身体は正直です



 バァン!とすごい勢いで教室のドアが開かれた。ドアが外れるんかっちゅうくらいの勢いやったせいかクラスメイトの視線がそのドアに集中する。
 開かれたドアの向こうにおったんは謙也さんで、そういう意味では俺はいろいろ納得した。この人はこういうことをする人や。


 「財前おるか財前……!」
 「あの、教室で騒ぐんやめてもらえます?」


 煩くて迷惑やとかドアが壊れそうやったとかそういうことよりも、この人の後輩やということが恥ずかしい。俺は速足で謙也さんに近づいて、教室の中にずかずか入ってこようとしていたのをなんとか外に連れ出した。背後からクラスメイトの視線を感じつつも、俺は先輩である人を睨む。何の用ですか、と話を切り出した。


 「俺は今日という日を忘れとったんや……!」
 「もったいぶらんと教えてくれます?」
 「財前……自分にとって今日は試練になるんや!」
 「あの、やから……」
 「多分財前も呼ばれるやろけど、昼休み絶対3年2組の教室来ぃや」
 「言われんてもさんに会いに行きますけど」
 「絶対くるんやで!絶対や!」
 「何やねんしつこいな……」


 謙也さんは走りながらも絶対来いと繰り返す。あまりのしつこさに思わずボヤいてしまった。
 謙也さんからの伝言。今日の昼休みにさんの教室。
 毎日行ってるわけでもないしだからと言って特に行く日を決めてるとかそんなんちゃうけど、何でさっき謙也さんはあんな必死やったんや?いつも行ったら行ったで不貞腐れた顔するくせに……意味わからん。



* * *



 「財前くんやー!」
 「財前くんよかったら私のも……」
 「何言うてるんよ!を差し置いてそんなんしたらが拗ねるでー!」


 何も知らん俺が昼休みに先輩たちの教室に行くと教室はいつもよりも騒がしかった。
 俺が教室に出向くのは日常の光景になっていたにも関わらずやたらと先輩たちが話しかけてくる。何で今更。何があったんや。
 俺は理由がわからんまま首を捻っていると、さんが俺を見つけて駆け寄ってきた。


 「光くん来てくれたんや!」
 「え、えっと」


 謙也さんに絶対来い言われましたと言おうとしたけれど、さんの後ろにおる謙也さんがものすごい必死なジェスチャーで今朝のことは言うなと伝えようとしてくる。さんを見つめていたいのに必死な謙也さんにどうしても目が行ってしまう自分が憎かった。集中せぇ俺……!。


 「……えっと、さんに会いにきたんすわ!」
 「わっ!」


 勢いに任せてさんに抱きつく。……ちゃんと謙也さんの言いつけ(?)を守ったのに俺の方睨むんやめてもらえませんか謙也さん。


 「丁度よかった、光くんが今日来んかったら私から光くんの教室行こうと思ってたんよ」
 「なんかあったんですか?」


 先程から疑問に思っていたことをさんに訪ねた。さんはにこにこしながら、ちょっとごめんねと俺の腕からすり抜けようとする。


 「え、嫌や……」
 「ごめんね光くん、ちょっと待っててくれる?」


 ほんまは嫌やけど仕方なくさんを解放して俺は大人しくさんの席に座った。さんが教室から飛び出して行く。俺を置いてどこ行くんやさん……寂しいっすわ。財前くん!と他の先輩に話しかけられるけれどもそんなのはどうでもよくて、俺は返事をすんのも忘れてただたださんの帰りを待った。



 「財前……」
 「白石部長?」


 机に突っ伏していた俺に声をかけてきたんは白石部長やった。何でかわからんけどもいつもより余裕がないような気がする。ほんまに今日はどないしたんやみんな。


 「謙也に呼ばれて来てくれたんか?」
 「……まぁそういうことっすかね。呼ばれなくても来ますけど」
 「そやったなぁ……」
 「どないしたんですか部長」


 白石部長の顔色が悪いように見えたしみんなの様子はおかしいし、少し心配になって尋ねると謙也さんが部長の横に立った。


 「ちゃんと来ましたけど」
 「助かるわ財前……俺らだけやったらどうにもできんのや」
 「何なんすかほんまに。俺、まだ何も聞かされてないんですけど」
 「謙也!財前に何も話してないんか!」
 「時間なかったんや!それに……」


