*二次元に閉じ込める*
体育が終わって、暑い疲れたと言いながら友達と更衣室に行くべくわいわいしとった。
こんな暑い日に外で体育なんて…誰か熱中症で倒れたらどうするつもりなんやろ。
でも女子の中には、気持ち悪いんです言うて保健委員の白石くんの出番を心待ちにする子もいるのかもしれない。
残念ながら私の王子様光くんはクラスどころか学年も違うので、私が倒れようとも気分が悪くなろうと、絶対に助けには来てくれへんけど。
「さーん!!」
「げ、このタイミングで出てくるか!?」
「うわ、財前くん酷い言われよう」
そんなことを考えてたらタイミングよく光くんが走ってきた。
まだ休み時間じゃないのにと思ったけど、光くんの手にはスケッチブックと鉛筆が握られていて、美術の授業ででデッサンでもしてたんやろうかと察しがついた。
友達と一緒に着替えに行きたいところやけど、きっと光くんはすぐには解放してくれへんやろう。
それに友達の前で恥ずかしいこと言われたりされたりするのも嫌だ。(こっちのほうが問題)
手を振りかえしてそのまま歩いて行ったら、光くんまた泣くやろしなぁ…。
私は友達にそういうわけやからと先に着替えに行ってもらって、光くんがここまで来るのを待った。
「体育やったんですか?」
「そうやで(体操服着てるからわかるやんね…?)」
「さんの体操服姿や…ハァハァ」
友達に先に行ってもらってよかったと思わずにはいられない。
私は光くんのハァハァコメントを無視して、はやく切り上げようと試みる。
「光くんは美術やった?」
「そういうことっすわ。デッサンしてたんですわ」
「上手く描けた?」
「見たいんですか?」
自分でこの質問したくせに後悔した。
光くんて絵上手いんやろかと思ったけど、この話は長くなるからあかんかったな…。
「また今度でいいよ」
「えっ…」
「や、やっぱり見せてもらおかな!」
一瞬にして光くんの瞳に涙がじんわりと浮かぶのが見えてしまって、スルーするわけには行かなくなった。
体育の授業は着替えのことを見越して少し早めに終わる、やから今はまだ他の生徒は授業の真っ最中。
こんな静かな時間に光くんにわんわん泣かれたら…迷惑をかけるどころの騒ぎじゃない。
そんな私の心配を知りもしない嬉しそうな光くんは私を日陰まで連れて行って、それからスケッチブックを開いた。
「今日のテーマは何なん?」
「花描いてこい言われたんですわ」
「花かー。あ、光くん割と上手」
スケッチブックには3種類の花が描かれていて、可もなく不可もなくといった出来栄えやった。
光くん好きじゃないことには手抜くところあるから、もしかしたらデッサン適当なんかもしれへんけど。
私が褒めると光くんは嬉しそうに笑って、ご褒美もらおーと言ってから私に抱きついた。
ご機嫌さんやなぁ。
「他にも描いたんすわ」
「そうなんや?何描いたん?」
「さん」
「え」
ばっと勢いよく捲られたスケッチブックには、先ほどの花のデッサンなんかよりも遥かに力の篭った作品が並んでいた。
いつも鏡で見ているのと同じ顔がたくさん描かれている。
ポーズや表情もいろいろで、いつの間にこんなもの描いたんですかと少し怖くも感じたり…。
「よくもまぁこんなにたくさん…」
「力作っすわ」
「うん、めちゃくちゃ上手やなと思ってしまった」
「ほんまですか!」
光くんがぎゅうぎゅう抱きついてくる。
君の喜びの表現は私に抱きつくことなんですか…。
「普段からさんのこと観察しとるから、全部手に取るように感じとって描けるんや」
「へ、へぇ…(なんか発言が変態やなぁ)」
光くんは絵の解説をしながらいろいろと見せてくれる。
中には今日の授業内容のようなデッサンもあったので、私が体育やったこと知ってたんやんかと突っ込みたくなった。
