| Larger than Life 階段を上った先のフロアに、ゲイルは佇んでいた。 壁のない、外の空間へ開け放たれた一角で支柱に軽くもたれ、降りしきる雨を何をするともなしに眺めている。 「あ、いたいた。こーんなところで何してんだよ」 後ろから声を掛けながら、シエロは傍に寄った。 「雨を、見ている」 ゲイルは前を向いたまま、シエロの問いに必要最低限の情報で素っ気なく答えた。 「ふぅん。……ひょっとして、悩み事でもあるの?」 ゲイルの愛想のなさは今に始まったことではなく、雨を見ていたから何だというわけでもなかったが。シエロには何となく、その理性で鎧った横顔がまた思考の迷路の中をさまよっているように思えた。 「……『悩む』?」 「そ。『これは何だ』とか、『理解不能だ』とかさぁ。まーた小難しいことをあーでもねー、こーでもねーって捏ね繰り回してんだろ。ヤダヤダ。もっとこう、ポジティブシンキングでノリノリに生きたらどーよ。その方がよっぽど楽しくね?」 「『ポジティブシンキング』とは、何だ」 シエロは大げさな仕草でがっくり頭を垂れた。 「……はいはい。無茶な提案をした俺が悪ぅございました。しょうがねーなぁ、ウチの参謀さんは融通が利かなくて」 そう言いつつも、ここまで極まられるとかえって個性的で楽しく見えなくもない。シエロは苦笑してゲイルの手を取った。 「ま、いっか。今、暇なんだったら、ちょっと組み手に付き合えよ」 そのまま返事を待たずに引っ張っていこうとした。が、掴んだ手は逆にゲイルの方へ引き寄せられ、後ろから抱き締められる。ゲイルの匂いがふっと鼻腔をくすぐった。 「って。お、おい。ちょっと……」 「シエロを抱きたくなった」 騒ぎ出した胸に追い討ちを掛ける、ストレートな囁き。慣れた手つきでヒップバッグを取り上げられた。 「ちょっ……ええっ? こ、ここで?」 シエロはそわそわと首を捻って外の様子に耳を澄ませた。雨粒が建物や地面を静かに叩く以外、今のところ人の気配はない。そうこうするうちに腰の辺りを直に撫でられ、反射的にゲイルの手を押さえ付けた。 「ねぇ、待てよ。待てってば……ゲイルッ」 腕の中で強引に体を捻ってゲイルと向かい合う。無遠慮に見下ろす冷ややかな眼が、どうあってもやめる気がないことを盛大に主張している。 「どうしてそう、いっつも勝手なんだよ。いつも俺ばっかイかされて」 ゲイルに抱かれること自体は、決して嫌ではない。けれど、常に主導権を握られっ放しなのは癪だった。 言い掛かりの勢いでゲイルのズボンを留めているバックルを外す。膝を突き、アンダーパンツを捲って露わにしたゲイルのそれを口に含んだ。 「――……ん」 そろりと顎を動かしてみる。まだ余裕のあるそれに深く、きつめに吸い付き、舌を押し当てた。次にどうしようかと考えて――シエロはだしぬけに、あの猫を思い出した。猫は床の上に丸まって、小さな舌で器用に脚の毛を舐めていた。それだ、と真似して舌先を小刻みに行き来させると、ゲイルの中心は急激に熱を増していった。 ゲイルに反応があったのがシエロは妙に嬉しかった。ドライな顔は少しも変わらないが、シエロの頭に添えた手がそっと揺らいでいる。 口の中に収まり切れなくなったものが一瞬強張った。そして、半ば夢中で蠢かせていた舌の上にまともに白濁を吐き注がれた。飲み込もうにも後から後から溢れて喉がつかえてしまう。苦しさに耐えかね、シエロは慌てて口を離した。 「ぶはぁっ! げほっげほっ、ごほっ……!」 激しく咳き込み、唇の端から零れた白い液体を手の甲で乱暴に拭った。いくら喰奴だって、生身の体じゃ受け付けないものは受け付けない。胸焼けを催す不快感に涙目でゲイルに訴えた。 「うぅっ……ま、不味ぅ。気持ち悪ぃ……ムリムリ、絶対無理。もうやんねー。絶対やんねー!」 「お前が勝手にやったことだ。非難を受ける謂われはない」 ゲイルはお構いなしにシエロを引っ張って立たせた。小振りにまとまった体を形作る曲線を確かめるように、腕を絡め、掌を這わせながらシエロの服を剥いでいく。 「何だよ、結局――……ちぇっ、聞いてねーの」 まだ何か言いたそうにしていたシエロもそのうち抗うのを止め、甘やかな抱擁に暫し体を預けた。つ、と背中を撫でる手でシャツをたくし上げられると、硬く冷たいバックルが熱を帯び始めた素肌に当たる。ゲイルのスーツも脱がせてしまおうとジッパーを下ろしに掛かったが、その手を握られやんわりと拒否されてしまった。 「む。どうしてゲイルは脱がないんだよ」 「有事の際に初動が遅れては困る」 シエロは呆れた。