『軋む感情線』の続編


*ややあって、笑顔*



ちらり、横目でを盗み見た。

彼女は現在夢の中。俺の貸したパーカーとスウェットのズボンをはいてスヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てている。


すごく酔っていたし、その勢いで寝てしまう可能性も考えたけれども、思ったよりも拷問だ。辛い。

始発の時間になったら起こしてやることもできる。でも生憎、始発まではまだまだ時間がある。

あと何時間こうしていなければいけないんだろうと時計を見て俺は溜め息を吐いた。

起きてくれないかなと、少し可哀想な気もするけどの髪の毛に触れてみる。

身じろき一つせず相変わらず彼女は眠っていた。安心したような残念なような複雑な気持ち。



俺と一緒にクラブハウスに来たは来て早々、トイレとお友達になった。

しばらくしてから彼女はすっきりした顔でトイレから出てきて、迷惑をかけてごめんなさいと謝ってきた。

トイレで一人で過ごしたことによって冷静になったらしい。酔っぱらう前の彼女に戻っていた。

俺はシャワーを浴びたくて、一人俺の部屋にを残してシャワールームへ。

戻ってきたときにはもうこの状態だった。俺の貸した服を着込んだは、ベッドの横で丸まって眠っていた。



、おーい

「……ん」

「こんなとこで寝たら風邪引くぞ。ベッド使えよ」

「んー……」

「はは、寝ぼけてる。おーい、一瞬だけ起きろって」


優しくの頬を叩くとうっすらと彼女は目を開けた。数回瞬きしてから身体を動かす。

それから俺に手を伸ばしてきた。



「達海くーん……」

「ん?」

「おーこーしーてー……」

「ハイハイ、わかったよ」


手を引っ張ってとりあえずを座らせる。は座ったまま寝そうなくらいうとうとしていて、俺は彼女をベッドに運ぶ方法を考えた。

仕方ない、と自分に言い聞かせたのは言い訳のため。自分で立たせてもいいだろうけど、俺はの後ろに回り込んで、彼女の脇の下に自分の両腕を入れてを立ち上がらせた。

女性特有の柔らかさ、俺の顔の前にある髪の毛からはいい匂い、と呼ばれている匂いがした。



「ほら、立って」

「んー……立った」

「次はベッドまで歩く」

「歩く?」

「俺に抱っこされたくなかったら大人しく歩いて」

「んー……」


少しずつは歩き始めた。

俺はが転ばないように、相変わらずの脇の下に手を入れたまま彼女の歩みを支えている。

ベッドに着くと彼女はそのままマットレスの上に倒れていった。ベッドの向きとかそんなものは全て無視してもぞもぞと動いて丸くなった彼女は、そのまま寝る体勢に入ろうとしていた。



「布団被らないと」

「ふとん……」

「クサイとか言うなよ、傷つくから」

「言わないよー、達海くんいい匂いしたもん」


が完全に布団の上に寝転がっているので、の身体を左右へずらしながらなんとか下敷きになった布団を取り除く。

ふと我に返るとこの構図はまるで自分がのことを押し倒したようで。

足こそ床についたままだけれど、の顔の両側に手をついて顔を近づけて今にもキスしそうだ。

今まで何人もの男がにこうしてきたんだと考えると、複雑になったけど。



に新しい彼氏ができるたびに、俺じゃダメなのかなと考えたりした。

付き合って別れてを短期間で繰り返す彼女を見ていると、正直何か原因はあるんだろうなと思えてくる。でも彼女の所為ではなく、相手の男の所為だったらいいのにな、と思っている自分がいるのも事実だ。

の恋が終わる度に考えるけれど、俺には今のところが恋人と続かない理由が全然浮かんでこなかった。

いつも飲みに行くときのは自然体に見えて、俺や後藤を特別扱いすることを嫌がるような奴。きっと誰に対してもそんな態度なんだと思う。それなのに恋人と長続きしないなんて。

何が原因なのかはわからないけど、また彼女が同じことを繰り返すことになるのなら……できることなら俺がのことを受け止めたい。もうこんなことが起こらないように。



「なー

「んー……」

「俺じゃダメなの?」


は半分寝ているようだった。返事の声が曖昧で、声をかけられたからとりあえず返事をしたと言うような、何を言われたかまではわかっていない反応。

俺じゃダメなのかっていう問いは何に対してなのか、今のには到底理解できないだろう。



「俺、何でが恋人と続かないのか全然わかんないんだよ。と一緒にいると楽しいし、笑っていられるし、いいことしかないのに」

「……」

「他の人にはもったいないよ。俺はに何がしてあげられるかわかんないけど、俺はに幸せにしてもらえるよ」

「……ッ」

「え、……?」


俺の独り言だったはずなのに、俺の下にいるは唇を噛みしめていた。

ぐすん、と鼻をすする音がした後に先ほどよりも小さくは丸まる。



「いつから起きてた?」

「何で恋人と続かないのかわからないってとこから……」

「起きたなら起きたって言えよー。俺格好悪いじゃん」

「格好悪くなんかないよ!」


いきなりに抱きつかれてバランスを失った俺は、なんとか両手での上に乗ってしまうことだけは阻止した。

ゆっくりの上から退いて一緒になって横に寝転ぶ。

は泣いていたけど、居酒屋で見せた涙とは違うように見えた。



「達海くんは全然格好悪くなんか、ない」

「だったらいいけど。……ごめんな、混乱させるようなこと一方的に行って」


今一番怖いのは、この気持ちがあったからをクラブハウスへ招いたのだと勘違いされることだった。

単純に一人にさせたくなかっただけだし、それだけはわかってほしい。下手にいろいろ言うと言い訳みたいに聞こえるからこれ以上は言及されない限りは言わないつもりだけど、そういう馬鹿野郎とは一緒にしてほしくなかった。

