幼馴染相手にヘタレな謙也が頑張るお話。






 その横顔は久しぶりに見た横顔やった。



痛いの、恥ずかしいの、可愛いの



 マフラーに顔を半分埋めながら俺の家の前に立っとったのは小学生のころからの友人やった。
 家は割と近いしオカン同士は仲がいいからのオカンにはよく会う。も同じ中学やから顔はよくあわすけど、昔のときみたいに話したりする機会はなくなっとった。しゃあないことやと思う、これが男女の線引きっちゅーもんで自然な流れなんやと俺は思っとる。
 仲が悪くなったわけやない、話そうと思えばいつだって話せるけどなんや照れくさいというか何を話していいかわからんというか、ガキのころからの付き合いであるが故に昔と今のを知らず知らずのうちに比べたりなんかもして、俺が勝手にドキドキしとるっちゅーこっちゃ。
 家の前に立っとるのがやと気付いたとき正直話しかけてええもんかどうか迷った。それやのには俺の存在に気付かずずっと前を向いとって、それを見とった俺はいつまでこうしとるんかとむずむずしてきて、結局俺が声をかけるはめになってしまった。じれったいのは嫌いなんや!


 「おぅ、やないか」
 「謙也くん?」
 「久しぶりやな」
 「久しぶりやね」


 さも今帰ってきましたよっちゅー感じで声をかけた。
 話しかけられたはほんまに俺に気付いてなかったみたいで少し焦っとるようやった。俺に話しかけられただけで何をそんなに焦る必要があるっちゅーんや。


 「俺の家になんか用事なん?」
 「うん、ちょっとね……」
 「寒いやろ、家入ぃや」
 「い、いや、ええねんっ!」
 「なんでやねん、用事あるんとちゃうんか?」
 「そやけどな、うん、そやけど……」


 俺がチャリを片付けとる間、こんなやり取りが続いては家の外にいたまんまやった。用事があるのに入らんとか何がしたいねん、俺にはさっぱり意味わからんわ。
 結局チャリを片付け終わってしもて家に入ろうとしてもまだはその場から動こうとせんかった。


 「……俺もう入るで?」
 「あ、うん、どうぞ」
 「なんでやねん、おかしいやろ!ちゅーか何しにきたんや?」


 俺が用事を聞くとは明らかに視線を逸らしながら口ごもる。そないに言いにくいことなんかと思いつつも、俺の中で少し期待していた俺に会いにきたという理由は脆くも崩れていった。


 「まさか俺のストーカーでもする気なんか?」
 「ちゃう!絶対にちゃう!」


 俺の冗談だけめちゃくちゃ必死に否定されて俺は内心泣きそうな気持ちでいっぱいや。もう少し優しくしてくれてもええんとちゃうやろか……。


 「じゃあなんやねん!はよ言えや!」
 「……せっかち」
 「知っとる!」


 言いながらの顔を覗き込むとは唇を噛み締めて険しい表情をしとった。それから小さな声で何か呟いた。
 こんなん言ったら心の狭い男やと思われるかもしれんけど、俺は早う白黒はっきりして欲しいんや!
 そんな思いから少しキツい声で何て言ったんか聞きなおすと、は弱々しい表情になって話し始めた。


 「……注射、しにきてん」
 「注射?」
 「うん、昨日お母さんが謙也くんのお母さんと話しとったんやて。それで……」


 話を聞くと受験前にインフルエンザにかかったらあかんからという理由では予防注射を受けることにしていたらしい。そしたらオカンがオトンに頼んだるからいつでも家に来たらええと言ったらしくそれで休診日の今日、学校帰りに予防注射を受けることが決まったと。なるほどなあと俺が言うと、は黙って頷いた。


 「せやったらはよ家入ぃや」
 「うん……」


 俺が促してもまだはその場から動こうとせん。こんな寒い日に外におって風邪なんて引いてみぃ、それこそ何のために俺ん家きたんか意味わからんわ。
 俺は無理やりの手首掴んでそのまま家の中まで引っ張り込むことにした。


