*王様の仰せのままに 23*


柄にもなくチームメイトに背中を押された俺は、休憩中にさんからの返信を見て携帯を壁にブン投げたくなった。
予想外に、俺の呼び出しメールに初めてノーの返事が来ていた。
おい、このタイミングで何言ってんだよコイツと少しイラつきながら「絶対来い」と強めに返信すると、かなり嫌々な雰囲気の返信が届いた。
いつもより冷たくされている感じに引っかかりながらも、練習後はさっさと帰宅してさんが来るまで家で大人しく過ごした。
その後家に迎え入れたさんとの食事中に例の男の話を聞くはめになってしまったものの、結果的に俺にとって嬉しい結論でしかなかったからそこはほっとした。話を切り出された瞬間はビビると言うよりも、もしそいつと付き合うとか言い出したらどうしてやるかってことばかり考えていたから、交際の申し出を断ったと言われた時は思わず「は?」と変な声が出た。
さんは何か話したそうな、それでいて何か聞きたそうな雰囲気を出していたものの、そのままの流れでこっちの話を切り出すのはなんだか嫌で、気持ちを切り替えるために風呂に入ると言うと結局彼女は呑気にいってらっしゃいと送り出してくれた。


例の男の報告を今日する意味とは?呼び出しを断っておきながらいつも通り振る舞う理由は?
さんの行動に恐らく深い意味なんてないことはわかっている。わかってはいるけれど、それをスルーできるほど今の俺は平常心でもなかった。
答えの出ない悩み事をもんもんと頭の中で繰り返して、この行動が無意味だと気付くのに十数分かかった。すっきりするどころか謎の疲労感と共にのろのろと風呂から上がって身体を拭いた。
うじうじ考えながら湯船で時間を潰した俺は頭がイカれたのか、いつもならさんが家にいるときはちゃんとスウェットを着てからリビングに行くのに、特に何も考えずに一人で家で過ごしているのと同じ要領でパン一でリビングに向かってしまった。
リビングに入った瞬間しまったと思ったもののさんはソファで横になっているみたいだし、さっさと水だけ飲んで脱衣所に戻ればいいかと水に手を伸ばした。
そしたらまさかさんが声をかけてきて、顔を赤くさせながらあからさまに気が動転した様子でソファに隠れてしまった。
呆れられるかと思えば全く違う反応が返ってきて、いろんな意味で驚いた俺も思わず声をかけてきた彼女に「何?」としか返せなかった。
その後何故か俺はさんに露出狂のような扱いを受けたものの、リアクションがオーバーすぎて面白くなってきたのであえてパン一のまま彼女に近付いてみた。
一瞬だけ彼女がこちらの様子を伺ってくる。すぐ目の前に立っていた俺の姿に驚いたさんは、手で顔を覆いながらソファから転げ落ちて行った。何やってんの。


処女だからとは言え男のパン一にこれだけ過剰な反応を見せるさんが少し気の毒になってきた頃、彼女の口から飛び出てきたのは呆れの言葉でも怒りのコメントでもない、ドキドキするから服を着ろっていう今日一番可愛い反応だった。
正直、素直に嬉しかった。もしかしてさんに男として見られていないのでは?っていうレベルの段階から悩んでいた俺からしてみれば、男として意識されていたのかもしれないと思えるだけで十歩くらい気持ちが前進した。
ソファから転げ落ちてカーペットの上に座っていたさんと目線を合わせる。彼女はちょっと怒りながらもどこを見ていればいいのかわからないって感じの表情で少し俯いていた。今まで見たさんの中で一番色っぽかった。
冗談を交えながら少し顔に手を添えただけで簡単にキスできた。拒まれることもなく時が止まって、そのままカーペットに押し倒した。


……まあそこまではよかった。そこまでは。
あれだけいい感じだったのにこの後あろうことかキレられて涙まで流され、いもしない彼女のことを責められたり遊びだと勘違いされたり最終的にこの気持ちは母性だとか言われて、さんはここまで拗らせてたのかとちょっと引いた。もう普通に気持ちを伝えたところで無理だと悟った俺はかなり強引に、しかも半分言い聞かせるような形で何とかこの場を収めた。
確かに考えてみれば俺もバカだったと思う。この超恋愛経験値の低い女さん相手に順番を逆にしてしまったり、態度で示すなんてことが通用しないのは今までの経験上わかっていたはずなのに。手の届く範囲にさんがいて、あんな反応されたら止められなかった。
あのさー、俺だって恥ずかしいんだからあんまり好きだとか愛してるとか言わせないでよ。さんは本当に面倒くさい、言葉で言って誘導尋問までしないとわかってくれないから。
でも、優しくて一緒にいたら楽しくて、サタデーの相手に嫉妬したって言ってくれたから全部チャラにしてやろうと思う。



* * *



「お願いですからおろしてください……」
「無理」
「こういうのよくないと思います……」
「誰がよくないって決めたの?」
「え?それは……」
「はい、時間切れ」
「ぎゃっ!」


