*王様の仰せのままに 08*



腕時計を見ると時計の針は到着予定時刻を指していた。
いつもと同じ距離を走ったのに早く着いたように感じる。あの信号にもひっかっかったのに。
もしかしてずっと口を動かしてたからか?と車内でのやりとりを思い出してみた。

俺自身はそんなにしゃべるほうじゃない。慣れた人とかじゃないと余計に。
慣れた人であっても俺からあんまり話しかけないし、だから相手も話しかけてこない。けど今日は移動中めちゃくちゃしゃべった。
彼女もあまりおしゃべりではないしどちらかといえば大人しいほうだけど、俺がやらかした助手席化粧女事件の後話はいろんな方向に行って、寝てもいいなんて言っておきながら結局ずっとしゃべりっぱなしでここまで来た。
ちらっと視線を左斜め下に落とすと見るからにわくわくしてます!って顔のさんがいる。
さんは楽しそうだし、まあ来た甲斐あったなと本題の食事も済ませてないのによくわからない達成感でいっぱいになった。
ほら行くよ、と声をかけ一人で店に入る。
後ろからぱたぱたと急ぎ足でさんが近づいてくる音を確認しながら店員に声をかけた。



ちょっと都会から外れた土地を広めに買い取り、店の周りをぐるりと木で取り囲んだこの店は一見すると小さな森だ。
中に入ってしまえば基本的に道路は見えないし独特の空間が広がっていて話題にもなりそうなんだけど、アクセスの悪さとそこそこ客層を選ぶ雰囲気がこの店をうるさい奴らの溜り場にしない秘訣だった。
それでも知ってる奴は知ってるし、常連も多い。
俺以外の人も利用することが多いようで、大抵この店は個室を一つは置いていてくれていた。
当日でも電話して空いてますかの一言で部屋を押さえられる便利な店。
一般客にほとんど顔も見られないし、さっさと個室に入ってしまえばこっちのもんだ。
俺は一人で食事にくることはないけど、たまに誰かと来たりする。まあ、女は大抵喜んだ。

入口すぐ横の階段を上ると二階は個室だけになっている。
さんはきょろきょろと壁にかかっている絵画を見たり置いてある彫刻を見物したり忙しそうにしていたけど、俺が振り返るとはっとした表情で俯き加減についてきた。
三つ目の個室に通され、水とおしぼりとメニューだけ置いて店員はさっさと出て行く。
そこでようやく緊張の糸が切れたのかさんが深く息をはいた。


「ぎゃはは!さん息止めてたの?今息できてる?」
「しー!だめですよ持田さん、うるさくすると目立ちます」
「目立つも何も個室じゃん」
「でも、防音じゃないんですから……」


さんは焦ってたけどチームの連中と来たらこんな比じゃない。
俺は城西さんを相手にするみたいにハイハイと受け流し、彼女にメニューを差し出した。


「とりあえず飲み物選べば?」
「ありがとうございます。……何にしようかな」
「酒は?」
「結構です。私だけお酒いただくわけにはいかないんで」
「気にしなくていいのに。俺車じゃなくても基本飲まないよ」
「お嫌いなんですか?」
「嫌いじゃないけど外で飲むのってあんまり好きじゃないんだよね」
「そうなんですね。うーん……じゃあ私、この店主特製ジンジャーエールにします」
「俺もそれでいーや」


わざわざ言わなかったけど俺のお気に入りだしそれ。
ちらっとさんを見ると目があった。微笑されたからメニューに向きなおる。


「なんでも好きなもの食べなよ、値段とか気にしなくていいから」
「!?」
「まさか割り勘でもすると思ってたの?安心しなって、俺さんの何百倍も稼いでんだぜ?」
「は、はは……」


これはさすがに真実だしへこむどころかさんも苦笑。
そーそー、甘えられるうちは素直に甘えとけばいいんだって。
ごちそうさまです、とまだ何も口にしてないのにさんが俺に会釈をしたからまた噴出しちゃって、本日二回目のしー!で怒られた。


「嫌いな食べ物は?」
「すごく辛い物は苦手です」
「ふーん。ここに載ってないもんでも言えば作ってくれるよ」
「逆に注文するの難しくないですか?」
「そー?俺よくするけど」


俺がこの店を選んだのにはもう一つ理由があって、あまり特殊な材料を使わなければメニューにないものだって適当に作ってくれたりするから。
さんの好き嫌いは知らなかったけど、ここだったら何も食べられないっていうことは避けられると思った。
でもそんな心配はいらなかったみたい。


「どうしよう選べません……どれもおいしそうなんで……!」
「じゃあ全部頼めば?」
「もう、またそういうこと……。私こういうのダメなんです、だから持田さん選んでください、お願いします」
「えー俺ー?」
「えーって何ですかえーって」
「まあ別にいいけどー」


