!ご一読ください!

シリーズ『桃色の弾丸』はデレデレしている財前をテーマに書いている作品です。

・毒舌な財前
・クールで格好いい財前

こんな財前をお求めの方はお読みになると後悔します。

・恋愛脳なデレデレ財前(所謂キャラ崩壊)に興味がある、もしくはそんな財前も許せる
・ぶりっ子財前、泣き虫財前、ヘタレ財前などどんとこい
・下品、変態なのもどんとこい
・財前メインなのに出張る3年2組のあの二人のことも許せる
・とりあえずどんな財前でも許す!

上記を承諾いただける方のみスクロールをお願い致します。
小説を読んだ後の苦情は受付ておりませんのでご了承ください。

※小説は時季関係なく並べてあります。新しいものほど右側です。













































 クールなはずの彼の瞳からぽろりと零れる涙には、リアリティが感じられなかった。



弾は貫通せず



 教室でクラスメイトに別れを告げ一人校門へと歩いていると、校門を出る直前に「あ」と声が聞こえた気がして思わず振り向いた。立っていたのはクラスメイトである白石くんと忍足くんの部活の後輩の二年生で、彼は目を見開いたまま立ち尽くしていた。
 教室に来ることも珍しくはないので彼の顔は知っているものの、挨拶をされるほど話したこともなければ二人以外の接点もない。最初驚いたような表情だった彼は今は唇をしっかりと結んで睨むように私と視線を交わしていて、立ち止まるんじゃなかったと少し後悔した。
 こちらから声を掛けるほどの話題もない、白石くんや忍足くんのことを話すのも何か違う……というのもただでさえ話したことがない彼だけど、感情の起伏がないというか無感動というか、なんせ何を考えているかが読めない子という印象が強くて正直苦手だ。後輩のわりに少しふてぶてしくてそんなところも含めて二人はこの子のことを可愛がっているんだろうけど、人と距離を置いているような態度とか、冷静に周りを観察している感じが私はあまり好きじゃなかった。顔をまじまじと見るのも今回が初めてだと思う。
 改めて顔を凝視してみると端整な顔立ちをしているし、表情から感情が読み取れないせいか大人びて見えた。よく見ると耳にはたくさんピアスを開けていて、やんちゃしている子なんかなと思いがらも益々彼のことがよくわからなくなる。

 見つめあうこと30秒程、会釈してこの場を立ち去ろうかと思ったら不意に彼の瞳から何かがきらりと光って落ちたのが見えて私の身体は固まった。次から次へと何かがぽろぽろ、よく見ると彼は目から大粒の涙を流していてそれが頬を伝って地面へと落ちていく。
 普段先輩たちにも物怖じしない彼が、クールで毒舌で3年生からもきゃあきゃあ言われているような彼が私の目の前で唇を噛みしめて泣いていた。こうなると会釈をしてこの場を後にすることもできず、私は目の前で小さく嗚咽を漏らして泣いている彼を見ながら引き続き固まる。
 彼が泣いているのが不思議で仕方なかった。彼は人前で泣くような人には見えないし、それに何よりもどうして私が彼を泣かせてしまったのかが全く分からない。


 「あの……私何か君に悪いことでもした、かなぁ……?」


 泣かせてしまった理由に全く身に覚えがなかったのでとにかく謝ろうと思い切って声をかけると、少年はびくりと肩を震わせた。てっきりいつもの冷たい瞳で睨まれるのではと思っていたから、彼の反応に私は首を捻るしかない。
 彼は何か言いたそうに口を開くものの、出てくるのは嗚咽ばかりでなかなか声にならなかった。


 「……れの……まえ……」
 「え?」
 「俺の名前……君やない……」
 「……」


 予想外の返事をされて私は言葉に詰まる。てっきり私に対しての不満であったり、そうでなくても泣いている原因を語ってくれるだろうと期待していたからこんな言葉が返ってくるとは思いもしなかった。
 俺の名前は君じゃないと言われても私は彼のことをクラスメイトの後輩としか認知していない。こんなところで出くわして二人きりで会話することになるなんていう未来を知っていたら、私は今ここで彼の名前を呼んであげられたのに申し訳ないことをした。


