*キャラメルハニー*
自惚れだったらどうしようかと思う。
自分でも正直全く意味がわからないんだけど、私はとんでもない人と仲良くなってしまったのかもしれない。
そんなことを考えながら私はベンチに座っている。
私が今飲んでいる飲み物はカフェラテのはずなのに、その苦味であるとかカフェラテの味が全くしない。
ごくり、飲み込む感覚はあったけれど本当に飲み込めたのかすらもわからない。
感覚が、ない。
「さん、大丈夫?」
「え、あ、うん、大丈夫!全然!」
声をかけられてあははと軽く笑ってみた。
私の横で微笑んでいるのは幸村くんで…この瞬間私の口からカフェラテがこぼれたりはしてないかなと、思わず右手で唇を拭った。
大丈夫、なんとかカフェラテは無事に飲み込めたらしい。
始めにも言ったように、これが自惚れだったらどうしようかと思う。
私には何もいいところなんて思いつかないし、あえて絞りだすとすれば…毎日元気に明るく過ごせてるところかな。
特に大きな悩みとかはないし(学力には問題はあるけど、きっと生きていくのに問題はないから大丈夫だと思っている)、良くも悪くもはいつも笑っているねと友達にも言われるくらいだ。
でもそんな私が今、あえて悩みとして挙げることがあるとすれば…幸村くんのことだと思う。
今も私がカフェラテを一人飲んでいたはずのベンチに彼が座っていて、驚いた。
流れでそのまま何かおしゃべりをしてたんだけどそのきっかけが全くもって思い出せない。
いつ、何処から現れたんですか幸村くん。
これだけなら悩みだなんて思わないけれど、問題はこういうことが最近増えていることだった。
美術の時間、ペアを組むことになってふと声をかけてきたのは幸村くんだった。
日直の仕事で職員室からプリントを運んでいたとき、俺も手伝うよと登場したのは幸村くんだった。
委員会で遅くなった日、お疲れ様と声をかけられてそのまま一緒に帰ることになり、しかももう遅いから家の前まで送らせてほしいと言われたのも幸村くんだった。
幸村くん、幸村くん、幸村くん…思い返してみれば最近になって幸村くんと時間を一緒に過ごすことが増えた。
最初はただの偶然だと思っていたけれど、流石に毎日こんなことがあるとわざとと言うか…これが偶然ではないんじゃないかと思えてきて。
絶対にそんなこと思いたくはないけれど、これは…もしかして?
幸村くんは私に意図的に声をかけてくれているんじゃないかと。
その目的ははっきりしないにせよ、何かあるんじゃないかという結論に至った。
救いだったのは、私が一人でどきどきしているだけだということだった。
いつもさりげなく登場する幸村くん、友達やその他の幸村くんファンの女の子たちが騒ぐようなことはなかった。
でも私の中ではむくむくと何か不自然な感情が膨らんでいって、それは幸村くんに対しての思いであることは確かで。
この気持ちを認めるべきなのか、それとも幸村くんが私にそんな風に接してくれるのは本当に偶然で自分で勝手に勘違いして舞い上がっているのか…そうだと思うと惨めすぎる。
でも日増しにこの思いは大きくなるばかりで、幸村くんの声を聞くたび、彼の姿を見るたびに顔が熱くなるのがわかった。
最初は普通に話せていたのに、だんだん目を見て話すのが恥ずかしくなってまともに顔も見られなくなった。
後ろから声をかけられるだけで私の体は飛び上がりそうになった。
幸村くんは人のそういう反応を見て楽しむ類の人じゃないと私は信じている。
でも、だとして私はどうしたらいいんだろう。
多分私、幸村くんのことが好きですって言えばいいんだろうか。
言ったとしてその展開が「ありがとう」なのか「ごめんね」なのか、この女も俺が少し親切にしただけで勘違いしてるんだとか思われたらショックだ。
ねえ、どうしたらいいんですか幸村くん。
幸村くんが考えていることが私にはちっともわかりません。
私のことどう思っているのか、どうしたいのか、いろいろわからないことだらけでもっともっとわからなくなってしまいそう。
「今日はとても天気がいいね」
「う、うん!」
幸村くんの横顔を見ながらいろいろ考えてたら、不意に話しかけられて私は上ずった声で返事をした。
太陽を眩しそうに見つめる幸村くん、その姿でさえも絵になるんだよね。
私はこんな遠い人に対してなんて思いを抱いたんだろう。
そうさせたのは幸村くんだけど、本当に私の思い上がりだったら私は馬鹿だとしか言いようがない。
だって男の子に優しくされたり、特定の子に頻繁に話しかけられたりしたことがなかったし…。
こんなことがこれからも毎日続いてたら、私が幸村くんのこと好きになるのは多分時間の問題だったんだろうなあ。
「昨日までは雨だったり曇りだったりしたから、尚更天気がいいように感じるな」
「そうだね。植物にとっては天気がいいのは大切なことだよね」
「うん。もちろん雨も曇りだって大切だけど、日光もとても大切だよ」
「幸村くんが育てたお花、本当に綺麗に咲いてるね。今日は一段と輝いて見えるなあ」
「俺にはさんの笑顔のほうが輝いて見えるよ」
最後の一言だけ、ばっちり視線を捉えられて言われた。
もちろん言ったあとにふわり、と笑うことを彼は忘れない。
幸村くん、ホストとかで働くの向いてるんじゃないかな。
人を喜ばせたり困らせたり、こういうのを手の平の上で転がすって言うんじゃないんだろうかと思う。
「晴れだとぽかぽかして気持ちいいね」
「授業に出るために教室に戻るのが嫌になるくらいにね」
「幸村くんでもそんなこと思うんだ?」
「思うさ。俺ってそんなに真面目な人間に見えるかな?」
「すごく真面目に見えるよ。私はぽかぽかしてたら教室でも寝ちゃうから」
「ふふ、知っているよ」
その一言も反則。
私がいつも授業中に居眠りしてるの知ってるって言うんだ?
