*旋律は嘘をつかない*



音楽室なのにも関わらず、そこには音がなかった。

あるのは生徒のざわめき、お喋りの声、まとめると雑音。


音楽教師から渡されたプリントなんて10分ともたなかった。問題数や難易度が原因ではない。

教師が不在、なおかつ不在の教師が隣の音楽準備室にいるとわかっていてもその教師が生徒曰く「優しくて面白い先生」ならば、自習のプリントは何の役目も果たさなかった。

生徒が必死になるのはそのプリントから今回のテスト問題が複数出題されると知った場合だろう、それを知った瞬間生徒の導火線は火を点けたどころか燃え上がる勢いで短くなっていく。



「嫌やな、歌のテストなんて」

「ペーパーよりこっちのほうが評価高いらしいで」

「そらそやろ、実技なんやし」


は友人とそんな会話を交わしていた。その間にも教師の前で歌を歌い終えた生徒が音楽準備室から出てくる。

出てきた生徒の表情ですぐにわかった、嗚呼この子あかんかったんや、なんて思いながらも誰も声はかけない。



「次謙也やって。頑張りや」

「よっしゃ、めちゃくちゃスピーディーに終わらせたるで!」

「謙也、課題曲のテンポ無視して歌ったら減点でかいで」


教室がどっと沸いた。謙也はひるむことなく歯を見せて笑っている。

先程暗い表情だった生徒も一緒になって笑っていた。


今回のテストは名前の順ではなくランダムで教師から呼び出されることになっている。

それ故にいつ自分が呼び出されるか、誰もわからない。

自分の順番がわかっていないと不安は膨らむもので、誰もがそわそわしていた。

そんな、生徒にとって不利な状況を作り出した教師は準備室で謙也が来るのを待っている。



「忍足くん当たったなー。私いつなんやろ」

「さぁ。こんな状況で自習プリントしとけとか落ち着かんに決まってるやろ」

「ほんまね!準備室行くとき以外はこうやって話せて楽しいんやけどな」

「行く前と行った後天国でも中は地獄やで」

「先生と一対一とか無理やわ」


はコツコツとシャープペンでプリントを叩きながら自分の順番について考えていた。

いつか必ず呼ばれるのはわかっている。でもできれば忘れられて呼ばれなければいいな、と考えながら準備室に消えていく謙也の背中を見つめた。



「忍足くんって歌上手いんかな?」

「さぁ、私聞いたことないからわからんわ。は?」

「私もない。でもほんまにラップみたいにして歌ったら減点じゃなくてむしろ点数あげてもいいくらいやと思うけどな」

「忍足くんやったらやりかねんけど滝さんが怒ると思うわ」


花、なんていうタイトルのつく曲は山ほどあるけれど、教科書に載っているくらいだからその中でも名曲なのだろう。

そんな曲をラップで歌うとなれば作者の滝さんは黙っちゃいない、と言った友人の言葉には吹き出した。




このクラスのほとんどがプリントをすることを放棄していて、おしゃべりに夢中だった。

白石だけは謙也や他の友人に話しかけられながらもコツコツと少しずつプリントを埋めている。

そんな真面目な彼がクラスメイトの好感度を下げないのは、プリントをしつつみんなの話もそれなりに聞いていて、尚且つ最終的にプリントを見せることになっても嫌な顔をしないからだった。

