*あふれる 前*
「なんや、話には聞いとったけどえらいでかい学校やな」
白石はぽつりと無意識に呟いたあと、目の前に広がる広大な敷地を右から左へと眺めた。
校門には氷帝学園の文字。
ついにここまできてしまったのだと、文字を見て改めて自覚し白石は少し恥ずかしい気持ちになった。
合宿の自由時間、恐らく他の部員はそれぞれに東京観光を楽しんでいるだろう。
もちろん白石も誘われたが、白石はその誘いを適当にはぐらかして財布と携帯だけポケットに突っ込んだ。
どこに行くのかと部員に聞かれてもそれにも答えず、ちょっと遠出してくるわと一言告げた。
折角東京に来ているのにと他の部員は言ったが、それでも白石は苦笑するばかり。
「どうしても行きたい場所があんねん」と優しく笑った白石を見て、金色が白石の背中を押した。
金色以外の面々は頭上にクエスチョンマークを浮かべていたが、礼を言って足早に合宿所を出発する白石を見て誰もどうにもできず、後は金色のペースに飲まれて自分達も出かける準備を始めた。
とりあえず場所を調べて目的の場所に到着したのはいいが、白石は予想よりも大きな学校であったことに困っていた。
もちろん知らない土地に知り合いなどいない。…ある一人を除いては。
先ほどから突き刺さる視線と、声をかけられたときに適当に流すのにもいい加減疲れてきた。
なんで自由行動も制服でせなかあんねんと、ここにいない監督相手に白石は心の中で悪態をつく。
咄嗟に出した携帯もディスプレイを開けたあとにすぐ閉じた。
ここで折れては今まで秘密にしていたのも無駄になる。
「連絡入れるんはもう少し我慢や。頭使うんや、白石蔵ノ介…!」
白石の独り言は周りの生徒のざわめきの声に消えた。
* * *
「それでマーくんがね!」
「もー、さっきからその話ばっかり!またノロケ?」
「いいじゃん別にー」
また始まってしまったそういう話題に、私は胸が締め付けられるような思いがした。
中学三年生、好きな人だってできるし誰かと付き合う子だって珍しくない。
でもその話題を私に振られるのは困る。本当に困る。
現在進行形で恋愛の話を聞き流しているわけだけど、帰りの仕度をする私の手が速くなったのを見てももちろん友達は私のことを放っておかない。
「で、はどうなの?」
「だから…」
このやりとりは今月に入って何回目だろうか。
最近友達に彼氏ができて、私たちのグループはその話題でもちきりだ。
もちろんたくさんノロケ話を聞かされる。それだけならよかった。
女の子っていうのは自分と他人とを比べるのが大好きで、自分が満足したいためなら相手の話だって進んで聞こうとする。
友達だからそんなこと気にしてられないし気にしたくなかったけど、こう毎日毎日これが続けばうんざりするというものだ。
「えー、この前の滝沢くんはどうなったの?」
「どうなったも何も、告白もされてないよ」
「でもいい雰囲気だったじゃん」
「私はそうは思わないけどね!普通だよ、普通」
ちょっと男子と会話したってだけでこうだ。
本当に私と滝沢くんの間には何もない。むしろあってたまるか!
