*王様の仰せのままに 14*



今日も私の一日は花の水やりから始まった。
そして例のプランターの観察も欠かさない。
プランターの中身は少しだけ緑が大きくなったような気がするだけで他に変化はなかった。もうその状態が何日も続いている。
頑張れ!と声をかけてみるもののその熱意が謎の植物に届いている気配はなかった。


さんちっす!」
「お!?お……おはようございます」
さん髪色変えたんスか?」
「あ、はい……強引な知り合いの所為でこうなりました」
「?へー。でも似合ってるしいいと思いますよ!」
「ありがとうございます……」


爽やかに走って行った彼の顔と名前を心の中で一致させながら、一人小さく息を吐く。
持田さんに改造(?)をされて以来、選手からも事務員の人からも何で!?どうした!?と食いつかれて困っていた。
自分の意思でしたことじゃないから理由なんて言えるはずもなく、とりあえずは強引な知り合いの所為ということで通している。
強引な知り合いが持田さんだとバレたらもっと突っ込まれるので絶対にそれだけは伏せたかった。



* * *



「ねーさん何で髪の毛染めたの?」
「ですから強引な知り合いが……」
「強引に美容室連れて行かれて髪の毛染める普通?」
「私は普通じゃないんでしょうか」


昼休み、最近事務所ではこの話題が必ずと言っていいほど出た。
女性は私とパートさんが2名、他は若い方から年配の方までの男性で構成されている定番の昼食メンバー。
前は食堂に行くことが多かったけれど最近は持田さんの家で作ったおかずを味見とか私が個人的に食事にするからっていう理由で持ち帰ることが多くて、結果持ち帰った食材でお弁当を作る機会が増えてこのメンバーに仲間入りする時間が増えた。
食堂もかなり騒がしかったけど事務所メンバーとのお昼もそれなりに騒がしい。
なのにそれに加えて最近はこの話題でいじられることが増えた。


さんだって恋くらいするわよ~ねぇ?」
「恋ですか?」
「え、さん恋してるんですか?恋愛してるんですか?」
「してないです」


私が否定するとパートさんがフフフと意味あり気に笑う。
隣の席の同僚は眉間に皺を寄せながら私とパートさんを見ているし、一番年配のおじさんは呆れた様子だった。


「別に隠さなくてもいいじゃない。おばちゃんにはバレバレです」
「何がバレてるんですか?(やばい持田さんのこと?)」
「だってさん最近綺麗になったもの」
「髪の毛は改造されましたが顔は化粧も含め前と変わりないですよ?」
「でもなんだろう、前よりもインテリ感があるよね」
「眼鏡の人が全員そう見えるんじゃないですか?」


私と同じく眼鏡をかけている年配のおじさんが俺もインテリっぽい?と言ったのを見て同僚が吹き出す。
可愛いなと思って私も笑ってしまった。


「髪型と髪色で印象は変わるなぁと自分でも思いましたけど……」
「おばちゃんが言いたいのはそういうことじゃないの!」
「違うんですか?」
「も~わかんないの?」


パートさんが同僚の背中をバシっと叩く。その場に笑いが溢れた。


「きっとさんの髪の毛に変化がなくても、気付いてたと思うよ」
さんが恋してるってことに?」
「そう。そりゃ外見だって変わるのはもちろんだけど、何よりもオーラがね」
「オーラ……」
「俺はさんからピンクのオーラなんて見えないけどなぁ」
「だって出してないですもん」
「オーラは勝手に出るんです!」


パートさんはかなりヒートアップした様子で私と同僚に言い放つ。
オーラとかいろんなことを言われても私自身何も自覚していないし、曖昧にはぐらかしつつ笑うしかできなかった。
なんだか私が誰かのことを想っておしゃれしたりイメチェンをしているって思われているようだけど、実際には本当に持田さんによって無理やり施されただけで今の私の風貌に私の意思なんてどこにも存在していない。
だから誰かのために頑張ってるって言われても肯定するわけにはいかないし、肯定する理由もなかった。


