*ストレートに、時々遠まわしに*



急に降ってきた雨に、玄関にいた生徒達は大騒ぎを始めた。

夕立なのか、それともこのままずっと降るのか。

よくわからないけど、傘なしで家に帰れるような雨じゃない。

私は玄関で嘆く生徒達に、頑張れと心の中で呟きながら、鞄の中を漁った。

鞄の中には折りたたみ傘。

こんな時期は、これくらい持ち歩かなきゃ。(まぁ私は毎日持ってるけど)

私は傘を取り出して、ぴちゃぴちゃと音をたてながら歩き始めた。



「俺は帰るわ。みんなお疲れさん」

「じゃぁなー、侑士!!」


すぐ後ろでいきなり大きな声がして、驚いて振り返る。

そこには同じクラスの忍足くんがいて、玄関下のテニス部の人たちに手を振っていた。

それから手を振った忍足くんは私のほうを見ると、さも当たり前だというように私の傘に入ってきた。



「よっと」

「え??」

「歩くで」

「え??ちょ…」


耳元で言われてどきりとした。

忍足くんは私の腰に手を回して、私の体を押すようにして歩き始めた。

私はどうすることもできなくて、忍足くんに押されるがまま一緒に歩く。



「侑士のヤツー!!ヒュー!!」

「あぁん??アイツ、彼女なんていたのか??」

「俺はそんなこと知らないよ…あー、眠い…」


後ろでそんな話し声が聞こえる。

違います、違いますよ!!

こんなことされてるけど、私別に忍足くんとは何もないから!!

あぁ恥ずかしい…周りの知らない人もじろじろ見てる。



「えっとー…忍足くん??」

「何や??」

「え、何でそんなに普通なの…??」

「あかんのか??」

「あかんとかそういうんじゃなくって…」


ぷっと忍足くんが笑った。



「話し方、うつっとるで??」

「いやいや、そういうことはこの際どうでもよくって…」

「どうでもえぇんか??」

「いや…よくないかも??」


私の反応を見て、忍足くんがまた笑った。

私、そんなにおかしなことしてるの??

っていうか、どうしてこんなことになってるのか、それを聞きたいのに話が進まない。



「あぁ、ごめんなぁ。さん、駅まで行くやろ??」

「行くけど??」

「俺傘持ってへんから、悪いけど入れてくれへん??」

「そんなこと言う前に、もう入ってきてるよね??しかも無断で」

「許したってぇや」


困ったように笑う忍足くんを見て、私は嫌ですとは言えなかった。

まぁ、今更嫌だって言ったところでどうにもならないけど…。



さん、傘持つわ」

「いいの??」

「頭に傘あたってんねん」

「あ、ごめん…」

さんが謝ることちゃうって。俺のほうが背高いねんから、当たり前やん」


忍足くんが傘を持つ。

今まで背中を丸めていたのか、私の手から傘が離れた瞬間、忍足くんが少し大きくなったように見えた。



「それに、可愛い女の子には優しくせなあかんって言うやん」

「えっ」


お世辞が上手だねって冗談交じりに言えたらよかったのに。

そういうのに慣れてない私は、思わず一歩引いてしまった。

そしたら、忍足くんの手が伸びてきて、自然に私の肩を抱き寄せた。



「離れたら濡れるで。くっついとかな」

「あ、うん…」


こんなとこ見られたら、本当に誤解されると思う。

小さな折りたたみ傘の下に収まるように、くっついて歩く男女っていうのは、そういう関係に見えるんじゃないのかな。

私が何も知らないでこれを見たら、絶対仲いいなぁなんて思っちゃうもん。



「ほんまにさんはこういうの慣れてへんねんなぁ」

「何でっ!?」

「さっきからめっちゃ心臓バクバクしとるやん」

「えーーーーー!!」

「ほらまた離れようとするやろ。濡れるで」

「だって、そんな…」

「嘘やって。心臓の音なんかわかるわけないやろ」

「嘘なのっ!?」

「そうや。さっきから、面白い反応するさんが可愛いから」


覗き込むようにして、忍足くんは私の顔を見た。

忍足くんとばっちり目があう。

視線を逸らしたくても、それができない。



「ジローがいつも言っとるわ。ちゃんは顔近づけるだけで、顔赤くするって」

「あ、芥川くんがっ!?」

「そうやで」

「だって、芥川くん本当に顔近いんだよ!?しかも子供みたいにじーっと見てくるから…」


思い出すだけで恥ずかしい。

穴が開きそうになるほど見つめてくるんだもの、芥川くんって…。



「まぁ、ジローはそんなちゃんが可愛いっていつも言っとるけどな」

「えっ、あー…」


返事の仕様がなかった。

こういうときは素直に、有難うございますでいいのかな??







