*王様の仰せのままに 09*



連絡先を交換してからというもの、よくわからないメールが頻繁に届くようになった。もちろん差出人は持田さん。
波はあるけれどものすごい早さで返信が返ってくることもよくあって、この人常に携帯握って生活してるのかなと心配になる。
さすがに練習中は一切返信がないので、そういう点では本当に私は持田さんと連絡を取ってるんだなと実感した。
持田さんのメールはひらがなが多くてそれにもちょっと笑ってしまうけど、打つのが面倒になるとすぐに電話をかけてくるのも特徴で、内容を伝えると電話はいつもさっさと切られてしまう。
でも電話に出ると大抵連絡を取りたがりな面倒くさい彼女みたいな反応をするから、それが一番面白かった。


あれからもう何度も食事には行っていて、お支払は毎回持田さんだし、本当にいいのかなと気にはなっているもののそこに突っ込むとまたいろいろ言われそうだからあえて黙っている。
持田さん本人が言っていた、「嫌だったら嫌って言う」という言葉を信じるしかなかった。
すごいときは週に3回もご飯に連れて行ってもらったこともある。
もう私たち友達!みたいな回数になってるけど職場でも何も変わらないしそこもあえて突っ込まないことにした。
そもそも誘ってくるのが持田さんからだから問題はないとは思うけど、私も本当に毎日暇してるから断る理由もなくて、暇?と聞かれれば暇ですと言うしかない。
きっと持田さんは「ならいつでも暇してるから人捕まらなかったらで」くらいの勢いなんだと思う。まあいいんだけど。
持田さんはいろんなお店を知っていて、毎回毎回違うところに連れて行ってくれた。
しかもどのお店も初めましてじゃない感じだから直前に食べ○グで調べてるわけでもなさそう。
そもそも持田さんが食べ○グ使ってるとこ想像できないけど。

そして今日もご飯のお約束をしている。
仕事後にお誘いを受けるのはいいけれど、お誘いを受けると残業は絶対にダメなのでそこだけいつも必死だった。仕事を疎かにはできない。
一度だけ電話で「残業したら殺す」という意味不明な脅迫を受けたこともあるので、約束してる日はいつも以上に気合いを入れないと私は死ぬことになってしまう。

お疲れ様ですと事務所のみんなに告げて部屋をでた。
ここの職場は休みのシステムがよくわからなくて、基本的に固定じゃないんだけどみんな一斉に休みの日もあればバラバラの日もある。
サッカーの試合の運営のこともあるからこんなことになるんだろうけど、ちゃんと週に2日は休みがあるから私には何も文句もなかった。
明日は久しぶりのみんなが休みの日なので、なんとなくみんないつもより仕事中もイキイキしていた気がする。私は今からちょっとハラハラするわけですが。

部屋を出てとりあえず玄関に向かって歩きはするものの、いつも待ち合わせ場所に困る。
別にやましいことをしてるわけじゃないけれどなんとなく持田さんと頻繁にご飯に行っているのを知られると面倒事が起きそうなので、待ち合わせの瞬間が一番ハラハラした。
持田さんの車の前で待っていたらそれこそ不審者みたいなのでいつも花壇の前で待っているけれど、事務所の人が通るとそれはそれで帰ったんじゃなかったの?と言われるのでいつも持田さんはやく!と心の中で祈っている。

グラウンドから人が歩いてくる気配がないので暇つぶしに今朝も完璧に水をやったプランターを眺めてみた。
夕方だからかみんなあまり元気がないようで、事務所のみんなとは大違いだ。
明日は休みだからみんなに会えないなと思いながら何気なく土色のプランターを見ると、土色に小さな緑が混じっていた。
ん!?とその場にしゃがみこんで確認すると、確かに小さな小さな緑がところどころ顔を覗かせている。
こんなの朝にはなかった。今朝だって誰にも見られないようにこっそり話しかけたから間違いない。
嬉しくなってスマホのカメラでカシャカシャ撮っていたら黒い影が覆いかぶさってきた。


「ぶはっ!また話してんの?」
「持田さん見てください、これ!」
「んー?」


ヒーヒー言っている持田さんも巻き込んでプランターをのぞいてもらうと持田さんは眉間に皺を寄せながらどんどん顔を近付けて行く。


「雑草?」
「多分違います」
「ならよかったじゃん、毎朝水あげてた甲斐あって」
「よかったです、よくわからないけどすごく嬉しいです」
「丁度良かったわ」
「何がですか?」
「秘密ー。さっさと車乗れよ、じゃなきゃ置いて行くから」


置いて行かれないように急いで後ろを着いて行った。
明日は休みなのに、もう仕事の日が待ち遠しい。



* * *



私は車の免許を持っていないから、一般道も高速もほとんど知識がない。
自分の生活範囲だったら別だけど、持田さんが車で走る道はほとんど現在地が理解できないようなところばかりだった。
そんな私でも今回はすごく目的地が近いということがわかる。
高速には乗らず一般道をずっと走っていた持田さん、そのうちよくわからないところで曲がってマンションや商業施設が立ち並ぶエリアを走り始めた。
こういうところのお店に行くのは珍しいので持田さんに尋ねてみる。


