*王様の仰せのままに 12*



眩しくて目が覚めた。
何かおかしいと思いながらも頭はまだ覚醒してなくて、やけに身体が重たい気がしたけど上体を起こしてみる。
ソファ?ここどこだっけ?ああ、持田さんの家か……いろいろなことを思い出しつつもだんだんと意識がはっきりしてきて、全てを思い出したころには頭はパニックになっていた。
ご飯を作るために持田さんの家に呼ばれた。持田さんとお酒を飲んだ。持田さんの家に泊まった。
あり得ないと思えば思うほど昨日のことが重くのしかかってきて、持田さんにどんな顔をして会えばいいのかわからなくなる。


「おはよ」
「!?」
「起きてんの?」
「お、おはようです……」
「よく寝てたねー。俺がうろうろしててもぐーすか寝てたし」
「あれ?私、アラーム……」
「俺が鳴る前に切った」
「えー……」


心の準備が整う前に王様登場。持田さんは食卓テーブルに座って優雅にコーヒーを啜っていた。
彼の目の前には朝食を食べ終えたであろう食器が並んでいる。
昼まで寝るとか言っていたのに嘘ばっかりだ。


「コーヒー飲む?」
「……いただいてもいいなら」
「ん。あ、パン焼くわ。タマゴも食べる?」
「……いただいてもいいのなら」


無言で持田さんはキッチンに消えて行って何やらかちゃかちゃしている。
私は恐る恐る立ち上がり、髪の毛を手で押さえつけながら食卓テーブルに座った。


「どーぞ」
「ありがとうございます。……あ」
「何?」
「洗濯物……」
「とっくに干してるし」
「すみません、私やるっていったのに」
「なに、さん俺のパンツ洗いたかったわけ?」
「!?……す、っすすすすすみませんそういうわけじゃ!」
「ぶはっ!」


私はきっと赤くなっただろう。自分でもわかるくらいカッと熱くなったのがわかった。
持田さんは笑いながらまたキッチンに消えて、しばらくしてからかなりまともそうなトーストとスクランブルエッグを両手に戻ってくるものだから、彼は一人でここでちゃんと生きてるんだなと変な納得をする。


さんどーせ今日暇でしょ?」
「……どうせ暇です」
「じゃあどこ行こっかなー」


また持田さんが一人で何か企てているのを知って、どうにでもなればいいやと思いながら普通に美味しいスクランブルエッグを咀嚼した。
何か大事なことを忘れているような気がしつつも、廊下のほうから聞こえる持田さんの話声をBGMにトーストに噛り付く。


「飯食ったら支度して」
「……持田さん朝から元気ですね」
「俺は朝からランニングして風呂入って洗濯して、誰かさんのために朝飯作ったからね」
「……本当にすみません」
「何だよテンション低いなー。あ、さんまだパンツのこと引きずってんの?」
「っち、ちちがいます!」
「ぎゃははは!」



私服がないので仕事用のスーツに着替え、顔は手持ちのメイク直し用の化粧品で化粧をしただけだったけど、それだけでいつも通りのが出来上がってしまった。はやく準備しろよー!ごめーん!みたいなやり取りは私には無縁だ。
早々にすることがなくなったので廊下をうろうろしていると、髪型をセットするべく洗面台を占領している持田さんを見つけた。
持田さんはモノトーンのスッキリした私服に着替えていて、気だるそうに髪の毛をいじっている。あの気だるげな表情がちょっと怖い。
持田さんの微妙なくせ毛ヘアーは彼自ら作り出しているのだということを今初めて知って少し申し訳ない気持ちになった。


「何?ここ使いたいの?コテとかあるけど」
「!?違います、大丈夫です!」


私コテなんて使ったことないんですとは言えなくて、へらへら笑うしかできない。
持田さんが髪の毛を巻くためにコテを使うとは到底思えず、ただただ持田さんの歴代の彼女との違いを見せつけられた。



* * *



てっきり急かされると思いきや持田さんはまったりと身支度を整え、家を出たのは11時30分前だった。
全く今日の予定を聞かされないまま、とりあえず私は助手席に座ってるだけ。持田さんも何も言わなかった。
どこに行くのか聞いても「いろいろ」と言うだけで、話してくれる気配すらない。


まず到着したのは都内のデパートだった。
持田さんがサングラスをかけて車から降りてくるのを見て、スター選手っぽい!と少し浮かれる。
どこに行くのかと黙ってついて行けばいろんなブランドが立ち並ぶ階をうろうろ、最終的に着いたのは婦人服売り場だった。
店員が控えめにお久しぶりです的な挨拶をしてるのを見て、このデパートは持田さんがよく利用するデパートなんだと察する。


「なんか服買いなよ」
「はい?」
「なんか適当に選んでやって。支払これで」
「かしこまりました」
「ちょ、ちょちょっと!持田さん!」
「あーもーうるさいな。俺こんな格好なのにさんがスーツで横うろうろしてたら目立つじゃん」
「私を不審者みたいに言わないでください、それと室内でサングラスしてる人の横うろつく私の身にもなってくださいよ!」
「ハイハイ、もういいからさっさと行けよ。すみませーん、お願いしますこの人」


訳の分からないいちゃもんをつけられ、結局私は笑顔の店員によって試着室に引きずられていった。
適当に選べとか言ってたからどこか行くのかと思いきや持田さんはちゃっかり服選びに口出しをし、私は有無を言う隙すら与えられず着替えるのみ。
もちろんお買い上げの服はその場でタグを切ってそのまま着用だし、しまいには持田さんが靴が変と言い出して靴まで買ってしまった。
店を出たら出たでお腹がすいたって言い出してそのままそのデパートのレストランフロアへ直行。
食事が出てくるのを待つ時間、食べている時間、私は何度お礼を言ったかわからないけど、持田さんは上の空で「あー」とか「うん」とか「いいから別に」しか言わなかった。


