やられた



 時間の確認とメールチェッのクために見た携帯電話のディスプレイ。
 目的があって見たはずなのにディスプレイを見た瞬間目的は一瞬で頭の中から吹っ飛んでいった。どうしたらいいんだ、目の前ががチカチカする。


 「大丈夫かー?」
 「えっ!?」


 早くどうにかしなければという気持ちはあった。でも背後から石神さんに声をかけられた俺は、携帯を隠すというあまりにも「いかにも」な動作をしてしまう。もうちょっと自然にポケットにしまうとかできなかったんだろうか。
 声をかけられたことに更にオロオロしてそんな自分の対応に更に焦って、どうしよう、どうしようと思っている間に石神さんがニヤニヤと笑いながら近づいて来た。


 「何で携帯隠したんだよ?」
 「いやっ、とととと特に理由は……!」
 「おーい、椿が携帯でエロサイト見てるぞー!」
 「えぇぇ!?見てないですっ!違いますっ!」


 石神さんはいい人だけど時々スイッチが入ると子供みたいだ。彼の言葉につられて数人が集まってみんなニヤニヤしている。
 これはいじめではなくて、いい意味でいじられているだけだ。そうわかってはいるけれど毎回焦ってしまうし挙動不審になってしまうのは仕方ない。


 「やるなー椿ー!」
 「ほ、本当に違いますよっ!」
 「まだ二十歳だもんなー、仕方ないよなー」
 「いやいや、仕方ないとか丹さんがそれ言っちゃダメっしょ!」
 「いいんだって、俺心はいつでも二十歳だし」


 丹さんの言葉にみんなが笑った。俺も一緒に笑ったけど内心この話題がなんとか逸れてくれはしないだろうかと必死だ。
 俺はそういう時のフォローが上手いわけでもないしむしろ空回りして墓穴を掘るタイプだから、黙って見過ごすしかないのは嫌だけど今はそうすることしかできない。


 「まぁでも、あながち間違ってなかったのかもしれないよ」
 「えっ……ちょ、王子!」
 「至って健全にしか見えないけど、ある意味この写真って不健全だよねぇ?」


 会話の輪の中に入っていなかった王子がいつの間にか俺の背後に立っていた。手には俺の携帯電話……いつの間にポケットから取られたんだ!?
 携帯の画面を見て王子はニコリと笑ったけど俺にはもう笑う元気はない。


 「え、王子不健全ってどういうこと!」
 「こういうことさ」
 「うわぁぁああああああ!」
 「何で椿じゃなくてお前が叫ぶんだよ、世良!」


 堺さんが声を荒げるとまた笑いが起こった。でも残念ながら俺は笑う元気も叫ぶ元気すらなかった。その代りに世良さんが叫んでくれた、まるで俺の気持ちを代弁するかのように。
 携帯の待ち受けには爆睡している俺、そしてその横に寝転がってカメラにピースしているちゃんの姿が写っていて、俺の手を離れた携帯には人が群がっていた。
 本当に爆睡してたんだと思う、こんなの撮られた記憶がない。いつ撮られたのかもわからないけど起きた時は待ち受けに変わりはなかったから、朝家を出る直前にちゃんが設定したんだろう。まさかちゃんにこんなイタズラをされるなんて思ってなかったし完璧に油断していた。


 「椿これ誰?なー誰なんだよ?」
 「ご、ご近所さんです……」
 「ご近所さんが何で寝てる椿の横にいるわけ?」
 「昨日俺の家にいた、から、です……」
 「何でご近所さんが椿の家にいんの?」


 はぐらかせるなんて思ってなかったけどやっぱり無理だ。
 俺は嘘はついていない、ちゃんは本当にご近所さんだし昨日俺の家にいたのも事実。でもなんでそんなことになってるのかってそれはまぁ……あああ!言いたくない!恥ずかしい!


 「付き合ってんの?」


 丹さんのストレートな問いに俺は頷くことしかできなかった。



* * *



 「お邪魔しまーす」


 練習が終わって家に帰ったらちゃんからメールが来た。飯作ったから一緒に食べようという内容で、それ自体はとても嬉しいことだし助かる。
 でも今日はいつもと違って素直に喜べないというか、喧嘩したわけでもないのにどんな顔をしてちゃんに会えばいいのかわからないっていうか……。いつも通りの返事をしたけれど内心不安だらけだった。


「大介くん?いるの?」
「あ、ご、ごめん。こっちにいるよ」
「びっくりした、どうしたのそんなところで」


 ちゃんが驚くのも無理はないだろう。洗濯機の前でしゃがみこんで考え事していた俺……マズイ、そういえば帰ってきて服を洗濯機に放り込んでそのままそこに座り込んだんだった!
 下ははいていたけど上は見事に何も身に着けていない。場所もそうだけど俺の格好だって相当怪しい。


 「そんな格好で洗濯機にくっついて何してたの?」
 「別に何も……!」
 「風邪ひいちゃうよ?」


 ちゃんがしゃがみこんで俺の肩に頬をくっつけた。さっきまで温度なんて何も感じてなかったのに、くっついたところからジワリと熱が広がる。
 あああ、だ、だめだ!!


