*ちゃぴ 12*
家についてからすぐには着替えてくるからと言って自室に入って行った。
すぐに戻っては来ないだろうと思って、俺も持参したスウェットに着替えることにした。
今晩泊まる訳だし(変な意味ではない)制服で寝るわけにもいかないから当然着替えは必要だったけど、俺はどれだけこの家でくつろぐ気満々なんだろう。
さっさと着替えてしまったもののがなかなか戻ってこなくて、だからと言って勝手にソファに座っているのも気が引けて……俺は一人その場に立ち尽くしていた。
「ごめんね、ハンガー探してたら遅くなっちゃった」
「!?!?」
軽快な足音と一緒にが戻ってきた。
それはいかん、ああああいかんぜよ、駄目じゃ……。
片手にハンガーを持ったが近づいてくる、同時に俺は我慢の限界を迎えそうになる。
薄手のパーカーに下はタオル素材のハーフパンツ、ハーフパンツと言うか太ももがほとんど全部見えている。
裸足でぺたぺた歩くのは可愛いから許そう、その服装だって可愛いからいいけれども、そんな無防備な格好で近寄ってくるの心情を考えたとき、俺は悲しくなった。
やっぱり俺は男として見られていないんじゃないだろうか。
けれど悲しい思いと同時にに触れたいという思いも爆発しそうになって、今日学校で会いに行かなかったことを後悔した。
「大きいハンガーがなかなか見つからなくって。ちゃぴの制服これにかけてね」
「わんっ」
「ちゃぴっ、ちょっと!」
こんな時だけ犬のフリをしてソファにを押し倒した。
今までのパターンだと絶対に相手の女はこの後俺に喰われることになる。
落ち着け、俺がしていいのはここまでじゃ。
こうやってじゃれて遊ぶだけ、それ以上のことはアウト。
最初は自分でもどうなるかと思ったけど、抱きついているとそっちの欲求は少しずつ薄れて行って、のことを性的な意味で抱きたいというよりこのままずっとこうしていたいという感情のほうが勝った。
しばらくに抱きついたままじっとしていたら、今度はの手が背中に回ってきて俺の背中をポンポンと軽く叩く。
「相変わらずちゃぴは大きい」
を起こして向い合せに座ると、今度はから俺に抱きついてきた。
「こうしてると落ち着く」
「……」
「お腹すいたよね?ご飯準備するから待ってて!」
落ち着くを通り越して俺のほうはかなり心臓がうるさかった。
一緒にいると落ち着くというのもあるけれど、それ以上のことを考えることもある。
そういう意味では母親や姉などと同じ愛の形を持っているし、異性としての愛の形も持っている。
俺が性的な愛情だけではもう満たされないところまで来たんだと気が付くまで、どうしてこんな回り道をしてしまったんだろう。
「「いただきます」」
俺は目の前に並んでいる夕食の数々に胸を撫で下ろした。
よかった、ドッグフードは回避できたようだ。
夕食は俺が家で食べているようなありふれたメニューだったけど、見た目も良かったし味も美味しかった。
今日も家族の人は仕事で帰ってこないと言っていたし、普段からこういうことは慣れているのかもしれない。
「食べられる?」
「そんなマイナスな聞き方することないじゃろ。ちゃんと上手い」
「本当?」
本当と答えると、は笑顔でよかったと呟いた。
何でもかんでも比べてしまうのはよくないかもしれないけれど、誰かの家に行ってこんなに穏やかな気持ちでいられたことは初めてだ。
他に家族がいないからということももちろん理由として挙げられる。今までは食事を部屋に持って行って二人で食べたり深夜にリビングに下りて行ったりそういうコソコソした行動が当たり前だった。
中学生なんだしそんなものかもしれないけれど、お邪魔している以上後ろめたさや申し訳なさを感じなかったことはない。
例えもしこの場にの家族が帰ってきたとしても、今はちゃんと向き合えると思う。
それくらいのことは真面目だ。
「考え事?」
「一緒に風呂入るんかと考えとっただけじゃ」
「は、入るわけないでしょ馬鹿!」
「昔は一緒に入ってたじゃろ?」
「そうだけど……今は、ちゃぴだって犬の姿してないし!私、男の人とお風呂なんて入ったことないもん!」
誤魔化すための言い訳でしかない台詞だった。
今はまだ俺たちにそういうことははやすぎる。
少なくとも、に真実を話すまではそういうことをに求めることはできない。
夕食後、二人でソファに座ってテレビを見た。
今日はが毎週欠かさずみているドラマの放送日らしく、夕食の時にもその話題は出ていた。
俺は全く見たことがないドラマだったけど、が見るというから一緒に見ることにした。
食器の片づけを終えたがドラマ開始と同時にソファに駆け寄り、俺の横に座る。
俺はどちらかと言うとドラマよりもドラマを見ているに興味があったから、ずっとの横顔を眺めていた。
話しかけることはしない。絶対に機嫌を損ねるということは分かっている。
