『当機は間もなく離陸致します――――』


CAさんたちが慌ただしく安全確認をして回っている間、私は呑気に景色を眺めていた。
二日間なんてあっという間で、明日からまたいつもの生活に戻るんだと思うと何とも言えない気持ちになる。



*王様の仰せのままに 18*



友人の結婚式は無事に終わった。
夜は久しぶりに再会した友人と同じホテルをとってあったから、コンビニで買ったお酒とおつまみを持って友達の部屋に遊びに行った。
式の最中に主役を差し置いて話し込むわけにもいかないし、私も友人も式の翌日は休みにしていたので部屋でゆっくりと話すことにしていた。
まずはお互いの近況、どんな仕事をしているかから始まって私は契約社員で経理をしている、とだけ話した。
友達のことを信用していないわけじゃないけれど、友達がサッカーに興味があるかないかわからないし具体的に職場について話す必要性を感じなかった。
仕事のことを一通り話すと話題は結婚のことになった。


「今彼氏いるの?」
「1年付き合ってる彼氏がいるよ。正直向こうはどう思ってるのかわからないけど、私はちょっと結婚考えちゃうんだよねー、この歳だし」
「周りの結婚報告最近多いもんね。名前変わりましたってメール来るとドキッとする」
「わかるわかる!あれ別に送ってこなくていいよね」
「仲の良い子は普通に報告してくれるしね。大抵名前変わりましたメールは送り主のことも覚えてないし」
相変わらずすぎ!確かにあんまり友達たくさん作るタイプじゃないもんねー」
「あんまり無理して人付き合いしたくなくて」
「わかるけどね。は正直に生きてるよ」


変わらないね、と友人に笑われたけどこの子は私の本音を話せる数少ない友達だから気にしなかった。


は彼氏は?できた?」
「ううん。できてない」
「そんなところも変わってないね」
「変わったほうがいいけどね」
は男友達とかも積極的に作るほうじゃなかったけどさー……結婚とかしたくないの?」
「したくないわけじゃないけど、無理なら仕方ないかなって思ってる」
「そんなんじゃだめだよー。ねぇ、職場に男の人いないの?」


職場を思い出して吹き出しそうになった。
あそこは独身も既婚も含め、ほとんど男性で構成されてるような職場だ。


「男の人は多いけど」
「仲良しの人とかいない?あ、もちろん独身でね」


仲良しの人、と言われて頭に浮かんだのは持田さんだった。彼は独身でもある。
でも、仲良しの人として挙げていいかは疑問だった。


「よく一緒にご飯食べる人はいるけど……」
「嘘!?に男の影!?」
「やめてよ、そういうのじゃないし」
「向こうが誘ってくるの?どんな人?その人とは付き合わないの?」
「質問しすぎ!」


適当にはぐらかそうかとも思ったけど、友達は持田さんに興味津々の様子だ。


「いいじゃん!よくご飯行くの?」
「最低でも週3くらい……?」
「はぁ?週3!?」
「最初は外食が多かったけど、お家に呼んでもらってからは私が作ることのほうが多くなったかな」
「いやいやまさか……一緒に住んでるとかじゃないよね?」
「泊まって行けって言われることはあるけど住んではない」
「ちょっと待てええええ!!!!」


缶チューハイを持った友人が身を乗り出してきたので私は思いっきり体を逸らした。
きっと変な関係だと勘違いされている。


「その人と変なことは一切ありません。友達じゃないけど友達だし」
「友達じゃないけど友達って何よ」
「上手く言えないけど恋人じゃないってこと。でも職場の人だし友達っていうのもなんか違うって言うか」
「あのね、昔からは恋愛に疎いけど、いくらなんでもこれは酷過ぎるよ。彼氏いた経験がないからだろうけど、いろいろとおかしなことになってるから」
「何がおかしいの?」
「週3でご飯一緒に食べてるのも家泊まるのも友達関係の男女がすることじゃないから!相手がオネエとかならまだしも」


オネエと言われて私は大笑いしてしまったけど、持田さんの名誉のためにちゃんと誤解は解いておいた。


「オネエじゃないならどんな人なの?」
「……金持ちの王様」
「石油王?」
「まさか!でも本当に王様みたいな人。いつも私笑われてるし、強引だし」
「ふーん……嫌いじゃないの?」
「うん、優しいところもあるし一緒にいると楽しいよ」
……あんた末期だよ」


末期。いろいろと感覚がおかしすぎるのか、友人は私のことを何度も末期だと言った。


「もうその人と付き合いなよ」
「え、無理……」
「何で?」
「そもそも釣り合わないから。それに私みたいな地味な女は絶対タイプじゃない。今までの彼女さん美人ばっかりだし」
「元カノ会ったことあるの?」
「一人だけね。綺麗な人だったよ」
「そいつモテるの?」
「多分かなり」