そうこうしてるうちにバスが来た。

私は忍足くんと一緒にバスに乗った。



「明日、ちゃんとテニス部の人に言っといてね」

「何を言うん??」

さんとは何もないですって、言っといて!!」


忍足くんを押し込むように席に座らせたあと、その横に私も座った。

ちゃんとこのことは話しておきたかったから。



「何で、そんなこと言わなあかんのや??」

「だって、勘違いされたら困るでしょ??」

「誰が??」

「忍足くんが。あと、噂がたっちゃったら私も困る!!」


芥川くんの話を聞かされたとき、急に玄関下にいたテニス部の人たちを思い出した。

何やら、いろいろと話し込んでいた様子。

忍足くんは偶然同じ方向に行く私を見つけて話しかけてくれただけなのに、何だか気の毒に見えた。

それに忍足くんは人気も高い。

もし変なことを噂されたら、私だって何されるかわからない。

話しかけてくれたのは嬉しかった。

でも、そういうことはきっちりしときたかった。



「意外とさんってきっちりしとるねんな」

「意外って何!?」


忍足くんは、私に詳しい説明は求めなかった。

きっと、私が何を言おうとしてるのか、ちゃんと理解してくれてるからだ。



「でも悪いけど、答えはノーやな」

「何で!?」

「噂って言うのは、本当でもないことが出回ったら嫌やってことなん??」

「そうだよ」

「やったら」


本当にそうなってしまえばえぇやん、と忍足くんは小さな声で呟いた。

何をおっしゃいますやら。

私は特に目立つこともない、地味な女です。

私は忍足くんのこと、好きかどうかわからないけどきっと嫌いじゃない。

でも、ちゃんといろいろわきまえてるつもり。

そう言ったら、忍足くんに笑われた。



「俺のこと嫌いちゃうんやったらえぇやん」

「そういうことじゃなくって…」

「好きになってしまえば、後なんて関係ないねんで??」


忍足くんに言われると変に説得力がある。

でも、この先いろいろとやっぱり面倒なことが待ってると思うんだよね。



「俺の勇気は、さんの面倒ごとは嫌やっていう理由で無意味になんねんなぁ」

「勇気??」

「玄関で声かけるん、どんだけ勇気いったと思ってるん??」

「偶然じゃないの??」

「阿呆か」


おでこにデコピンされた。

台詞とは裏腹に、忍足くんの顔は笑っている。



「あんなぁ、俺のことめっちゃ軽い男やと思ってるやろ」

「少なくとも、純情ではないと思ってるかも…」

「正直すぎや」


今度はスパンと叩かれた。

全く痛みはない。

あー、これが関西のノリなんだなぁ。



「言っとくけどな、俺は何とも思ってない女と相合傘する趣味はないからな」

「そうなの!?」

「当たり前やっ!!」

「忍足くんのこと勘違いしてた。ごめんね」

「ほんま…調子狂うわ」


忍足くんは大きな溜め息を吐いた。

別に忍足くんが軽いとか思ってたわけじゃないけど、何だろう…人気者に対するイメージなのかな。

でも思ってた以上に、忍足くんは普通の中学生だった。



「でもまぁ、100%と仲よくなる自信はあったけどな」

「仲良くなる??」

「(あー、こいつ分かってへんな…)」


バスが到着して、乗客が次々と降りていく。

私と忍足くんもその波に乗って、バスを降りた。

忍足くんの言ってた意味がよくわからなかったけど、忍足くんはそれから何も言ってくれなかった。

バスターミナルから駅までの少しの間、また濡れないように傘を出す。

忍足くんはそれを自然に私の手から奪って、さしてくれた。



「ありがとう」

は塾とか通ってるん??」

「塾??」


しばらく口を開かなかった忍足くんの突然の質問に、私はきっと間抜けな顔をしたんだろうな。

忍足くんがフンっと、鼻で笑った。



「そんな顔せんてもえぇやろ。それより、どうなんや??」

「行ってないよ。面倒だし…」


ちょっとだけ忍足くんを睨んでみた。

気がついていないのか、忍足くんは何食わぬ顔。



濡れないところまできたから、傘をたたんで、二人で改札を通る。

ここからは、別の道だ。



「じゃぁね、忍足くん」

「なぁ、

「なに??」


手を振ろうとしたら、こっちも見ないで話しかけられた。

私と話をしてるはずなのに、忍足くんの目だけは電光掲示板を見ている。



「また、一緒に帰ろうや」

「え??」

「あんまし長い間一緒に帰れるわけやないけど…」

「いいよ、また一緒に帰ろ」

「俺、部活しとるから今日みたいにはよ帰れんで??」

「いいって。予定のある日なんてほとんどないし。待ってる」

「ええんか??」

「忍足くんが言い出したことだよ??」


私が言うと、忍足くんは言葉を詰まらせた。

何を躊躇してるんだろう、今更。

私は構わないって言ってるのに。



「そうやな、俺が言い出したことや…」

「そうだよ」

「引き止めてしもうて悪かったわ」

「ううん。じゃぁ、また明日ね」


今度こそ、私は手を振った。

忍足くんに背を向けて、階段を上る。



ー!!期待してんでー!!」


忍足くんの声にびっくりして振り返った。

反対側の階段を上っていた忍足くんの顔が、ちょうど隠れようとしていた。

でも手を振ってくれていたのだけは確認できた。

何だかぽつんと取り残されたような、おかしな気分だった。

期待??

一緒に帰ることに、期待??

考えてもよくわからない。

また明日、一緒に帰るときにでも忍足くんに聞いてみよう。








あとがき

遊び人ではない忍足です。(笑
いえ、別に私は彼が遊び人だとは思っていませんが。
ただ、ガードはゆるそうだな。(どっち
男慣れしていないヒロインの反応と、それに対する忍足が書きたかったんです。
ちなみに、急に呼び捨てになったのはわざとです。(笑