黒メインでキセキオール逆ハ。『アメとムチ』と同じ設定。






夜の学校と独占欲



 「ねぇねぇテツヤくん」
 「どうしましたか?」


 練習後に後片付けをしていると不意にさんにTシャツを引っ張られた。すごく小さな声で遠慮がちに声をかけられたものの、彼女がTシャツを手放す気配はない。


 「テツヤくんはこの後すぐ帰らないといけない?」
 「予定があるかということですか?それならないです」
 「あのね、ちょっとお願いがあるの……」
 「何ですか?」
 「……教室にノート忘れてきちゃったの。怖いから、テツヤくんに一緒に取りに行ってほしくて」
 「わかりました。片付けた後に着替えてくるので、それまで待っていてもらってもいいですか?」
 「ありがとう、待ってる!」


 小さく微笑んでからさんがボクのTシャツを解放した。
 もう夜の8時を過ぎているから当たり前のように外は真っ暗、校舎の中も電気を点けない限りはもちろん真っ暗。光源と言えば非常口の緑色か火災報知器の赤色くらいのもので、暗闇に浮かぶその緑と赤が逆に怖かったりする。電気をつけようものにも校舎内の電気のスイッチっは場所がわかりにくかったり変なところについていたりして、最終的には懐中電灯頼みになる事が多い。
 そんな暗くて人気のない校舎を一人で教室まで向かうのはボクですらも気の進む行為ではないし、ましてやさん一人でそんなことをするのは無理だろうなと思った。そんなことを言うと彼女は拗ねてしまうかもしれないので、ボクはそれを悟られないように小さく微笑み返してからモップを片付けてロッカーへと向かう。

 ロッカーでは青峰くん以外の二年生が着替えていたけれど彼らには何も話さず、黙々と着替えることだけを考えた。
 話せばみんなはついて行くと言い出しかねない、みんな何だかんだ言っても彼女のことを気にかけているから。こんなことを言うのはずるいとわかっているけどさんを独り占めしたかった。
 あの場には他のみんなもいたのにボクを選んでくれたことが嬉しくて、だからそういう意味ではみんなに喋ってしまいたい気持ちも確かにある。それでもボクは何も口に出さず、着替え終わると挨拶をしてロッカーから早々に立ち去った。


 「お待たせしました」
 「ううん。疲れてるのにごめんね」
 「大丈夫です。夜の校舎は怖いですよね」
 「テツヤくん私のこと子供扱いしてるでしょ!」
 「違います。ボクでも一人で夜の校舎に行くのは気乗りしないですから」
 「なぁんだ。やっぱりテツヤくんは優しいな~」


 二人で体育館を出て二年生の教室へ向かう。外から一歩中へ入ってしまうと夜の校舎は別の世界みたいで、音と言えばボクたちの足音が無駄に響いているだけだった。
 最初横に並んでいたさんの歩みはだんだんと遅くなり、今ではすっかりボクの後ろに隠れている。ブレザーを掴んでいるのか、時々身体が引っ張られる感覚があった。
 ボクは歩くのをやめて深呼吸する。後ろを歩いていた彼女は当然ボクにぶつかり小さく悲鳴を上げた。


 「ど、どうしたのテツヤくん?」
 「手」
 「手がなに……?」
 「手、繋ぎませんか?」


 さんの顔ではなく誰もいない真っ暗な廊下を見つめながら息を整える。こんな時にこんな提案をするボクはずるいなと思いながら、もし断られたらと心臓の音が大きくなった。


 「いいの?」
 「さんさえ良ければ」


 ここで初めてさんの顔を見ると彼女は満面の笑みを浮かべて、その後慣れた様子でするりとボクの手を握る。手を握ると言ってもこれは所謂指と指と絡めて繋ぐ恋人繋ぎというやつで、ボクは少しだけ狼狽えた。


 「これでちょっと怖いのマシになったよ」
 「ならよかったです」
 「もしおばけがでてもテツヤくんがいるし頼もしいね!」
 「……ボクはおばけ退治はできないです」



――――――――ろ……ん……――


 「え?」
 「今テツヤくん何か言った?」
 「いいえ、ボクは何も」


――――――――く……ち……――


 「でもなんか、声みたいなの」
 「きっと風の音か何かが……」


――――――――トンットントントン


 「今何か音したよ!」
 「……今のは風の音ではありませんでした」
 「どうしようおばけかも……!」
 「とりあえずもうすぐ教室です。教室で様子を見ましょう」


 幽霊なんてボクは信じていない。ボクみたいに存在感の薄い人間は存在するかもしれないけれど、幽霊はきっといない。 でも今実際に何かおかしなことは起こっている。何かの声みたいな音も、謎の音も、幻聴なんかじゃない。
 さんの手を引き目的の教室に入って、ボクたちは教室の隅に移動した。目的はノートのはずなのにそんなこと今は考えてられない。


