*王様の仰せのままに 11*



「だからさー、こいつが左サイドバックでー」
「左?右なのにですか?」
「なんでそーなんの。だから、左右はこっちから見て……」


持田さんとお酒を飲みながら有料チャンネルのブンデスリーグの話で盛り上がっている。
正確に言うと盛り上がると言うかルールを教えてもらってるわけだけども、このブンデスリーガーとやらがさっきからちょろちょろとグラウンドの中を走り回るのでポジションなんて把握できるわけがなく、進展はほとんどと言っていいほどなかった。
当たり前だけどテレビだと選手一人一人が小さいからポジションを言われてもよくわからない。全員同じ顔にしか見えないし。
持田さんは背番号とポジションを覚えろって言ったけどそんなの無茶です。


「よくこんなのわかりますね。私はみんな同じ顔にしか見えないです」
「別に顔覚えてるわけじゃないし」


ダバダバと持田さんがシャンパンをグラスに注ぐ。本日二本目が残りあと半分ほどになっていた。

持田さんのテンションは普段と変わらないしまだ酔ってはいなさそうだけど、見るからにお酒強そうだから何の疑問もない。


「だいたい私日本人選手の見分けもつかないし憶えられないのに……」
「いつか憶えるんじゃないの?憶える気があったらだけどね」
「ルールより先に顔と名前を憶えないと失礼ですよね……」
「うちの若手はさんの名前憶えてるよ」
「それは持田さんの所為じゃないですか」
「なんで俺の所為になんだよ」
「持田さんが私の話したって言ってたじゃないですか」


私はお酒のせいかかなり開放的になっているようで、普段なら突っかからないようなことにも口出ししてしまった。
マズかったかなと思ったけどそれでも持田さんは怒ってなくて、むしろなんだかニヤニヤしている。


さんさー気を付けたほうがいいよ?うちの若手がさんのこと狙ってるから」
「こわっ、新人イジメですか!?」
「なんでそうなんの。女だからだよ、可愛いなって言ってるんじゃん」
「可愛い……?私こんなに地味なのに?」
「ぶはっ!!」
「自覚してるんで大丈夫です」
「ウケるー!確かにまーさん地味だけどねー」


そりゃこんな豪邸に住んで華やかな暮らしをしている持田さんと私を比べたら私は圧倒的に地味だけど、普通の人と比べても私は地味だってことは自覚していた。
派手になりたいとかなろうとか思ったこともないし、清潔感さえ保っておけば相手が不愉快な思いをすることもない。
必要最低限の化粧はしているし、そういう意味で一般的な常識が欠如しているとは自分では思ったことはなかった。
努めてこの見た目を保とうとしているわけでもなく、自分の外見をよく見せることとかおしゃれに興味がない。


「綺麗になりたいとか考えないの?」
「土台がこれなので高望みはできないですよ」
「ふーん。変わってんね」
「見た目も地味ですけど中身も地味だし、あんまりそういうの興味がなくて」
「じゃあさんが自分が地味だなって思うとこって何」
「うーん……一時期かまぼこ板に彫刻するのにハマってました」
「ぶはっ!ハハハ!あー……流石だわさん」


持田さんはクッションをバフバフ叩きながらひーひー言っている。
あまりに笑うもんだから心配になって背中を擦ると、少し涙目の持田さんが片手をあげてありがとと言った。それでもまだ笑っている。
こんなに日々笑っていて隣近所から苦情がきたりしないのかな、と思ったけどしょーもない質問は胸に閉まった。


「自分の外見には興味がないって言ってたけどさ、もし今スタイリストとか出てきてさんのこといじりたおしたらどう思う?」
「好きにしてくださいって思います。ただお風呂に入ったら魔法が解けるだけです」
「魔法、ねぇ」


そうそう、と相槌を打ちながら私はテレビの隅に視線を送る。
ブンデスリーグが終わってからはずっと、この後の番組の宣伝が流れ続けていた。
でも私が見たかったのはブンデスリーグでも番組の宣伝でもない。
さっきからちらちらと探してはいるものの、どこを見ても時計らしきものが見当たらず私は少し困っていた。
もういい時間になっているはずなんだけれどそれを確認するための時計が見つからない。
腕時計は料理をしたときに外してそのままだし壁には時計がかかっていなかった。
もちろん持田さんも腕時計はしていない。
携帯を見れば時間をもわかるけれど、着信も何もないのに携帯を触るのは失礼に思えた。


「あの、持田さん」
「何」
「ちなみに今何時ですか?」
「今?もうとっくに白雪姫の魔法が解けてる時間かなー」
「酔ってるんですか持田さん、白雪姫じゃなくてシンデレラです」
「ぎゃははは!」


持田さんが冗談を言っているのが面白くて笑いそうになったけど、問題はそういうことじゃなかった。
もう夜中12時を過ぎてると知って人の家にこんなに長居してしまったことに反省する。


「すみません時間、私気付かなくって……」
「別にいーって、俺わかってたし」
「わかってたなら言ってくださいよ、もう……」
「俺送れないしもう泊まれば?」
「はい?何言ってるんですか、タクシー呼びます」
「面倒くさいいじゃーん」
「自分で呼ぶので大丈夫ですよ」
「じゃあ住所教えてやんない」
「はい?」


何が面白いのか持田さんは一人で笑っていた。
そこまで迷惑かけられませんと言ってみるものの持田さんに部屋着を借りている私が言っても説得力はまるでない。


「持田さーん、お願いです……酔ってます?」
「酔ってねぇよ」


持田さんの目が据わっているのはいつものことなので、酔ってるのか酔ってないのかの判断が全くつかなかった。


「明日仕事行く前に起こして。送ってくから」
「明日休みなんで大丈夫です」
「あ、そ。じゃあ俺昼まで寝てよ」
「そういう問題ではなくてですね……」
「マンション出て右、徒歩20秒くらいのとこにコンビニあるよ」
「……なんかもうすみませんしか言えないです」
「風呂入ったらタオル洗濯機の中入れといて」
「……明日私回しますね」
「俺寝るわ」
「はい、おやすみなさい……」


あくびをしながらぺたぺたと歩いて行った持田さんがどこかにある寝室に入って扉を閉めた。
コンシェルジュに住所を聞いて今からタクシーを呼んでもいいけれど、それをしたほうが持田さんが面倒くさそうな気がする。


私は財布と鍵だけ持ってまたあのエレベーターを降り、コンビニでお泊りセットと下着を買って持田さんの家へ。
こんなヤンキーみたいな格好でタワーマンションの中を出入りする日が来るとは思わなかった。
他の住人に合わなかったのが唯一の救いだけど、がっちり体型のコンシェルジュにはばっちり目撃されている。
帰るとソファの上に薄い布団が置いてあって、何から何まで……と申し訳ない気持ちになった。
お風呂は広いし綺麗にしてあるしで男の一人暮らしとは思えない。さっさとシャワーをして出てドライヤーで髪の毛を乾かす。
持田さんドライヤーなんて使わなさそうだから、彼女が使ってたのかなぁと鏡の中の自分を見ながら妄想した。
冷蔵庫の中のミネラルウォーターを拝借し、本当にやりたい放題してるなとソファで一人ボーっとしながら考える。
起きていても仕方がないのでソファに寝転んで布団をかぶり、リモコンで電気を消した。
もしかして今日一日のことは全部夢だったりするのかな。
























2016/08/29