達海の片思い


*軋む感情線*



正直、少しの不安はあった。

と二人で飲みに行くのは今回が初めてだ、いつもは後藤が一緒にいる。

今日も本当はその予定だったけど、後藤が酷く疲れた顔で先ほど謝ってきた。

疲れてるなら尚のことリラックスする時間は必要だと俺は思うけど、人には人のやり方ってもんがある。

原因は仕事以外に考えられないけれど、俺は謝ってきた後藤に頑張りすぎるなよと声をかけることしかできなかった。

俺一人へらへらしてていいのかって思ったけど、頑張るときは頑張ってるし。

クラブハウスを出る前、後藤にのこと頼んだぞと言われて、そこでやっと初めて二人っきりになるんだと実感した。



「そういう訳で今日後藤はお休み」

「そっかー、後藤くん仕事忙しいんだね」

「何それ、俺は暇人だって言いたいのー?」

「そんなことないよ!第一、サッカーの監督さんのお仕事なんてどんなことするのかよく知らないし」


は酎ハイを片手に笑いながら話した。

緊張してたと言えば言い過ぎかもしれないけれど、と二人でどうなるんだろって思ってた。

でも実際、の反応は驚くほどあっさりしたものだったし、俺の考えすぎだったみたい。

変によそよそしくされたりするのは嫌だし、そうならなくなってよかったと思ってるのは事実。

一方で本当に友達としか思われてないのかもとか考えてしまって、そういう意味では素直に喜べなかった。



「まあ仕事はいろいろあるよ、いろいろ」

「いろいろねぇ。私サッカー詳しくないから、聞いてもわからないだろうなぁ」

「そんな悲しいこと言うなよ」

「ごめんごめん。でもサッカー見るのは好きだよ。達海くんがそういうお仕事してるって聞いて、前よりも興味わいたし」


言ってから、はオーバーリアクションなくらいの反応で自らの手で口を塞ぎ、その後申し訳なさそうな顔をした。

吐きそう……ではないみたい、びっくりさせんなよ。

こんな早々に酔われても困るけどさ。



「ごめん、今の言い方はよくなかったよね」

「んー?何が?どこの部分?」

「達海くんがサッカーの監督だから云々ってとこ」

「そこ?全然気にしてないし何とも思ってないよ?」

「私ね、達海くんが有名人だからとか、すごい人だからとか、そういう理由で仲良くしてるんじゃないからね!」


何を言い出すかと思えば……俺は聞きながら少し笑ってしまった。

今までそんな風に考えたこともなかったし、それはさっきの会話でも同じことだ。



「いきなりどした?」

「さっきの言い方だとさ、達海くんがサッカーの監督だから仲良くしてるみたいだから」

「考えすぎじゃない?俺そんな風に思ったこと一度もないし」

「ならいいんだけど。私、達海くんが何してる人であっても好きだよ!」


いきなり発せられた「好き」という言葉にどう反応していいかわからず、俺は黙っておつまみを口に運んだ。

いつもは明るいし、まあ話すほうだとは思うけど今日は特によく話すな……後藤がいなかったら静かになるかな、なんて考えてたのが嘘みたいだ。

っていうか、もしかしてもうお酒回ってんの?