 「ごめん、俺着替えてくる!」
 「?うん。ご飯用意しとくね」


 ちゃんを押しのけるようにして立ち上がってしまったけど、ちゃんの肩なんて掴んだのはこれが初めてだ。一体俺は何してるんだ、ちゃんの肩を掴んだ両手をまじまじと見つめてしまっていた自分に恥ずかしさを感じた。



 適当な服を選んでから下も部屋着に着替えてテーブルに向かうとちゃんがおかずを並べ終えたところだった。
 ちゃんが来ることが当たり前のように炊飯器には二人分のご飯が炊いてある。


 「携帯、びっくりした?」
 「えぇ!?あっ、うん……」


 いただきますをしてお茶で口の渇きを潤し、いざ話を切り出そうとしたときにその質問をされるとは思わなかった。俺は不自然すぎるような高い声を上げてしまって風呂場にでも隠れてしまいたい気持ちになる。


 「チームの人に、見られたよ」
 「そうなんだ?何か言われた?」
 「いろいろ……」
 「困っちゃった?」


 嘘をついてもバレてしまうような気がして俺は静かに頷くことにした。
 ちゃんは俺の反応を見て少し真剣な表情をする。


 「ごめんね、大介くん可愛かったからつい」


 自分の待ち受けにだけするのは勿体なくて、と呟く。


 「い、いいよ、怒られたとかそんなんじゃないし……」
 「からかわれた?」
 「……みんな意外だったんだと思う」
 「そっか……ごめんね」


 ちゃんが目を伏せてそのまま静かにサラダを口に運んだ。
 本当に怒られたわけじゃないし俺だって怒ってたわけじゃない。今までこんな経験したことなかったし内心めちゃくちゃ嬉しかったんだ。でもそれを素直に嬉しいとか口に出せなくて……本人にだって言えないしもちろんチームの人にも言えなかった。
 しょんぼりさせてしまったちゃんに俺も謝らなきゃいけないと思って、作ってきてくれたヘルシーハンバーグから視線を上げる。ちゃんは口の中でプチトマトをもごもごとさせていて、真剣に格闘中だった。片方の頬がハムスターが食べ物を頬袋に詰め込んだ後みたいに膨らんでいる。
 なんだか……すごく可愛い。

 カシャッ

 音がするとちゃんはこっちを向いた。俺は写真がブレていないかチェックする。
 もし失敗していたらもう同じような写真は撮れないと思う、きっとちゃんが恥ずかしがって嫌がると思うから。だからあの一瞬は、もう二度とないシャッターチャンスだった。


 「大介くん?今何撮ったの?」
 「ちゃんだよ」
 「何で撮ったの?」
 「プチトマトと戦ってる姿が……可愛かったから」
 「え、やだ!消してよ!絶対間抜けな顔してた!」


 プチトマトを飲み込んだちゃんは俺に写真を見せてと言ったけど、そのままその写真が削除されてしまったら困る。俺はすぐに操作できないように写真を待ち受けに設定してから、ちゃんに携帯を渡さずそのまま写真だけ見せた。


 「うわ、ハムスターみたい」
 「俺も同じこと思った」
 「……その写真どうするの?」
 「待ち受けに、しようかなって」


 もうしてるけどと付け足すとちゃんはやっぱりやめてほしいと言ってきた。


 「どうしてちゃんが俺の寝てるとこなんて待ち受けにしたのか、全然気持ちがわからなかったけど……」
 「ん?」
 「今は何でだかわかる気がするよ」


 だから写真は消さないし待ち受けにしたいと言ったら、ちゃんは黙り込んでしまった。
 この待ち受けがチームの人に見つかったら今日以上にからかわれるかもしれないけれど、その時は一緒にご飯を食べてた時に撮ったんです、ちゃんの作る料理はとても美味しいんですって自慢したい。
 大介くんニヤニヤしてるよと言ったちゃんの顔が赤く染まっていて、俺はまたカメラを起動させることになった。



























あとがき

ヒロインが待ち受けを友達に見られて彼氏がサッカー選手だってバレちゃった!という展開も考えていましたが
・めちゃくちゃウザい女子っぽい(自慢したかっただけか!)
・まだ日本代表に選ばれていない時期の椿を想定して書いたので知名度が矛盾する
という結論に至り却下しました。

2012.06.20
2022.01.30 加筆修正