 「!?」
 「ほら、はよ行くで」


 は簡単にその場から動いてすぐに玄関の中や。最初からこうしとけばよかったと思いながら俺はせっせと靴を脱ぎ始める。


 「オカンー!きとるでー!」


 大声でオカンを呼ぶとオカンがリビングから出てきて、まるでリレーでもするかのように今度はオカンがオトンを呼んだ。


 「ちゃん久しぶりやねぇ!」
 「お久しぶりです。今日はありがとうございます」
 「ええのよー、気にせんとって!すぐ準備してもらうからね。ほらほら、はよ上がって」
 「お邪魔します」


 オカンは嬉しそうに笑いながら客人用のスリッパを出した。は靴を脱いでから丁寧に靴を揃えて、お礼を言ってからスリッパを履く。オカンが診察室に行っているようにと促してからまたリビングに消えた。


 「オトンすぐ来ると思うわ。ちょっと待っとってな」
 「……うん」


 俺はこういう場合どうしたらええんやろか。が注射されてるところを横で見てるんはおかしいし、ほなさいならとさっさと行ってしまったほがええんか?本人にそれを聞くのもなんかおかしいし、どうしようかと突っ立っとるとオトンが階段から降りてきた。


 「なんや謙也ー、一緒に帰ってきたんか?」
 「ち、違うわ阿呆!」
 「ハハハ、何をそんなムキになっとんのや。ちゃん久しぶりやな」
 「お久しぶりです」
 「久しぶりに会うっちゅうんはええこっちゃ。病気になっとらん証拠やからな」


 オトンはそう言いながら笑って先に診察室に入っていった。取り残された俺と。とうとう俺はどないせなあかんかの選択を迫られる。


 「じゃあ俺……」


 やっぱり俺が一緒に行くんはおかしいと思ってリビングへ向かおうとした。なのにの手がいつの間にか俺の制服の袖を掴んどって、俺はそのまま足止めを食らう。は何も言わんし俺は進むに進まれへんし、袖を掴まれたまま俺は焦る。


 「どないしたん?何かあるんか?」
 「……」
 「……なあ、言わんとわからんで?」


 俺が聞いてもは俯くばかりで診察室に行こうともせんしだからと言って手を離してくれるわけでもない。
 自分なぁ、口ついとるんやろ?そう言いたくなったけどそうやって攻めるんはあかんと直感的にわかってた。
 頑なに診察室に行きたがらない理由、そういえば俺ん家に入るんやってはためらっとった。まさか……まさかな?そんな理由は考えもせんかったけど……俺は頭に浮かんだ一つの可能性を聞いてみることにした。


 「……注射怖いん?」


 ぴくっとの体が動いた。同時に俺は頭を抱え半分呆れてなんて言ったらいいんかわからんくなった。俺らもう中3やで、今までに注射なんて何回もしてきたんちゃうんか?


 「ほんまに注射怖いん?」
 「……嫌い」
 「痛くないし大丈夫やって」


 俺は無駄やと思いながらもいろいろとフォローしてみた。まあわかっとったけどやっぱり俺のそんな言葉での注射嫌いが直るわけもなく、はその場で固まった。今更注射やめるわけにもいかんやんか……俺は諦めての背中を押す。


 「しゃーないからついてったる。ほら、行くで」
 「……」
 「引きずってでも行くで、


 は昔から近所でも評判のしっかりした女の子やった。俺が何かやらかすたびにいつもオカンからはの名前が飛び出して、なんで謙也は……とよく叱られたもんや。オカンが玄関でこうやって注射が嫌やって駄々こねてるを見たらなんて思うんやろうか。
 は大人にも子供にも弱みを見せることのないしっかりした女の子やった。やから俺はのこんな姿なんて見たことがない。そら注射が嫌なんて呆れる理由ではあるかもしれんけどそんでもこういうを知ってるんは自分だけなんちゃうやろかって、何か変な優越感みたいなんを抱いた。
 やからこそ決めた。俺はが注射されてるんを見届けるし、そこでどんな反応しても全部受け止めたる。


