*王様の仰せのままに 19*



あれからさんは知らない誰かとメールを始めた。
俺がつまんなさそうに、メールしているさんを見ていたら笑顔で「この前話してた人とメールしてるんです」って言われるし散々だ。
仕事もまだ忙しいのによくやるよね、と思わず嫌味が飛び出した。


さんがこっちに帰って来てからも繁忙期は続いていた。
J1のリーグ戦だけでなく他のタイトルマッチとか、とにかく今年一番の忙しさに違いない。
だからこそさんが駆り出されてるんだけど、そんな忙しさの中でご飯作ってなんて言いたくないし、連絡だってしつこくしたくない。
それなのにその知らない男とメールしてるってことが嫌で仕方なかった。
結局あの日の決意はずるずると先延ばしになって、未だに何も伝えられていない。
言うなら直接言ってやりたいし、でも今は忙しそうにしてるしで……本当にタイミングが悪すぎた。

そんなモヤモヤを抱えながら1週間くらい経ったころ、久しぶりに花壇の花に水をやるさんに遭遇した。


「おはよ」
「おはようございます。なんだか久しぶりですね」
さんが忙しくしてるからじゃん」


寂しいなんて言葉は口にできるわけなく、俺は例のプランターを覗き込む。


「私はもうそろそろ忙しさから解放されますよ」
「ふーん、よかったね」
「はい。それで時間が作れそうなので、今日例の人とご飯に行くことになりました」
「へぇ。つーかこれなんかデカくなった?」
「そうですか?私は毎日見てるのであんまりわからないです」


何も聞きたくなかった。
咄嗟に関係ない話をして一瞬で男の話は終わった。
本当は行くなって言いたかったけど、行くなって言ったらさんはどうしてですかって言ってくる。
そこで俺が気持ちを伝えたとしていい返事じゃなかったら俺のメンタルに影響を及ぼす可能性は大だ。
さんとサッカーとは別って言われるかもしれないけど、そんなこと簡単に区別できたら人間誰だって最強メンタルなんだよ。
さんのことをどうするのか考えなきゃいけないのはわかってる。でも俺は試合を控えてる身でもある。自滅なんてできるわけない。


さんを送り届けたあの日、家で一人で考えた。
さんは友達に恋人がいないということを告げた。だから友達は誰か紹介してやるって彼女に言った。
さんの中で俺は恋人やそれに近い存在ではないことはずっと前からわかってるけど、俺はきっと彼女の中で男というカテゴリにすらわけられていない。
っていうかもしかしたら俺は彼女たちの話題にすら上らなかったのかも。
さんが俺のことを「気になる人」くらいの紹介の仕方をしていたら男紹介するなんて友達も言わないよな、っていう結論に至ったとき溜め息が出たと同時にまた俺は自信をなくした。
しかも今回はさん本人も彼氏を作ることに心なしか積極的だし、まさかさんが俺を試してるとは思えないけど、こんなことするのは俺に何の気もないか俺を試してるかどちらかしかない。
後者なら俺にとっては嬉しい誤算だけどもし前者だったら……ダメだ、負のループ。


練習中、忘れようとすればするほどダメだった。無意味にイラついた。
誰かが小声で「持田さんなんか最近おかしくね?」って言ったのもちゃんと聞こえてるけど相手する気にならなかっただけ。
今度その気になったらぶっころす。
練習後も何も考えたくなくて室内のジムでひたすら筋トレした。
やたら城西さんの視線を感じたけどそれも気付かなかったフリをする。
筋トレして体はどんどん強くなっていくのにさんの所為で心はどんどん弱っていった。



* * *



友人に強引に紹介された男性とぽつぽつだけどメールのやりとりをすることになり、一週間くらい経った。
一度だけ持田さんの目の前でメールを返信したこともあったけど、それはもうつまらなさそうな顔をしていたのを思い出す。
笑って相手のことを説明したら持田さんによくやるよねって呆れられてしまった。
仕事が忙しいのに男とメールしてる場合じゃないって言いたかったんだと思う。
でも私の性格的に中途半端に放置したりできないのでそこは許してほしい。
あの時の拗ねたような持田さんはなかなかに面白かったけどそういえば最近持田さんが大笑いしているの聞いていないな、と少し寂しくなった。


