*ちゃぴ 16*



目を閉じれば思い出す、雅治の表情。

どうして彼はあんな顔で私のことを睨むのかと、思い出すだけで心臓がおかしな動き方をするのがわかる。

あれだけ私のことを愛してくれていたのに、あれは嘘だったの?

ほんの少しのきっかけで、こんなにも跡形もなく崩れ去ってしまうような愛だったの?



「雅治を取り戻さなくちゃ」


この呟きは誰にも届くことがない私の決意。

雅治を痛めつけるのはいけない。彼はああ見えて繊細で脆くて、すぐにだめになってしまうから。

それに悪いのは雅治じゃないんだもの。

ふと過った、下駄箱で待ち伏せたときに見た彼女の顔。

特に可愛いわけでもなく綺麗なわけでもなく、運動ができる様子も頭が良さそうな様子もなかった。

あの女、一体何をして雅治のことを誑かしたのか。

彼女のことを考えただけで自然と奥歯に力が入っていた。


雅治の女でもないくせに、きっとあの女は勘違いしている。

自分は雅治に愛されていると勘違いしている。

だったらはやく気付かせてあげなきゃね……あなたは私の代わりなんだって。

私と雅治が元通りになったら、あんたなんていらないんだって教えてあげなきゃ、あの子が可愛そうだ。






* * *






あの女の教室に私が出向くのは避けたかった。あの教室には柳生がいる。

彼が私のことをいいように思っていないのは知っていた。いつも雅治に何か忠告していたみたいだし、私のことを睨んでいるのだって気付いてる。

私が彼女に話しかけているところを見られでもしたらその場で邪魔してくるだろうし、それに雅治に告げ口するのも目に見えていた。

絶対に彼女が一人のときに声をかけなければいけない。声をかけさえすれば、あとはどこでも適当に呼び出せばいいんだから。


私はいつもより少し早めに家を出た。

こうなれば前回のように下駄箱で彼女を待ち伏せるしかない。

彼女の登校時間なんて知らないけれど、テニス部の奴らは朝練があるからきっと邪魔されることはない。

柳生以外の部員は私の顔を知っていたとしても、声をかけてくることなんてないだろうし。


いつもより綺麗に髪の毛をセットして、メイクも心なしかいつもより気合いが入った。

あなたと私はこんなにも違うのって見せつけてやりたい。あなたは雅治に相応しいの?って問いただしてやりたい。

考えるだけでゾクゾクした。彼女が顔を歪めるのが目に浮かぶ。これでもう全部終わると思うと胸が高鳴った。元に戻れるんだ、これでいい。


何もしらないあの女はのこのこと下駄箱にやってきた。

一瞬私を見て立ち止まった彼女は私を無視しようとしたけれど、そう簡単に行かせはしない。



「放課後、屋上に来てほしいの。あなた一人で。この意味わかるよね?」

「……一人で、ですか」

「安心してよ、私も一人だから」


それだけ話して私は足早に自分の教室へと向かった。異論なんて認めない。

あんたなんて私一人で十分潰せる。だから、他の人間なんて呼ばなくたって私一人でなんとでもなる。

雅治を連れて来たりしないことはなんとなく予想がついた。あの女、そこまで馬鹿ではないと思いたい。



「彩おはよー」

「おはよう」

「あれ、なんかいつもより気合い入ってない?なんか今日可愛いじゃん」

「今日は勝負の日なの」

「何それ男ー?」

「秘密。きっとすぐにわかるよ」


明日になれば私は雅治の横を堂々と歩いてる。楽しみで楽しみで仕方がない。






* * *






放課後、約束通りあの女は一人で屋上に来た。その度胸は褒めてやらなきゃね。

彼女は屋上に来てからというもの、一度も私のほうを見ることはなく、ちらちらと視線を移しながら落ち着かない様子で立っていた。その動作が私を苛立たせているのは間違いないけれども、今はそんなことに構っている暇はない。



「何の話がしたいのか、わかってるよね?」

「……仁王くんのことですか?」

「そうよ、雅治のこと」


そこで初めてあの女が私の顔を睨む。私が雅治のこと名前で呼んでるのが気に入らないの?



