*王様の仰せのままに 20*



昨日例の男と食事に行ったっていうさんのことが気になって仕方なかったけど、その日の夜彼女に連絡する勇気はなかった。
連絡するかかなり迷って、メール書いて消して通話ボタン押すか迷ってを繰り返してるうちに結構遅い時間になって、気が付いたら寝てた。
その所為か身体が変に重たい。
身体が重いのとさんに会って嫌な報告をされるのが嫌なのとで今日かなりサボりたかったけど、調整していかなきゃいけないし休むわけにいかなかった。
中身は切り替えられなくてもこれくらいのことでサボってたらプロなんて名乗れない。
しっかりしろって自分に言いながらも、完全に怖気づいてるヘボい自分にかなりイラついた。
今の俺の心情を元カノ達が知ったら気持ち悪がられるだろーなーなんて、最後は呑気なことを考えながらクラブハウスに向かう。


クラブハウスに着いてロッカーで着替えてたら変な視線を感じてまたイラついた。
俺そんなに弱ってるオーラ出してるつもりないんだけど、アイツらは俺の何を感じ取ってんだ?
ユニフォームを着てて頭を出した瞬間露骨に目を逸らされるし観察するならもう少し上手くやれよ。


「さっきから何?」
「い、いえ」
「俺の顔に何かついてんの?」
「ついてないッス」
「じゃあなんでこっち見てんだよ」


こんなしょーもないことに噛みつく俺も俺、だけど今日は機嫌が悪いからとにかく誰かに当たりたかった。
他の奴らを見ても年下は露骨に天井とか見てるし、先輩方は呆れた顔をしてる。
今の俺がこの中で一番格好悪いことくらい自分でも気付いてるけど、止められなかった。


「みんな持田さんのこと気になってるんスよ」


沈黙の中、声を発したのは三雲だった。
は?気になるって何が?俺が言い返すと三雲はチームメイトの一人におい、と言って顎で何かを促している。
言われた奴はオドオドしてて、他の奴らに目配せした。
こういう行動がいちいち俺の機嫌を更に悪くさせる。


「もうそれくらいにしてやれ持田」
「城西さん」
「まあ少し不名誉な形ではあるかもしれないが、お前今幸せなんだろ?」
「はぁ?」


言ってることが全くわからず、俺は首を傾げた。
俺が幸せ?冗談じゃない、どう観察したら俺が幸せに見えんだよ。
昨日寝れずにひたすらスマホと格闘しながらベッドの上をごろごろしてるような奴が幸せなわけないだろ。
流石に恥ずかしいのと原因を追究されるのが嫌で言わなかったけど、本当に俺が幸せだなんて身に覚えがなかった。


「おい、誰か持田にあれ見せてやれ」
「い、いいんスか城西さん……」
「持田はまだ知らないみたいだし、このまま好奇の視線に晒されてるのもな」


城西さんが言うと、一人がおずおずと何か差し出してきた。
それを奪い取って眺める……何だよこれ、週刊誌じゃん。
じっと表紙を見つめていると左のほうにある程度大きな字で「元代表東京V持田 モデルYとお泊り愛」と書かれてあるのを見つけた。
俺が何の声も発さず、ただ表紙を見つめていると徐々に回りが騒がしくなってくる。


「持田さん、ばっちりサタデーされてるじゃないッスか……!」
「しかもモデルYってあの人っスよね、前インタビューに来てたあの……」
「週刊誌に載るのは知らなかったのか?こういうのは事前に連絡が行くと聞いていたが」


周りは口ぐちに俺を茶化してくるけど正直訳がわからなかった。
モデルY?多分あいつっていう検討はつくけど、個人的に会ったこともなければ連絡先だって知らない。
俺の家に出入りしてるどころか、俺の家なんて知る訳もなかった。
グラビアとか全部すっ飛ばして俺とモデルYについての記事が書いてあるページを探すと、見開きにでかでかと「元サッカー日本代表持田とモデルYのお泊り愛」と書かれてあって、ご丁寧に写真まで載っていた。
確かに俺の住んでるマンションの入り口に間違いないし、サングラスをかけた俺と横には女が一緒に写っている。


「持田さんマジ羨ましいッス!」
「最近持田さん様子おかしかったのってこの所為だったんスね~」
「俺朝コンビニでこれ見つけてソッコーレジもって行きましたよ!」
「……違う」
「え?」
「これモデルYじゃねぇし」


ロッカールームが先程と打って変わって一気に静まり返った。
でも次の瞬間俺は一人で噴出して大笑いする。こんなに笑ったのは久々だ。
これには明らかにオロオロしてる奴もいれば、動きが止まってる奴もいる。
俺は一人でヒーヒー言って酸欠状態になりながらも、もう黙ってはいられないとネタばらしをする覚悟を決めた。


「これモデルYじゃないんだって」
「どういうことッスか?」
「これモデルYじゃなくてさん」
「はぁ?」
さんってあの事務の?」
「そう、事務のさん」
「え、でも……」
「言われてみれば後ろ姿そっくりじゃん、顔全然違うけど。まじウケる!!!!」
「え?え~……」


