※モブ後輩→財前の描写があります






華になれず散る



 目の前におる1年生であろう女子は先ほどから固まったまま動かん。俺はよさんのとこに行きたいんやけど。
 財前先輩!って呼び止められて振り向いて女子生徒が俺を見上げてからもう1分近く、何も状況は変わらんままや。


 「……話って何なん?」
 「その、それは……」


 正直この雰囲気で俺が今から何を言われるかは予想つく。好きです先輩、私と付き合ってください、やろ?


 さんと付き合い始めてから告白されるんは初めてやった。
 それが普通やと思う。中には想いを伝えるだけで十分って人もおるんやろけど大抵の人はそれ以上を期待しとるわけで、特定の誰かと付き合っている人間に告白したところでそれ以上の関係になれる可能性はかなり低い。にも関わらず彼女のいる人間に告白するような女子が現実に実在することに驚いた。

 経験上かなり大雑把に分類すると女子には2パターンあって、控えめなタイプとガンガンゴリ押ししてくるタイプがおる。今回現れたのは一見すると控えめな方。控えめな雰囲気出してる癖して彼女持ちの男に告白するなんて、中身は全く控えめとちゃうけど。


 「私先輩のことが好きなんです」
 「……えっと」


 このタイプは正直面倒くさい。前にゴリ押しタイプと同じようにして返事をしたらその場で泣かれて困ったことがあった。俺は慎重に言葉選んで返すなんていう器用さは持ち合わせとらんけどだからと言って泣かれたり変な噂立ったらもっと面倒くさいことになるし、さんに迷惑かけるのはもっとあかん。
 こういう時なんて言えばええんやろ。返事は決まっとる。ノー、あり得ません、ごめんなさい、恋愛対象外です。
 いろいろと考えとったのに俺の目線の15メートル先くらいにふらっと、まさかこんなタイミングでさんが現れたもんやから断るための言葉は全部吹っ飛んでいってしまった。
 こんな場面さんに見られたくない。例えその気がなくても、他の女と一瞬でも二人きりで一緒に過ごしとるやなんて見られたくない。
 さんだけおったらええねん、面倒なことさえなかったらさっさと返事してさんに正面から抱きつきたかった。……ほんま面倒くさすぎる。


 「財前先輩に彼女がいることは知ってます」
 「……」


 そやったら何で告白してくるねんボケと言ってやりたかった。そうこうしている間にもどんどんさんはこっちに近づいてくる。
 こっちこんといてくださいさん。いや、でもあっちに行かれるのも嫌や……矛盾しとるのはわかってるけどさんのことずっと見ていたい。
 俺の前方ではあの女がぺちゃくちゃとなんか言っとる。時々「財前先輩が」とか「でも」とか断片的に言葉が聞こえてきたけど俺の脳はそいつの言葉を拾うよりもさんのことを考えることに重きを置いとるのは明白やった。興味もない女の言葉なんか左から右にすり抜けていってしまう。


 長引きそうな話をどうやって切り上げるか考えとったらさんがこっちを見た。今ので絶対気付いた。
 さんは一瞬こっちを見て目を見開いてそれからきょろきょろしてからその場で立ち止まる。一歩進んでまた後退して、どうしようか迷ってはるんがよくわかった。
 さんは俺に手を振ることもせず、俺もさんに手を振ることが許されないまま少しだけ距離をとって俺たちは見つめあう。目の前にいる女子生徒は足元を見てまだ話続けとって俺の視線になんて全く気付いとらんみたいやった。俺が今あんたやなくて、あんたの頭上通り越してさんに釘付けなことなんて何も気付いてへん。
 どうするんかさんをずっと目で追っとったけどさんは小さく手を合わせて申し訳なさそうな顔をした。それからくるりとスカートを翻して元来た道を戻って行く。


 「財前先輩の彼女は、今の彼女さんじゃなきゃダメですか……」
 「すまん、俺もう行くわ」
 「先輩!」


 耳に届いた不穏な台詞に腹が立って、言い返すことすら無駄に感じた俺は強制的に会話を終わらせようと一歩踏み出した。それと同時にそいつは俺の腕を掴んで真っ直ぐこっちを見つめる。見つめると言うよりも睨むに近いその視線に、苛立ちと呆れが増していくのがわかった。


 「いろいろ言われても気持ちは変わらん。先輩のこと好きやから」
 「どうして……」
 「あんたに理由言ったところで何も変わらんし何もわからんやろ。俺、ほんまにさんにしか興味ないねん」