さん、いい人とかできたんでしょ?」
「彼氏とかってことですか?本当にいないです、誓っていないです」
「じゃあ何か生活に変化があったりとかは?」
「最近通勤電車で毎日隣に同じイケメンが座るとか」
「誰かとぶつかってすみませ~んとか!」
「……ないです」
「今ちょっと間があった!」
「だって、なんだか漫画みたいな展開だったんで……」
「えーそれだけ?なんかあったんでしょ」


生活に変化があったのでは?と聞かれ、私はちょっと目を泳がせてしまったかもしれない。
適当にはぐらかしたものの、私の背後に桃色のオーラが見えるというパートさんの目は誤魔化せなかったらしく、確信を持った瞳で見つめられてしまった。


「……あえていうならですけど」
「何!?やっぱり何かあるんだ!?」
「期待してるほどのことじゃないと思いますよ?」
「いいから!」
「えっと……お友達?と言うにはちょっと違うんですけど、そういう人ができました」
「はぁ?」
「友達じゃないの?」
「他の方から見たらどう映るのかわからないですけど、友達っていうにはおこがましいというか」
「行きつけのお店の店員さんと仲良くなってプライベートでも仲良くしちゃってる的な?」
「……まぁ」


職場で知り合った自分とは生活環境も金銭感覚も全てが違っているサッカー選手なんですけど、とは到底言えるはずがない。
パートさんの例え話にとりあえず乗っかって頷いておくとみんなはまたうーんと唸り始めた。


「相手は男性?」
「そう、ですね」
「うーわーもうそれ恋じゃん!」
「だから違いますって」
「どう違うの?」
「上手く言えないですけど、私と彼は全部違うんです。私とは違う世界で生きていて、なんかキラキラしてるっていうか……」


自分で言って笑いそうになる。
持田さんの場合はキラキラじゃない、ギラギラだ。


「すごくお金持ちだし、生きてる次元が違うなって思うんです」
「本当に彼氏じゃないの?」
「違います。彼にとって私は彼女っていうよりも家政婦ですかね?」
「「家政婦!?」」
「ご飯作るだけですけどね」
「ご飯!?」
「はい」
「その人のこと好きじゃないの?」
「嫌いではないですけどそういう好きではないと思います。一緒にいてもドキドキしたりしないですよ」


本当に持田さんといてもドキドキしたりはしない。
たまに、ごくごくたまにだけど持田さんがさらーっと恥ずかしいこと言ったときだけドキドキするけれど。
後は持田さんの放つギラギラオーラが原因で命の危機を感じたときはものすごくドキドキする。こっちの割合の方が高いと思う。


さんはどうしてその人と一緒にいるの?」
「……呼び出されるからですかね」
「呼び出しって……」
「相手何者?」
「でもその人と会うのは嫌じゃないんだ?」
「嫌じゃないです。とても楽しいですよ」


持田さんは優しいところもあるし、話していたら笑ってくれるのも嬉しくて、断る理由もないからと何となく呼び出されている。
きっと持田さんが気を遣ってくれているんだろうけど一緒にいても飽きないし、すっぴんを見せてもけろっとしているから男女の意識みたいなのもあまり感じなかった。
たまーに何か企んでいるときもあるし恐ろしいことを囁かれたりもするから完全にビビっていないわけでもない。
でも私が持田さんにビビっている姿ですらも彼が笑ってくれるんだったらまぁいいか、と思えた。


「なるほどね~」
「本当にこれだけです。その人とは何もないですし」


言っておきながらなんとなくだけどみなさんが納得していないことだけはよくわかる。
パートさんに至っては何か意味あり気な笑みを浮かべていて少し怖かった。
期待させてしまって本当に申し訳ないけど、持田さんとは何もない。
週の半分くらいの日数呼び出されて、持田さんに言われたらたまにそのまま家に泊まらせてもらって、それでも本当に何もないっていうことが私たちの関係の全てを物語っていた。
恋人じゃない。でも友人っていうのも何だか違う。
この関係にどんな名前をつければいいのか私にはわからなかった。
でも人間的に持田さんのことはすごく好きで、だからこそ恋人とか友人とかそんな枠組みに囚われることないこの関係は悪くないと思っている。


さん、何かあったらいつでも相談に乗るからね」
「ありがとうございます」
「なんだかよくわからないけど、できちゃった婚にはならないように!」
「……はい」
























2016/10/13