食事後はまた車で移動。
移動するのは全然嫌じゃないけれど、持田さんがものすごいことを考えていそうでそっちのほうが怖かった。
しばらく車を走らせた後持田さんは駐車場に車を停めて、ちょっと歩くからとだけ言って歩き出してしまうので私も小走りで着いて行く。
到着したのはヘアサロンだった。
どうぞどうぞと奥のほうに通されて、半個室状態の部屋に行きつく。
持田さんが髪の毛を切るのかと思いきや椅子に促されたのは私で、思わず私じゃないですと美容師さんに手を振った。


「何言ってんの、髪切るのさんだから」
「私のを切るんですか!?」
「昨日好きにしてくれって言ってたじゃん」
「確かに言いましたけど……」
「OLの許容範囲くらい髪の毛染めてくれていいから。あと髪型は、難しいセットしなくてもなんとかなるやつ」
「かしこまりました。長さは切ってもよろしいですか?」
「うん、いい」
「……もう好きにしてください」


諦めて私は椅子に座り美容師さんから施術の説明を受けるものの、説明の内容は右から左だった。
そんな私の横で持田さんは椅子に座りながらこっちを見ている。ちょっと真剣な顔つき。
そういえば、家を出てから持田さんは一度も笑っていなかった。

結局私は人生で初めて髪の毛を染めることになり、髪型も前よりスッキリした髪型になった。
顔面と眼鏡はそのままだけれど今朝の私よりも雰囲気が違って見えるから、服装と髪型って大事なんだなと感心する。
サロンでのお支払を(持田さんが)済ませ、持田さんはまた足早に駐車場への道を進んでいった。
私はどうしてこんなことになったのかよくわからず、持田さんも何も言わないから不安で、聞きたいことがたくさんあるのに言葉にできない。
大人しく持田さんに着いて行って車に乗り込んだ。
車に乗ると持田さんはサングラスを外して「どこか行きたい?」と一瞬だけ私のほうを見た。


「……じゃあ海か川が見たいです」
「ぶふっ!……海と川って全然違うし。もーウケるじゃん」


初めて言ってみた私の我が儘は持田さんに笑われてしまう。



* * *



目的地に車が付いたのは夕方で、空はすっかり茜色。
二人で車を降りてみるとリクエスト通りの景色が目の前に広がった。ちょうど海に夕日が沈んでいくのが見える。
正直場所は持田さんとゆっくり話すことができるのならどこでもよかった。
私が求めているのはおしゃれなレストランでも優雅なウィンドショッピングでもなく、静かで落ち着ける雰囲気だ。


「持田さん今日どうしたんですか?もしかして疲れてるんじゃないですか?」
「何言ってんの?疲れてないし」


疲れてるって表現したけど本当はちょっと違った。正確に言うと元気がない。
確かにいつも通り持田さんは強引なんだけど、なんかちょっと違う。
上手く言えないけど身支度をしてるときくらいから何だかいつもの持田さんとは違っていた。
持田さんに笑って欲しくて私はいつもなら絶対に聞かないようなことを言ってみる。


「……持田さん、私この髪型似合ってますか?」
「似合ってるに決まってんじゃん」


持田さんは少しだけこっちを向いて、手で私の髪の毛をくしゃりと触る。
せっかくセットしてもらった髪型だったけど、全然嫌じゃなかった。


「やっぱり、前よりもこっちのほうがいいですか?」
「んーん、どっちも変わらない」
「?」
「どっちも変わんないよ。どっちもいいってこと」
「えー……せっかく切ったのに」


私が少し拗ねると持田さんがいつもみたいに噴出してから謝ってくる。
笑いながら謝られても説得力ないけど、これもまた嫌じゃなかった。


「本当に今日はありがとうございました」
「いーって。昨日のお礼ってことにしといてよ」
「昨日のお礼って私ご飯作っただけですし、しかも材料費全部持田マネーですし」
「まぁね」
「……私普段デパートで買い物とかしないし、有名人御用達みたいなサロンも行ったことないですけど、楽しかったです」
「あ、そ」
「絶対に一人じゃしないことばっかりだし緊張するかなって思ったんですけど、持田さんと一緒だと安心できました」
「……ふーん」
「彼氏いたらこんな感じかなーってちょっと思いました。……デートしてたみたいで」
「はぁ?」


穏やかに会話をしていたのに急に持田さんの声色が変わって、私は何事かと持田さんを見つめる。
半分冗談、半分本気だったけど持田さんはいつもみたいに噴出して大笑いすると思っていた。
持田さんは怒ってはいないけれど、呆れた様子でこっちを見返している。


「デートみたいじゃなくてデートだし」
「そんなの聞いてないです」
「昨日言ったじゃん、明日デートしよって」
「絶対言ってません!」
「絶対言った」
「持田さん明日休みだって言ってただけです!」
「……あーもうわかった、わかったから帰ったら飯作って」
「今日も私が作るんですか?」
「今日いっぱい買い物したじゃん。給料前払いだから」
「給料……!?」


結局また私は高層マンションに逆戻りし、買っていただいたワンピースを脱いでアルマーニのTシャツに着替えた。
夕飯は麺類にすると言ったら手抜き反対!とブーイングされたけど、無視して食卓に並べると静かに完食してくれたので笑ってしまう。
でも流石に今日は家に帰らせてくださいと土下座する勢いでお願いしたらお酒を飲んでいない持田さんがわざわざ家まで送ってくれて、送迎付きの家政婦もたまにはいいかと考えてしまった。
























2016/08/30