 苛立ちがバレんように静かに言葉にしてからさんを目で追う。丁度先輩が校舎に入って行くのが見えて、この場面から遠ざけることができた安心感と離れて行ってしまった寂しさが同時に込み上げてきた。


 「放してくれへんか」
 

 溜め息を吐いた後に言い放った台詞は自分でも驚くくらい冷たい声やったのにまだ解放してくれる気配はない。そいつは下唇を噛んで目に涙をうっすらと溜めながら俺を睨んで、その後少しだけ笑ったように見えた。
 次の瞬間身体がぐらりと傾く。俺の腕がそいつに思い切り引っ張られたからや。
 あまりの不意打ちで体勢を崩した俺に勢いよく女が抱きついてきた。言い様のない不快感と嫌悪感が込み上げてきて身体ごと女の腕を振り払う。女は一瞬だけ俺を見た後、さんが向かったのと同じ方向に走り抜けて行って視界から消えた。



* * *



 恐らく教室へ向かったであろうさんの後を追ってはいるものの、正直どんな顔でさんに会えばいいのかわからなかった。こんなことがあったって冗談めいて話せればいいんかもしれんけど、自分でも思ってた以上にショックは大きかったようで罪悪感みたいなものが重くのしかかってくる。

 いつもよりも遠く感じたさんの教室にやっとの思いで到着すると、クラスメイトと話していた先輩は俺の顔を見るなり話を切り上げて駆け寄ってくれた。


 「大丈夫?」
 「大丈夫やないです」
 
 
 思っていたよりも低いトーンの返事になって更に落ち込む。一部始終を見ていたさんは俺に何があったのかを察しているから深く話を聞いてくることもなく、一言「お疲れ様やったね」と呟いた。
 先輩はあの後俺に何があったんか知らんはずや。俺が望んだことちゃうし浮気したとかそういうことでもないけど、隠し事をしているような複雑な心境で心苦しかった。でもさっきの出来事をさんに話したところで何かが変わるわけではないし、ただ俺がすっきりするためだけに先輩に嫌な思いをさせたくはない。


 「まさか光くんがおると思わんくて……タイミング悪かったよね。ごめん」
 「さんが謝ることちゃいますから」


 言いながらさんを抱きしめると普段なら大騒ぎする先輩は最初ぴくりと動いただけで、その後は優しく背中を擦ってくれた。囁くように「大変やったね」と言いながら背中をとんとんとされると、幸せな気持ちと同時に先程の罪悪感が顔を表す。


 「さん、俺……」
 「どうしたん?」
 「俺、知らん女に穢された……」
 「え!?それはどういう……」


 我慢の限界を迎えた俺はさんにぎゅっと抱きつきながら言おうか迷っていた先程の出来事を話した。急かすことなく小さく相槌を打つさんの手は俺の背中を優しく擦り続けている。さんに嫌な思いをさせたくなかったのはほんまやけど、今日のことが隠し事になってしまうことの方が怖かった。


 「放してくれって言うたんですよ。それやのに放すどころか引っ張ってきよって」
 「で、その後抱きつかれたと……」
 「抱きつかれたなんてそんな可愛いもんちゃいますわ。拘束!拘束やあれは!」
 「じゃあ拘束で……」
 「俺の全部ってさんのじゃないですか?やのに無断で拘束されたんも嫌やったし、そんな隙を作った自分にも腹立たしいし」
 

 不快感、嫌悪感、罪悪感はさんと話している間に怒りへと形を変えていて一つ一つのやり取り、出来事を思い出すだけでもボルテージが上がっていくのがわかる。
 こんなことになるなら相手が調子に乗る前に突き放せばよかったと後悔してもしきれなかった。


 「すごい積極的な女の子やったんやねぇ」
 「何でさんそんな他人事なんスか!俺穢されたんやで?」
 「他人事とは思わんけど……」
 「嫌やとかそういうんないんスか!」


 さんがどこか他人事で歯切れの悪い返事をするから今度は違う意味で泣きそうになる。もし反対の立場でさんが他の男に穢されたらと思うと絶対許せへんし許す気もないし、考えるだけでもおかしくなりそうや。


 「そら人の彼氏に何してくれてんのって思うよ?でも実際光くんそんなことされて舞い上がるどころかめちゃくちゃ怒ってるし、嫌な思いした光くんのことのほうが私は心配」
 「!?」


