*ちゃぴ 11*
本当はたくさん荷物を持つのは好きじゃない。
でも今日はテニスバックに荷物がぱんぱんに詰まっていて、俺の肩に重みが乗っかる。
それでも俺は憂鬱な気持ちになんてならなかった。
今日は帰らないと伝えた時の母親の表情、何も追求してこない母親はもはやそこらの放任主義のレベルを超えている。
朝練があるのでぱんぱんのテニスバックを部室に持ち込むことになった。
先に着替えていた柳が不思議そうに俺を見る。
「仁王の荷物が多いなんて珍しいな」
「今日は特別じゃ」
「ほう……」
気になるというオーラを出しながらも柳はそれ以上突っ込んではこない。
大人の対応。
「うわ、なんなんスかその荷物!」
「プリッ」
その後に来た赤也が俺の荷物を見て、驚いて身体を仰け反らせた。
……そんなに驚くようなことか?
こんなことになっている理由をここで言ってしまっていいんだろうか、それとも黙っておくべきか。
柳は相変わらずそれ以上はなにも言わなかったが、赤也がテニスバックの中を覗き見る。
結局一緒になってテニスバックの中を覗く柳を見て俺は笑いそうになった。
「スウェット?あと……歯ブラシ?」
「見たところお泊まりセットといったところか」
キラリと柳の目が光ったような気がした。
ここまで見られては仕方ないと思いつつ、正直俺は言いたくてうずうずしていたのかもしれない。
隠そうと思えば隠すことができたのに、見てくださいと言わんばかりにテニスバックを置いたりして。
普段荷物の少ない俺がこんな荷物を持っていたら周りが理由を聞く可能性は92%……って、柳じゃあるまいし。
「今日は帰りに直行じゃ」
「うわ、なんかだーいぶ前にその台詞聞いたことあるような……」
「最近は落ち着いていたように思っていたんだが」
赤也はともかく、柳からの痛いお言葉。
何とでも言えばいい、確かにそんな時期もあった。
「相手誰なんすか!?」
「聞きたいか?」
迫ってくる赤也に俺が笑いかける。
赤也は一瞬無表情になって、そのあと思わず柳が目を見開くくらいの大声で叫んだ。
叫びは具体的な音とは言えず、「あ」と「え」と何かが混ざりあったようなそんな音だった。
こいつ、気付きおったのう。
「に、仁王先輩が今日会いに行くのって……」
赤也の声はとても小さかった。
でもその声は確かにその名前を呟いた。
「まさか、先輩……?」
「いえす」
赤也は驚くほどに落ち込んだ。
その落ち込みようは凄まじく、地面に座り込んで三角座りを始めるほどだった。
なんだかこのまま赤也の身体が床にめりこんでいきそうだ。
柳はそんな赤也の傷口に塩を塗り込んだ。
「赤也の言う先輩とは、柳生と同じクラスののことか?」
「そうじゃ、さすがうちの参謀は怖いのう」
「こんなことは調べるまでもない基礎知識だ。とは言え俺も名前以外は知らないも同然なんだが……仁王の彼女なのか?」
「違う!違う違う違うっスよぉ!」
「ピヨッ」
柳が塗り込んだ塩が赤也を苦しめる。
赤也は顔だけこっちに向けて俺を睨んでいた。
可哀想に、柳に悪気なんて少しもない。
少し泣きそうになっている赤也を見て柳は不思議そうな顔をしていたが、そのうち気が付いたんだろう、ラケットを持って何も言わずに部室を出ていった。
その反応が一番酷だと思うのは俺だけだろうか。
「はやく学校終わらんかねぇ」
「……!」
俺は嫌な奴だ、赤也に笑いかけながら肩をぽんと叩いた。
キレられるかと思ったけど、赤也は泣きそうな顔をしただけだった。
お前さんどれだけ性格変わってしまったんじゃ……これじゃこれから先が思いやられるぜよ。
* * *
受かれた気分を晒しているつもりはない。
なるべくいつも通りを装って振る舞った。