はお酒に特別強い訳でもないからいつも別れるときには酔っぱらってるけど、今日はいつもよりもハイペースな気がする。



「うわ、達海くんが無反応だー!」

ー、お前なんで今日こんなハイペースなの?」


無理やりテンションあげてるようにも思えて、俺は疑問を素直にぶつけることにした。

なんとなくどうしてこうなってるのか理由はわかってるけど。

は唇を尖がらせて机に突っ伏した後、酒の入ったグラスを指で突きながらため息をついた。

俺はの頭に手を置いて少しだけわしゃわしゃとする。



「別に言いたくなかったら言わなくてもいいよ。でも吐いてスッキリしたいなら付き合うよ」

「……達海くーん」


が俺の名前を呼んだのと同時くらいにガタンと、彼女のおでこが机とぶつかる音がした。

おいおい、と声をかけてみるけれどは顔を上げない。

起きてはいるんだと思う、肩が僅かに震えていた。


この構図、前にも見たことがある気がする……。

後藤に初めてのことを紹介されたときも、同じようなことがあった。

その時後藤は苦笑交じりにの隣に座って、泣きたいだけ泣けって言いながら慰めてたっけ。


相変わらずは顔を上げず、机に突っ伏したまま肩を震わせている。

俺はあの時の後藤がしたみたいに、静かにの横に腰を下ろした。

下から顔を覗いて見るものの、暗くてどうなっているのかはさっぱりだった。



「おーい、机とずっとキスしてるつもりなのかー?」

「べ、別にキスなんてしてないよ!」

の鼻が潰れたら大変だから、ほら、顔あげて」

「やだ、他のお客さんに顔見られる」


一瞬だけあげさせた顔は確かに泣き顔で、鼻が赤くなっていた。

俺はそのままの上半身を倒して俺の太ももの上に頭を乗せる。



「!?なになに!?」

「さっきも言ったじゃん、鼻が潰れたら大変だから今日は特別」


優しく頭を撫でると、の手が俺のズボンをぎゅっと掴んだ。


それからは何があったのかを話し始めた。

予想通り、荒れてる理由は恋人との破局。初めて会った時と同じ理由だ。



「お前のことよくわからないって言われたの」

「へー、素直な意見だね」

「達海くんまでそれ言う!?」

「よくわからないって言い方だとネガティブだけどさ、何するかわからなくて面白いって思ってるよ、俺は」


うぅ、と言葉にならないうめき声を発してが丸まった。



「私ね、今まで付き合ってきた中で一人だけ続いた人がいるんだ」

「一人だけなの?」

「うん、一人だけ」

「珍し。他の人とは何が違ったの?」


あんまり聞きたいことじゃないんだ、本当は。

今までのの彼氏についてなんて知りたくないっていうのが本音。

でも相手を知るっていうことは初歩的なことだし、こうやって情報収集していくしかない。

俺、サッカー以外では直感で動く派なんだけどなー。



「その人はね、唯一向こうから私に告白してくれたの」

「その他は全部から?」

「そうだよ」

って見かけによらずめちゃくちゃ肉食系だね」

「そんなガツガツいかないよ!私のこと気にかけてないだろうなって人には告白しないし」


思っていたよりも目の前の女は小悪魔だったみたいだ。

可能性が少しもない相手にはアタックしないと……計算してるねぇ。



「でも今回のことでわかった!やっぱ私は男を見る目がない!」

「うっわー、それ自分で言っちゃう?」

「そういう言い方しないでよ、余計に惨めになるから」


目をごしごし擦りながらは体を起こした。

隣に座っていたせいもあってか、の顔と俺の顔がかなり近いところにある。

と目があう、その後で彼女は挑発的な笑みを見せた。



「飲むぞ、達海くん」

「ん?」

「あの男のことなんか忘れる!飲むぞ!」



* * *



若干ふわふわする。

に勧められるがまま、いつもよりも速いペースでお酒を飲むはめになってしまった俺は、少し酔っていた。



「おーい、しっかりしろー」

「らいじょうぶ~、わたしげんき~」

「全然大丈夫じゃないし」


でも横にいる人間はもっと出来上がってて、泣いていたのが嘘みたいに常ににこにこ笑っている。

いつもならここまで酔わないから居酒屋の前で別れてそのまま帰るけど、今日こいつを一人で帰らせるのは絶対によくない。



、家どこ?送って行くから」

「家?私の家?えへへー、どこだと思うー?」

「知らないから聞いてんだよ」

「あっちー!」


が勢いよく指差したのは空だった。

空。どういうこと、お前空から降ってきたの?

ははは!と笑い転げそうな勢いのに、これ以上家の場所を聞いてもまともな答えなんてかえってこなさそうだ。



「今日もうクラブハウス泊まって行けよ」

「えー、いいよ!私ここで寝るし!」

「……何言ってんの」


その場に座り込んで、今にも横になりそうなの手を掴んで無理やり立たせた。

このままクラブハウスまで行くしかなさそうだ。



「達海くんと手繋ぐのはじめてー」

「そりゃね」


は繋いでいる手をぶんぶん振りながら、相変わらず笑顔は絶やさない。

そんなを見て俺もいつの間にか笑顔になる。

大の大人二人が何してんだかって思うけど。



「ねー達海くん」

「どしたー?」

「今度また私が続かなさそうな人と付き合いそうになったら、止めてね」

「……わかったよ」


繋いでいた手の力が強くなったのがわかって、俺も強く握り返す。

さっきまで笑ってたのに、こっちを見てるの顔が切なげに揺れた。



「ね……達海くん」

「んー?」

「安心したら気持ち悪くなった……」

「はぁ?っおい、待て、クラブハウスあと少しだから!」


心配した俺の気持ちを返せ!



















あとがき

後編がきそうな予感。

2012.09.03