 言いながら眉尻を下げたさんは今まで見たことのない表情をしとって、背中を擦ってくれた時と同じ優しい、でも慣れない手つきで俺の額を撫でた。
 心臓がぎゅっとなる感覚と数分前が嘘のように満たされる感覚。俺はこんなにも単純で、さんだけおったらそれで他のことなんかどうでもよくなってしまうんやってことを改めて思い知らされる。


 「それに光くんがそんな子に靡くとも思ってないし」
 「当たり前やそんなん」
 「最初から疑ってないよ」
 「……」


 優しい口調とは反対にさんの眼光は力強い。
 俺と告白してきた女子に遭遇した時に気まずさはあったんやろうけど変な心配や不安なんてさんには微塵もなくて、女子の気持ちを尊重するためと言うか二人の問題だからとその場を離れたんが今となっては理解できた。
 それを言葉にしてもらえないとわからない俺も俺として、先輩に信頼されていることとか気遣いがあの瞬間から今に至るまでずっとあることに気付けなかったんはまだまだ未熟やと思う。


 「もし次光くんが何か嫌なことされたら私がやめてくださいって言ったげるからね」
 「そんな格好悪いんは嫌っスわ」


 頼れるさんも格好いいさんも好きや。改めて惚れる。
 落ち込んでる俺を見て冗談のつもりで言ってるのかもしれへんけど現状冗談に聞こえないのが何とも不甲斐無いところではあった。
 その気持ちを隠すように少し強引にさんを抱きしめて先輩の髪の毛に顔を埋める。聞こえるかどうかくらいの小さな声で俺の名前を呼んださんが愛おしくて、背中に回していた手を先輩の肩に伸ばした。




 「……ちゅーせぇへんの?」
 「!?」
 「私らと財前くんがちゅーすんの待ってるんやけど?」
 「ふ、二人ともまだおったん!?」
 「まだおったん!?やって、散々見せつけといて嫌やわ~全部聞いとったし」


 声がした方向を見ると教室に入った時にさんと話しとった先輩二人が教卓に肘をついて不敵に笑っている。途端にさんは顔を真っ赤にしていつものようにあたふたした後わかりやすく俺と距離をとった。


 「財前くん、は寛大で大人やわーとか思ってへん?」
 「めっちゃ思ってました」
 「でもな、教室入ってきたの顔死んでたんやで」
 「その話は……!」


 今度は違う意味であたふたし始めるさんを横目に先輩二人の話の続きが聞きたくて「ほんまですか」と言った声が少し上ずる。


 「財前くん多分告白されとったって、めっちゃ溜め息ついてたんよ?」
 「相手の子多分一年生やから財前くんより年下かぁって気にしてたんよなー?」
 「えっ……」
 「もうそれ以上はあかーん!」
 

 さんが二人に抗議しようと教卓に近付いたところで二人は鞄を持ってドアまで走って逃げた。廊下から身体半分だけ覗かせ勝ち誇った顔をしながら二人は尚も続ける。


 「が財前くんの気持ちを全然疑ってなかったんはほんまやし、財前くん大丈夫かなって心配しとったんもほんまやで」
 「惚気話めっちゃ聞かされました~」
 「ご馳走様でした~」


 めちゃくちゃ楽しそうに笑いながら二人は教室から出て行った。よく喋る二人に圧倒され続けていた俺とさんは二人がいなくなった静かな教室の中で無言で顔を見合わせる。


 「さん……」
 「……」
 「俺さんと同じ歳ちゃうのが悔しくてたまらん時もありますけど、先輩が年上で嫌やって思ったことは一度もないっスよ」
 「……」
 「でも歳気にしとるさんも可愛いしそういうところが好きです」
 

 ゆっくりと近付いて行って手を握ると俯きながらもさんが手を握り返してくれた。そのまま手を引っ張って先輩を抱き寄せると俯いたまま大人しく腕の中に収まってくれる。


 「結論、どんなさんでも好きなんで」
 「光くん……」
 「……さあここで熱い抱擁を交わした後財前くんとは……」
 「「なんでまだおるねんそこの二人!」」



























加筆修正前は夢主が嫉妬して最後の仲直りで少しだけ脱シリアスする感じでした。
もう少し明るい終わりにしたかったので相手の女の子に嫉妬して怒る描写をやめました。

2012.12.06
2022.02.01 大幅加筆修正