!長編に関する注意!

※持田さんと地味で恋愛経験皆無な夢主の話です
※サッカークラブ周辺などねつ造設定が多くあります

以上を了承の上での閲覧をお願い致します。
スクロールいただくと本編が始まります。


























 いつだって初めては緊張する。初めて下りる駅、初めて歩く道、初めての職場。
 出勤時間15分前に着く予定で家を出たけれど、結局職場についたのは10分前だった。遅刻の心配はないとしても、初めてづくしに緊張しっぱなしだ。

 「東京ヴィクトリー……」

 見上げた建物の外壁に、横文字ででかでかと書いてあるのを口にしてみた。今まで務めたどの職場よりも特殊な職場だ。

王様の仰せのままに 01


 「君の机はこっちね。これ関係者用のジャンパー」
 「ジャンパー」
 「そう、変な人入ってきてもおかしくないからねー、一応」

 緊張しながらクラブハウスに入ると、事務のおじさんが初出勤の私のことを待っていてくれた。きさくで優しそうなおじさん。そのおじさんに連れられ、自分の働くデスクはもちろん、施設案内が始まった。

 「まあ広いって言ってもさんに関係ある場所は限られてるし、関係者以外と接することも基本ないから一応場所だけ知っといてね」
 「はい」

 関係者という単語が気がかりになりつつも、大人しく返事だけを返す。彼の言う関係者とは、どこからどこまでを指すんだろう。



 契約社員の面接を受けたのは今から数週間前のことだった。そもそも私は仕事が好きではなく、働く意欲というものがあまりない。仕事が好きな人が世の中に少数派だとして、私は大半を占める仕事嫌いの方の人間だ。そんな私の勤め先が不況で倒産した。
 もともと働くことに意欲的ではないのに加えて、前の勤め先ではそれなりにしんどい思いもした。サービス残業は当たり前、休日は自主的に出勤など、所謂黒い企業的なものだ。そのせいもあり、勤め先が倒産するのを知った時には正直ほっとした。それと同時に、少し休憩したいと思った。それでも働かないわけにもいかず、選んだ道がこれだった。契約社員をして食いつなぐという、責任から逃れるスタイルへの方向転換だ。
 そこそこの給料で通勤にあまり不便しない場所、勤務時間も長すぎず休日も……という条件をもとにいくつか候補をあげて、そのうちの一つがこの東京ヴィクトリーだった。
 求人の段階では東京ヴィクトリーの「と」も教えてもらえず、経理の募集ということと薄らとした勤務地しかわかっていなかった。面接会場も都内の某貸会議室だった。給料は選んだ中では1番か2番目に多かったけれど、時期によって休日出勤の可能性……ということも書いてあったので、そんなものだろうと思っていた。それにしても、何をそんなに徹底する必要があるのか、少々疑問に思いながら面接を受けた。

 「さんは簿記の資格をお持ちなんですね」
 「はい」
 「前職も経理担当ということで、とても心強い」
 「ありがとうございます」

 ここまで言われて不採用だったら嫌だなと考えながらも、面接官の質問に答える。テンプレのようなやりとりを繰り返す、いつも通りの面接だった。

 「それでは最後の質問なんですが、さんはスポーツを観戦されたりはしますか?」
 「たまにですがします。特別好きというわけではなく、テレビで観戦するくらいですが」
 「応援しているチームなどはありますか?」
 「……あえて言うなら読買ジャイアンです」
 「結構です。ありがとうございました」

 面接官が書類をまとめるところを眺めながら、そのまま面接は終わった。面接自体はごく普通のよくある面接だったものの、最後の質問が意味深だ。学生時代、就職活動中に贔屓にしているチームの話題はあまりよくないと聞いたような気がした。
 これは落ちたかなと溜め息を吐きながら貸会議室のテナントを出ようとする。階段を下りた先で、同じく面接帰りと思われるスーツを着込んだ女性二人が興奮気味に話していた。

「最後の質問、なんて答えた?」
「本音言っていいのかかなり迷ったけど……」

 本音とは……?勤務時間や休日に関することでも面接官に突っ込んで質問したのか。答えがあるとでも言いたそうな女性の言葉が引っかかる。会話の内容は気になるものの彼女たちに話しかける気にもなれず、怪しまれないようにその場を後にした。最後に一言「やっぱり会えたりするのかな」と言っていたのがまた気がかりだった。よくよく考えてみるとどうも今回の面接に来ていたのは男性だけではなく彼女たちのような若い女性も多くて、層が幅広い。わけがわからずその日は帰るしかなかったけれど、結局翌日採用の電話がかかってきた。