 話したら逃げるかもしれんやろ、と付け足した謙也さん。逃げるって、俺が何から逃げるねん。
 謙也さんが俺に何も説明していないということを知った部長は更に顔色を悪くした。


 「光くんお待たせ!」


 白石部長と謙也さんが不穏な様子で話しかけてくる中、教室に響いたさんの声。目の前の部長と謙也さんは何故か肩をビクつかせる。


「待ちすぎて死ぬかと思いました」


 さんに抱きつこうとしたけど、さんの手に乗せられているものを見て俺は抱きつくのをやめた。
 さんの手にはトレーが乗っていて、そこにはお椀が3つ置いてある。にこにこ笑っているさんとは対照的に部長と謙也さんは固まっていた。


 「なるほど、こうしてたら光くんは大人しいんやね」
 「そんな……!さんずるい!」
 「冗談やって!でも今はほんまにあかんよ」
 「……さんそれ何なんですか?」


 机の上に置かれたトレー、お椀を覗き込むと中には善哉が入っている。突然登場した自分の好物に、そして恐らくそれを作ってくれたんがさんやということに目頭が熱くなった。


 「さんこれ……」
 「善哉!今日の調理実習で作ってん」
 「俺が食べていいんですか?」
 「もちろん!」


 感動して手が震えている。さんが調理実習とはいえ俺のために作ってくれた俺の好物善哉。
 両手でお椀を持って温かさを確かめた。確かめずとも揺れる湯気を見ればそれが温かいものであることはわかるんやけども。
 だとしてもそうせずにはいられへんかった。なんせこれは市販のそれとは違う、さんが作ってくれた善哉なんやから。

 口に入れる前に目で善哉を堪能している俺の隣でさんが残りのお椀を白石部長と謙也さんに渡した。
 そんなことに対してもいちいち嫉妬してしまうんはさんのことが大好きやから。もっと言うなら、そんな貴重な善哉を渡されているのにも関わらず反応が薄い二人の先輩に対して嫉妬以上に憤りを感じるんも事実や。


 「あ!光くんのだけ白玉足りへん!」
 「?」
 「急いでたからかな、ごめん!白玉追加してくるから待っててくれる?」
 「……しゃーないっすわ」
 「ありがとう」


 俺が包み込んでいたお椀を見たさんはすぐにそのお椀を取り上げてまた家庭科室へと走り去る。確かに先輩二人のお椀には白玉が2つずつ入っていたのに、俺のお椀には白玉は1つしか浮かんでへんかった。
 さん、いつ焦らしプレイなんて覚えたんや……!


 「はぁ、はよ帰ってこんかなさん」
 「財前……」
 「はよ善哉も食べたいけど何よりさんがおらんのが耐えられん。……先輩ら、俺に構わず食べてください」
 「正直お前の目が『食ったら殺す』言うてるんやけど」
 「そんなことないっすわ。何で先輩らにまで善哉用意してるねんとか先輩らは善哉食べんてええねんとか、そんなことは一切思ってへんから安心して食べてください」
 「今の全部本音やろ」


 そらさんの作ったもんを食べる人間が俺以外にもおるっちゅうことは悲しい。めっちゃ腹立つ。
 でもさんが帰ってきたときにお椀の中身が減ってへんかったらさんが悲しむかもしれへんやんか。俺が悲しいよりもさんが悲しむことのほうが嫌や。
 俺はそう先輩達に善哉を食べてほしい気持ちと食べてほしくない気持ちが葛藤しているんやということを告げた。