困るぐらいなら、こんな真っ昼間から「抱きたい」などと言わなければいいのに。……とは言うものの、自分が突っ込んだところで最終的にゲイルに言いくるめられてしまうのは、火を見るより明らかで。 「はぁ……しょーがねーなぁ……」 諦めの溜息を吐きつつ、スーツの上からゲイルの背中に腕を回した。 より密に、少しでも離れているのが惜しいほどに体と体を重ね、今度はゲイルがシエロに問うた。 「先ほど、お前がした行為。どこで覚えた」 一応、ゲイルなりに驚いたらしい。シエロ自身あんな大胆なことができるとは思ってもみなかったが、少しでも先制を取れていたのがまた嬉しくて、あえて視線を逸らせてとぼけてみせた。 「えー……えぇっと、どこだろう? ゲイルの知らないところで、いろいろ……痛っ」 「聞き捨てならんな」 編み込んだ髪を掴まれて後ろに引っ張られた。ゲイルの眉1本動かさぬ無表情さが却って怖い。 「ああっ、もうっ。冗談だよ冗談! あんなの、死んだってゲイル以外の奴になんかやるわけね――……ねぇだろ……」 時々、知っててわざと言わされてるのではないかと疑いたくなる。シエロはつい口走ってしまった自分の言葉に耳まで赤くなった。当然だ、と言い放ったゲイルはシエロの髪から手を放し、そのまま双丘の奥へと指を滑らせた。 「くっ……ぅう……!」 秘所を弄ぶ異物感にシエロは切ない声を上げた。立ったままの不自由な姿勢で、入り口を浅く掻き回される。逃げ場を求めて踵を浮かせ、ゲイルの首にしがみ付いた。 「はっ、あ……ゲイルッ、も、ちょっと……手加減……っ」 痛くて、苦しくて、こんな格好は恥ずかしくて。昂ぶった神経が小さな刺激さえ蕩けるような熱に変えていく。早く止めてほしいと願う一方でどうしようもなく体を煽られ、体の中心を疼かせた。他の誰にも聞かせない、極上の艶声で鳴くシエロに煽られているのはゲイルも同じで、互いに互いの硬く屹立したそれを感じていた。 「……掴まっていろ」 言うなり、ゲイルは正面からシエロの体を抱きかかえた。無防備な秘所に容赦なくゲイルが侵入してくる。比べものにならない苦痛がシエロを貫いた。 「――っぁああ……!」 ゲイルの肩に爪を食い込ませて、シエロは全身を震わせた。 「いっ……たぁ……ッ!! や、やだ、それ以上、挿れん、なっ……っああ!」 「あまり大きな声を出すな。外に聞こえる」 「だ、れの、せい……だよ……ッ」 きつく締まるそこを無理に抉じ開けられ、熱い軋みに繰り返し蹂躙される。シエロは自分の手を噛むように口に押し当てて堪えていたが、敏感な部分を捉えられると痛みに怯える体はそれを凌駕する快楽にたやすく溺れていった。 「んぅっ、あっ、あっ、はぁ……ッ」 腰の律動に合わせて細かな喘ぎ声が溢れた。上気した肌がじっとりと汗ばむ。自分から求めて両脚をゲイルの体に絡め、次第に高みへと上り詰めさせられていく。全てを出し尽くしてしまいたい欲求に、シエロは素直に従おうとした。 「はぁっ……。ゲイル、俺……出そぉ……っ」 だが、ゲイルはそれを許さなかった。目の前の支柱にシエロを押し付けながら、片手で限界寸前のシエロの根元を強く握り込んだ。強制的に塞がれ、達することを禁じられたシエロは、困惑した顔で首を振った。 「や……もう、だめだっ、てば……放せよ、ねぇ」 どれだけ乞われようがゲイルは手を放そうとしない。灰色の眼をシエロに向けていながら、シエロを全く見ていなかった。急に態度を豹変させたゲイルは、それまで以上に激しく腰を突き上げ、シエロの内を貪るように攻め始めた。 「っあぁああ! ゲイルッ、あぁっ、だめ、手ぇ、取っ……イか、せて……ッ」 どこにも解放することができない熱がシエロを苛む。拘束されたそれ自体、ゲイルの掌の中で嬲られているに等しい。限界を遥かに超えた刺激を与えられ、シエロは身を捩じって哀願した。ゲイルが動くたび、繋がった箇所が淫靡な音を立てて擦れ、シエロの内に吐き出していた白濁を零した。 性急に体を求められることは度々あったが、こんな乱暴に扱われたのは初めてだった。情欲の牙を剥くゲイルからは、自分に対する憎悪に似たものすら覚えた。シエロはどうしたらいいのかわからなかった。なすすべもなく囚われ、ゲイルに縋り付いたまま、そのゲイルに凌辱され続けるしかなかった。 一時、ゲイルが動きを止めた。外の通路から誰かの話し声が聞こえる。ややあって、気配は2人がいる建物の下から遠ざかっていった。気付かれていないようだ。 「ひっ……あっ、あ……も、いいだろ……壊れ……ちゃう、よ……っ」 シエロは震えが止まらない体で喘ぎ、ゲイルもまた、肩で粗い息をしていた。 