 「あの、えっと」
 「まさかさん……俺のこと知らんなんてことあり得ませんよね?」


 ごめんなさいわかりませんと言おうとしたものの、目を擦っていた手の隙間から先程のは嘘泣きかと疑いたくなるような鋭い視線を向けられ私は続きを話すのをやめた。しかも何故か彼は私の名前まで知っている、それも苗字ではなく下の名前だ。
 校内で有名人でもなんでもない私の名前は知られているのに私は有名人の彼の名前を思い出せないだなんて失礼すぎるので、こうなったら名前を思い出す他に選択肢はなくなった。
 なんとしてでも彼の名前を思い出してやろうと時間稼ぎのために私はヘラヘラと愛想笑いをしながらも、2年生なのに全然可愛くない、可愛いどころか謎の威圧感を放つ彼に先程から目を泳がせっぱなしだ。
 ……ありふれた名前ではなかった気がする。佐藤とか鈴木とかクラスに何人もいるような名前じゃない、多分この学校に同じ名前の人はいない。……ドラマに出てくる登場人物と同じやったような……?


 「あぁ!あ~……はいはい」
 「……?」


 親がテレビで見ていた昔の医療系ドラマの再放送に出てくる登場人物の名前を思い出した私は、達成感で満たされながら一人で納得したように何度も頷いた。本番には弱いほうだと思っていたけれど追い詰められると本領発揮できるタイプだったらしい、人間やればできるものだ。
 表情と態度をコロコロ変える先輩のクラスメイトに何を期待しているのか、私の顔を見つめる少年の顔は飼い主を待つ犬みたいになっている。


 「君、ぜんざいくんやろ?そやそや、ぜんざいくん!」


 下の名前は知らない、彼の先輩たちがぜんざいとしか呼ばないんやから知るはずもない。私はできるだけ頑張ってぜんざいくんに微笑みながら、何で泣いてるん?と顔を覗き込んでもう一度尋ねた。
 これで解決かと思えばぜんざいくんは更に顔を赤くしてさっきよりもっと涙をぽろぽろさせながら拳をぎゅっと握るから、まさか私のことを殴る気なのでは?と警戒して一歩身を引くはめになる。
 言葉で伝わらないのなら暴力で訴えるなんて、考えるだけで恐ろしかった。


 「さんの阿呆!」
 「あほ!?」
 「俺はこんなにもさんのこと好きやのに何でなんですか?何で全然俺のこと見てくれへんのですか?俺に興味ないんですか?俺のことなんてどうでもええって思っとるんですか?俺何の用もないのにわざわざ部長たちのおるクラス行くん、全部さんのためやったのになんで……なんで……!」


 早口で少年が紡いだ言葉の意味がわからず、私は彼を落ち着かせようと試みる。


 「ぜんざいくん落ち着いて?ゆっくり話そう?」
 「俺の名前はぜんざいやない!財前光やー!」


 うわーんという効果音が良く似合う、豪快な泣きっぷりだった。
 失礼なことに私が連呼していた名前は間違えていて、それが財前くんを逆なですることになったのは言うまでもない。
 財前くんは財前光やー!と自己紹介をしてくれた後私に飛び掛かってきて、突然のことに避けきれなかった私は見事に財前くんの腕の中に納まった。
 年下のイケメンくんに抱きしめられるのは悪い気はしないけど、それ以上に財前くんがあの鋭い眼光で「ちょお先輩顔かしぃや」と言って来たらどうしようかと考えると喜んでばかりはいられない。校門の近くなんかよりもベタだけど体育館裏なんかに呼び出して……ああ、なんで名前間違えてしまったんやろ。


 「あの、ほんまにごめん財前くん。名前間違えるなんて失礼なことして、ほんまにごめんなさい」
 「……」


 体育館裏に連れて行かれる前に何とか許してもらわねばと、財前くんの腕の中で私はできる限り彼に謝罪した。
 恥ずかしいから離してほしいけれど、逃げると思われて彼をよくない方向に刺激したくないのでじっとしたまま財前くんの出方を窺う。
 財前くんの顔は見えないけれど心なしか腕の力が強まっている気がして、このままじゃ連れて行かれると危機を感じた私は更に謝り続けた。


 「ほんまに謝ることしかできんのやけど……財前くんのこと傷つけたやんね」
 「光」
 「え?」
 「俺の名前、財前光や」
 「う、うん、だから財前くん」
 「光って呼んでくれなさんのこと放さへん」


 ぐすっと、私の頭の上で鼻をすするような音がした。もしかして財前くんが泣いているのかと視線を上にやるとうっすらとまた彼の瞳に涙が浮かんでいる。
 財前くん一体どうした。
 私のクラスに来ていたときの財前くんは泣くよりも泣かせるタイプのクールボーイで、先輩達にはいつもツッコミ役やしボケてるところも見たことがない。他人から見たらただイチャついているように見えるこのやりとりも本当は笑いをとるためのネタでしかないのかもしれないと思った。
 名前で呼んでっていうのは財前くん渾身のボケで私は突っ込むべきなのか……財前くんの考えてることが全く理解できなくて、こんなところで笑いをとりにきてるわけないしなとか考え始めるとどんな反応をしていいかわからない。


