*王様の仰せのままに 17*



ここ数日は多忙な日々を過ごしていた。
朝はいつも通り花の水やりで、午前中は経理の仕事をする。
長いときは昼休みが終わってからクラブハウスを出るまでずっと、経理とは別の部署での手伝いに回った。
ヴィクトリーには事務担当の人とは別に広報担当の人がいて、お手伝いは主に広報の方の指示で動く。似ているようで仕事内容は微妙に違った。
広報の仕事が裏方なら事務は裏方の裏方で働いているイメージで面子も大人しめの人が多いけど、広報の方々は明るくてはきはきした人が多い。
事務では珍しかった少し若目の女性社員も広報にはちらほらいるようで、控えめに言ってもみんな私よりもずっと美人で明るかった。
そんな彼女たちは私にもとても親切で丁寧に仕事を教えてくれたし気さくに話しかけてくれてそれだけで私は感激しっぱなしだったけど、彼女たちに初めて挨拶したときも「事務の方で若い女性は久しぶりな気がする」と言われたのが印象的だった。
事務仕事って普通は女性が多いですよねと話すと、いろいろあるのよと苦笑されてそれ以上私は突っ込むのをやめた。

経理と広報の仕事を両方こなした一週間、持田さんとはまともに会っていない。
持田さんの家に行った次の日の朝、花壇で鍵を渡されたのを最後に挨拶意外の言葉を交わしていなかった。
仕事量が多く忙しいので残業しないわけにもいかず、みなさんが働いている姿を見ていると私だけ帰りたいとかそういう風に思うこともなく、当たり前のように毎日数時間残業をして帰った。
残業をすると体力的にへとへとで持田さんの家に行く元気もない。
珍しく持田さんもあまり連絡をしてこなかった。
彼もまた試合に向けての調整があると思うし特に連絡が来ないことに疑問も抱かなかった。
そのまま私は友人の結婚式の日を迎え、朝イチの飛行機で九州へ飛んだ。



* * *



朝の花壇、絶対にさんがいないことは分かっているのに無意識に彼女を探していた。
さんは今日から連休で九州に行っている。
当たり前だけど今日は彼女に会えないから、それをわかっていてあえてここ数日間はあまり連絡を取らなかった。
仕事に打ち込むさんの邪魔をしたくなかった気持ちもあるけど、急にぱったりいなくなられるのが少し怖かったのもある。
正直ここ最近は怪我の具合があまりよくなくて、イライラしたり気分の乗らない日々が続いていた。
そんなときにこそさんに会いたかったけど先に彼女から予定を聞かされていたから耐えるしかない。
流石に九州にいる彼女にまで鬼電するほど俺は馬鹿じゃないし、とりあえず少しの間一人に慣れておく必要があった。
なんか俺弱くなったなと思いながらもロッカールームに向かう。


練習の間も俺は誰とも話さず、ずっと自分の足のことだけを考えていた。と言うよりかは考えるようにしていた。
ピッチにいる間は俺は弱音なんて吐かない王様持田だ。
試合だって近いし、こんなコンディションではとても万全だなんて言えないけどそんなことは言ってられなかった。


「持田、調子はどうだ?」
「……まぁまぁ」
「そうか。お前のことだから良くても悪くてもまぁまぁなんだろうがな」


不意に城西さんが話しかけてきて集中力が途切れる。
続けて小さな声で「すごい顔してたぞ」と言われた。


「持田のそういう顔は久しぶりに見た気がするな」
「自分でわからないし」
「足のこと以外にも何かあったのか?」
「……別に」


こうなってるのは足の違和感の所為だ。
こんなのはよくあることだし、試合前で焦ってんのかって言ったらそうでもない。
じゃあなんでこんな余裕がないのか……何が違うってやっぱりさんのことしか思い当たらなくて。
飛行機は無事に飛んでるだろうし、準備をして結婚式に出席してホテルで一泊して、さんは戻ってくるはず。
そうやって頭の中でスケジュールを考えたときにふと、本当に戻ってくるのか?っていう言葉が浮かんだ。
いや、帰ってくんだろ。たかが結婚式だし。
もう一人の俺はなんだか余裕のない返事をした。


「今日さん見た?」
「俺見てねーわ。休みなんじゃね?」
「事務の人がさん結婚式で休みとってるって言ってたぜ」
「へー結婚式か。そんな歳だよな」
「お前さんの歳知ってんのかよ」
「いや、知らないけどなんとなくな」
「っていうかさんは結婚しないのかな?」
「彼氏いるかどうかが先じゃね?……まあいなさそうだけど」


敏感になっている俺の耳はチームメイトの発した「さん」というワードを拾い上げる。
あいつらが言ってることはもっともだった。
俺もさんに対して同じように考えているけどただ、今彼女は九州にいて友達に会ってる。
さんに彼氏はいないんだし、久々に友達に会ったことがきっかけで彼女に何か変化が起きてたって全く不思議じゃない。
俺は思わず鼻で笑った。
今は俺を優先してくれないとか当たり前のことなのにテンション下がったり、自分の彼女でもない女のこと変に心配したり……その割に俺はなにも行動してない。
メールだって適当に送ればいいのに仕事が忙しそうだとか九州に行くからとかそんなことを理由にして遠ざけて、結局返信がこないのが嫌なだけだ。
前と同じで邪魔してるのは変なプライドで、自分の小ささを痛感する。
プライドを捨てるなんて絶対にできないけど、それくらいしないとさんは気付いてくれないっていい加減俺は学ぶべきだ。



『無事着いてんの?』


帰宅して一言だけメールしたら1時間後くらいに返信があった。


『無事に着いてます。持田さんちゃんと食べてますか?』


こんな時でさえ俺かよって思ったと同時に本当はさんめちゃくちゃ俺のこと好きなんじゃ?って多分俺はニヤついている。
しかもメールに何か添付してあってかなり期待したけど、写真はウェディングドレス姿の女の人で溜め息が漏れた。
コイツは誰だなんだよ。いや、そりゃ結婚した友達なんだろうけど、でも友達の写真を送られてもさ……。
当たり前のように期待を裏切ってくれる、流石さんだわ。






















2016/12/14