 「オトンもう準備できてんで」
 「……謙也くん、注射終わるまでついててくれるん?」
 「ちゃんと横におったる。やから、な?」
 「……うん」


 今日一番弱々しい声でがOKを口にした。注射受けるんはそこまで勇気のいることなんやろか、俺は注射器とか見慣れてしまって親近感しかわかんわ。



* * *



 「最初に熱だけ測ってな」


 オトンがに体温計を渡してが熱を測る。部屋にはどんよりとした重たい空気が漂っとって、オトンの明るい声と対照的にの顔は死んどった。
 俺が一緒に診察室に入ったときオトンの顔は明らかに「何でお前が一緒におるねん」と言いたそうやった。理由を説明すべきか迷ったけど俺はあえてそんなオトンを見てみぬふりした。なんとなくオトンがニヤっと笑った気がして、ああこのオッサン勘違いしとるなと心の中で溜め息をつく。


 「よっしゃ熱ないな。それじゃあ、腕出して」


 オトンが体温計を片付けながら言うとの顔がまた一層強張った。がちらりと俺を心配そうな表情で見つめる。


 「大丈夫やって」


 俺は言いながらの制服の袖を折って腕を出させた。こうでもせえへんとは固まったままじっとしとる気がしたからや。はされるがままで自分の腕を見つめとる。俺はのオカンか!と突っ込みたくなったけどその言葉は飲み込んだ。


 「一瞬痛いだけや。目逸らしときぃ」


 さっきの俺の一言でオトンは全ての状況を理解したみたいで簡単なフォローを入れつつ腕を消毒した。は精一杯首を回して顔を逸らしとるけど目は閉じず、視線は俺に向けられとる。なんや恥ずかしいなぁ、俺は苦笑するしかできんくて何もには言ってあげられんかった。
 しかも知らん間に今度は俺の制服のズボンを掴んどって、ズボンを掴みながらの手が俺の太ももの上に置かれとる状態になる。目で見つめられ手は太ももの上に置かれ、気ぃ抜いたら俺はいろんな意味でアウトや。


「いくでー」


 オトンの能天気な声がした後にの眉間に皺がよった。俺は注射されるわけでもないし注射が嫌いなわけでもないのになんか知らんけどめちゃくちゃ緊張しとる。どうしていいかわからず気が付くと両手で俺の太ももに置かれたの手を握り締めとって、無駄な力入りまくりや。


 「終わったで」
 「……ありがとうございました」
 「いえいえ。じゃあおじさんは退散するし後は二人でごゆっくり」


 いろいろ終わったらリビングおいでやと言い残すとオトンは診察室から出て行った。いろいろ終わったらのいろいろって何やねん!俺ら別にそういう関係とちゃうし!……自分で言っとって悲しいけどな、コレ。


 「もう落ち着いたか?」
 「うん……大丈夫」


 が顔を赤くしながら言うから俺も自分のしたことが一気に恥ずかしく思えて目を逸らした。


 「うわ、泣いてるんか?」
 「泣いてなんかっ」
 「でも目尻、若干濡れとるで」


 ほんまによぉーく見てみると、の目尻にほんまに少しだけ水分があった。この水分は涙やろ、ちゃうって言ったけど涙に決まっとる。


 「泣くほどのもんとちゃうやろ」
 「泣いてへん!」
 「ハイハイ」


 親指でその部分を擦るとやっぱり濡れとった。


 「……リビング行こか」
 「……そうやね」


 変なことしたわけちゃうのに気まずくなってしもたから適当に話を切り出してを連れ出した。
 

 リビングに入るとオトンとオカンが俺らを見た瞬間嫌な感じのニヤニヤした笑顔を見せた。
 テーブルには紅茶とお菓子が用意してあって、オカンがそこにを座らせる。俺も座ろうとしたらオカンにキツく睨まれた。


 「謙也、あんたは制服着替えてくんのが先や」
 「わかったわかった……あんま困らすようなことすんなや?」
 「そんなことせえへんし。ねぇ?」


 オカンがに笑いかけるとが曖昧な表情で笑った。
 俺はいつもより速く階段を駆け上がっていつもの数倍のスピードでジャージに着替えて、リビングを出た2分後にはリビングに戻った。


 「いつもにも増して速いやないの」
 「……気のせいやろ」
 「ふうん」


 オカンが意味あり気に言うとがクスクスと笑った。
 それからはオカンの質問攻めが始まって俺はテレビを見ながら横でこっそりその話を聞いとった。受験のこととか勉強のこととか、そんなん聞いてどないすんねんと思いながらも俺はテレビに集中しとるふりをする。


