ヘタレな世良が告白しようとするお話。世良視点。






 「だあー!うあぁぁあああー!」
 「さっきからうるせぇんだよ!世良!」



神様お願い!



 「さ、堺さん!スミマセン……」


 ロッカールームから出て行こうとする堺さんの背中に謝った。周りを見るとみんなはいつもの光景だと言わんばかりの顔でこっちを見ていたのでみんなにもスミマセンと軽く頭を下げる。
 反省していたはずなのに頭に浮かんだのはちゃんの顔で、ちゃんのことで頭がいっぱいになってしまった俺は頭を下げたままの体勢のまましばらく固まった。


 「せ、世良さん大丈夫ですかね……?」
 「好きな女の子に告白するらしいよ」
 「へ、へぇ……(すごいな世良さん!)」


 手がぶるぶる震えて言うことをきかない所為で靴紐も上手く結べない。
 俺どうしちゃったんだよ、なんでこんなビビってんだ。


 「だあああぁぁぁぁっもーーーー!」


 いつもやっていることでさえもまともにできない苛立ちと、わけのわからない焦りから来る苛立ちでまた叫んでしまった。
 ネタにするどころかみんなが俺を哀れむような目で見ているのが伝わってきて辛い。


 「おい世良!時間大丈夫なのか?」
 「時間……げっもうこんな時間!スミマセン、お先に失礼しまっス!」


 ぐだぐだやっているとクラブハウスを出る予定の時間をとっくに過ぎていた。俺は靴紐もまともに結ばないまま鞄をひっつかんでロッカールームを飛び出す。みんなの笑い声が聞こえるけど気にしてられないし、廊下で永田さんに走るなと怒られようと今の俺には関係なかった。
 とにかく走ってクラブハウスを出て待ち合わせ場所までもひたすらに走る。こんなことくらいで切れるようなスタミナをしていない自分を誇らしく感じながら、今の俺は自分で思っているよりも精神的に余裕があるのではと思った。
 ……っていうのはやっぱ嘘です、ちゃんの顔が浮かんだ瞬間ありえないくらいの量の汗が掌から噴出しました。すみません神様、嘘ついてごめんなさい。俺はやっぱりビビりです、だからお願いします認めますからこの手汗をなんとかしてください。ちゃんの手を握るのに手がベタベタで嫌われるとか、そういうことにはなりたくない。


 待ち合わせの公園を目指して走っていると遠くに小さくちゃんらしき人の姿が見えた。
 でもちゃんらしき人は何故かしゃがんでいて顔を確認することができない。


 「ちゃん……?」


 スタミナはあると言えども全力疾走した後なので肩で息をして荒い呼吸を整えながらちゃんらしき人物に控えめに声をかけた。
 振り向いたのはちゃん本人で、声をかけるまで俺に気付いていなかったらしい彼女は目を丸くさせながら驚いている。


 「……ママ……」
 「一緒にママ探そうね」
 「ん?」


 ちゃんの目の前には小さな男の子がいて座り込んでしくしく泣いていたと思いきや、母親のことを思い出したのか俺の登場に驚いたのか今度は大泣きし始めた。
 泣くな男の子、泣きたいのは俺のほうだ。久しぶりに誘ったデートで遅刻するなんて俺は泣きたい気持ちでいっぱいなんだ。


 「この子迷子みたいなの」
 「迷子かー……」
 「ご両親も近くに見当たらないし……どうしよう」
 

 辺りを見回してみてもぽつぽつと親子連れの姿があるだけでこの子の親らしき人の姿はなかった。公園のもっと奥のほうには遊具や砂場があってよく子供が遊んでいるし、そっちの方から来たのかもしれない。


 「よし、俺がおぶってやるから一緒にお母さん探すぞ」
 「恭平くん大丈夫?練習で疲れてるんじゃ……」
 「大丈夫だって!ヘーキヘーキ!」


 ほら、としゃがむと男の子は素直に俺の背中に乗って、ついでに俺の服を掴むとぐしぐしと涙を拭いた。


 公園の案内板を見つけた俺達はここからそう遠くない所にある公園の管理センターに行ってみることにした。ちゃんと手を繋いで歩く予定だった公園だけど、その代りに彼女は男の子の背中を擦りながら話しかけている。
 管理センターに着くと運よく男の子を探していた母親とその場で出会うことができて、思っていたよりもすぐに男の子と母親は無事再会した。


