王様の仰せのままに 04


 今日もあの変な事務員が朝から笑かしてくれた。
 初めて会ったのは何日か前だと思う。事務員だとか忍び込んだサポーターだとかそんなことは関係なく、ただただあいつのしていたことは怪しかった。じょうろを手に持ったまま辺りをうろついていて、したいことは何となく理解できても手際が悪かった。どう見ても俺らに危害を加えるタイプの不審者には見えなかったけれど、冗談で不審者扱いしたら必死に否定されて、その場はもう笑うしかなかった。
 それからもたまに、朝水やりをしている姿を見かけたことはあった。でもそれだけだ。挨拶はするけどそのまま通り過ぎるし、向こうも特別俺らのことを気にしちゃいない様子だった。
 それが今日、何処からかごにょごにょ話すような声が聞こえてきて辺りを見渡せば、音の発信源はあいつだった。気になって近付いてみたらあいつは花に話しかけていた。
 本格的に変わった奴だと思った。こんな事務員今まで見たことがない。ちょっと声をかけたら顔を真っ赤にして走り去って、花に話しかけてんの聞かれて恥ずかしがってんじゃんって苦笑するしかなかった。



 「持田さんちっす」
 「おはよ」

 ロッカーでは既に何人かが着替えていて、俺もいつもの場所に自分の鞄を置く。ウォーターサーバーから水を汲んでとりあえず身体に流し込みながら、練習用ウェアに手を伸ばした。

 「あんな人いたっけ?」
 「いや、最近じゃね?パートのおばちゃんはたまに見るけど、女の人あんま見ないじゃん」
 「だよなー。あの人後ろ姿見る限りは若そうだよな」
 「若いけど地味な感じだったよ」
 「お前顔見たの?」
 「見たよ、一回だけ。タイミングよく向こうが立ち上がってさ」
 「へー」
 「眼鏡してた」
 「いーじゃん眼鏡。インテリお姉さんぽくてさー」
 「いや、インテリって感じじゃないんだよな。大人しそうだった」
 「俺も顔見てみたいなー。いつも後ろ姿で顔見えないんだよな」

 若手の話題は恐らくさんのことだった。話に入ろうか少し迷ったところで扉が開いて、城西さんが爽やかな笑顔と共に部屋に入って来る。

 「城西さんちっす」
 「「ちっす」」
 「おはよう」

 俺の隣に鞄を置いた城西さんに挨拶をして、着替えを再開した。既に着替え終わっている例の若手はまたさんの話を初めて、その様子を見て城西さんも着替えながら笑みを漏らす。話題に反応していると言うよりも、朝から若手が熱心に話している様子が気になるようだ。

 「お前ら、朝から盛り上がってるな」
 「城西さん見たことありません?最近玄関で花に水やりしてる女の人」
 「あぁ……たまに見かけるな。その人の話で盛り上がってたのか」
 「そーなんスよ」
 「さんでしょ、それ」
 「え?」

 俺が話に割って入ると驚いたような様子の奴とビビった様子の奴が俺の顔を振り返る。城西さんまでも意外そうな表情で俺を見つめて来るから笑いそうになった。

 「お前知り合いなのか?」
 「知り合いってほどじゃないけど、初めて見かけたときに不審者かと思って話しかけた」
 「……」
 「まじっすか持田さん」
 「あの様子で不審者はないだろう……」
 「いや、ほんと怪しかったから」

 全員がその時の状況を説明してほしそうな顔をしている。でもあれを口で説明するのは難しいし、面倒くさいので早々に諦めて黙り込むと、3人もそれ以上は言及してこなかった。

 「さんかー。今度名前読んで挨拶したら振り向いてくれるかな?」
 「どうだろな」
 「振り向くと思うよ。その代わり、めちゃくちゃオドオドされると思うけど」
 「オドオド……?」
 「今日も話しかけて肩叩いてやったらなかなか振り返らなくて、しばらく固まってたんだよね」
 「まじっすか(それ持田さんだからじゃん……)」
 「へ、へー!(そりゃ持田さんに肩叩かれたら俺でもビビるわ)」
 「持田、あんまりその人のことイジメてやるなよ」
 「イジメてないし。さんが花に話しかけてたから気になって」
 「!?」
 「は、花にっスか!?」
 「うん」

 流石にこれには城西さんも何もコメントできなかったらしく、少し哀れみを含んだ目で俺のことを見てきた。いやいや、俺が花に話しかけてたんじゃないから。
 若手は引くよりも余計にさんに興味を持ったようで「今度話しかけてみよーぜ!」なんて意気込んでる奴もいる。

 「今日なんて最終的に逃げられたんだよね。花壇に俺一人置き去りにされたし」
 「まじっすかそれ(そりゃ逃げたくもなるだろ)」
 「ははは、そんな現場見られて恥ずかしかったんじゃないのか」
 「多分それ」
 「なんか面白そうな人っスね、さんって」
 「そうだね、面白いし変だと思うよ」

 あんまり話すつもりはなかったけれどさんと会話したことがあるのが俺だけで、みんなが食いついてきたのでいろいろと教えてしまった。さんに悪いことをした自覚はありつつも、若干優越感のようなものがあるのも本音だ。

 話題が一段落した頃にはロッカー内にいる人間も増えていて、そのほとんどが着替え終えていた。そろそろ行くか、とそれぞれ身体を起こしてロッカーから出て行く。俺も立ち上がると横にいた城西さんが「今日はご機嫌だな」なんて言い出したので、そうでもないとだけ返しておいた。




























城西さんと書いてシロさんと読みます。
2016/08/22
2023/06/03 加筆修正