遊ばれてるのって聞かれたけど、そもそも大人な関係になっていない以上遊ばれているとは思わないし、料理を作らされていること以外実害もないように思えた。


「ねぇ、本当にその人のこと好きじゃないの?」
「そういう風に考えたことない」
「でもさ、がそもそもそんなに男の人と仲良くなることが珍しくない?」
「それはそうかもしれないけど……」
「よし、じゃあ今度誰か紹介してあげる」
「何でそうなるの?」
「一回その男以外と食事したりしてみなよ」
「えー……」
「私はね、の将来を心配してるの。今日のの話聞いて余計に心配になったけど」
「何で?」
「理由は言わない。とにかくそんな身構えたりしないでいいからさ、最初はメールから始めてそれからご飯でも行ってきなよ」
「うーん……」
「今日の結婚式見て自分も結婚したいって思わなかったの?」
「……ちょっとは」
「じゃあ決まりね」



* * *



気が付いたら飛行機は離陸していて私は空の上にいた。
機内の音も聞こえなかったくらい集中していたようだ。
勝手に昨日の友人とのやりとりが何度も何度もリピートされてしまう。
結婚のこと、持田さんとの関係のこと、これからのこと……
きっと持田さんも数年後には結婚しているだろうし、そうなったら今の私との謎の関係は終わる。
と言うか、持田さんに彼女ができた時点で終わる。
なんとなくずっとこんな生活が続く気もしていたけどそんなわけなかった。
友人の申し出はかなり強引だったけど、これもいい機会なのかもしれない……でも恋愛ってしなきゃいけないんだろうか。結婚って必要なんだろうか。
サービスの温かいコーヒーを飲みながら、面倒くさいなという結論にたどり着いてしまった。
持田さんと一緒に過ごしていると駆け引きみたいなことを何も考えずに自然体でいることができるけど、そんな相手がこの先また現れてその人と恋に落ちるなんてことが考えられなかった。
もし、持田さんがあんなスーパースターじゃなかったら、私は彼に恋心を抱いたりしているんだろうか。
いつも自然体で接することができる持田さんとなら、って思ったかな。
こんな歳で何言ってるのって思われるかもしれないけど、人を好きになるってことが未だによくわかってない。
持田さんにこんな話したら引かれちゃうかなと思ったけど、彼ならいつもみたいに噴出して笑い飛ばしてくれるかも……ってさっきから持田さんのことばっかり考えてるな。



* * *



朝起きてすぐにさんにメールした。

『迎えに行くから着く時間教えて』

朝9時頃に返信が来ていて、大丈夫ですってごちゃごちゃ言われたけど最終的には向こうが折れた。
いつも通り練習して少しだけ自主練して、帰って着替えて空港に向かった。
待ち合わせの場所で待っていたらさんがキャリーバッグを引っ張りながら歩いてきて、俺を見つけると彼女は小走りで近づいてきた。


「おかえり」
「すみません、ちょっと迷っちゃって……」


頭を下げながらさんはずり落ちた眼鏡のブリッジを押し上げる。今日も安定して彼女は地味だ。
俺は彼女の手からキャリーバッグを奪い、背中を押しながら車に向かって歩きはじめる。


「疲れた?」
「昨日ちょっと夜更かししましたけど、ぐっすり寝たので疲れてないです」


さんは答えてから練習のことや食事のことを聞いてきた。
あんまり足の調子がよくないとかそういうことは話す気になれず、いつも通りとだけ返す。


「結婚式は?」
「よかったですよ、幸せそうでした。結婚するのも悪くなさそうです」
「でも相手いなかったら結婚もできないじゃん」
「そうなんですよね。でもその話を友達にしたら今度誰か紹介してくれるみたいで」
「は?」
「男の人紹介してあげるからご飯でも行って来いって。上手くいって紹介された人とあっさり結婚することになったらびっくりですよね」


他人事のように淡々とさんは言った。
俺が言い返そうとしたらさんは先に車に乗り込んでしまって、俺一人車外に取り残される。完全にタイミングを失った。

油断していた。いや、彼女の友達が発端なんだけど。
まさか自分が心配していたようなことが本当に九州で起こっていたなんて、考えたくもなかった。


「持田さんどうかしましたか?」
「別に」
「……ならいいです」


しばらく車に乗らなかった俺を心配したさんが声をかけてくれたけど、冷たく返してしまう。
彼女もそれを察したのか、突っ込むこともせず目を逸らされた。
ここで彼女に八つ当たりしたってどうしようもないし、だいたいさんは悪くない。
……いや、鈍感なのはある意味さんも悪いんだけど。
手遅れになる前にもういっそ今ここで言ってしまったほうがいいように思えて、散々今まで言えなかったあの一言を言うべく、俺は小さく息を吐いてから決意を固めた。


さん、あのさ」
「……」


返事がないのが気になって視線を向けると、彼女は隣で眠っていた。
さっき疲れてないって言ったのは誰だよと思いながらも、信頼されてるようで少し嬉しい。
今日は何するにもタイミングが悪いけど、全部俺の判断が遅いのが原因だった。サッカーだったらこんなことにはならないのに。


「あーもー……まじで相手の男ぶっ潰す」
「……ん……あれ、持田さん何か言いました?」
「言ってない!今日は疲れてるだろうし真っ直ぐ家送るから。さっさと寝なよ」
「ありがとうございます」


家まで寝てればと言うとさんは素直に目を閉じた。

























2016/12/15