髪の毛を触ってもは怒らなかったので、髪の毛を触りながら俺はテレビ画面との横顔を交互に見つめた。
女子は本当に恋愛ドラマが好きなんじゃのう……。
ドラマが終わって、俺が先に風呂に入った。
いつも通りに風呂に入って所要時間は20分。
短いとに言われたけど、男ならこんなもんじゃないだろうか。
次にが風呂に入ってくると言って、その後からもう俺はずっとそわそわしっぱなしだ。
風呂上りの姿ほど手を出したくなる瞬間はないと思う。
もちろんに変なことはしないけど、抱きしめるくらいは許してもらいたい。
所要時間45分、がタオルで髪の毛を拭きながらリビングに戻ってきた。
俺はを手招きして足の間に座らせる。
そのままタオルを受け取っての髪の毛を拭く。
「ちゃぴってやっぱり普段とお風呂上りじゃ雰囲気違うね」
「も違うぜよ、色気8割増しじゃ」
「私に色気あってもねぇ」
はははと笑い飛ばしたに心底驚いた。絶対に恥ずかしがると思ったのに。
「ちゃぴの髪の毛、後で乾かしてあげるね」
「ん」
一通り髪の毛を拭き終わってからに後ろから抱きつく。
風呂上りはさすがにシャンプーの匂いしかしない。
は抱きつかれながらテレビを見ていた。
「今日のちゃぴは甘えん坊さんだね」
「今日は特別じゃ」
「学校ではそういうことしないのに」
「みんなにバレたら困るじゃろ」
そうだねとは答えてからテレビを消した。
俺の手を取ってずんずん洗面所まで進み、俺の髪の毛をドライヤーで乾かす。
「ほとんど乾いてるけど、長いからちょっと湿ってる」
「普段は自然乾燥しかしとらん」
「風邪引いちゃうよ」
俺の髪の毛が乾いたら今度は交代して、俺がの髪の毛を乾かした。
ドライヤーの音がうるさいからほとんど話さず、もくもくと髪の毛を乾かす。
何度か鏡越しに目があって、その度には微笑んだ。
髪の毛が乾いてからの部屋に向かった。
ここからが俺の頑張りどころだ。
どれだけ自分に言い聞かせても、駄目なところまできてしまえば理性を保てる自信がないのが真実だけど。
「先にちゃぴベッド入って」
「はどこで寝るんじゃ?」
俺は言われた通りベッドに入りながら部屋を見渡した。
片付いていて綺麗だということはよくわかるけれども、どこにも布団が見当たらない。
「別の部屋で寝るんか?」
「ここで寝るよ?」
俺がどういうことか考えていると、が同じベッドに潜りこんできた。
いかんいかん、いくら男と付き合ったことがないからってこれはいかんじゃろ……!
俺に頑張れと?我慢しろと?……もしできなかったら謝るしかない。
普通の男がこんなことされたらいい奴なら勘違いする。もし悪い奴だったら速攻襲ってるところだ。
残念ながら俺も、にお熱な赤也も後者なことは認めざるを得ないのが悔しい。
「私あんまり寝相よくないけど、怒らないでね」
ちゃぴも殴ったりしたら嫌だよ、とは言ったけどそういう問題ではないと思う。
「殴ったりはせんけど、他のことはするかもしれん」
「他って何するの?」
「……。は気にせんのか?」
「何を?私は久しぶりにちゃぴと一緒に寝られて嬉しいよ」
電気消すねーという能天気な声が聞こえてきたので、俺はもういろいろ諦めることにした。
俺が我慢さえすればいいんだ……。
「お前さん、赤也呼んで同じことしようだなんて考えとらんじゃろな?」
「赤也くん?考えてないけど、何で?」
「……気にせんていい」
「変なの」
その後もと話をした。
部活のことや学校のこと、家族のこと……今まででこんなに長く話したのは初めてだ。
何時間話したからわからないけど、そのうちにの返事が何を聞いても「うん」としか言わなくなって、しばらくしてから静かな寝息が聞こえてきた。
目の前で(しかも二人で同じ布団にいる)好きな人が寝息を立てているなんて生き地獄に思えた。
そっと近づいて頬を撫でても目を覚まさない。
本物のちゃぴが死んだとき、はこの布団の中で何日の夜を泣いて過ごしたんだろう。
もう湿っているはずがないのに手は枕をさすっていた。
俺がちゃぴじゃないと知ったらはまたこの布団で涙を流すのだろうか。
「……すまん」
「に、おくん……」
「!?」
独り言の予定だったはずがから返事が返ってきた。
起こしてしまったのかもしれないと思ったが、どうやら寝言だったみたいだ。
それよりも気になったのは、今俺のこと仁王くんって呼んだ……?
今まで我慢していたものがとうとうぷつんと途切れてしまった。
のせいにはしたくないけど、半分のせいでもあると思う。
頬に手を添えて一瞬だけ唇を重ねた。
後で後悔するかもしれないけれどもう仕方がない、これで本当に終わり、我慢する。
なるべくおかしなことを考えないようにに背を向けて、俺も目を閉じた。
俺も悪いし君も悪い
(キスしたってバレたら怒るだろうか)
あとがき
お泊り編終了。
あとどれくらいになるかな・・・20話にはならない気がする。
2012.07.01