 「あの、財前くん」
 「光」
 「えっと……じゃあ光くん」


 ぎゅううううううううう
 片方の手が頭の後ろに添えらえて先程よりも密着ハグの形になった。ここまでくるともう私が普段教室で見ていた財前光と同一人物に思えず、だったらこの人は一体……?と別のことで頭を悩ませることになる。
 イケメンにハグされる嬉しさとかここが学校である恥ずかしさとかそんなことよりも、この人はどこの誰で何のためにこんなことをしているのかっていうことばかりが気になって、自分の身の安全のことを考えると心臓がバクバクした。


 「……君本当に光くん?」
 「そうやけど」
 「2年生の財前光くん?テニス部の?」
 「そうやけど、やったらなんなんスか」


 さっきまでぐずぐず鼻を鳴らしていた彼はどこかに行ったのかと思うくらいいつも通りの声色の光くんの声がして、私は彼の腕の中で何度も何度も首を傾げた。
 泣いたりクールになったりを繰り返す自称財前光の彼は、涙目のまま気だるそうな瞳を私に向けている。


 「ずっと気になってたんやけど、最初?私が名前間違う前、光くん私に声かけてくれた?」
 「声かけたっちゅうか『あ、さんや』って思わず声出た」
 「その時私振り向いて、しばらくしたら光くん泣いてた……やんね?あれは、その……何かあったんかなって」
 「偶然さんに会えたのが嬉しすぎて、気が付いたら泣いとったんです」
 「……それだけ?」
 「……それだけですけど」


 私に会えたのが嬉しくて泣いたという意味不明な新しいワードが飛び出してきて、私の脳みそは再び混乱した。
 光くんは何か問題でも?とでも言いたいような態度だし、何となくこれ以上この話題を振ってはいけないような空気が流れる。
 聞きたいことはまだまだあるので気持ちを切り替えてさっきの話は聞かなかった方向で話を進めた。


 「っていうか光くん私に阿呆って言ったやんね?」
 「さん、ちゅうしてもええですか?」
 「ちょ、え、人の話聞こうや?」


 話題を変えたいだけなのか本気なのか光くんはとんでもない申し出をしてきて、さすがの私も身構える。
 両肩に光くんの手が添えられて身体は動かないように固定されるし若干地面に押さえつけられてるし、顔はゆっくり迫ってくるしで大声を上げたい気持ちでいっぱいになった。
 キスしてもいいですかなんてあかんに決まってるし、いくら顔がいいからって誰にでもこんなこと言ってるとしたら引く。



 「ぎゃーー!財前!お前何しとんのや!」
 「お、忍足くん!」
 「……」


 本気で身の危険を感じて大声を上げかけたとき、遠くのほうから聞きなれた声が聞こえて私も光くんも反射的にそっちを見た。
 離れたところから砂埃を上げながらすごい速さで忍足くんが走ってくるのが見えて、安心したのか腰が抜けて地面にへたり込む。


 「なにしてんねん財前!」
 「忍足くんこの子ちょっとおかしい!なんかいつもと違う!」
 「はぁ?」
 「いつもクールで鼻で笑ってる感じやん?でも今日はなんか違うねん、急に泣き出すし……」
 「財前が泣く?……、自分財前のことシバいたんか?」
 「なんでそうなるんよ!私襲われかけたんやで!」
 「はぁ?どういうことや財前!」
 「謙也!」


 忍足くんが光くんに詰め寄ろうとした時、忍足くんの後ろから今度は白石くんが現れて私達と合流した。
 白石くんは私と光くんの顔を交互に見たあと最後に忍足くんの顔を見たものの、忍足くんもさっぱりわからんって顔をする。


 「財前、部活全然来んし連絡もないから心配しとったんやで」
 「……」
 「さん、何や巻き込んだみたいですまんな」
 「巻き込まれたっていうか……」


 横目で光くんを見ると彼は下を向いたまま誰の顔を観ようともしない。
 光くん?と声を掛けてみると視線だけが私のほうに向いて、その瞳がさっき泣いていたときと同じ色をしていて心配になった。


 「校門のところで光くんが声かけてくれたんやけどね……私、光くんの名前間違えちゃって」
 「何を間違えんねん」
 「……ぜんざいくんって」
 「「……」」
 「二人とも無言はやめて」