 「ちょっと様子見てきます」
 「嫌だ、行かないでテツヤくん!」
 「きっとお化けじゃないですから」
 「でも……じゃあ何?」
 「……それはわかりません」


 恐る恐るボクたちは教室の扉を少しだけ開けて廊下に顔を出した。左側も右側も廊下の先には階段がある。


 「テツヤくん、なんかあっち光ってる」
 「あれは懐中電灯の光……でしょうか?」


 教室から遠い右側の階段の壁に赤でも緑でもない光が揺らめいていた。


 「見回り……?」
 「でも、影が……」


 影と言えば自分たちの元のサイズより大きく見えるものだけど、光源の持ち主はかなり大きい。その影が一歩一歩ボクたちに近付いてきている。


 「どうしよう、おばけじゃなくてモンスターかも!」
 「モンスター……」
 「食べられちゃうよ!」


 流石にモンスターはなさそうだけど、ボクの知る限りあんなに大きいのはガタイのいい体育の先生か身近なところだと紫原君くらいしかいなかった。
 そもそもおばけもモンスターもいないとしたら、誰か見回りの人が来たか彼らがボクたちを探しに来たと考えるのが自然だ。じゃあもう片方の階段は?


 「何か聞こえる……!」
 「足音、でしょうか」


 何か聞こえるような気もするし聞こえないような気もする。今のボクたちはあまりにも過敏になりすぎていて冷戦な判断はできそうになかった。特にさんは本当におばけかモンスターだと思ってるみたいだし、その場に座り込んでぎゅっと目を閉じている。


 「どうしようテツヤくん、私がノートなんて忘れるからいけないんだよね……」
 「大丈夫です。何があってもボクがさんのことを守ります」
 「どうしよう、テツヤくんがモンスターに食べられちゃったらどうしよう、ごめんね……」


 見回りの人がそんなに数多くいるとは思えないし、恐らく赤司君たちがさんを探しに来たんだろう。ボクのそわそわを赤司君が見抜いていた可能性も十分に考えられた。
 でも本当にボクの今考えている仮説が正しければ……さんには申し訳ないけどボクはもうこの状況を利用するしかない。


 「さっきは少し強がってしまいました、でも……本当はボクも怖いんです。なんたって相手は未知の生命体かもしれませんから」
 「未知の生命体……!?」
 「その可能性は十分にあります」


 こうなったらボクは赤司君たち捜索隊の存在に気付いていないフリをするしかないと思った。幸いなことにいつも泣き虫なさんは泣いてはいないし、人間ここぞという自分の命の危機には強くできているのかもしれない。
 繋がれた手をぎゅっと握ると、同じくらいの強さでさんが握り返してくれた。


 「じゃあ、私もテツヤくんを守る!」
 「!?あ、ありがとう、ございます」


 すごく真剣な顔で見つめた後さんはボクをぎゅっと抱きしめる。顔に血が上ったのが分かった。こんな暗いところで二人きりなのにそういうことはしてはいけません。


 そうこうしている間にゆらゆらと揺れる光はボクたちのいる教室に近付いていた。その他の足音も聞こえてくるけれど不思議と話し声はしない。
 ボクを抱きしめていたさんはいつの間にかまた弱腰になったのか、今度はボクの胸に顔を埋めてしっかりと背中に手を回していた。いくらクラスメイトだからと言って普段から彼女をハグする機会があるわけもないのでボクもちゃっかり彼女の背中に手を回す。


 「あ~、やっぱここにいた~」
 「ちょっと黒子っちー!黒子っちほんといっつもオレの目の前でそういうの見せつけてくるのやめてくんないっスか!」
 「……む?」
 「緑間っちには刺激が強すぎるっス!」
 「この暗闇の犯人はお前か黄瀬!今すぐ離れるのだよ!」


 パチリとスイッチが押される音と共に教室が明るく照らされ、そこには予想通りの面子が揃っていた。
 スイッチを入れた赤司君はそのままの姿で動かないまま、ボクとさんを交互に見ている。いつもの調子でお菓子を食べている紫原君、騒ぎながらも緑間君の目を手で覆って隠している黄瀬君、黄瀬君に視界を遮られて怒っている緑間君、練習には参加していなかったのに何故か青峰君の姿もあった。
 黄瀬君の手を振り払おうとした緑間君が握っていた本日のラッキーアイテムであろうゴムボールを落とす。転がってきたゴムボールを拾ったボクは先ほどの音の正体を理解したような気がした。


