紫青緑登場。紫と夢主が出会った時の話で紫メイン。夢主子供っぽいです。






アメとムチ



 「はい、とうちゃーく」
 「敦くんありがとー。はい、今回はイチゴ味」
 「えー、前もイチゴだったじゃん」
 「前はブドウだよ」
 「絶対イチゴだったし~」


 屋上には峰ちんとミドチンがいた。オレは地面にちんを下ろしてからパンを受け取ってミドチンの横に座る。


 「んだよ、今日も人力車かよ」
 「オレ人力車じゃねーし、車輪ついてねーし」
 「人力車みたいなもんだろ。アメ一つでどこまでも行くし便利じゃねーか」
 「大輝くんも乗せてもらったらいいのに」
 「何言ってんだよバカ、男が男おんぶするとか気持ち悪ぃだけだっつの」
 「オレだってアメ1000個もらっても嫌だし」
 「おい、馬鹿げた言い合いはやめるのだよ」


 あははと笑ったのはちんだけだった。当たり前だけどミドチンは呆れたような顔をしている。
 何か変なメンバーなのと思いながらオレはパンにかじりついた。
 黒ちんが先生に呼び出されて一緒に来られなくなったっていうのは購買で偶然一緒になったちんから聞いている。他の二人が今どこにいるかとか全然わかんないけど、峰ちんとミドチンとオレとちんっていう組み合わせはなかなかない気がした。


 「そもそもが自分で歩くべきだろう」
 「だって階段のぼるのしんどいしー」
 「なんだその理由、そんなこと言ってっとあっという間に足腰弱ってババアになっちまうぞ」
 「いいもん、その時は大輝くんだってジジイだから!」
 「はぁ?」
 「だいたい、紫原がを甘やかすからこんなことになるのだよ」
 「え~何でオレ?」


 ババア!ジジイ!って笑えないくらいしょうもない言い合いをする二人が悪いのに何故かオレに飛び火。ミドチンの言いたいこともわからなくもないけど、ちんのお願い断ったら後で面倒なことになるってミドチンだって知ってるはずなのに。


 「そんなこと言ったってさー、あの時ちんマジ泣きしそうだったし」
 「マジ泣き?、お前屋上まで自力で行きたくねぇってダダこねたのかよ?」
 「そんなことしてない!敦くん嘘言うのやめてよ!」
 「違うよ、今日じゃなくって~」



 * * *



 ちんを初めておんぶした日のことを思い出した。あの時はまだちんとほとんど喋ったこともなくて名前もちゃんと知らなかった。
 帰るときにたまに黒ちんと体育館にいたり、黒ちんのクラスの横を通るときに見かけるくらい。一度だけ黒ちんと廊下ですれ違ったときに一緒にちんも歩いてて、黒ちんがオレに挨拶したときに何故か一緒になって挨拶されたくらいの認知度だった。

 それがある日、朝登校中ちんにぶつかられた。
 その日がコンビニで限定販売されるんまい棒の発売日だったことを思い出したオレが「あ」って独り言を言いながら立ち止まったときに小さな小さな衝撃があって後ろを振り向いたら女の子がこけてた。
 オレ全然悪くなかったし悪気もなかったし、っていうかそんな距離詰めて歩かないでよとかいろいろ言いたいことはあったけど周りに人がいて、そのままほっとくのが気まずかったからとりあえず女の子に「大丈夫?」って声をかけた。
 ごめんねとは言わない。何度も言うけどオレは悪くないから。女の子はぴくりとも動かず地面を見つめていてオレはだんだんイライラし始めた。
 「立てる?」って手を出しても無視してくるし何なのもうって口に含んでた棒つきキャンディを力任せに砕きたくなりながらもしゃがんで顔を覗く。
 女の子は両目に零れ落ちそうなくらい涙を溜めていて、オレの方を見る余裕すらないって感じ。「痛いの?」って聞くと小さく頷いて、そのせいでぽろっと落ちた涙が地面に染みを作った。
 何でオレはあんなタイミングでんまい棒のこと考えちゃったんだろうって後悔しながら怪我したであろう膝を見ると、擦り剥いて血が滲んでいる。確かに痛そうだしオレもこうはなりたくないって思うけどすごい衝撃でぶつかったわけじゃないし……っていうかこの程度の怪我でこんだけ泣く?


 「あー……消毒しに行ったほうがいいんじゃない?」


 他人事のようにしか言えなかった。何度も何度も言うけどオレは悪くない。それでも彼女は動かないし、何人かにちらちら見られるし時間は流れていくしでオレは更にイライラしながらも困り果てた。


 「……保健室連れてってあげるからさー、とりあえず立ってよ」
 「……」
 「ね~聞こえてる?」


 返事の代わりに彼女は嗚咽の声を漏らし始めて、泣き止むどころか何かが彼女の中でヒートアップしていた。


 「……そんなに痛いの?歩けないくらい?」
 「……」
 「も~……」


 さっき小さく頷いたとき以来彼女は何にも反応を返してこない。小さな子供が自分の意見を無理やり通そうとしているような素振りに本気でその場に彼女を放置して立ち去ってしまいたくなった。
 でもこれ後で赤ちんにバレたら優しくしてやれってお説教されるのかなぁ、オレ悪くないよって言っても無言の圧力で睨まれるかもしれない。


 「ほら~、はやく乗ってよ」
 「……」


 オレは荷物を壁際に置いて彼女に背中を向けた。これで無視されたらもう知らない、そのまま荷物を持って何事もなかったように教室に行くって決めた。
 それなのに今まで散々オレを無視した彼女はのろのろ立ち上がると、素直にオレの首に手を回してきた。普通こういうこと女子なら恥ずかしがったり嫌がったりしそうなのに、ぐすぐす言いながらも躊躇うとかそういう素振りを全く見せなかったのにかなり驚く。


 「連れて行くだけだからね~」
 「うん」


 掠れた声で彼女が初めて声を発した。
 オレは宣言通り保健室に彼女を送り届けた後すぐに荷物を取りに戻って、そのままいつも通り教室に向かった。


 黒ちんがオレの教室を訪ねてきたのは二限目と三限目の間の休み時間で、クラスの誰かに呼ばれて仕方なく廊下に出た。廊下には黒ちんとさっきの女の子がいて、そこで初めて黒ちんとよく一緒にいる女の子が今朝の子だったんだとわかった。


 「紫原くんに用があるらしいです」
 「あ~、うん」
 「あの、今朝はありがとう。……これ」


 オレの声に被せるようにして彼女はお礼を言ってオレの手にアメを5つ握らせた。何でアメ?と思ったけどそんなことはどうでもよくなって、そのうちの一つを早速口の中に放りこむ。
 ついでに朝のこともどうでもよくなった。確かに面倒くさかったけど、アメをもらったからあの件に関してはもうチャラだ。



 「なんだそれ、アメで買収された話かよ」
 「違うし。ちんのマジ泣きエピソードだってば」
 「オレだったらぜってー放置だわ」
 「峰ちんマジで放置しそう~」
 「まぁ仮に助けてやったとしてもオレはアメなんかでチャラにはしねぇな」
 「大輝くんのいけず」
 「って言うかあの後しばらくはよくアメくれたのに最近はむしろお菓子頂戴って要求してくるよね~」
 「敦くんそれはね、アメとムチだよ」
 「なるほどな、頭いいじゃねーか!」
 「何か違うのだよ……」


























2017/02/08