 面白くないと思うけどこれはギャグでもネタでもないので笑われなかったほうがよかったかもしれない。
 私は改めて光くんに謝ろうと光くんの正面に立って光くんに頭を下げた。


 「ほんまにごめんなさい」
 「……許さへんって言ったらどないします?」
 「……どうしたら許してくれるか考える」


 冷ややかな視線を浴びるのが怖くて光くんの顔は見れなかった。頭を下げながらも先程襲われかけたことを思い出して、この嫌な予感が当たりませんようにと心の中で祈る。


 「先輩が俺と付き合ってくれるんやったら許しますけど」
 「「「はぁ?」」」
 「何でもしてくれるんですよね?」
 「考えるとは言ったけど何でもするとは言ってへん!」
 「財前、ふざけとる場合や「ふざけてなんかないっすよ」


 少しだけ声を荒げた忍足くんの言葉を遮った光くんの声は震えていて目が再び潤み始めていた。
 白石くんと忍足くんが顔を見合すものの言葉を発する気配はない。


 「部長たちの前でさんのことぎゅうってしたりベタベタしたりすんのは嫌やと思っとったけど、もう我慢できへん」
 「……光くん?」
 「ずっとさんのこと見てるだけなんも無理や。いろんなこと想像するんももうそんなんじゃ物足りへん」
 「……え、えっと」
 「さんのことほんまに好きです。やから一緒におって欲しい」


 固まってしまって身動きのとれない3年生3人をよそに光くんは私の唇にキスをした。
 愛の告白の他にあまり聞きたくなかった告白もされてしまったけど、この数十分の間に起こった出来事が自分に降りかかったことではないような気がしてなんだか他人事のような気持ちのままゆっくりと唇に手を当ててみる。良くも悪くも実感がなかった。
 白石くんも忍足くんも声をあげることも止めに入ることもできないまま、驚いた表情で私たちを見ている。
 偶然私に会えて嬉しかったとか本当は私のことを想ってくれていたとか、光くんはクールな一面と泣き虫で可愛い一面があるとか、新しい情報量が私の脳のキャパシティを超えていて処理が追いつく気配が全くなかった。


 「……私年下って恋愛対象として見たことがないんやけど」
 「俺さんをリードできるように……精神的にもさんより大人になれるように頑張ります」
 「ほんまに?」
 「ほんまに。やからもうちょっとだけ……ちゅうさせてください」
 「ちょ、おい!それとこれとは話が違うやろ!」


 またキスしようとした光くんは白石くんと忍足くんによって取り押さえられた。
 未だに自分のことだと思えない私はお説教されている光くんを見つめながら自分の頬を引っ張ってみる。……確かに痛い。







 「さんはこれでよかったん?」
 「私のこと好きっていう気持ちを無碍にするのも……って思ったの半分、断ったら大変なことになりそうやからって気持ち半分かな」
 「ほんまにそれでええんか?」
 「……なんか悔しいけど……とりあえず責任とってもらおうかなって」
 「……そうか」


 部長と話しすぎや!と勢いよく話に割り込んできた光くんを見て、白石くんは苦笑を漏らした。忍足くんは何か恐ろしいものでも見るような表情で光くんを見ている。


 「さっきから思っとったけどギャップありすぎやろ財前……」
 「さん限定なんで。謙也さんも同じようにしてもらえる思たら大間違いですわ」
 「そんなん俺やってごめんやっちゅー話や!」


 寒気がすると言いながら忍足くんは自分自身を抱きしめている。今回ばかりは忍足くんの態度はオーバーリアクションではないように感じられた。


 「ハァ……これからさんにいろんなことできる思たら俺……」
 「光くんこわッ!!」


 目を爛々と輝かせながらにやにやと笑うる光くんに、これから先の不安しか考えられなくなった。
 それなのに光くんのことなんて嫌い!と言えないのは光くんをこんなふうにしてしまった(?)責任感からなのか、母性本能からなのか、はたまた私の本能が光くんに男としての魅力を見出したからなのかは定かではない。
 部活に連行されようとしている光くんの「ちゅうして」の最後のお願いを笑顔でぶった切ながら、思い描いていた理想と全く違う初カレ財前光くんの存在を受け入れるしかないのだと決心した。





















あとがき

やってしまった財前デレデレシリーズ。
もっとデレデレさせたいと思っていますので、よければお付き合いください。

2012.03.15
2017/01/25 加筆修正
2018/05/23 加筆修正
2022/01/23 加筆修正