次のの一言が怖いけれど、俺はの言葉を待つことしかできない。



「達海くん」

「なに?」

「私がどうして彼氏と続かないのか、知りたい?」


ここで知りたいと答えて今までの関係が崩れてしまったらどうしよう、という不安はあった。

でもそんなことはないだろうという気もしていた。の目がすごく真剣だったから。

小さく俺が知りたいと言うと、は深呼吸した。



「私が彼氏のこと、好きじゃなかったから、だよ」

「それが向こうにバレたってこと?」

「多分。私今日彼氏にお前のことよくわからないって言われたって話、したよね?」

「うん、聞いた」

「あれには続きがあるの。『俺のこと好きだっていうけど、ちっともそれが伝わってこない。本当は別に好きな奴でもいるんじゃないのか』」

「そう言われたの?」

「うん。でも、これは事実なんだ。私には、他に好きな人がいる、の」

「その人と何で付き合わないの?フラれた?」


は静かに頭を振った。大粒の涙が何故流れていくのか俺は全くわからないまま、聞いてはいけないことだったのかもしれないと後悔した。

好きだった人と死別したのかもしれないし、もっと複雑な何かを抱えているのかもしれない。



「私の好きな人は、近いけど遠いんだ。好きになっちゃダメな人なんだと思う」

「なんだそれ、芸能人とかなの?」

「近い、かもしれない。私その人のこと忘れたいわけではないけど、希望を持っちゃいけないと思って。それでいつも別の誰かと付き合ってた。でもやっぱり上手くいかないの。特にその人と出会ってからの彼氏とは、全然続かなかった。私、そんなにわかりやすかったのかな」


自嘲気味に笑うを見るのが辛かった。

俺はの手を自然と握りながらも、話の続きを促すべきかもう寝ろと言うべきか迷う。決めるのはだけど、俺自身その話を聞くのは複雑だ。



「でも、ね。その人がすごく嬉しい言葉をくれたから、また揺らいじゃった」

「だったらもう言っちゃえばいいじゃん。相手がどんな人なのか知らないけど、もうが余計な男と付き合う必要はないよ」

「そうかな」

「そうだって」

「達海、くん」

「なに?」

「達海くんのことだよ」

「何が?」

「私が好きなのは達海くん、だよ」


行ってからまたが自嘲気味に笑って、ごめんねと呟いた。

なんで謝るんだよ。全然謝るところじゃないのに。どうして。俺のために、そんな。



「……俺、が起きる前からに話しかけてたんだけどさ、もう一回言わせて」

「なぁに?」

「……何で、の恋人は俺じゃダメなの?」

「……!?なに、言ってるの……?」

「そのまま、だよ」


あの台詞の時の返事は本当に寝ながらしていたらしい。

その後の言葉も告白みたいなものだけど、決定的な告白をされてはまた目にじわりと涙を溜めた。



「達海、くぅん……」

「泣くなって、俺が泣かせたみたいじゃん」

「達海くんが泣かせたんだよ!達海くんのために捨てた私の純情、返してよ!」

「へ!?」

「達海くんのために何人と付き合って別れて繰り返したと思ってるの!達海くんのばかばか!」

「え、マジで俺の所為で泣いてる……?」


告白する前に比べては少し我になったかもしれない。でも、それでいいと思う。

もっと素直になってくれればって、恋人の我が儘を許せるうちはまだまだ余裕だ。

このスウェットとパーカーは私用にする!と横ではしゃいでいるはもう泣いてなんかいなくて、笑顔だ。


後藤はの気持ちを知ってて今日のことを仕組んだのかとに聞いてみたら、は後藤には話していないと首を振った。

後藤の仕事が落ち着いたら、ありがとうGM後藤の会をするとが言いだし、俺もそれに賛成する。



「あ、私のばか!」

「今度はどーしたの?」

「また私から告白しちゃった!あー……達海くんとも長続きしないかも……」

「馬鹿言うなよ」


はしゃいでいたと思えば急にしょげ始めるを後ろから抱きしめた。

これから俺の言葉で元気を取り戻すであろう彼女の姿を想像して自然と笑みがこぼれてしまう。そんな俺の反応を感じ取っているは、口を尖らせた。



「さっきも言ったけどさ、俺が最初に告白したのに寝ぼけて聞いてなかったんじゃん」

「あ、そっか!わーい!よかったぁ!」


予想していた通りの反応。ほら、やっぱり笑った。

























あとがき

短編『軋む感情線』の続編でした。


2012.02.28