 「そういえば謙也」


 いきなり俺に話しが振られてそこで初めて俺は話の輪に入るような反応をして見せた。


 「なんや?」
 「あんた、ちゃんと仲良うさせてもろてんの?」
 「ブッ!」


 俺と、二人同時にその場で固まった。オカンの言う仲良うは、昔のような仲良うじゃない。つまり男女が付き合うっちゅー意味での仲良うや。


 「隠さんてもええのにー」
 「ちゃう!オカンあんなぁ」
 「お母さん、ちゃんやったらいじわるせぇへんから安心し」


 以外やったらどんないじわるをするんか気になったけど今はそんな質問をしてる場合とちゃう。オカンは更に質問を続けた。


 「あんた、ちゃんに変なことしてへんやろね?」
 「ちょ、オカン待ちぃや」
 「向こうの親御さん心配させるようなことしたら許さへんで」


 既には言い返す隙を与えてもらえず口を開いたまま停止しとった。
 まず誤解や、俺はそもそもにそういうことする権利すら持っとらん。その誤解を解こうとするもオカンは自分の思い込みで勝手にベラベラ話し続ける。これはもうしゃーない、今ここで解決できる話とちゃう!


 「あー、もううるさいねん!もうええ!行くで!」
 「え?謙也くん?」
 「ほらさっさとせえ!トロいんは腹立つんや!」


 俺はを立ち上がらせてからの体を前へと押した。片手にの紅茶、片手にお菓子を持って仕方がないから早く行けとのケツを足で蹴って押す。よく弟にやってまうことやけど、まさかのケツを蹴る日がくるとは思わんかった。は押されてそのまま廊下まで出て、俺に言われるがまま階段を上った。


 「ちょ、謙也くん!」
 「階段上ってすぐ左の部屋や、はよ行け!」
 「謙也ー!あんたほんまにちゃんに変なことしたらあかんで!」
 「うるさい、わかっとるわ!」


 後ろで叫ぶオカンに叫び返してから部屋に入って少し乱暴に紅茶とお菓子をテーブルに置いた。


 「人の話聞けっちゅー話や!思い込みでいろいろ質問してきよって!」


 まぁまぁとになだめられる。これでと俺が気まずくなったらどないすんねん!


 「すまんな、後でオカンにはちゃんと言っとくわ……」
 「ええよええよ。謙也くん年頃やし、おばさんもそういうの気になるんやって」
 「年頃なんはも同じやん」
 「そうやけど」


 言ってから何がオモロかったんかわからんけど、二人して笑いあった。が怒ってないってわかって一安心やわ。


 「それよりも謙也くん、さっき足で私のお尻蹴ったやろ!」
 「あー、それもすまん。……手塞がとったんやし、堪忍してや」
 「足でお尻触られるとか初めてやわ」
 「触るって何やねん!俺が触りたくて触ったみたいな言い方すんなや!」


 俺が言い返すとはクスクス笑っとって一瞬焦ったけどこのことについてもは怒ってないんやとわかってよかった。
 が紅茶を飲んで俺がお菓子を食べとる時間静かになって、のほうを見たらもこっちを見てとって慌てて視線を逸らした。とりあえず自分の部屋にを連れてきたものの落ち着くはずがなくて、無駄に部屋にあるものを眺めたりするしかない。いきなり部屋に連れてこられたはもっと困っとるやろう。


 「私、男の子の部屋に入るん初めて」
 「そうなん?」


 興味なさそうな返事をしたけど実際は興味ありまくりや。私彼氏がおるからこういうことされたら困るなんて言われたら俺は今晩枕をびしょびしょにするハメになっとったやろう。


 「さっきは……注射のときはありがとう。ごめんね、迷惑かけて」
 「ええって。まさかが注射嫌いやとは想像もせんかったけどな」
 「……お母さんに注射してもらってきって言われたとき、ほんまにどうしようかと思ってん。謙也くんの家についてもなかなかインターホン押せへんくって」
 「そうこうしとるうちに俺が帰ってきたっちゅーことやな?」
 「……うん」
 「どれくらい家の前おったん?」
 「30分はおったかなぁ」


