教室にひょっこり現れた先輩は、話したいことがあるのと少し困った顔で笑った。

俺の願っている展開にはならないんだろうなぁと、頭の隅っこでそれを理解しながらも先輩の言葉に頷くことしかできない。

昼休みに会う約束をして俺と先輩は別れた。クラスメイトが茶化してきたけれど、それにつっかかる気持ちにも笑い飛ばす気持ちにもなれない。

なんとなくこんな日が来るということはわかっていたのに、それでも胸が苦しいんだ。



*ちゃぴ 15*



昼休み、指定されたのは前に先輩と二人で過ごした中庭だった。

辺りを見回してみてもまだ先輩の姿はない。空いているベンチに座って購買で買ったパンをかじりながら、俺は今から話されるであろうことに関しての覚悟を決めなければならなかった。

私、ちゃぴのことが好きなの。人間としてのちゃぴを愛しているの。

先輩の声で勝手に再生して落ち込んで、嗚呼、少し泣きそうだ。

俺はきっとこの気持ちを閉まっておく。もし俺が死にそうになったら話してもいいかもしれないけれど、今の俺は自分の気持ちを告白すべきではないと思う。

勝ち目はない。120%ないと言っていいほどない。

俺は傷つきたくなかった。ごめんね、ありがとう、俺を慰めるための台詞を一つとして聞きたくない。

フラれるとわかっていても自分の気持ちだけは伝えたいだなんて、そんな気持ち俺にはわからないから仕方ない。


テニスの試合と違って、努力してもどうしても人の気持ちだけは変えられない。

誰かのことを好きになる嫌う、そういう感情だけは他人が左右できるものじゃないんだ。

まして先輩には好きな人がいる。想われているし想っている大切な人だ。

……雑魚キャラは雑魚らしく、大人しく指をくわえて外野から見てるとしますよ。



「赤也くんお待たせ!」

「お疲れっス」


先輩がパタパタと走ってきて俺の隣に座った。

今日は何のパンを食べてるの、と俺の周りに転がっているパンを手に取りながら聞いてくる。



「それよりも先輩、話って何スか?」


多分今の俺はいつもと違う。テンションも低いし上手く笑えてないと思うし、嫌な奴だと思う。

あんなことを考えてるけどそれでもやっぱ悔しいんだ。だから、先輩早く話してよ。早く話してこの場から立ち去って、俺を一人にしてよ。



「……私、赤也くんに謝らなくちゃいけない」

「何のことっスか?」


謝るのは俺が告白したあとの台詞だろ。何で今先輩に謝られなきゃいけないんだ。

俺は首を傾げながらパンをかじった。……このパン何味なんだろう、味がしない。



「赤也くんは知ってたよね?」

「何をッスか?」

「……ちゃぴがちゃぴじゃないってこと」

「……」

「本当にごめんなさい。私、赤也くんのこと巻き込んだ」


先輩の声が涙声になるのがわかって、俺は思わず先輩のほうを向いてしまった。

先輩は俯いていてどんな顔をしているのかわからない。でも、肩が微かに震えているのはわかった。



「えっと……」

「もう嘘つかなくていいよ。私ちゃぴが……犬のちゃぴが死んで本当に悲しんでた。落ち込んでたの。だから初めて仁王くんに出会ったとき……赤也くんにぶつかっちゃったあの日だね、あの時は本当に仁王くんのこと、ちゃぴだと思った。でも、やっと、向き合うことができるようになった。ちゃぴは、この世には、もう、いないって……死んじゃったんだって、仁王くんはちゃぴとは全く無関係なんだって」


先輩は俺の手を握って、俺の顔を見上げた。

頬に二本の筋が伝っているのがわかって、思わず俺は顔を歪める。

あの時嘘をついていなければこんなことにはならなかっただろう。でも、あの時真実を言ったら先輩の心は折れてしまっていただろう。

俺には結局どうすることもできなかった。何をしたって最終的には先輩のことを苦しめることしかできなかった。



「私のために、嘘をつかせてしまってごめんなさい。私、これからはちゃんと前を向いて歩くから……だから、できれば私のこと、嫌いにならないでほしい。嘘をつかせて、赤也くんを巻き込んでこんな形で利用していた私に言う権利はないかもしれないけれど……」

「何で先輩はそんなに自分を責めるんスか」

「……?」

「俺、巻き込まれたとか利用されたとか思ってないッスよ。先輩に仁王先輩のこと嘘ついてたのは間違ってねーけど、でもそれは先輩に元気になってほしかったからなんで」


だからもう謝らないでくださいよ。

どうして俺まで泣いてんだ。気が付いたら俺は泣いていて、でもそんなところ先輩には見られたくないから先輩に抱きついて先輩の肩で泣いた。

小さく聞こえた鼻をすする音は明らかに先ほどよりも近いところから聞こえる。今俺と先輩の距離はゼロだ。


先輩は真面目すぎる。誰も先輩のことそんなに責めてなんていない。

同情の目では見られているかもしれないけど、でも先輩のこと嫌いじゃないから、だからこそみんな黙って手を貸すんだ。俺も柳生先輩も仁王先輩だってきっとそうだ。


先輩からこんなことを謝罪されるだなんて予想も覚悟もしていなかった。

仁王先輩のことを言われるとばかり思っていた。でも本当はそんなことじゃなくて、ひたすら、俺に対しての謝罪しか述べられなかった。

こんなことじゃ先輩のこと嫌いになんてもっとなれっこない。



「このこと仁王先輩にも話すつもりなんスか?」

「……うん。柳生くんにはもう話したんだ」


まだ笑顔になりきれない先輩は目元を擦りながらも、俺の様子を窺っていた。

俺本当に気にしてないし怒ってもいない。ただ悲しいのは、俺と先輩が一緒に幸せになれる方法が見つからないっていう、ただそれだけ。

仁王先輩安心してくださいよ、世界は確実に着々と、あんたの思い通りになろうとしてる。

先輩は仁王先輩のことが好きだし、きっと二人は結ばれる。

永遠かどうかんて俺にはわからないけれど、俺と先輩じゃなく仁王先輩と先輩が一つになるんだ。



先輩」

「なぁに?」

「俺、諦めないんで」

「何を?」

「何だと思います?」

「どうせ教えてくれないんでしょ!」

「さすが先輩っスね!」


無理やりいつもみたいな顔して笑ったら、先輩もいつもみたいに笑ってくれた。

くよくよすんなよ、先輩が死ぬわけじゃない。先輩は消えたりなんてしない。

きっとこの人は仁王先輩と結ばれた後でも俺のことを俺として見てくれる。俺のことを消したりなんかもしない。

時々こうして隣にいることだけ許してください先輩。大好きです。あいしてます。




















可愛い君は誰の物
(心の中ではずーっと放さないから)














































*あとがき*

赤也お疲れ様の話でした。告白させることも考えましたがやめました。

2013.01.31