけなく果てた。吐き出された白濁がゲイルの掌を汚した。 「満足したか」 ゲイルが無表情に問う。シエロは息を弾ませながら、再びゆるゆると首を振った。 「や……まだ、熱い……ゲイルの、挿れて……ほしい」 薄く開いた目の縁に、透明な液体が溢れた。 その様子を見つめていたゲイルの顔が、ふと曇った。 唐突に、抗いがたい衝動に襲われる。シエロをこの腕の中に捕らえて、狂わせて、壊してしまいたいという暴力的な欲求。焦げつくような眩暈は、初めてシエロを抱いた夜にも感じていた。 自分でも理解できない疼きに逡巡するが、それもほんの一瞬だった。ゲイルは膝の上にシエロを抱き、やや手荒な所作で下半身を覆う邪魔なものを剥ぎ取る。一度達して敏感になっているシエロのそれを片手で弄り、もう片方の指先を探り当てた秘所に捻じ込んだ。 「ひっ……あっ、ゲイル、痛……」 シエロの体が大きく跳ねた。逃がさないように、より深くシエロの内側を蹂躙する。 「力を抜け。慣らしておかなければ、後で苦しいのはお前だ」 そう言って、雫でぬめる先端を嬲る。ひくつく秘所を掻き回す指を増やすと、シエロは不規則に腰をくねらせ、いっそう艶めいた喘ぎ声を漏らした。 「く、ふぅ……っ。焦ら、さな……んっ」 どこまでもどす黒く、それでいて甘ったるい衝動がゲイルの中心で膨れ上がった。 「お前が感じている熱は、これか。――途中で止められんぞ」 ゲイルは指を引き抜き、代わりに、熱くたぎる自身をシエロの内に沈めた。 「はぁっ、あ、ああっ。ゲイル……俺、おかしく、な……っぁああ」 十分に慣らされたそこは、するりとゲイルをくわえ込んだ。締めつけられる中心から背筋へと甘い痺れが走る。本能の命ずるまま、ゲイルはシエロと繋がった腰を揺さぶり、何度も何度も激しく突き上げた。 「っあ、あぁあ――……っ」 シエロが両脚を震わせて達するのと同時に、ゲイルもシエロの内に熱を解き放った。 乱れた前髪をフードの中に押し込みながら、ゲイルは外の状況を確認した。 どれくらい時間が経過したのか。辺りは既に暗くなっていたが、ソリッドや他のトライブの兵隊がうろついているような気配はなかった。 ゲイルの中で荒れ狂っていた衝動は跡形もなく消え失せ、フラットな思考が次の行動に適した計画を構築し始める。先ほど自分の身に起こった事象は、“取るに足らぬつまらないもの”として片隅に追いやられていた。 ゲイルは振り返り、床に座り込んでいるシエロを見やった。 「予定より大幅に時間を浪費した。正気は取り戻したか、シエロ」 「大丈夫。ゲイル、すまない」 「お前が危機的状況に陥った時、いつも俺が間に合うとは限らん。ジャンクヤードの力の均衡は崩れた。これまで以上に、1つの失敗が死に直結すると思え」 「……わかった」 ゲイルの指摘はもっともだった。シエロは、のろのろと所在なさげに立ち上がった。が、どうにも膝が震えて力が入らない。頭も少し痛んだ。壁にもたれて溜息を吐いていると、早々にヴァーユの姿へ変身したゲイルが歩み寄ってきた。 「大丈夫。すぐ、行く。だから」 シエロの強がりを無視して、ゲイルは緑の翅で覆い隠すようにシエロを抱え上げた。 「ゲイル……」 「時間が惜しい。黙っていろ、舌を噛む」 ゲイルは壁を蹴り、俊敏な動きで崩れた天井から屋上を目指して駆け昇った。 雨降る暗闇を飛ぶように悪魔は疾走する。甲高い風の音は容赦なく、けれどどこか柔らかくシエロの耳に響いた。 ――いつしかシエロは、深い眠りの底に堕ちていった。 <終> 【後記】 |