「今日はどんなジャンルなんですか?」
「俺もわかんない」
「初めて行くお店ですか?」
「俺は初めて」
「俺は?」


どういうことかと首を傾げると車はどこぞの高層タワーマンションの地下駐車場へと吸い込まれていった。
よくわからないけど今回は今までと全く違うジャンルのお店らしい。


「着いたよ」


持田さんに言われて車を降りると周りにはベンツやワーゲン、BMW、アウディやフォードをはじめとしたお馴染みの外車と持田さんの乗っているような高級車っぽい車がズラリと駐車されていた。


「次はBM買おうかなー」
「買い替えるんですか?」
「だってさん俺の車どこのか知らないじゃん」
「わ、私の所為ですか……」
さんにもわかりやすい外車にしようかなーって」
「いえいえいえいえ、私のことはお構いなく……!」


どこまで本気かわからないけどものすごく高い買い物なので慎重にするように頼んだ。
持田さんはゲラゲラ笑っていたけど明日にでも違う車に乗ってそうで私は全く笑えなかった。
持田さんは珍しくバッグやらシューズやら、普段食事に行くときに車内に置いておく物を全部車から出して最後に鍵をかける。
ピッっという音がするとその鍵を私に渡してエレベーターのボタンを押した。


「エントランス寄るわ」
「あ、はい」


チーンという高級そうな音とともにエレベーターの扉が開いて、ずんずん持田さんはカウンターのとこまで進んで行った。
ガッシリした体格の男の人が持田さんに頭を下げる。
こ、これがコンシェルジュってやつ!?と思いつつ、今日のお店はすごいところにあるんだなと最近少し隠れていたチキンな心が顔を覗かせた。


さん、これ持って」
「は、はい!」


少し離れたところから眺めていると急に持田さんの声がエントランスに響き渡って、私は急ぎ足で持田さんに近付く。
カウンターでサインをした持田さんは、受け取った段ボールを私に持たせた。


「絶対に落とすなよ」
「は、はい!」
「もし落としたら……」
「落としたら……?」


こ ろ す

ガッシリした人に聞こえないように口だけで言われたのに、私はそれだけでビビって段ボールを落としそうになる。
薄ら笑いを浮かべる持田さんはガッシリさんに「この人さん。覚えといて」と告げ、その後またそそくさと歩き出した。
今回のお店の会員になったような気分でちょっとどきどきする。
だってコンシェルジュの人に名前を伝えるってそういうこと……だよね?


再びエレベーターに戻った私は、持田さんがかなり上のほうの階のボタンを押したのを見て声も出せなくなった。
もうそこほぼ最上階だし……どうしよう、仮面舞踏会みたいな会場に連れて行かれたら笑えない。


「今日のお店はどんな雰囲気なんですか?」
「ぶはっ!」
「え?」


なんとか絞り出した声で話しかけるとただ噴出された。
こんな質問すら許されないような雰囲気のとこになんで連れてきたりしてくれたんですか……!


「ククッ……あーそだね、今までの中じゃ一番落ち着くかな」
「初めてなのに?」
「ブフッ!」


あれか!ゲストハウスみたいなとこ借りてシェフ呼んで何か作ってもらう系のやつか!
私は初めてじゃないって言ってたから、サプライズでこんな場所に似合わない私の家の近所の店のおじちゃんとか連れてきたりしてるんじゃ?
持田さんめ……!私がそんなシステムを知らないと思い込んで~!

またさっきと同じチーンって音がして、目的の階に着いた。
サイズと規模が明らかにおかしいけど、一見すると作りはマンションっぽくて、こんなところにお店があるとは思えない。
持田さんの後ろを着いて行くしかないのでとりあえず慎重に段ボールを持って後をつける。
一番奥の角部屋のドアの前で持田さんは立ち止まって、ポケットの中をごそごそし始めた。


「あ、違うわ。さん鍵」
「え?」
「車の鍵貸して」


言われるまで忘れていた持田さんの車の鍵を鞄から取り出す。
持田さんに渡すと車の鍵と一緒についていた鍵を目の前のドアの鍵穴に差し込んで回した。


「どーぞ」
「……失礼します」


持田さんがめちゃくちゃニヤニヤしてる。これは罠だとわかっているのに拒否権がないのが悔しかった。
警戒心を強めたまま私は中へ。もちろん中は真っ暗だけどとてつもなく広い空間が広がってるのだけは雰囲気でわかった。


「電気つけていい?」
「ど、どうぞ」


一瞬にして部屋が明るくなって玄関がおしゃれなライトに照らされる。
中に絶対近所のおじさんがいると予想しているので、こんなおしゃれな演出に惑わされるわけにはいかなかった。


「あー疲れた」


持田さんはバッグやシューズを玄関に投げ捨て、靴を脱いで中に入ったと思うとそのまま上着とか靴下をその辺にぽいぽい脱ぎながらリビングへと消えていく。


「ちょ、ちょっと!何してるんですか!」


いくらなんでもおじさんがびっくりすると思って、私は持田さんが脱ぎ捨てたものを全て拾いながら後を追った。
持田さんはリビングの大きな大きなソファに全身脱力状態で転がっていて、私はとりあえず拾ったものを椅子に置く。


「ちょっと持田さん!」
「くつろいで悪いわけ?」
「だって……」
「ここ、俺の家だからね」
「……へ?」
さーん、ここは持田様のお住まいですよぉ?」


なんですと……?
持田さんはギャハハと笑いながら傍にあったクッションをバシバシ殴った。























2016/08/27