そんな白石を遠くから何人もの女子が見ている。憧れの存在白石蔵ノ介。



「そんで、昨日のテレビやけどな」

「小石さーん!」


と友人の小石もプリントをする手を止め、先ほどからずっと話し込んでいた。

そんな中小石の名前が叫ばれる。

クラス中の声がひしめき合う音楽室でその叫び声は特に大きな意味を持っていたわけではなく、目立ちすぎたわけでもなく、名前が呼ばれているという認識でしかなかった。



「呼ばれてるで」

「私やんな?なにー?」


と小石が見つめあい首を傾げる。

叫んだのは窓側を陣取っていた男子グループの中の一人だった。

叫んだ男子と同じ場所に集まっていた他の男子も小石を見つめた。

そのグループももちろんプリントは放棄している。


「小石さーん!」

「だから何なんよー!」

「好きやで」


名前とは違って決して叫んだわけではないのに、最後の一言だけは自然と音楽室を静かにさせた。

クラスメイトの視線が男子生徒と小石に集中する。

は何も言えず、二人を交互に見つめるだけだった。



「ハハハ、やばい、おもろいなこれ!」

「あかん、めっちゃウケる!」

「ちょ、何なん……?」

「からかわれただけやったんか」


教室がわっと盛り上がる前に、男子グループが笑い始める。

うわ最低や、冗談やったんかよ、そんな言葉が誰もの口から飛び出た。

誰がやろうと言い出したのか、急に始まった告白ゲームはこうして幕を開ける。


は阿呆らしいと思っていたし、やめてほしいと思った。

しかし男子たちはかなり盛り上がっていて、男子グループの人数はどんどん膨れ上がる。

小石はただ呆れていた。ほっとこうや、とに再び話しかける。

また別の男子が小石さん!と名前を叫び、例の遊びの告白が始まって本日2度目の嘘の告白を受けるまでは、小石は冷静に受け流していた。



「あいつらは阿呆なん?何なん?」

「ただの阿呆ですよ」

「そやな、無視しよ」


嘘の告白はクラス中に伝染していった。

別の女子が告白され、男子に怒ったりする場面も見られる。

しかしこのゲームが完全に止まらないのは、からかわれているとわかっていてもそれが心地よいからなのかもしれない。

嘘でも紡がれる「好き」という言葉に女子は瞬間期待し、落胆し、怒り、顔を赤らめるその姿が男子の心を更に燃え上がらせた。



回数が進むにあたって、は手のひらに汗が滲む程度には緊張していた。

もはや歌のテストのことなんて誰もが忘れている。

謙也がやたらと時間がかかっていて未だに準備室から出てきていないのもその原因の一つだったが、男子の行動が気になって仕方なかった。

告白する相手はどうやって決めているのかだとか、自分が誰かに告白されるかということを、以外にも女子の誰もが興味を持っている。

そして女子の憧れ、白石の存在はその緊張を更に大きくさせた。

嘘でもいいから白石に「好きや」と言われたい。

それが本当ならもっといいけれど、嘘でも構わない。白石に告白されるのはどういう気持ちなんだろう。

白石に関して見た目もパーフェクトだが中身もパーフェクトだとは思っていた。

優しくてたくましくて、気配りが上手くてクラスの人気者なのに恋人は未だなし。あえて言うならば恋人はテニスだ。

どうにかして白石から告白を受けたいと思いつつ、そんな期待をするのはやめようという気持ちがあるのも事実だった。

女子全員が注目する中、白石は知っているのか知らないのかプリントと睨めっこをしている真っ最中だ。



「なぁ、白石」

「ん?」


きた!!!!!!!

女子の視線が白石に集中した。

それを見た男子はニヤニヤする者半分、面白くないという顔する者半分。

顔を上げた白石に声をかけた男子が近づく。

みんな見て見ぬふりをしながら耳をダンボにさせて二人の会話を聞いていた。

の心臓も一気に高鳴る。

それと同時に、自分以外の女子に白石が告白するところを見たくないという気持ちもわいてきて、それがもし今目の前にいる小石でもショックは隠しきれないだろうなとは唇を噛んだ。