授業が終わってまた部活をして、それから帰る準備をした。
いつもの日常とは違うっていうのに放課後はあっさりとやってきて、楽しみな思いがそうさせたのかそれともいつも以上に重い荷物を持って疲れてしまったせいでこうなったのか、それはわからない。
でも確実に言えるのは、いつも以上に開放感を感じていたということくらいだ。
何にも縛られていない俺なのに、何から開放されたのか。
「さて、帰るか」
帰るって何処に、の家だ。
はどこにいるんだろうか、俺は携帯を取り出すためにテニスバッグを漁る。
「あんま遊んでんなよ」
「ん?」
「ちょっと落ち着いたのかと思ってたんだけど」
振り返ると丸井がガムを噛みながら俺を睨んでた。
柳と同じような台詞を言われたことに少し笑えてしまった。
嗚呼、さっきの練習のときに丸井は赤也と当たったんだったな。
八つ当たりされて不機嫌になるなんて丸井らしい。
「俺は落ち着いとる」
「ちげーよ馬鹿、下半身の話だっつの」
「もちろん下半身も落ち着いとる」
見てみるか?と言うと丸井はやめろよ汚ねーと言って顔を顰めた。
「すまん、遅くなった」
「全然!お疲れ様」
丸井を振り切って校門まで走るとが笑顔で迎えてくれた。
今日に会ったのは初めてだ、爆発してしまう気がしてわざと会いに行くのは我慢していた。
「今日ちゃぴ教室こなかったね?」
学校休んでるのかなって心配したよとが言い、いつも俺がどれだけ当たり前のようにに会いに行っているのか思い知らされた。
俺は教室でずっと寝ていたと嘘をつく。
「ねぇ、お腹すいてる?」
「かなりすいとる」
「じゃあちゃぴのぶんのご飯も作っていい?」
「頼む」
瞬間、もしドッグフードなんかが出されたらどうしたらいいんだろうと疑問に思った。
それはないと思いたい、でも確実に可能性がゼロだとは言い切れない。
そんな不安を一瞬抱えたけれど、のほうを見ると思っていたよりもは嬉しそうに微笑んでいた。
材料は家にあるからと言って少しスキップするかのように、リズムよく歩きだす。
俺はそのあとに着いていく。いつもより重たい荷物が体力を奪っていった。
以前来た公園が見えてきた。
あれからこの場所に来たことは一度もない。
はどうなんだろうか、でもそんなことを聞く気にはなれなかった。
公園の横の緑が生い茂る道を歩調をを変えずに歩く。
お前さんは今辛いんか?悲しいんか?それとも……?
そこまで考えた挙句、俺が一方的に気にしすぎているのかもしれないと思った。
でもそのままにしておけなかった。
無防備に目の前をふわふわと揺れていた手を取って握ると、が目を見開きながら俺を振り返った。
同時に歩くのをやめる。なんだか気まずい雰囲気にしてしまったのかもしれない。
「……どうしたの?」
「がどこかに行ってしまうような気がしたんじゃ」
無意識のうちに手に力を込めた。
この手はこのまま力を入れ続けたら、潰れてしまうかもしれない。
「今日のちゃぴ、ちょっと変だね」
教室にも来なかったし、とは先程の話を再び繰り返した。
あれは自分を制御するためにしただけのことだった。
それでもは心配したのか、手を伸ばして俺の頭を撫でる。
「なにかあったの?」
「なんにも」
「ふぅん」
握っていた手が強く俺を握り返した。
その手が驚くほどに冷たい。
「無理しちゃだめだよ」
俺は黙って首を振った。
なんだかの家に行きたくないみたいな物言いをされて、悲しくなったからだ。
すごく、楽しみにしているのにそれが伝わらない。
主張したい年頃
(でも、伝えるのがなんだか恥ずかしい)
あとがき
続きは次回に。
個人的に赤也の反応を書いてるのが一番楽しかったです笑
2012.05.10