私にはちゃんと彼氏がいるし、私はその人のことが大好きだ。
でも私は友達にそのことを報告するつもりがなかった。
遠距離恋愛だから黙ってれば友達にはバレないし、それに最近付き合い始めた友達のように常に話題にされるのも嫌だ。
なんたって彼は私にはもったいないくらい完璧で格好よくて、今みたいに彼の存在が遠いときは自分でも時々これは夢なんじゃないかと思うことがあるくらい。
私はそんな彼のことを紹介するのが嫌だった。
写真を見せたりメールを見せたり、そうやって蔵ノ介くんのことをみんなと共有するのは気ノリしなかった。
「だって頑張ればすぐに彼氏できるって!」
「(もういるんだってば!)うん、そ、そうだね」
「なんかって男子にそっけないよね」
「(だって興味ないんだもん)どうかなぁ」
こんなにも私にあれこれ聞くのはわざとなんだろうか。
今まではこんなことなかった、上手く隠せてたはずだ。
友達に彼氏ができた今だからかもしれないけれど、何か気付かれたのか不安になった。
…私はきっと、みんなが蔵ノ介くんのことをきゃーきゃー言うのを見たくないだけなんだ。
「ちょっとー!ビッグニュースビッグニュース!」
先ほどの話題を教室でループしていると、別の友達が教室に飛び込んできた。
授業後だったとは言え声が大きかったせいか、みんなが一斉にその友達のほうを見た。
でも友達は全然気にしていない様子で、むしろ鼻息荒く私達のほうに近づいてきた。
「どうしたの?」
「今、校門に跡部様に勝るとも劣らないイケメンがいるという情報を入手!」
「跡部様に勝るとも劣らない!?」
「そんな人いるの?(まあ蔵ノ介くんなら勝つけどね!)」
「とにかくすごいイケメンらしいんだって!見に行こうよ!」
「そんな人を見世物みたいに…。私は委員会行かなきゃだからパス」
「ちょっと、ノリ悪いぞ!」
「だって委員会なんだもん、仕方ないでしょ」
「委員会までまだ30分もあるじゃん!はーい、行きましょうねちゃん」
「え、ちょ、なんで!」
「私はにも彼氏作ってもらって一緒に恋バナがしたい!」
「それ賛成!」
「そんな勝手な!」
思わずもう彼氏いるんだってばと言いそうになってしまった。
あー…ここで嫌だって言ったらまた面倒なことになるのかもしれない。
友達2人は目をキラキラ輝かせて、イケメンの登場に喜んでいる。
これで全然イケメンじゃなかったらいいのにななんて思いつつ、仕方なく私は友達に引っ張って行かれることにした。
* * *
白石が氷帝学園に到着して20分ほどが過ぎようとしていた。
以前状況は変わらずのままで、白石はもしかしたらもうは帰宅してしまった後なのではないかと思い始めた。
部活もしていないと言っていたし、それなら既に帰ってしまっていてもおかしくはない。
ここはもう携帯でに連絡を取るしかないかと少し諦めかけていた。
「なあ、自分」
「?」
この地では聞きなれない関西弁イントネーションを耳にし、白石は振り返った。
振り返ったところに立っていたのは忍足で、白石のことを足の先から頭のてっぺんまで観察していた。
変な人に絡まれたかと思いつつ、白石も言葉を捜す。
「間違うてたら悪いんやけど、自分大阪の四天宝寺中の人ちゃう?」
「そうやけど…」
忍足の眼鏡がキラリと光り、やっぱりなと肯いた。
「俺の従兄弟が中学そこやねん。まさか東京でその制服見る思わんかったし、めっちゃ驚いたわ」
「そうやったんか。なんや、すごい偶然やな」
忍足の言葉に白石が安堵の溜息をついた。
忍足は白石に話しかけてきた女子を除いて、初めてまともに話せる人間だった。
「自分、えらいさっきから目立っとるで」
「そうみたいやな…いろんな人に話しかけられるし、どうしようかと思っとったとこや」
白石がそう言って忍足から視線を外すと、不自然な動きをしながら数人のまとまりが散っていった。
気のせいでなければ、忍足に話しかけられるようになってから更に見物人が増えているような気がする。
「意味もなくこんなとこおるわけちゃうやろ?何しにきたん?」
「…人に会いに着たんや」
「人?誰に」
「きゃー!忍足くんがいるっ!」
私は心の中で叫ぶつもりが、思わず声に出して友達に叫んでいた。
頼むから忍足忍足と大声で叫ぶのはやめなさい!