 「俺もそれは思う。でもな財前、世の中理屈じゃどうにもできんことがあるやろ」
 「は?意味わからんのですけど」
 「わかるとかわからんとか、そないなこと言っとる場合ちゃうっちゅー話や」
 「もうええからさっさと食えや」
 「むごぉッ!?」


 謙也さんがいつになく真剣な表情で言ってきた言葉にカチンときた。そういうこと言うてる場合ちゃうんやろ?やったらさんが帰ってくるまでにさっさと完食したらええ。そんでさんが帰ってきたら死ぬ程善哉上手かったって泣けばええ。……それはちょおオーバーかもしれんな。

 俺に無理やり善哉を食わされた謙也さんがお椀を口から離してゲホゲホとむせた。涙目でこちらを睨んでいる。


 「うぎゃぁ!!げ、劇物や劇物!!!」
 「何言うとるんですか、もっと喜んでください」
 「財前も食ったらわかる……!」
 「どうでもええから白玉も食え」
 「うぐっ……ゲホッ!!……阿呆!白玉喉詰まったら死ぬやろ!」
 「死なへん死なへん。はよ白石部長も食べてください」
 「財前、あのな」


 白石部長も真剣な表情で俺を見とった。
 何やねん、さっきから自分ら二人揃って何が言いたいん?そんなにさんの善哉食いたくないん?
 普段からちょいちょいさんからお弁当のおかずをもらったりしとるけど、今までまずいと思ったことは1回もない。なのに先輩らのこの反応、何があるっちゅうんや?


 「財前はさんの作った料理食ったことあるやろ?」
 「あるに決まっとるやろ」
 「じゃあ、さんの作ったお菓子は?」
 「お菓子?」


 部長の思わぬ問いかけに戸惑いながらも今までのことを思い返してみた。あったようななかったような……?
 お弁当の中にデザートが入っていたことはある。でもそのお弁当を作ったんがさんなのかさんのお母さんなんかはわからんし、今までそんなこと気にしたことがなかった。


 「財前、この善哉一口食ってみ」
 「……」


 謙也さんにはない謎の威圧感を使って話しかけてくる白石部長。嫌やと言えず俺は部長の善哉を奪うようにして一口啜った。
 こ、これは……!!


 「め……めちゃくちゃ上手い!」
 「「え?」」
 「白石部長も飲んでみてください」
 「……お、おう。……!!!!」
 「……白石?どうや?」
 「げ、げきぶつや……」


 部長は肩で息をしながら机にもたれ掛る。げきぶつ、それってマズイってことやんな?
 俺は部長から善哉を奪って試しにもう一口すする。やっぱり美味しい。


 「光くんお待たせー!あ、二人とももう食べてくれたんやね」
 「お……う、先に頂いたで」
 「光くんのは白玉余ってたから二人よりサービス!」
 「めちゃくちゃ嬉しいっすわ……!」
 「光くんも食べてみて?」


 帰ってきたさんから渡されたお椀の中には、白玉が5個入っとった。
 割り箸を使って白玉を口の中に放りこむ。……もちもちしていてめちゃくちゃ上手い。


 「どう?」
 「めちゃくちゃ美味しい!流石さんや!」


 信じられへんものを見る目で部長と謙也さんがこっちを見とる。何が劇物やねん、めちゃくちゃ上手いわ。
 こんなことになるんやったら始めから謙也さんのも部長のも俺が全部食えばよかったんや。味のわからん奴に食われたさんの善哉が可愛そうや……。




 ――翌日


 「……お、おはようございます」
 「おはようさん財前。どしたんや、なんや顔色悪いで」
 「昨日の夜から体調が良おなくてトイレと友達っすわ。ハハハ……何でやろ、風邪でも引いたんやろか」
 「(財前が冗談言うとる!これはあかん、ヤバイ……!)」
 「(それ風邪とちゃう財前!多分さんの善哉の所為や……!)」


















あとがき

舌まで盲目な財前でした。

2013.03.07