高尾から見た優等生二人。高尾視点。






優等生の表裏



 どういうきっかけでこういうことになんのか説明してほしい。
 恋愛なんて無縁ですよって顔した二人がいつの間にかお互い手に手を取って仲良しこよしなんてことになっちゃって、っていうか仲良こよしなんていう状況をブッ飛ばしてオレたち私たち恋人同士なんですってどういうこと?
 クラスメイトは目をひん剥いたり眉間に皺よせたり倒れたり泣き出したり別にそれはクラスメイトに限らずなんだけど、とりあえずぐっちゃぐちゃになちゃってなんていうかもうわけわからなさすぎて、その状況が。おめでとうなのかショックなのかオレ自身も周りもどうしたらいいのかわかんないっていうのが本音っていうか。
 とりあえずオレは深呼吸していつものように冗談めかして、そっと二人の前に立った。目の前の二人はそろって手に文庫本を持っていて、隣同士に座って特に笑いあうわけでもなく会話を楽しむわけでもなくひたすら視線を本に向けていて。なのにオレの気配に気づいた瞬間二人全く同じタイミングで顔を上げてオレの目を見てきて、そういうことを一緒にやってくれちゃうのがもうなんていうか腹抱えて笑えそうになる。


 「お前らさー、何があったの?」
 「……何があった?」
 「……本を読んでる、よ?」


 こいつらが恋人同士だなんていうのはただの噂だ。噂でしかない。でも今までこんなことしてなかった二人が急に昼休み隣同士に座って本なんか読み始めたりなんてし始めたら誰もがそれを疑いたくなるってもんっしょ。
 この状況を見て誰かが噂を流したのか噂が流れてからこいつらがこんな風になったのかオレは知らない。でもそういうことの確認をする使命がこのオレにはあると思う。


 「本読んでるとかさ、そういうのは誰が見てもわかるから」
 「なら邪魔をするな」
 

 間髪入れず真ちゃんが文句を言う。その邪魔っていうのは本を読んでることに対しての邪魔?それとも噂の彼女との時間をオレが邪魔したってこと?そのあたりをもうちょっと詳しくお聞きしたいんですけど、そこんところどうなんスかね?


 「オレが聞きたいのはそういうことじゃなくってさー」
 「高尾くんは何を聞きたいの?」


 ちゃんが眼鏡のブリッジを押し上げる。すると横で真ちゃんも同じようにして眼鏡のブリッジを押し上げた。
 何なんだよお前ら二人して同じ行動すんなよ。しかも同じ色した眼鏡して同じように勉強ができて、優等生でさ。本当に恋人同士なの?なんで教室で本なんて読んでんだよ昼休みに、そんなの健全すぎるだろ。


 「ねー、真ちゃんとちゃんってさ、付き合ってんの?」


 オレがその言葉を発したその一瞬クラス中の音が消えてオレの言葉の余韻だけが残って、恐らく全員がこっちを向いた。馬鹿、気になるのはわかるけどさ、そんなことしたらわかりやすすぎだろお前ら、もうちょっと考えろよ。
 クラスメイトと同時に二人も動きをとめて、ぴしゃりと叱られてる子供みたい強張った顔して固まってた。え、そんなことしといてもしかしてバレてないと思ってたの?どういうことその反応?バレちゃって恥ずかしいの?マズかったの?
 二人の返答を聞こうと黙りこくるクラスメイトの反応の真意は理解できてもこの二人の行動については一切理解不能だ。


 「えっと、その……えっと……」
 「……」


 否定しないのがもう肯定だろ!ちゃんは思い切り顔を赤くして目線が定まってないし真ちゃんに至っては顔逸らして校庭見てるし、校庭に面白いもんでも落ちてるわけ?
 二人がどうしようと困惑した表情で見つめあってその様子がじれったくて酸っぱくて甘くて、面白い通り越してなんか腹立たしい。


 「み、みんなには内緒だよ高尾くん!」
 「お前には関係ないのだよ。言いふらすなよバカ尾」


 真ちゃんがフンっと鼻息を鳴らしながらオレを睨みつけるけどコートの上でされるそれや教室でのちょっとした馴れ合いの果てにされるそれなんかより全然説得力がなくて格好よくなかった。
 この二人はどうやら本当にわかっていないらしい。自分たちのしていることがそれまでの自分たちの行動に比べて違和感があるということも異質だということも、何もかも気付いていない。二人はこっそりと周りにはバレていないという前提で、二人だけで愛を育んでいる気になっているみたいだ。なんだそれ。
 今の会話だってそうだ。ちゃんは少しだけ声を小さくしたのに真ちゃんなんていつもみたいに無駄にいい低い声で、しかもその声がよく通るんだからそんな声であんなこと……あーあー、オレがバラしたんじゃねーし。全部真ちゃんのせいだし!