確かに居眠りしてるけど、その姿を見てるよって言われると恥ずかしい。
「でも最近夕方から夜は寒いよね」
「そうだね、俺が部活から帰るころにはみんな寒い寒いって言ってるよ」
何か思い出したのか、幸村くんがクスクスと笑った。
部活楽しそうで羨ましいなあ。
「あ、ねえさん」
「なあに?」
「今日は放課後何か用事あるの?」
「んー、ないよ。どうしたの?」
「じゃあ、一緒に帰ろうよ」
さんが俺のこと待っててくれるならだけど、とつけたして幸村くんが呟いた。
これは幸村くんに試されてるんだろうか。
俺のこと待つの?それとも待たないの?って。
私に放課後用事がないことを知っておいて、あえてこうやって聞いてくる。
これで私が待たないって言ったら…それってそういうことだよね?
「いいよ、待ってる」
「さんならそう言ってくれると思ってたよ」
もちろん私の答えは決まっていた。
幸村くんの気持ちはわからないけど、彼が望むなら私はできるだけ長い間彼と一緒に時間を共有していたい。
それが自惚れだとしても、自惚れだと私が知るまでは私がそれを望んだって罰は当たらないはずだ。
「それじゃ、放課後にね」
「うん」
幸村くんはベンチから立ち上がり、少し振り向いて私に手を振ってからどこかへ行ってしまった。
幸村くんとは同じクラスなのに、彼は別れ際に次回の約束を取り付けるのが好きだった。
じゃあ次は何処でとか、いつにとか、例えそれが別れたあとに向かう同じ教室だとしてもそうやって言い残してから手を振って、彼は去っていった。
* * *
静かな図書館に低いバイブの音が響く。
私は素早く携帯を開いてバイブを止め、メールの中身を確認した。
メールの送信者は幸村くん。
家に帰ってからメールすることはあまりなかったけど、いつだか彼から教えられたものだった。
それも押し付けるようにじゃなくて、連絡を取らなければいけないような場面で教えてくるんだから仕方なく教えてくれたのか進んで教えてくれたのかすらわからない。
もしそれが後者だとすれば、本当に幸村くんはやり手だとしか言い様がないけれど。
こういうことも含めて全部、自惚れの対象になってしまうから恐ろしい。
メールの内容はシンプルなものだった。
寒いからどこか室内で待っていて欲しいと。
部活が終わったら連絡をして、そこまで迎えに行くからという内容だった。
そこまでしてもらうのは申し訳ないと思ったけど、そう返事したところで幸村くんがメールを見る余裕はないだろう。
私はメールを見たという意思表示のためにありがとうとだけ返事を送った。
携帯を閉じ、私は図書室で再び本を読むことにした。
図書館を利用する生徒も少なくなり、だいぶ日も落ちてしまった。
寒いかもしれないけれどずっと図書館に篭っていたせいか、唐突に新鮮な空気が吸いたいと思い立って私は外に出た。
こんな時間に帰る予定はなかったからマフラーを持っておらず、冷たい風が私の首元を刺した。
風はあまりなかったけれど、時々意地悪するように吹く突風が私にはナイフのように思えてならなかった。
こんな時間まで外で部活をしたり片付けをしたりしているんだと思うと、勉強に部活、委員会まで本当に幸村くんは忙しい人だなと思った。
思い立ってテニスコートの横を通ってみる。
まだ部活をしているようでボールを打つ音と威勢のいい掛け声が聞こえてきた。
寒いせいかフェンスに張り付く女子はほとんどいなかった。
通りがかりの生徒を装って少しフェンスに近づいてみると、やっぱりまだ練習をしていた。
少し離れたところに幸村くんの姿が見えて、いつも私と話しているときの彼とは全く雰囲気が違った。
私に気がついたのか幸村くんは顔を上げて一瞬こっちを見て少し微笑んだけど、すぐに厳しい表情に戻った。
悪いことをしてしまったかなと思って、私はすぐにその場を離れた。
あれから30分後くらいして、すっかり辺りは真っ暗になった。
息ももちろん白く、寒さのせいで携帯をいじるのも難しい。
どこか室内に入っていようかと思ったけれど、幸村くんが外で部活をしているのを見たあとに室内に逃げる気にはなれなかった。
きっと彼だって寒いに違いない。
もう感覚もなくなってきたし、寒いっていう感覚もこのままなくなってしまえばいいんだ。
「あっ」
手の中にあった携帯が震えて、幸村くんからのメール。
今の居場所を聞かれ、文字を打とうとするけど手がかじかんでいるせいで上手く文字が打てない。