結局メールを始めてから数日後に食事に誘われ、早めに帰れることが決まっていた日の夜はその人との食事の時間に捧げることになった。
本当は久々に持田さんの食生活でも覗きに行こうかと思っていたのに、その計画は本人に提案する前にパーになる。
最近何だか持田さんに対する母性本能全開過ぎて自分でも引きそうになるけど、冗談抜きで彼のことは心配だった。
たまに見かける持田さんはなんだか元気がなくて、もしかして怪我の具合がよくないんじゃないかと心配になる。
でも私はサッカー選手の怪我なんて全く詳しくないし、下手に心配したら持田さんのプライドを傷つける気がして何も言えなかった。
彼は一流のサッカー選手なんだから自分のことは自分が一番よくわかっているはず、私が首を突っ込むのはやめようと決めた翌日、花壇で持田さんと久しぶりに顔を合わせることになる。
話の流れで例の男性と食事に行くと話したら「へぇ」の一言で流されてしまって、心底興味がない話題だったんだと申し訳なくなった。
仕事中自分が抜け殻になったような感じがしたけど食事を断るわけにはいかないし、仕事後残業をせずに家とは反対方向の電車に乗った。



待ち合わせ場所にやってきたのはごく普通のサラリーマンだった。友人の職場の人で一つ先輩らしい。
私がこんな見た目だし外見に拘りはないから何とも思わなかったけど、優しそうな人で少し安心した。
わざわざお店を予約してくれたらしく、お礼を言いながら店まで二人で歩く。
店の前まで来て思わず私は声を漏らした。
もう何か月も前だけど、持田さんが連れて来てくれた店だ。
せっかく予約してくれたお店なのに来たことあるなんて言ったら雰囲気を壊しそうだし、誰と来たっていう話の流れになるのも嫌で私は初めて来たことを装って店に入った。
料理を注文して、メールでしたやり取りのことやその他のことを話す。
二人の共通点と言えば友人の存在くらいなもので、他は特にこれと言って盛り上がるネタは見つからなかった。
あまり話を盛り上げるのは得意じゃないけど私にしては頑張ったし、向こうもいろいろと質問を探してくれたりしているのが伝わってくる。
でも話をしている間もずっと持田さんと来たときはあそこの席だったなとか、どんな話をしたとか、運ばれてきた料理を見てこれ前も食べたなとかそんなことばかり考えてしまって申し訳なかった。


1時間半ほどご飯を食べながらお話して店を出て、駅までの道を歩く。
駅が見えてきた頃に不意に彼の足が止まって、私はどうかしましたか?と彼に尋ねた。
彼は言葉を濁していたものの最後には結婚を前提に付き合って欲しいとはっきりと言われ、人生初の告白に私は「え、あ、え」と気持ち悪い反応をしてしまう。
彼とお付き合いする。結婚する。悪くはないと思った。
友人には昔からとりあえず付き合ってみたら好きになるかもよと言われていて、今までは告白すらされたことがなかったからそんなチャンスなかったけど、今回初めてそのチャンスが巡ってきたというわけだ。
でもそのチャンスが巡ってきたにせよ、言われた通りとりあえず付き合ってみるという風には考えられなかった。
今日初めて会ったんだしお互いに素を出せてないのは当たり前なんだけど、この人と一緒にいても素を出すタイミングがわからないっていうのが正直なところで、いつかは本来の自分で彼と接することができるとは思うけど、そのいつかっていう不確定の未来までこんな関係が続くのかと思うのかと憂鬱に思ってしまう。
それに一緒にいても頭の中を持田さんが支配している状態なのは彼に失礼だと思った。
これから先彼ともっと仲良くなったら持田さんといちいち比較したりしなくなるのかもしれない、でもそれを隠してお付き合いするのも何か違う気がする。

結局人生初告白に私はごめんなさいをした。
お断りできる分際でないのは重々承知しているんだけど、窮屈な思いをするのは耐えられなかった。
持田さんにご飯作りにこいって言われてホイホイ作りに行く癖にって感じだけどあれは何か別。
持田さん心配だし、それに全部持田マネーだしお互いウィンウィンの関係なんだからまた別。
でもこれで婚期は確実に逃した。
もう一生独身でも仕方ない、それを覚悟でお断りの返事をした。



帰ってから友人には報告のメールをしておいた。
彼女に何か言われるかなと思ったけど意外とあっさりした返事だった。
『いつもの彼とは違う人とご飯行ってどうだった?』って質問には『息子を想う母の気持ちがよくわかった』と返して『全く意味わからん』と言われた。
いやもう、母性本能が働きすぎて他のことなんか手につかないんですよ。
























2016/12/19