なるほど、今日の体育の時間はどこかで光くんにずっと見られていたということですね。
「もっと上手くなったら、さんの等身大サイズのデッサンを完成させて、それをいろいろな用途に使うつもりしてるんで」
「等身大サイズのデッサン!?そんなん描いてどうすんの!?」
「印刷会社に持って行って抱き枕にしてもろたりとか…」
「抱き枕!?」
「あとはタペストリーにして飾るんもええと思いませんか?」
「全く思わんけど!」
「写真もええけど、自分で描いたもんやと夢が広がるやろ?」
どういう意味なのか尋ねると、本当ならば部屋に写真を貼りたいところやけど、それやと自分の妄想は織り交ぜることができないからそういう部分はデッサンで補うつもりらしい。
その話を聞いて私はこっそり光くんに写真も撮られているのかもしれないということを考えてしまって、彼氏というかもはやストーカー行為やと言ってやりたくなった。
「抱き枕はよ欲しいなぁ…。そしたら家でもさんと一緒におるみたいに思えるわ」
「家でくらい一人のほうがええんちゃうん?」
「そないなことあらへん。毎晩さんと一緒に寝られるんですよ?」
「う、うん(一緒に寝たことないけどね)」
「タペストリーくらいやったら、俺の持ってる写真からでも作れるやろか」
「恥ずかしいから絶対にやめてね。部屋にご家族の方入ったらびっくりされるで」
本気で考えこむ光くんを横目で睨む。
光くんはこういうことに関しては私が何を言っても動じない。
「あ!時間ヤバい!ごめん光くん、私着替えなあかんから行くわ」
「ほんまっすね。引き留めてすんませんでした」
「いいよ、また後でね」
あまりにも素直に光くんが解放してくれたのに少し驚いたけど、私は手を振ってからその場を離れた。
素直だった光くんの心の内なんて何も知らずに。
* * *
授業が終わって、クラスメイトは慌ただしく昼食の準備を始めた。
体育がある日はみんな昼食の時間が待ち遠しくてたまらないんやと思う。
「財前ー、また自分に会いにきたんかー?」
「見たらわかるでしょう。…ちょ、謙也さんついてこんといてくれませんか?」
「謙也は財前が最近構ってくれへんから寂しいだけなんやで」
「ほんまですか?謙也さんそれめっちゃキモいっすわ」
「阿呆、誰がそないなこと言うたんや!勝手なこと言うな白石!」
教室でやいやい言い始めたイケメンテニス部3人組。
本来なら私は完全に外野で、それを見て笑ってるだけの立場やけど今はもうそうはいかへん。
その中心に立ってうちのクラスのテニス部二人組やうちのクラスを引っ掻き回しているのが、何を隠そう光くんやから。
「さん、さっきは授業間に合いました?」
「い、一応ね…」
本当は1分くらい授業に遅れてしまって少し気まずかったけど、そこは黙っておくことにした。
忍足くんがその事に関して何か言いそうになったけど、私が咄嗟に首を振る。
それを見た忍足くんは私の言いたかったことを感じ取ってくれたみたいで、開いた口を気まずそうに閉じてくれた。
「俺、さっき言ってたやつ描いてきたからさんに見てもらおう思て」
「さっき言ってたやつ?(抱き枕とか?)」
「肖像権とかいろいろあるやろ?やから、さんにちゃんと許可もらおうと思ったんすわ」
隠し撮りなどされているような気がしてならないので、肖像権なんて今更だなと思ってしまう。
何も知らない白石くんと忍足くんは何のことやとお互いに顔を見合わせていた。
ずい、と突き出されたスケッチブックは先ほど光くんが持ってたものやと思う。
私はチェックせんとあかんやろうけど、正直この二人にこのスケッチブックの中身を見られたくない…。
私がどうしようかと考えていると、光くんが心配そうな顔でこっちを見つめてきた。
