*ちゃぴ 08*



昼休み、うろうろアテもなく校内を徘徊する俺。

時々誰かが俺に話しかけてくるけど、そんな声はあまり耳に届いてこなくて適当に挨拶だけ返しておいた。

大丈夫、あの中にテニス部の先輩はいない。

正直一方的に俺のことを知ってて話しかけてくる奴がほとんどだから、まともに返事してるんじゃキリがないしいろいろともたない。

俺ってもともと愛想はいいほうだし?

適当に挨拶しておけば後々何とかなるっしょ!



購買で食べたいパンをいくつか買って、教室に戻ろうと足を進める。

本当は屋上に行きたいところだけど、あまりしつこく屋上に通ったら仁王先輩に目をつけられるだろう。

屋上に行く目的は仁王先輩じゃなくてもっと別にあるけど、仁王先輩はそれにきっと気付いている。

気付かれていようがいまいが俺にはどうでもいいけど、俺だって邪魔はして欲しくないわけ。

そういう複雑な事情があるから、俺は仕方なく教室に向けて足を進めた。



「ん?もしかして今の……」


早くパンが食べたかった俺は、早足で廊下を歩いた。

その間に俺に声をかけてきた奴への対応は、もっともっと適当になったに違いない。

そんな中教室を目指してひたすら歩く俺の目は、見事なくらい正確に目の前を横切った先輩を捕らえた。

先輩がこの時間、屋上にいない?

このまま教室に帰るなんていうプランは完全に俺の中で消え去り、先輩を追いかけるという新たなプランが一瞬にして完成した。

先ほどよりも更に早足、もしかしたらこれはもう小走りと言うのかもしれない。

そんなスピードで俺は先輩が通り抜けて言った廊下を後を追うようにして進んだ。

先輩が向かった道は中庭に続いていて、中庭に足を踏み入れた俺は先輩の姿を探した。



「あれ、赤也くんだ」

「!?ど、どーもっス!」


左を見て右を見て、また右を向いたら目の前にはドアップの先輩の顔があった。

さっきはいなかったのにいつの間に俺の横に移動してきたんだ、この人?

そんな疑問はさておき、とりあえずパンのせいで手は上げられないので口だけで挨拶を返す。



「今日は中庭でお昼なの?」

「えーっと、ま、そんなとこっス!」


先輩の後をつけてきたなんて言えず、俺は適当に言葉を濁した。



「そうなんだ?じゃあ一緒にお昼食べる?それとも、他に約束あるかな?」

「ないっス!先輩がいいんだったら是非!」


それが目的だったから先輩から誘ってくれてよかった。

それにしても俺……ちょっとガッツキすぎたか?


先輩は場所をとってあったベンチへと俺を連れてってくれて、俺はそのベンチの上にパンを転がした。

てっきり仁王先輩が一緒なんだと思ったのにベンチは無人で、先輩の弁当箱とペットボトルだけが静かに置いてあった。



「ご飯食べようと思ったら赤也くんを見つけたの。今日一人だし思わず声かけちゃった」

「嬉しいっス!」

「本当に他に約束なかった?大丈夫?」

「全然!」


教室にいる友達は今頃昼食を食べ終えただろう。

男友達っていうのはそういうのに縛られてないから楽だ。



「そーいえば仁王先輩は?」


話が途切れて、俺は仁王先輩の話を切り出してみた。

純粋に何で一緒にいないのかが気になっただけだけど、仁王先輩は俺の先輩なんだし聞いたって不自然な質問じゃないはずだ。



「今ね、職員室に呼び出されてるの」

「呼び出しっスか!?」

「うん。よくあるみたいだから私は気にしてないんだけど」

「まー仁王先輩のことだしな。それで一人でお昼っスか?」

「屋上にぽつんといると寂しくなっちゃう気がして。中庭ならこの時間わりと賑やかでしょ?」


言ってから先輩は周りを見渡した。

ベンチは全部埋まってるし、地べたに座り込んでいる生徒も多い。

俺は頷いてから自分がとてもお腹がすいていたということを思い出した。

先輩もお弁当箱の蓋を開けようとしているところだったし、俺もがさがさとパンの袋を開けてパンに噛り付く。

先輩はいただきますと手を合わせてからお弁当を食べ始めた。

何も言っていなかったことに気がついた俺は急いでその場でいただきますと呟いたけど、口の中はパンでいっぱいだったから上手く言葉にはならなかった。

そんな俺の行動を先輩は笑いながら見ている。



「お腹すいてたの?」

「先輩に会った時は忘れてたんスけど、今になって自分がめちゃくちゃ腹減ってたことを思い出したっス」


偶然先輩のことを見つけられたのが嬉しくて嬉しくて、もうあの瞬間はパンなんてどうでもよかった。

おかしいな俺、いつからこんなに先輩のこと好きなんだ?