 言いたいことは全て言い終えたのか真ちゃんはそのまま本に視線を戻した。目の前に突っ立てるオレのことなんて無視だ。オレは仕方なく空いていた横の席に座る。ちゃんの隣の席も空いていたけどそっちに座ったらなんとなく真ちゃんに睨まれそうな気がしたからあえてそれはやめておいた。それでも尚オレがその場から離れなかったのは二人に決定的な瞬間が訪れるのを待ちたかったからだ。
 ちゃんは無視されてるオレを見て心配そうに眉尻を下げた後、真ちゃんを挟んで少し間が空いた隣の席に座っているオレに小さな声で「ごめんね」と謝った。無愛想な対応をした真ちゃんに代わっての謝罪だと受け取ってもいいわけ?そんなことしてたらさ、ちゃんこれからずっとみんなにそうやってしていかなきゃいけなくなるよ?真ちゃんと付き合ってる限りずーっとさ。オレみたいに。

 そのやり取りにもちろん真ちゃんは気付いていた。ちらりと横目でオレを見てこいつ何するのかなっと思ったら左側に座ってるちゃんの頭を掴んで抱き寄せて、距離を縮めて。
 オレ含め遠くから見てるクラスメイトも口がふさがらなくなって、お前さっきちゃんと付き合ってるの秘密にしとけって言ったそばから何がしてーんだよって感じでもう、また笑えてきた。
 そのまま真ちゃんが少し丸くなる形でちゃんの顔に近づいて、何か耳元でもそもそと言ったらちゃんが顔を赤くしてから唇噛みしめてはにかみ笑いをして、それがもうおかしくなるくらいに男子のツボをつくような行動だったからオレは机を掴んでガタガタと揺さぶってしまった。
 オレはリア充じゃないこのクラスの男子の代表として声を大にして言いたい。叫びたい。この野郎ふざけんなよ!何が秘密だ!オレ含めお前らのやりとりは今このクラスの全員で共有してんだよ!いい加減気が付けこの鈍感男!イケメンでもバスケが上手くても勉強ができてもピアノが弾けても鈍感なのは罪なのだよ!万死に値するッ!

 
 「えっと、二人がお付き合いしてるってことは……」
 「秘密でお願いします」
 「秘密なのだよ」


 わざとなのか、そうなのか、そうに違いないよな。


 くそ真面目な顔で矛盾したことを言い放った真ちゃんがちゃんの眼鏡をそっと外す。え、何すんのと嫌な汗が背中を伝った。
 いやいやまさかそれはないよな。それはいないっしょ、秘密の仲なんだし。教室でそれはないよね、それは。二人が眼鏡しててちゅーしにくいのはよくわかるけど(本当は全然わかんねーよ)、まさかそのためになんてことは、ね?
 ハラハラしながら真ちゃんを見ていたら鞄から眼鏡ケースを取り出して、ちゃんの眼鏡を眼鏡拭きで拭いてから丁寧にゆっくりやさしく、ちゃんの眼鏡が収まる場所に戻した。
 嗚呼、お勉強ができる二人にとっては指輪交換にも等しい行為……なわけねーだろボケ!紛らわしいわ!
 いーっと歯を食いしばりながら二人を見ていたら真ちゃんがオレを見ていつもみたいに見下すように笑った。見下すのは誰に対しても真ちゃんのデフォだからもう気にしてない。気にしたら負けだ。でも今回のはムカついた。初めて真ちゃんにそれをされたときと同じくらいムカついた。っていうかさっきからいろいろやってるのこいつ全部わざとなんだろ、ムカつくわ。
 みんなに二人のことがバレてないと思ってるのはちゃんだけだ。平和だ。天然だ。でも仕方がないから許す。真ちゃんはそっちの意味でも優等生だ。腹黒だ。ずるい。




















あとがき

仲良し故に突っ込んでも許される関係だということにしたい。

2012.11.08
2022/02/06