これじゃ私が光くんに悪いことしてるみたいやんか…。
「なんやそれ?」
「中は財前が描いたん?」
私が手を伸ばそうとすると、白石くんが私よりも先に光くんの手からスケッチブックを奪ってしまった。
急いでスケッチブックを返してもらおうとするものの、それよりも先に白石くんが表紙を開く。
「美術の授業で描いたん?」
「そうですけど」
「へー、財前なかなか上手いんやなぁ」
終わった!と思って目を瞑ったけれども、そこにあったのは最初に光くんが見せてくれた花のデッサンだった。
心臓が口から出てくるかと思ったけれど、なんとかそれは回避できそうだ。
「光くん意外と上手やろ?」
「さん、意外はいらんやろ」
「ははは、さんも言うようになったなぁ。で、他のは?」
「ああああああああああ!」
白石くんが優雅にスケッチブックのページを捲る。
そんな仕草に似あわない私の叫び声が教室中に響いた。
白石くんと忍足くんは見事に固まってしまっているけれど、それは私の叫び声が下品だったとかうるさかったとかそういう理由ではないと思う。
正直に言うとパワーアップしていたスケッチブックの中身に、私も思わず息を呑んだ。
「さっき話しとった抱き枕の原案なんですけど、どない思います?」
「ざ、財前これ、デッサン、なんやんなぁ?」
「そうですけど?」
「え、えっと、がすごい格好しとるけど」
「こんなん妄想に決まってるやろ!あああもう!光くん何してくれんの!」
1ページ使ってでかでかと描かれていた私の全身図は下着(やと思われる)を身に着けていて、しかもその下着が若干脱げかけているように描かれている。
スケッチブックの中の私はなんとも言えない表情でこちらを見つめていて、そのモデルが自分だと思うだけでも恥ずかしさが湧き上がってきた。
どうでもいいことかもしれへんけど、胸のサイズも大きすぎず小さすぎず、なんでこんなにリアルに描けるんやろうと思うくらい現実味のある原案で、もしこれが私モデルじゃなかったら拍手を送っていたと思う。
「これ、財前の妄想やったんか…」
「言ってませんでした?」
「聞いてへん聞いてへん!驚かさんとってや…」
白石くんは落ち着かへん感じやし、忍足くんは顔真っ赤でしどろもどろやし、私やって羞恥心で顔赤いと思う。
やのにこんなものを描いてきた光くんだけが唯一けろっとしていて、私はもう呆れることしかできないと思った。
「どないですか?許可だしてくれはります?」
「あかんに決まってるやろ!」
「じゃあこっちはどないですか?シーツに包まってるのをイメージして…」
「そんなん妄想せんてよろしい!!」
私は白石くんの手からスケッチブックを奪って、こんなんあんまりやとその場にしゃがみこむ。
その後に光くんが私の横にしゃがんで、少しおろおろしながら私の顔を覗き込もうとしているのがわかった。
「光くん、こういうのは学校に持ってきたらあかんー!」
「…すんませんでした」
恥ずかしいのか怒ってるのか、自分でもどんな感情なのかよくわからなかった。
でも怒鳴ってはいけない、怒ってはいけないと自分に言い聞かせてなんとか声を押し殺す。
「さんのこと好きすぎて、ずっとこんなことばっかり考えてしまうねん」
「…それは嬉しいけど、でもこうやってされたら恥ずかしい」
「さん泣いてるん…?」
「な、泣いてへんよ!」
泣いてないと言いながら勢いよく顔をあげたら、ぱしゃりと間抜けな音がした。
目の前にいる光くんが携帯をこちらに向けていて、音がしたあとに携帯の横から顔を覗かせる。
「さん泣いてるんめっちゃ可愛え…」
「あんた反省してへんやろー!」
「「(こいつ最低な男やー!)」」
あとがき
好きすぎてストーカーな財前
2012.07.22