私はあのまま友達に連れ出され、なんとか校門付近までやってきた。
確かに噂は本当のようで、校門のほうからやってきたらしい女子がこそこそ何か話している。
顔を赤くしている子もいたし、かなりみんな盛り上がっているみたいだった。
そうなると友達のテンションはどんどん高くなって、私はついていくのにも一苦労だ。
校門までダッシュ!とわけのわからないことを言い出した友達に従って私も仕方なく校門まで走った。
だんだんと見えてきたのは忍足くんの姿。
誰かと話しているようでこちらに背中を向けている。
友達は忍足くんの登場で更にテンションが高まった。
そして忍足くんの名前を叫びだした友達に、恥ずかしさやらいろんな気持ちをこめて私は怒鳴った。
名前を呼ばれて振り返る忍足くん。
あなたには本当にごめんなさいという気持ちでいっぱいです。
そして騒ぎに気付いたのか忍足くんの前にいた人物が腰を曲げて、私達のほうを見た。
どこかで見たことのあるような髪型、顔、服装だけは見たことのない制服姿だった。
左手には彼のトレードマークとも言うべき包帯が巻かれていて、これは何なんだろうと一瞬頭が追いつかなかった。
目の前に、蔵ノ介くんそっくりな人がいる。
忍足くんとそっくりな人に猛ダッシュしていく友達を、いつの間にか私は歩きながら眺めていた。
「、何やってんの!はやく!走って!」
友達の呼ぶ声が聞こえたけど、そんなことはどうでもよかった。
あっちに行きたいような行きたくないような、そんな気持ち。
そうしているとそのそっくりさんもこっちに歩いてきて、私は歩くのをやめようか戸惑った。
でも足は動くことを止めずすぐにその距離は縮まった。
忍足くんと友達と、他のチラ見していたギャラリーが不思議そうにこっちを見ている。
私とそのそっくりさんは、お互いを目の前にして歩くのを止めた。
「久しぶりやな、」
「く、くら、くら…」
「俺クララとちゃう、蔵ノ介や」
俺の名前忘れてしまったんかと、その人に頭を撫でられた。
いつも蔵ノ介くんがしてくれるみたいに少ししゃがんで私に視線を合わせて、彼は綺麗に笑った。
顔が熱い、きっと耳まで赤いんだろうな。
「ずっと校門のとこで待っとったんや。もう帰ってしもうたかと思ったけど、ちゃんと会えてよかったわ」
会えるはずのない学校の中に蔵ノ介くんがいる。
泣きそうだ、…っていうかもう泣いてるかもしれない。
蔵ノ介くんの後ろから数人の足音が聞こえて、私はそっちに視線を向けた。
「なんなん、自分さんと知り合いやったん?」
「そもそも俺、に会いにきたんやけど」
「会いたい人がおるって、さんのことやったん?」
「そうやで」
目の前で繰り広げられる関西弁トーク。
忍足くんがなんだか羨ましい。
「えっと、そっちのお2人さんはの友達?」
私の顔と友達の顔を交互に見て蔵ノ介くんが尋ねる。
その瞬間友達の顔も一気に赤くなって、こくこくと数回黙って肯いた後私のほうをじっと睨んだ。
えっと、これは、もしかして2人に無言の攻撃をされている…?
「俺の話聞いとるかもしれんけど一応。俺、大阪から来たの彼氏の白石蔵ノ介や」
その台詞を聞いた瞬間、私はしゃがんで膝を抱えずにはいられなかった。
嗚呼、ついに…ついに言ってしまったじゃないか。
忍足くんの「嘘やん」っていう一言が胸に突き刺さる。
それはどういう意味ですか?
でも顔を上げるのはもっと怖い…友達から突き刺すような鋭い視線をひしひしと感じています。
「ちゃん?」
「…ハイ」
「後で事情聴取ね?」
顔を上げると素晴らしく爽やかな笑顔の友達がいた。
事情聴取?と首を傾げる蔵ノ介くんだけでいいです…。
あとがき
若干長くなったので前後編で。
初白石…!
視点がいろいろ変わって申し訳ないです…後半は白石視線オンリーです。
多分後半のほうが面白いです笑
2011/12/19