「私と雅治はもうすぐ元の状態に戻るから」

「元の状態に戻るってどういうことですか?」

「はっきり言わなきゃわからない?」

「私、仁王くんから……あなたと仁王くんは別れたって聞きました」


別れたつもりはこれっぽちもないのだということを話すと、彼女は首を捻りながらでも、と小さく呟いた。



「雅治と私は少しの間すれ違ってただけ。わかる?あなたはその間の代わりだったの。でももうその時期も終わるってこと」

「でも、でも仁王くんはあなたのこと元カノだって言ってました……!」

「雅治優しいから、あんたに嘘ついたんじゃない?誰だって傷つくでしょ、お前は本命じゃないって言われたら」

「でも仁王くんはあなたのこともう好きじゃないって……。今は……今は私のだから他の女はどうでもいいって!」

「うるさい!」


思わず大声で叫んでいた。元カノ?もう好きじゃない?他の女はどうでもいい?

何言ってるの、馬鹿じゃないの?私のこと騙そうったってそうはいかないんだから。



「あんたの言ってることに証拠があるわけ!?あるなら出しなさいよ!ほら、出しなさいよ!」

「証拠なんて、ありません……。でも、仁王くんに聞けば全部わかることです」

「やっぱりないんじゃない!この場を凌ぐために適当なこと言ってるんでしょ!」

「この場を凌ぐために言ってるんじゃありません!」

「じゃあ何、あんた私に嫉妬してるんでしょ!だからこんな嘘吐いてるわけ?」

「確かに、嫉妬しているかもしれません……。でも、嘘は吐いていません」


嫉妬していると認められたのに、それすらも腹立たしかった。

私は彼女をフェンスの方へ追いやって、ブレザーの胸元を掴む。

何か言い返してやりたいのに言葉が出てこなくて、こうするしか思いつかなかった。



「私は仁王くんに気持ちを押し付けたくありません……でも仁王くんのことが好きなのは事実です。だから、仁王くんがあなたのことを好きだって言うなら、身を引きます。私は彼にたくさん迷惑をかけた……だから、この気持ちも彼に迷惑をかけるなら、押し付けるようなことはしたくない」

「……」

「もし本当に私があなたの代わりだったとしたなら、お互い様なんです。私は仁王くんに大切な存在の代わりを求めた。仁王くんはあなたと上手くいっていなくて、その寂しさから私をあなたの代わりにした。それならそれで構いません。私は代わりにしてもらえて……幸せでした」


泣きそうな顔でにこりと笑った意味が全然わからなくて、彼女を殴ってしまいたくなった。

寸前で手はフェンスを叩く。カシャンカシャンと耳障りな音が何度も響いた。


こんなのあんまりだ……このモヤモヤした気持ちの原因の理由がなんとなく自分でもわかる。

もしかしたら本当に、彼女は私の代わりだったのかもしれない。私が冗談で別れようと告げてから、雅治に元気がなかったのは事実だ。

でも今でもまだ彼女は私の代わり?

もう自信を持ってそうだと言えなくなってしまった。雅治にだってこの前確認したじゃない……それを認めたくなかったのは、私?

本当は私が嫉妬していた?彼女に?

彼女が雅治を奪ったんじゃない、雅治が彼女を選んだんだ。

ここまで来たら、もうどうにもできないなんて最初からわかってたはずなのに。



「……行って」

「え?」

「もう行って。ここから出て行って……一人になりたいの」


彼女が屋上から出て行ってからもう一度フェンスを叩いた。

彼女は私を振り返っただろうか。











あなたの幸せ、願えない
(完全に私の負けね)










































あとがき

あと2話か1話です多分。期間が空きすぎますね・・・げふん。

2013.06.13