 「……あれ?みんななんでここにいるの?」
 「お前がノート取りに行くとか行ってなかなか帰ってこねぇから心配してたんだっつの」
 「下駄箱で偶然大輝に会ってね。何をしてるのか尋ねたらを待ってるって言うから、まさかと思ってテツヤの靴箱を覗いてみたら……という訳だよ」
 「ついてってやるっつったのに断るから何かあるんだろうとは思ってたけどよ、まさかテツを連れてってるなんて思わねぇしな」
 「オレ黒ちんのこと信用してたのに~。何か裏切られた気分だし」


 紫原君がボクの首根っこを掴んだせいで身体が浮いて、ボクは自立しないと首が締まって死んでしまう状況に追い詰められた。仕方なく自立するとすぐに黄瀬君が飛んできて、「何ともないっスか」って言いながらさんの身体を確認する。
 怪我の心配をしているのかボクに何かされたことを心配しているのか謎だ。


 「私は何ともないよ。でもね、途中で変な声がしたり変な音も聞こえたし……あとすごく大きいモンスターが出てね……!」
 「モンスター?……っち頭大丈夫っスか?」
 「黄瀬君に言われるなんてさんが可哀想です」
 「酷いっスよ黒子っち!」
 「それはともかく、モンスターや霊現象などそんなものはありえないのだよ」
 「何かの見間違いじゃないの~?」
 「でも……」
 「少し疲れているんじゃないか?最近料理部にもよく行っているみたいだし、こんな緊迫した状況だ。少しパニックになってしまったんだろう」


 赤司くんが手のひらをすっとさんの額にあてて温度を確かめる。彼女に視線を合わせて額の後は手を頬に滑らせた。さんはじっとしている。


 「熱はなさそうだね」
 「う、うん」
 「だが無理は禁物だ。車で家まで送ろう」
 「だ、大丈夫!ありがとう!」


 さんは一番赤司君と距離のあった紫原君の背後に隠れつつ言った。
 大丈夫だと言い切った彼女は紫原君に「疲れたからおんぶして」とせがんでいて、その様子が嫌でも見える赤司君も苦笑している。
 そんな赤司君を余所に、最近発売したばかりだというポテトチップスに釣られた紫原君はあっさりさんをおんぶすることになった。


 「赤司君はさんの言っていたこと、信じてるんですか?」
 「まさか。体調に関しては彼女の言い分を信じるしかないが先程のモンスターと幽霊の正体は僕たちだし、そもそも霊現象云々は実在すると思っていない」
 「じゃあどうしてはっきりと否定しなかったんですか?」
 「それが優しさというものだろう?」


 赤司君は涼しい顔をして言ったけど普段の彼らしくなかった。「疲れと緊張からきたパニック」だなんてそんな都合のいい小説みたいなことを普段の彼なら口にしない。
 彼の知識があれば大抵のことは論破できてしまうし、仮にもし赤司君が嘘を教えたとしても誰にも気付かせないような説得力がある。だからこそ先程みたいな話題には白黒つけたいだろう。
 それなのに未確認生命体について否定もしなければ肯定もしなかったし赤司君はさりげなく話題を未確認生命体からさんの体調へとシフトさせて、最終的には「家まで送る」だなんて言い出した。



 「赤司君、君は一体――」
 「ね~なんか急に重たくなったんだけど~」
 「あー!!!!っちが寝てるっス!!」
 「アホか黄瀬!大声だしたらコイツ起きちまうだろ!」
 「いたっ!ちょ、青峰っちそんな強く叩かなくても!」
 「だからうるせーっつってんだよ!」
 「二人ともうるさいのだよ」
 「「はぁ?」」
 「ちんずり落ちてくる~」
 「あああああ!!!紫原っちそのまま!そのままっス!」
 「無理言わないでよ」
 「っちの可愛い寝顔を……!」
 「おい紫原、肩によだれが付きそうなのだよ」
 「え~!ちょっとそれはヤダ。ちん起きて~」
 「ダメっスよ紫原っち!もう少し耐えて!」
 「じゃあ黄瀬ちんがおんぶ代わればいいじゃん」
 「マジっスか!?いいんスか!?」
 「……そーいう反応されると代わるの嫌になった」
 「はぁ!?どういう意味っスかそれ!」

 「……テツヤ」
 「何ですか」
 「とりあえず安全にを家まで送ろう」
 「そうしましょう」






























2017/03/18