 30分!?30分もよう同じとこ立ってられるわ!俺が言うとは頬を膨らませた。俺にとってはなんでもないことでもにとっては相当大変なことなんやろな。


 「制服掴んじゃったし……ズボン、皺いったりしてへん?」
 「大丈夫や。ほんま、さっきのことは何も気にせんてええし」


 それよりもの手を握ってしまったことのほうが気がかりや。勢いに任せてあんなことしてもうたけど普段の俺やったらあんなこと絶対できん。
 さっきの場面を思い出して赤面しそうになって置いてあったクッションに思い切り顔を沈めた。今の俺のこんな顔、に見られたないんや……。


 「どうしたん……?大丈夫?」
 「大丈夫、ほんまに大丈夫や、なんともない」


 落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせながら横を向いたらすぐ目の前にの顔があってめちゃくちゃ驚いた。が俺と同じようにして寝転んどってこっちを見つめとった。あまりにも急すぎる不意打ちに、俺はまたクッションに顔を沈めるハメになる。
 何のためにはこんなことしたいんや?俺がオカンにああやって言われたからって何もせえへんと思っとるんやろか。それともそもそもそういう対象とすら思われてないんやろか。
 俺は確かにヘタレやけど、ずっとこうやってクッションで顔隠しててええわけがない!こんなとき白石やったら笑顔で、財前やったら表情一つ変えず相手に喰らいついて行くような気がする……あかん!そういうことは想像するもんやない!
 二人の相手がに摩り替わって、があいつらに襲われとる姿を想像してしまったことに後悔した。


 「白石も財前もあかんっ!」
 「白石……?財前……?」
 「なんもない、こっちの話や」
 「ふうん?……私、財前くんはわからへんし白石くんは顔しか知らんけど……」


 今の俺はめちゃくちゃ格好悪くて不細工な顔をしとる気がする。でも話を無視してると思われるんは嫌やからゆっくりと横を向いた。


 「……謙也くんのほうがええなぁ」


 相変わらずは俺の横に寝ころんどってこっちを見とる。距離にして20cmあるかないかってところや。


 「……阿呆っ」


 言った言葉に反して俺との距離はゼロになった。丁度俺の首元にの顔、さっきの一言は完璧なる俺の照れ隠しや。


 「おばさんに怒られるで」
 「見られてへんから怒られへん」
 「……さっきからずっとドアの外から見てはるよ」
 「嘘やろっ!?」


 飛び起きてドアのほうを見てみたけどドアはきっちり閉まってて誰もおらへんかった。クスクスと笑い声が聞こえて俺はゆっくりとのほうを振り返る。


 「謙也くん焦りすぎ」
 「あーもー!なんやねん!」
 「相変わらずヘタレやなあ」
 「ヘタレで悪いかっ!」


 言ってからの腕を掴んで引っ張って、その勢いのまま唇をの唇に押し付けて、何を思ったかの体を押して自分から遠ざけた。


 「ヘタレでもこれくらいできるんやで……!」
 「うわ、うわ、うわうわうわ……!」
 「さっきから思っとったけどな……俺のことからかっとるんとちゃうやろな!」
 「謙也くんこそ、私のことからかってるんとちゃうよね?」
 「阿呆か!好きでもなんでもない女に下手くそなキスできるか!」


 好きやからなんとしてでもしたかった、それだけや。どうでもいいような女にそんなことする意味ないし、俺が恥ずかしいだけやし、下手やろうが形になってなかろうがきっとやったら笑って許してくれると思ったんや。


 「先に告白してくれたらいいやん!私目開けたままキスしてもたん、恥ずかしいわ」


 あの時のの驚いた顔はずっと忘れへん。キスしたときに目開けとったのも、俺が突き放したときに寂しげな顔したんも、全部全部絶対に忘れへん。
 が望むならいつでも今回の初キスのエピソードを聞かせたる。俺は絶対に忘れへんから、最初から最後までちゃんと話して聞かせたる。……やけど寂しげな顔にめちゃくちゃそそられたんだけは、これからずっと秘密にさせてもらうわ。
























あとがき

収集がつかなくなってしまったのがよくわかるけどヘタレな謙也大好き。
注射云々のくだりは完璧な思いつきなので、ああいうことができるのかどうかはわかりません。

2012/03/20
2022/02/06 加筆修正