携帯と格闘していて、後ろから近づく幸村くんには気がつかなかった。
「どうして外にいるんだい、寒いだろう」
振り向くと困った顔の幸村くん、手にはマフラー。
幸村くんはマフラーをそのまま私の首に回してから、私の頬に触れた。
「こんなに冷たくなって…いつから外にいたんだい?」
「いつからかな、わかんないや」
「さっきテニスコートに来ただろう?」
「うん、なんだかごめんね」
「どうして謝るんだい?」
「邪魔しちゃったかなって」
「邪魔だなんて思ってないよ。ただ、あまり見られたい姿ではなかったけれど」
言いながら、両手で私の頬を包み込む幸村くん。
視線を逸らせないし、目を閉じるわけにもいかない。
幸村くんの手がすごく暖かくてどんどん頬に感覚が戻ってくるような気がした。
「幸村くんの手、すごくあったかいね」
「さんの頬が冷たすぎるんだよ、無理するから」
「無理なんかしてないよ」
幸村くんは少し微笑んだあと、私の手を握って歩き出した。
手までこんなに冷たいと少し眉をひそめたけど、私が謝ると握った手を強めた。
幸村くん、なんとも思ってない子にもこんなに優しくするの?
私のことなんとも思ってないなら、もう優しくしてほしくないと思ってしまった。
しばらく歩いて自動販売機の前で幸村くんは立ち止まった。
幸村くんは小銭を入れて、あったかい飲み物のペットボトル飲料を買った。
「はい、さん」
「くれるの?」
「そうだよ、俺の手よりあったかいから」
「…申し訳ないな」
「いいから、はやく」
渡された飲み物を私はすぐに開けて一口飲んだ。
カフェラテと違って、味が口全体に伝わって食道を通っていくのがわかった気がした。
「ありがとう」
「どういたしまして。流石の俺でもさんの体の中まであっためてあげられないからね」
「…そうだね」
ベンチに座ろうと言われて大人しくベンチに座る。
外側はあたためてあげるよ、と肩を抱き寄せられたときは流石に固まった。
「幸村くんは寒くないの?」
「全く寒くないわけではないよ。やっぱり風は冷たいしね」
「そうだよね。あ、これ飲む?」
幸村くんが買ってくれたんだし、とペットボトルを差し出した。
私が幸村くんのを買ってくるべきなんだろうけど、幸村くんの右手は私を離してくれそうにはなかった。
幸村くんは私からペットボトルを受け取って、ゆっくりと私の肩から手を離した。
ゆっくり蓋をあけて、少し口に含んだ。
「ふふ、さん本当に無防備だね」
「む、むぼ!?」
「間接キスご馳走様。そろそろ帰ろうか、あんまり遅くなっちゃ家の人に心配かけちゃうね」
「!?」
手を引かれて立ち上がって引きずられるようにして歩き始めた。
友達といつもしているようにしただけなのに、間接キスと言葉にされるとこれもまた意識してしまう。
私のこと友達だって思ってないってことなのかな?
嗚呼、もう…もう…!
「ねえ、さん」
「なに?」
「いつになったら俺のこと、意識してくれる?」
歩きながら、もちろん手を繋ぎながら言われた。
ここにきて最後の押しと言えるかもしれない。
ここまでやっておいて、全く私の心境に変化がないと思ってるのかな…。
「毎日毎日毎日…」
「毎日?」
「どんな思いで私が学校にいるかわかる?」
「どういう意味?」
「幸村くんのことばっかり考えてるんだよ。私、自分が自惚れてるんじゃないかって、ずっと思って…」
「…」
「こういうこと、言うのが怖かった。だって、幸村くんのことわからないんだもん」
幸村くんが歩くのをやめた。
私が言ったことは80%告白と同じことだ…言ってしまった。
「すまなかったね、さんのこと不安にさせちゃってたみたいだ」
「…」
「俺、なんとも思ってないような子の手を握ったり、一緒に帰ったり、頬に触れたり、間接キスで喜んだりしないよ」
「…ほんとに?」
「本当。なあんだ、なんだか拍子抜けしちゃったよ」
私の体からも力が抜けた。
同時に幸村くんからぎゅっと抱きしめられて、私の体は再び強張ることになったけど。
寒さなんてもう何も感じない。
感じるのは幸村くんの匂いと、あたたかさだけだった。
「間接キスは今日で卒業だね」
「…っ、うん」
あとがき
最後が半端すぎてすみません!
手塚か幸村で甘っていうリクエストがきていたので、そのリクエスト作品になります。
やっぱり幸村でリクエストにお答えする形になりました。
楽しんでいただければ幸いです。
2011.12.31