これがどういう類の好きなのかはわからないけど、でもとりあえず好きには変わりない。



「よく考えたら二人で話すのはぶつかった時以来……かな?」

「あー、そうかも」


先輩はあの時のことを思い出しているのか、箸を止めて目を閉じていた。

あの時は単純に先輩のことが怖かったけど、今俺の目の前にいる先輩はその時の先輩と何もかもが違って見える。

表情だって明るいし、この世の絶望を全て背負い込んだようなそんな顔はしていない。

これは全部全部仁王先輩のおかげなんだ。

先輩が笑えるようになったのも、顔色がよくなったのも、こうして俺と普通に話すことができるようになったのも全部仁王先輩のおかげ。

俺のおかげじゃない。



「赤也くん?」


不思議そうな顔で先輩が俺を見つめていて、俺は咄嗟に笑顔を作った。

馬鹿みたいに明るく笑って見せた。

ここで先輩にどうしたの?と聞かれてはいけない。絶対にだ。



「ハハハ、スミマセン!次の英単語テストのこと考えてたっス」

「テストかぁ。小テストでも気分って滅入るよね」

「そーなんスよ。俺英語が苦手で……でもヤバい点数取ったら先輩たちにネチネチ言われるし」

「なんだかテニス部って家族みたいだね」

「俺にとっちゃ、口うるさい父親と母親がたくさんいる気分で堪らないっスよ」

「テニス部のみんな、勉強もできるもんね」


私も勉強得意じゃないからな、と先輩が困った顔で笑った。

こんな顔でも先輩は笑うんだな。

いろんな先輩のことを見てるであろう仁王先輩が、単純に羨ましく思えた。



「先輩は柳生先輩と同じクラスなんスよね?」

「そうだよ。柳生くん勉強だけじゃなくてなんでもこなしちゃうからなぁ」

「柳生先輩、何やらせても完璧そう」

「私の知ってる限りでは柳生くんはいつでも完璧」


いいなぁ柳生先輩。

俺の周りにはこんなにもライバルが多い。多すぎる。

柳生先輩が先輩のことどう思ってるとかそんなこと知ったこっちゃないけど、先輩が「良い」と思ったものは全て俺のライバルだ。



「完璧って疲れないんスかね?」

「柳生くんはあれが普通だもんね。私だったら耐えられないけど」

「俺も」

「私は駄目人間だから、柳生くんと一緒にいるとこの人はすごいなぁ、次元が違うなぁっていつも思っちゃうの」

「めちゃくちゃわかるっス!」

「ほんと?だからって言うと柳生くんに少し失礼かもしれないけど、私は人間って完璧じゃなくてもいいと思うんだ……」


ペットボトルのお茶を飲んで一息ついている先輩。

俺はそんな先輩の横顔をひたすら見つめながら、先輩が続きを話すのを待つ。

その間、視線だけ先輩のまま俺もパンを一口かじって租借した。



「私は完璧じゃないところを尊重するっていう方法があってもいいと思うの」

「完璧なのも個性っスけど、完璧じゃないのも個性っしょ。俺はそれでアリだと思いますよ」


思ったより真剣な話になって、これはこれでいいにせよ空気が重たく感じた。

先輩はいつもこんな難しいことを考えているんだろうか。

他人について俺は深く考えないし、正直そんなことはどうでもいいと思って今まで生きてきた。

もしかしたら、こうやっていろいろ考えてしまう先輩だからこそああいうぶっ飛んだ考え(仁王先輩が犬だとか)もできてしまうんじゃないかと思った。

理屈じゃどうにもできないことは想像で補って、なんとかして理屈っぽくしてみせる。

そんな先輩の脳内構造を少し垣間見た気がした。



「じゃあ完璧じゃない人同士がくっついて、お互いの持ってるものを分け合うのはどうっスか?」

「んー、例えば?」

「寂しがりな先輩の隙間は俺のこういう能天気な性格で埋める。俺の乱暴なところは先輩の優しさで埋める、とか」

「とてもいいと思うよ」


今日一番の笑顔をくれて俺はすごく嬉しかったけど、先輩は言葉の真意には気がついていないんだろう。

きっと先輩は俺の駄目なところを補ってくれると思うし、そうしてもらえるなら本当に嬉しい。

でもそうはならない、さっきの先輩の反応を見て俺はそれをなんとなく理解した。

願っても叶わないことをたくさん考えていると、それだけで惨めな気持ちになる。

