「……なんで電話すぐ出ないんだよ」
『お風呂の準備してたんです……っていうか持田さんと別れてまだ20分も経ってませんよ?』



*王様の仰せのままに 13*



もー!と電話の向こうでさんは怒ってる風を装っていたけど、実際には怒ってないと思う。
思ってもいないのにごめんと謝っておいたら彼女の『別にいいですけど』の言葉がだんだん小さくなっていった。


『持田さんどうしたんですか、お腹痛いんですか?』
「何言ってんの、意味わかんないし」
『……今だから言いますけど、持田さん今日元気なかったですよね』
「はぁ?」
『だって私の冗談にも笑わなかったじゃないですか、頑張って言ったのに』
「いつさん冗談言った?」
『この髪型似合ってますか、からは基本的に冗談です』
「あれ冗談なの?」
『冗談っていうか、持田さんが元気がなかったから私らしくないこと言ったら……』
「……言ったら何」
『……持田さん、いつもみたいに笑ってくれるかな、って』


余計な心配してすみません、とさんは俺に謝る。
俺はスマホを握りしめながらベッドに横たわった。



さんとは何度も何度も、もう数えるのも面倒になるくらい食事に行った。
さんが誘いを断ったことはないし、残業するなと言えば本当に残業にならないように仕事してたのもなんとなくわかってる。
その所為もあってか俺が彼女に感じていた好意はなくなっていくどころか回数を重ねるごとに別の形に変わっていった。
多分俺はさんが好きだ。女として彼女のことを意識してる。
遠慮がちで控えめなくせにたまに鋭い突っ込みを入れてくるとことか、わざとかって聞きたくなるような天然ボケ発言とか、自分のことは二の次で俺を優先してくれるとことか、面倒見がいいとことか、俺の前ですっぴんでも気にしないとことか理由はたくさんあったけど結局は彼女のことが好きなんだと思った。
それがわかっていて、あえて彼女を俺の家に呼んだ。
今まで何度も会っていて彼女がちょっとしたことでは態度を変えたりしないことや、自惚れたりする人じゃないってことは散々わかっていたから、俺は俺を追い詰めるために家に上がらせた。
今までこんなにも一人と時間をかけて向き合ったことはないし、大抵の女はここまでくるまでに気付く。
ここまでしてもさんが態度を変えないのなら俺に気がないか本気で気付いてないかどちらかとしか言いようがなかったけど、正直俺はそろそろさんに自惚れて欲しかった。
食事にはよく誘ってくるし家には呼ぶし、もしかして持田こいつ……って鈍感なさんが自意識過剰になったとしても嫌いにはならないくらいには彼女のことが好きだと思う。
でも俺から気持ちを口にしないと一生このままな気がした。

家に呼んで酒まで飲んで最終的に泊まっていけって言ったらさんは俺に申し訳ない、と言って謝りっぱなし。
結局そのままさんには何も伝えることができず、一人で寝室に直行した。
これだけ時間をかけて接して、何で言うことが言えないのか自分でもわからない。
今までなら下手したら出会ったその日にでも口にした言葉がさんには言えなかった。

次の日彼女が目の前ですっぴんで朝飯を食べるのを見て、まだ俺は相手の外見にこだわってんのかと考えた。
こうやって素を晒してくれるとこが好きなのに外見にこだわってるとか馬鹿げてるけど、それを確かめたくて服装と髪型をいじってやった。
結果は思ってた通りで、さんの見た目が変わったところで彼女のことを(外見に関して)可愛いって思えるようになったわけでもなく、告白する気にはなれなかった。
もっといろいろいじろうかと思っていたけど、眼鏡をコンタクトにして化粧を派手にしたところでいい意味でも悪い意味でも俺が心変わりするとは到底思えない。
先の予定もなくなって諦め半分でさんに行きたいところはないか聞いてみたら、海か川に行きたいっていう可愛いリクエストをされた。

夕日を見ながらさんから今日一日の感謝と感想を聞く。
律儀な人だなと思いながらも、こんなに律儀で真面目な人に大真面目に告白して振られたらショックでかすぎるなとか考えていた。
ここで初めて、俺はさんに振られるのが怖くてたまらなく嫌なんじゃないかという結論にたどりつく。
こんなに好きな相手にすみませんって言われたらへらへら笑ってばーか、冗談だしっていう台詞なんて吐けないに決まってる。
「一緒にいると安心できる」とか「楽しかった」とか言って自惚れさせてくれるくせにそれすら無意識だからさんはタチが悪いと思った。
全然自惚れないからさんが好きなくせに、彼女が全く動じないことが逆に俺を不安にさせるとか意味わかんない。



「俺今日そんなに変だった?」
『変、っていうか……』
「そーだ、今度デート行くときは俺のこと名前で呼んでいいよ」
『名前?どうしてですか?』
「そのほうがデートっぽいじゃん」
『持田さん名前なんていうんですか?』
「蓮だよ、蓮。アドレス帳に名前でないの?」
『んー、蓮さんかぁ……」
「!?」
『なんかしっくりこないんでモッチーじゃだめですか?』
「お前ふざけてんの」
『ダメでしたか!?』
「あーもー何話そうと思ったか忘れたし」
『そんなこと私に言われても……』
「また思い出したら電話するわ、ちゃんおやすみー」


海を見ながら今日のことさんが「デートみたい」だって言ったから鈍感さに少し呆れたけど、同時に希望の光みたいなのが見えた瞬間でもあった。
彼女の中で食事と外出は分類分けされていて、食事は何とも思わないけど外出だとデートっぽいらしい。
とにかく彼女が今日のことをデートっぽいと思ってくれたことがまず第一歩な気がした。気が遠くなるけど。























外側は強引な持田さんで内側は弱気な持田さん

2016/08/31