「さっきからざわざわしとると思ったらそれでやったんか」

「白石ずっとプリントしとったんか?てっきり聞いてると思っとったわ」

「何や急に騒がしなったとは思っとったけど、何しとるかは全くわからんかったわ」


男子生徒から説明を受けた白石が苦笑する。

女子はおしゃべりを無難に続けながらも白石の言葉を待っていた。



「白石も言えや」

「んー……、そ、やなぁ」


白石が言葉を濁している。人を騙して嘘の告白なんてしたくないのだと誰もが思った。

は白石のことを気にかけつつも、しっかりと小石との会話もこなしている。

ここで白石のことを気にしすぎて自分じゃなかったら、上手く笑えなくなるのがわかっていた。

聞こえないならそれでいい、聞こえるなら自分の名前がいい。



「えっと、、さん」

「!?」


は今すぐにでも椅子から立ち上がりたい気持ちでいっぱいになった。

まさかここで、本当に自分の名前が呼ばれるなんて。

どうしてを選んだのかわからないが、もう死んでもいいと言えるくらいには嬉しい。

あまりがっついてはいけないと自分に言い聞かせつつ、は控えめに白石に顔を向ける。



「なに……?」

「えっと、んー」


もしかしたら音楽の授業の後はクラスメイトの誰かに刺されてしまうかもしれない。

またも言葉を濁す白石を目の前にはそんなことを考えながら、どういう反応をしようか考えていた。



「なんやこんな場面で言うんおかしいんやけど……」

「……」

「俺、ずっと前からさんのこと好き、やった……ちゃう、好きや」

「やーっと終わったでー!次、や!待たせてすまんかったな、先生待っとるからはよ……」


いい意味で鳥肌が立った。どきどきする、ぞくぞくする、いろんな現象がに襲い掛かる。

謙也の登場はそんなの幸せな気持ちを一気に現実に引き戻した。



「……謙也」

「何やねん、ちょ、何なんこの空気?みんなしーんとしすぎちゃうか?そんな緊張しとるんか?」

「……忍足くんありがとう」


状況を一切知らされていない謙也が何を言っても間違いではない。

立ち上がっている白石を、顔を赤らめているを、クラス中が一点を見つめるその理由を謙也は知らない。

謙也は何も悪くない、ただが白石に告白を受けたことではしゃいでしまっただけ。

だから謙也にあたるのは間違っている、そう結論を出したは教科書を抱いて白石の横と謙也の横を通り抜け準備室に消えた。

現実に引き戻してくれてありがとう、謙也へのお礼はそんな意味も込められている。









「白石演技うますぎてビビったわ」

「演技ってどういう意味や?」

「演技?何のことなんや白石?」


が準備室に入ると教室の緊張は一気に緩んだ。

女子の期待ももうなくなった。嘘だろうとなんだろうとここにいる女子は白石に選ばれなかったのだ。

白石の告白をきっかけに教室はゲームが始まる前の教室へと戻った。



「謙也戻ってきたら説明めんどいな」

「めんどいって何やねん!で、演技って何の話なんや?」

「いや、それは俺も聞きたいんやけど。演技って何なん?俺、演技なんかしてへんで」


演技なんかしていない、その白石の言葉に教室はまた静まり返る。



「はぁ?俺言ったやん、みんな暇やから女子に告白してるって」

「言うとったな」

「告白って何の話なんや?」

「まさか白石、自分みんな本気で告白してると思っとったん?」

「本気ちゃうん?」

「んなもん遊びに決まっとるやろ!こんなところで本気で告白する奴がおるか」

「……」


白石の顔から笑顔が消え、さっと青ざめたのがわかった。

白石は椅子から立ち上がって走り音楽準備室のドアノブを掴もうとする。だが手は空を掴み、そのまま横の壁にずるずるともたれるようにして座り込んだ。

青ざめた顔のまま、白石が顔をあげてその男子を見る。



「俺、絶対さんに勘違いされたやんな」

「……本気やとは思ってないと思うで」


その言葉を聞いてまた白石が項垂れる。

心臓がばくばくしていて嫌な汗が背中を伝った。

ものすごく焦っている。一刻も早くに会って謝罪したかった。そして、先ほどのは遊びではないと伝えたい。


このままこの件が有耶無耶になってしまえばいいのに、白石のことが好きな数人の女子はそう思っている。

まさかこんなことになってしまうなんて、と小石を始め困惑している女子もいる。

それぞれが想いを抱え、が音楽準備室から戻るのを待っていた。

心臓はうるさい程に脈打っている。































あとがき

タイトルをつけた後で某狩猟漫画のキャラの台詞と被ってると気付きました……。

2012.12.20