食べ物を食べた後なのに、足先や指先が一瞬にして熱を奪われたように冷たくなった。



「この世界ってなーんか……思い通りにならないことばっかっスね。俺が都合よすぎることばっか考えてるだけなのかもしんねーけど」

「……?そうだね、思い通りにならないことのほうが多いかもしれないね」


先輩は知らない、俺が今その状況に置かれていることを。

そうやって人は人の想いを知らず知らずのうちに堂々と踏みにじり、知らん顔して通りすぎていくんだ。

今の先輩だってやってることはそれと何ら変わらない。

……そういう俺も同じことを誰かにしてるんだろうけど。











「こんなところで何しとるんじゃ?」

「!?ちゃぴ?」

「仁王先輩!?」


先輩との間によくわからない雰囲気が流れてしまったところで、神出鬼没な仁王先輩が現れた。

仁王先輩は先輩の背中に体重をかけるような形でのしかかりながら、隣にいる俺の顔をニヤニヤと覗き込んでいた。

この顔は何かよくないことを考えているに決まってる。

重い!と抗議する先輩の耳元で謝罪の言葉を述べた仁王先輩は、先輩が顔を赤くしたのを見てそれはそれは満足気だった。

多分先輩の反応を見て楽しんでるんじゃなくて、横に座ってる俺にただ見せ付けたいだけだ。



、お茶一口くれんか」

「いいけど……お昼は?」

「あまり腹減っとらんき、いらん」


先輩から手渡されたお茶を本当に一口だけ飲んで、仁王先輩はそれ以上何も口にしようとはしなかったし仁王先輩のお腹の鳴る音を聞くこともなかった。

でもこの行動だって、ただ俺に対する見せつけなんだろ……?

俺は堂々と仁王先輩に遊ばれているのに、先輩はそんな仁王先輩の気持ちに気付いていないから平気で仁王先輩と一緒に俺のことをいじめてくる。

これをいじめと呼ぶに値するのか、それともいじめ以上の行為なのかはわからないけど、今俺の心は二人の先輩によって踏み荒らされている。

自覚あってそれをする仁王先輩と、無自覚の先輩。

本当にタチが悪いのはどっちなんだろう。



「ねぇ、二人ともそろそろ戻らなきゃ」

は先に戻っとってくれんか?すぐ追いかけるき」

「うん?」

「赤也に部活関連の連絡をするだけじゃ」

「ああ、うん、わかった」


部活の連絡なら今ここですればいい、俺も先輩も考えていることは多分同じだけどなんとなくそれを切り出してはいけない、切り出させない空気を仁王先輩は持っていた。

先輩はきっと部外者に聞かれてはいけない話もあるんだろうなとか、そんな風に考えているんだろう。

でも実際俺らはただの中学生テニス部員で、国家機密に値するようなレベルの作戦なんてものがあるはずもない。

聞かれてマズイ話が存在するなら逆に教えてほしいくらいだ。

先輩は先に行くねと言っててから俺に手を振り、荷物を持ってその場を後にした。



「何スか、連絡って」

「いや、大したことはじゃないんじゃ」


仁王先輩が何も言わずに先輩を追いかけようと立ち上がったので、俺は慌てて先輩に話かけた。

勝手に人のこと呼び止めておいて何も言わずに自分だけ帰ろうとするとか、訳わかんねぇ。



「少し前まで俺は、割と自分の思い通りに世界を回すことはできると思っとった」

「……俺と先輩の話、盗み聞きしてたんスか?」

「でも事情が変わってきたナリ。もお前も、俺の考えるようには動いてくれん」

「そりゃ人間ですから、俺も先輩も」

「最近では俺自身ですらも、思い通りに動いてくれん。困ったもんじゃ」


仁王先輩は俺の質問には答えず、言いたいことだけ言ってさっさと先輩を追いかけて行った。

仁王先輩が何を言いたかったのか全然わからなかったけど、俺の頭は再び考えることをやめた。

もういいや、考えるっていうことに関する部分は先輩に補ってもらいたいから放っておこう。






半分ずつでどうでしょうか
(俺の半分と先輩の半分をくっつけて……)
































あとがき

赤也と急接近(?)の回でした。
それだけじゃ赤也相手になってしまうので、最後に仁王はデザートで登場

2011.03.01