店員を呼んでジンジャーエールと俺が食べたいものを何品か頼んだ。
すぐにピッチャーに入ったジンジャーエールが運ばれてきて、ジンジャーエールのでかさにこれで二人分!?とさんは驚いていた。
俺がいつもそれしか頼まないからピッチャーで出してくれるってことは彼女には内緒。
なんだかニヤニヤしてしまいそうになって、でもそのニヤニヤの理由を聞かれるのも嫌だから適当な話で誤魔化そうとした。


「ねぇ、なんでうちの職場選んだの?サッカー好きだから?」
「条件がよかったからです。サッカーは基本的なルールしかわかりません」
「基本的ってどこまで?」
「ボールを手で触っちゃダメとか」
「ぎゃはは!そんなんで受けたのウケるー!ある意味すごいんだけど!」
「職場については採用されるまで知らなかったんですけど、私も採用されて驚いてます」
「ルール覚えないの?」
「覚えたほうがいいですかね……?」
「さぁね。俺が教えてやってもいいけど」
「ほんとですか……?私日本代表レベルの選手を師匠にしちゃうんですか!?」
「ぶはっ!なんだよ師匠って!ルール教えるだけだってば、ほんと笑かしてくれるねー」


ゲラゲラ笑ってたら料理が運ばれて来て、うるさいのに慣れた店員は笑顔を崩さず静かに料理を並べていく。
店員が入ってきた瞬間またさんは静かになって、料理の説明をする店員に何度も会釈をした。
基本的にさんは大人しいけど、慣れてきたのかあんまり俺との会話ではビクビクしたりしない。


「あの」
「何?」
「持田さん、練習終わりなのに本当によかったんですか?」
「いいも何も俺が来たいって言ったんじゃん」
「そうですけど……」
「俺さぁ、チームの中じゃそこそこ問題児なんだよね」
「……はい?」
「気分屋で機嫌の浮き沈み激しくて我が儘だし、思ったことすぐ言うし、城西さんには威嚇するなってよく言われるし」
「……全部自覚あるんですか?」
「ないよ自覚なんて。城西さんに言われるだけ」
「ははは……」
「まあもし事実だとしても結果出してるからみんな何も言えないんだけど」
「おおお……(どんどんこの人ダメになって行くよ)」
さんが知らないだけで、俺ってそういう人間なんだよ。特別さんにだけ優しくしてるつもりも親切にしてるつもりもないし、だいたいそういうのできないし」
「……」
「だからそういうの気にしなくていいから。嫌だったら嫌って言うし、そういう遠慮はしないしそっちもしなくていいし」


何を聞かれるかと思えばこんなことで、俺は大きなため息つきで何故か自分のネガキャンをした。
こんな話も彼女はくそ真面目に聞いてて、言い終わるとちょっと嬉しそうな顔で笑うもんだから俺は意味がわからなくて、何か恥ずかしいから彼女が言い返す言葉を探してる間に別の話題を探す羽目になる。


「……っていうかさんこそよかったの?今日暇だって言ってたけど彼氏は?俺と飯行ったって言ったらさすがにちょっと妬くんじゃね?」
「あぁ、彼氏いないんで大丈夫ですよ。今までいたこともないんで」
「は?」
「何度も言わせないでくださいよ……私彼氏いたことないんです。だからその、車のこととか……手間取っちゃってすみませんでした」
「いや、別に、いーけど……」


確かにさんは地味だけどまさか恋愛経験がないとは思わず、なんか軽い物で頭殴られたくらいの衝撃がある。
同時にこの人いい人なのにもったいねーなって思った自分もいて、どうした俺って息を小さく吸いながら目を閉じた。
もったいないって何だよ、何で急にそんな話になるわけ?
さんは打算的なところがないしめちゃくちゃ気を遣うし、なのにマジもんの天然っていう謎のオプション付きで確かに今まで俺の周りにも彼女にもいたことがないタイプ。
おまけに見た目本当に地味。髪の毛染めてないし眼鏡だし化粧めちゃくちゃ薄いし本当に地味。
でもどれだけ今まで周りにいないタイプだとしても見た目が全く俺のタイプじゃなくても、さんがいい人なのは確かだ。
ってまた俺ここでさんのこと庇ってる。自分でさんのこと下げたり上げたりして何がしたいんだよ。
大人しくて真面目で地味な人なんて日本中どこにでもいるのにさ、その一人がさんってだけじゃん。
……でもさ、日本中どこにでもいるのに、俺の目の前に現れたのはさんなんだよなー。


「……持田さん、引いてます?」
「引いたっていうかビビった」
「それ引いてるんですよ……」
「引いてないし」
「……素直じゃないなぁ」


本当に引いていない。別にさんが恋愛経験なかろうと処女だろうと引いちゃいない。
ただビビった、全く自分のタイプじゃない女に自分がごくごく自然に好意をもっているってことに。
今日この店に早く着いた気がしたのは単純にずっとさんとしゃべってて楽しかったから。
今既に21時を過ぎようとしてるのもどんどん話題がでてきていつも以上に俺が笑って時間を忘れてるだけ。
だけ、だけど。それだけ、だけど。


さん」
「はい?」
「今度暇な日に酒付き合ってよ」























2018/08/26