「……元より、お前を壊すつもりだった」 無情な呟きを投げ掛け、ゲイルは再び腰を揺さぶった。 「あッ、あああッ、やめ……ゲ、イルッ、おねが、い……ッあぁあ……ッ!」 一際大きく突き上げられて意識を失いかけた瞬間、ゲイルの手がそこから離れた。シャツ越しの肩に顔を埋めたゲイルの熱い溜息を感じながら、シエロもようやく閉じ込められていた熱を吐き出した。 気怠げに首をもたげたゲイルは、頬を伝う汗と粗い呼吸に狂乱の余韻を残し、シエロと縺れ合うように足元へ崩れた。 床に下ろされると、シエロの体の奥から生温かい液体が太腿を伝って垂れ落ちた。2人とも互いの出したものでべたべたに汚れていたが、それを気に掛ける余裕はなかった。どちらも疲れ切っていて、そして何より、2人の間に非常に気まずい空気が流れていた。 落ち着きを取り戻したゲイルは、片膝を立てて座ったまま外の雨を眺め、シエロはもう片方のゲイルの脚を枕代わりに、途方に暮れた顔で天井を眺めている。 シエロが喋らなければ、ゲイルも黙ったまま。2人きりの時は大概そんな調子だが、今はどちらも、「話したいのに話せない」でいる状態だった。ゲイルの顔を見てしまうと彼がここから立ち去ってしまうような気がして、少しも視線を動かせなかった。 これでは埒が開かない。天井を向いたまま、シエロはとにかく自分から切り出すことにした。 「……あのさ、ゲイル」 「……聞け、シエロ」 2人、同時に話し掛けてしまった。何とタイミングの悪い――いや、何とタイミングの良いことか。「あぁ、大丈夫だ」と、シエロは思った。何だか急におかしさがこみ上げてきて、くつくつと笑いを堪えながらゲイルに振った。 「へへ……ゲイルから、どーぞ?」 ゲイルは笑っているシエロを一瞥し、それから目を伏せて話した。 「――お前を汚したいという衝動を、抑えることができなかった。それを理解しているからこそ、極力お前への私的干渉を排し、お前に対する執着を捻じ伏せてきたというのに。……やはり俺とお前は、離れるべきかもしれん」 「はい。大、却、下」 シエロはぴしゃりとはね付けた。 「……あのさ。俺、思うんだけど……それって、何か違くね? 逆だよ。無理に我慢しようとするから、どっかで我慢できなくなって、結局自爆するんじゃねーの? 言ったろ。ゲイルは、いろんなことを小難しく考え過ぎなんだよ」 時折覗かせる優しさや迷いを真っ向から否定するかの如く、冷徹な参謀として頑なに在り続けたゲイル。衝動という名の小さなアクマを理性の檻に無理やり押し込んで、結果、自分の手に負えないほど醜悪に育ててしまった。 そんなに不安がらなくても、どこにも行ったりしないのに。 今までバラバラの欠片だったものが1つに纏まったように感じた。シエロには、己の言いたいこと、言わなければいけないことがはっきりと見えていた。 「別に俺の前でまで、無理してカッコつけなくてもいーじゃん。会いたくなったら、会えばいい。ぎゅってしたくなったら、すればいい。いつでも会えるって思えば、安心できるだろ? 大丈夫、いつでも傍にいてやるから。理屈なんか要らねーって。フィーリングだよ、フィーリング。大事なのは」 また、「理解不能だ」とでも思っているのだろうか。微妙な表情を浮かべるゲイルに、シエロは屈託のない笑みを向けた。 「ゲイルが俺のことを“スキ”で、俺もゲイルのことが“スキ”で。そんだけわかってりゃ、もう十分だよ」 「……『スキ』とは、何だ」 ほら来た、とシエロは指を鳴らした。 「今たぶん、ゲイルが俺に対して思ってるキモチ。俺もゲイルに対して思ってるキモチ。“気に入った”奴をもっと気に入ると、“スキ”になるんだぜ。俺、ちょっと思い出したんだ」 ゲイルは顎に指先を置いて暫く考え込んでいたが、やがて視線を戻し、「記憶に留めておこう」とだけ答えた。 それでもシエロは満足げに頷いた。 「だから、『離れる』とかそういうのは、絶対ナシな。つーか俺が嫌だ。で、俺の話はお終い。――あ。あと1つだけ」 「何だ」 今度は苦笑いで、シエロは言った。 「あのな。……誰かさんのせいで、すっげぇ、腰抜けちゃってさ……アジトまで連れてってくれると、嬉しいんだけど」 力の抜けた体を抱き起こしてもらう。こんな時のゲイルの腕は、たぶん本人は全く気付いてないのだろうが、とても優しい。不意にゲイルの顔が近付いてきた。いつもシエロからもらうばかりのそれを、ゲイルが今どんな想いで返そうとしているのか、何も言われなくても胸に届いた。 「うん。これで……仲直り、しよ」 シエロは目を閉じ、そのぎこちない唇に唇を重ねた。 <終> 【後記】 |