 俺達は親子と別れてから行く当てもなく適当に公園の中を歩いた。すぐに親子は再開できたし大事にもならずに済んだけれどかと言ってちゃんの手を握るような甘い雰囲気もなく、どうするべきかそわそわしながら横を歩く。


 「お母さんすぐに見つかってよかったね」
 「うん……」
 「どうしたの恭平くん?」
 「あのさちゃん俺」


 手を繋ぎたいと言おうとした瞬間俺は靴紐を踏んで転んだ。スローモーションのようにゆっくりとちゃんの表情が変わっていくのがわかる。
 格好悪いし遅刻した挙句靴紐踏んで転ぶなんてダサすぎて、頭の中が真っ白になった。
 あの時手が震えていたせいで結べなかった靴紐を笑われようが何しようがロッカールームで誰かに結んでもらうべきだったと後悔する。


 「恭平くん大丈夫!?」
 「ごめん……」


 転んだはずなのに近くでちゃんの声がして彼女がしゃがんでいるのだとわかった。でも俺は恥ずかしくてちゃんの顔が見られずに地面を見つめる。


 「掌、擦り剥いちゃったね……」
 「これくらい大丈夫!」
 「血も出てるしこれ貼っとこう?」


 ちゃんはポーチから絆創膏を取り出して優しく傷口にあてた。その動作も声も一つ一つが優しくて、掌以外のもっと大きな部分の傷ですらも癒されていくのがわかる。


 「はい、これで大丈夫。本当は洗ったほうがいいんだけど……帰ったら消毒してね」


 優しく手を握られてからやっとちゃんの顔を見ることができた。俺の掌から顔へと視線を移したちゃんと目が合う。


 「俺、そういうところも全部ひっくるめてちゃんのことが好きだ」


 ぼそっと口から飛び出た言葉は声の大きさの割にはっきりとした意味を含んでいて、思わず大きく息を吸い込んだ。
 ちゃんに手を握られた勢いで頭の中がぐちゃぐちゃになった俺は頭で思ったことと口に出すべきことの区別がつかなくなったみたいだ。今のは間違いなく『頭で思ってるだけにしておかなければいけなかったこと』で、フォローするような台詞も思い浮かばなかった。
 今日告白するつもりだったのは本当だけどそれはちゃんに会う前までの話で、遅刻するし目の前で盛大に転ぶし、今日の俺は本当に格好悪いところだらけだ。
 朝のニュースの占いなんて信じるべきじゃない。何が決心を固めるのに最適の日だよ!今の俺はもうボロボロだ!もう手汗のことはどうでもいいです、神様お願いだから時間を戻してください!
 人は都合のいいときだけ神様にお願いをするんだ。こんな都合のいい時だけ神頼みするような人間の言うことでも聞いてくれんのかな、神様は。


 「恭平くん……」
 「はっ!?」


 目の前のちゃんを置いて現実逃避していた俺はちゃんが名前を呼ぶ声で我に返った。現実に戻ってきたら顔を真っ赤にしてるちゃんがいて、現実も現実で全然悪くない。


 「恭平くんあのね、聞いてくれる……?」
 「う、うん!なに?」
 「あのね、私も、その」
 「うん?」
 「恭平くんのことが、すきです……」


 一瞬何のことだかわからなかったけど何か言うちゃんが可愛くて仕方ないと思った。
 その後、ちゃんの言った言葉の意味を理解するのにかかった時間数十秒。絶望の展開を覚悟していただけに信じられない気持ちと喜びが入り混じっておかしなことになった。とりあえず朝の占いは馬鹿にできないし、明日からもちゃんと毎朝チェックするようにしようと心に誓う。


 「さっき男の子にすごく優しくしてる恭平くんを見てね、改めて好きだなって思いました」
 「!俺はもうわかんねー!全部好き、全部!」


 俺は俺の言ってる意味が一番わかんねぇ!なのにちゃんはずっとにこにこしてて、怪我してないほうの手をぎゅっと握ってくれた。よかった、今俺の掌ちゃんと乾いてる。



 次の日、告白の成功をみんなに報告したら思わぬブーイングを受けた。
 彼女つくるなんて生意気だとか、世良に彼女は100年早いとか、何でそんなこと赤崎に言われなきゃなんねーんだと思いつつ、そんなブーイングでさえも今の俺のこの幸せオーラはぶち壊せない。
 神様本当にありがとう、ちゃんと俺を出会わせてくれて。















2011/06/06
2022/02/06 大幅加筆修正