写真はそこそこの距離から撮られているものの、どれも女の顔を確認できるようなものじゃなかった。
偶然なのかわざとなのかそれとも俺が邪魔をしているのか、どの写真も女の顔は俺で隠れている。
一枚だけ辛うじて俺が邪魔になっていない写真もギリギリ女が眼鏡をかけているかどうかわかるくらいの角度の写真で顔なんて特定できるはずもない写真だった。
顔以外にも身長だってモデルYとさんじゃ全然違うのに、一番大きく写ってる写真ではさんと俺は上手いこと前後の立ち位置になっていて偶然の遠近法がミラクルを起こしている。
こんな状態の写真を数枚載せといて何がモデルYだよって思ったけど、写真撮った人間も何でさんとモデルYを見間違えたのか全くわからなくて笑いが止まらなかった。
記事を読んでみると「スポーツ番組のキャスターもこなすYさんは眼鏡とスーツで変装していた」ってまたウケることが書いてある。
それ変装じゃねーし、さんの戦闘服といつもの装備だし。


「っていうかいつ撮ったんだよコレ」
「あの、持田さん、俺ら全く意味がわかってないんスけど」


さんとのことはこいつらには何も話してなかった。
さんと付き合ってるわけでもないのに今の状況を周りに話すのは俺が嫌だったし、持田さんのタイプと違うって騒がれそうでそれも嫌だったから。
今までの俺を知ってるコイツらが相手がさんだと知って驚くのは当たり前かもしれない。


「だからさー、この写真の女はさんなんだって」
「いや、だから何でさんが持田さんの家に?」
「よく泊まりに来るから」
「「「えええええええええ!!!!!」」」
「持田、少し状況を整理しよう。な?」
「整理も何も全部言ったじゃん」
「え、持田さんとさんってそういう……?いや……えー……」
さんまでもが持田さんの餌食に……」
「あんな純粋そうな人なのに……」


みんなが相変わらず騒いでいると、小さいのにやたら通る声で三雲が呟いた。


「俺、なんとなくわかってましたよ」
「嘘吐くなよ三雲~」
「いや、嘘じゃなくて。何回か持田さんとさんが花壇のとこで話してるの見たことあるんだけどさ、なんか……違ってたし」
「何が?」
「二人の雰囲気?俺さんのこと全然知らないけど、さん俺らに向ける笑顔と持田さんに向ける笑顔若干違うんだって」
「お前それマジで言ってんの?」
「マジ。堀さんが挨拶した後に持田さんが来たの見たことあるんだけどさ、さんすげー嬉しそうだったんだよ」
「堀さんどんまいだな」
「持田さんも持田さんで優しい表情しちゃってさ。まあ何かないとあんな地味な人に話しかけたりしないだろうし」
「最後の一言はさんにすげー失礼だけど、お前探偵になれんじゃね?」


みんなが三雲に関心している中、俺の心臓はおかしなリズムでばくばくしていた。
始めは俺が一方的に話しかけたから他の奴らよりもさんのことを知っていたし話す機会も多かったけど、彼女が俺と一緒にいるとき周りからどう見えてるのかとか、彼女が他の奴らにどんな対応をしているかまでは考えたことがない。
俺が優しい顔してるとかマジでウケるけど、それが周り(三雲)の出した答えだった。
残念ながらここの奴らは俺とさんが付き合ってるっていうとこまで勘違いしてるし、三雲の推理も完全には当たっていないものの俺にとって大きすぎる発見があったのは事実だ。


「……何だよ、なんかもうどうでもよくなったわ」
「持田さん……?」
「俺もう練習行くから」
「ちょ、待ってくださいよ!」


さんが俺と一緒にいることで笑顔になってくれるのは嬉しいけど、それ以上に俺にとってさんと一緒にいることがどれだけ大切なことか言うべきだった。
俺を変えたのは今まででさんしかいないし、見た目とか関係なく一緒にいて楽しいとか落ち着くとか、そういうことが大切だってことを教えてくれたのはさんだって。
俺がさんの眼中になかろうと、今からでもこっち向かせてやるくらいの気持ちがあるし絶対そうしてやるって言えばよかっただけだ。
食事に行った男とどうなったとかは関係ない、俺がどう思ってるかを伝えればいいんだし、何かあったとしても俺は諦めないってことを伝えられればそれでいい。
さんに短文のメールを送ってから俺はスパイクを持ってロッカールームを出た。
後ろから俺を呼ぶ声がするけどそんなのは無視でいい。



グラウンドに立ってアップ後、転がっていたボールを蹴ったらボールは綺麗にゴールに吸い込まれていった。
もう何の迷いもない。さんに対しても怪我のことも。
両方やれるだけのことをやる。もちろん結果も出す。必ず。
足の違和感も不思議なくらい今日は感じなかった。
あとはさんに会うだけだ。























2016/12/24