 ・時期によって休日出勤
 ・男女幅広い層が対象
 ・会えるかな

 「……なるほど」

 思わず独り言が飛び出す。そして率直に言うと答えは「会えます」だ。私の机のある事務室、お手洗いや給湯室、医務室など様々な場所を案内してもらい、その次におじさんが案内してくれたのは選手達が練習している練習場だった。
 少し離れた場所で選手が練習しているのが見える。選手が出入りするようなエリアは私の仕事とは関係ないと思ったけれど、それを察してかおじさんに「もしもね、もしも誰かご案内することになって知らないのは困るから」と苦笑されてしまった。
 プロのサッカー選手達が蹴るボールの音を聞きながら、私が何故採用されたのか考えてみる。もちろん経理の経験があるのは大きな武器になっただろう。でもきっとそれだけじゃない。
 私が応援してるって答えたチーム……野球チームだったもんね。
 野球も特別好きだったわけじゃないけれど、父親が野球好きで自然と一緒に観ることが多かった。そして野球好きの親に育てられた私は、サッカーについてほとんど何も知らない。単純に縁がなかった。選手はおろかサッカーについてもほとんど知らない私が選手に現を抜かして仕事にならない、なんて状況はまずありえない。私はずり落ちてきた眼鏡を押し上げ笑うしかなかった。サッカーと縁遠い生活をしていたことが「東京ヴィクトリー契約社員採用」に役立ったのだとしたら世の中捨てたもんじゃない。

 「さんサッカー詳しくないんだよね?」
 「はい、ニュースで代表戦の結果を知るくらいです」
 「うちは代表に選ばれる選手も結構いるから、さんでも知ってる選手がいるかもね」

 東京ヴィクトリーはそんなにすごいチームだったんだと今更知った。選手におはようやさようならくらいは言うかもしれないので、名前くらい知らないと失礼かもしれない。

 「施設案内はこれくらいかな。すぐに覚えられないかもしれないけど、わからなくなったら周りに聞いてくれればいいから」
 「ありがとうございます」
 「あ!そうだった、あとね……」

 もう少しで事務室、という所でおじさんが歩く方向を変えて手招きしてきた。ついていくとおじさんは「ちょっと待ってて」と告げてから一人どんどん歩いて行ってしまう。

 「この仕事、経理とは全く関係ないんだけどね」

 戻ってきたおじさんの手にはじょうろが握られていて、私は首を傾げるしかなかった。

 「玄関にたくさん花があったでしょ?その花の水やりをお願いしたくて」
 「はぁ」
 「朝出勤してきたついででもいいし、午前中ならいつでもいいんだ。一応花の手入れする人がいるんだけど、その人の出勤時間がまちまちでねー。それなのに朝水やりしてほしいってうるさくて」

 ハハハと笑うおじさん。要するに、面倒な仕事が新人の私に押し付けられたというわけだ。

 「わかりました」
 「悪いけどよろしくね。じゃあ、戻って仕事の話をしようかな」

 おじさんは眉尻を下げながら笑うと、元来た道を戻って行った。改めて足元を見てみると様々な花が咲いているプランターがたくさん並べられている。そんなに数は多くないし、水やりだけなら10分もかからないだろう。

 「これからよろしくね」

 花に挨拶してみてももちろん返事はない。振り返るとおじさんの姿が遠くに見えて、急いでその背中を追いかけた。




































勢いに任せて持田さんの長編を始めました。主人公は地味で恋愛経験もなければ彼氏もいたことがない設定です。シンデレラストーリー的なものが大好きです。
管理人はこういうところでの仕事の経験もなければ話に聞いたこともないので、ヴィクトリー求人云々に関する設定は全てねつ造です。本来なら恐らく興味ある人を採用すると思うし、こんなコソコソした採用方法もとらないです(笑)これからもそんな訳あるか!というご都合主義なところが増えると思います。すみません。
こんな長編ですがお口に合うようでしたらお付き合いいただければと思います。
そして1話に出てこなかった持田さん(笑)

2016/06/09
2022/09/16 加筆修正