少し乱暴に投げてしまったことは認めるけどこの雰囲気で普通そんな声出す?
ここまできてもさんはさんで、思わず吹き出すと彼女は眉間に皺を寄せて俺を見上げた。さんは俺の下にいて俺の両手は彼女の顔の両側、蹴り倒したりでもしない限りは逃げられない。さんのことだから、俺を蹴り倒したりなんかまずしないだろうけど。


「もちださぁん……」
「そーいうの通用しないから」
「わかってますけど……」
「わかってんならグダグダ言うなよ」
「で、でも……」
「何?」
「心の準備が……」


さんは俺の目を見ないで唇を噛みしめながら小さな声で呟いた。心の準備があろうとなかろうとすることは同じだし痛いのも同じだと思うんだけど。


「誰としたって先延ばしにしたって処女なんだから痛いに決まってんじゃん」
「そんなズバっと……」
「何、俺じゃ不満ってわけ?」
「決してそういう……それに痛いとかそういうことが心配なわけじゃなくて……」
「じゃあ何」


そこでさんは何も言わずに目を伏せた。
静かな空間に何の音もない、時々彼女の息遣いが聞こえてくるだけ。沈黙の間に俺から仕掛けることもできたけど彼女からの言葉を待つことにした。


「展開が急すぎてついていけないと言いますか……。今日、こんなつもりで来たんじゃなかったんです、持田さんにお別れを言う覚悟で来たんです。なのに、こんな……」
「今更だけどこんなにホイホイ男の家行くとか普通ないから。俺悪いことしない人間に見えたの?」
「……完全に安心しきってました。さっきのリビングでのやり取りで初めて危機感を覚えたっていうか……」
「俺と付き合ってる間に他の男に同じようなことしたら許さないから。ころすよ」
「その圧力ある感じ久々です……」


リビングでのことは完全に無意識で、さんに俺のパン一を見せつける意図はなかった。風呂場でさんのことばっかり考えてたのに風呂あがってさんの存在忘れるなんて自分でも頭おかしいと思う。
でもとにかく結果オーライだ。もしもなんて言い出したらきりがないけど、もしもあの時俺がいつも通りスウェット姿で出てきたらこんな急展開にはなってなかったかもしれない。


「もういい?心の準備」
「あの、まだちょっと……」
「はぁ?まだかかんの?」
「私お風呂だって入ってないですし……!」


言われて初めて俺しか風呂に入ってないことに気付いた。
体勢を低くして首元の匂いを嗅いでみるけど嫌な臭いどころかいい匂いしかしない。Tシャツをまくってお腹あたりの匂いも嗅いでみたけど何ともなかった。
さんは襲われると思ったのか身体を固くして俺をブロックするように胸の前に手を置いている。


「全然大丈夫。問題ナシ」
「持田さんがよくても私が……」
「美味しそうな匂いしかしないって」
「それどういう意味……っちょっと!」


首筋を舐めてみたらなんとなく甘いような気すらして、そのまま数か所に吸い付いた。
さんは強めの力で俺の胸を押してくる。力は弱まるどころかどんどん強くなっていた。


「あ、あの、くすぐったいです……!」
「あんまりくすぐったいって言って誤魔化してると男って萎えるんだぜ?」
「だって本当に……っあ……あーー!」
「ちょ、いきなり何」
「ダメです持田さんストップ!」
「はぁ?」


右手をTシャツの中に滑り込ませた瞬間、いきなりさんが騒ぎ出したから少し怖くなって思わず手を止めてしまった。今度は何なんだよ、そろそろ空気読めよ。
俺が起き上がるとさんも起き上がって少し俺との間に距離をとった。逃がすかと距離をつめて腕を掴むと彼女がものすごい剣幕でこっちを見ている。


「今晩はダメです、中止しましょう」
「だからさっきから何なの?」
「だって……明後日試合じゃないですか!」
「……は?」
「前テレビで見たんです!サッカー選手って試合に備えて、その……試合前にそういうことはしないって……」
「は?どこの誰だか知らないけど、そいつがテレビで試合前にはセックスしないって言ってたってこと?」
「そ、そんな露骨じゃないですけど!言ってたんです本当に!」


確かに見た目よりも体力使う行為ではあるけれども。よくよく考えてみれば、今まで確かに試合前は避けていたけれども。


「影響があるのかはよくわからないですけど、持田さん足も怪我してますし……」
「……」
「試合前にもしものことがあったらいけないですし、今晩は、その……」
「……」
「……何か、言ってください。持田さんのことが嫌いで言ってるんじゃないんです」


言ってからさんは俺の手を握って俯いた。最初は本当に今晩のことを先延ばしにしたかっただけかもしれないけれど、今は本気で彼女が俺の心配をしてくれているのが伝わってきた。


「じゃあ俺が足と体力使わなけりゃいいの?」
「え゛……!?」
「ぶはっ!バカ、嘘に決まってんじゃん。さすがに処女にフェラさせるほど鬼畜じゃないし」
「!?!?」
「もー今晩は寝る。今ほどこの仕事恨んだことないわ、くっそ」


もう一度さんを押し倒して二人してベッドに寝転がる。当たり前だけど、寝室に入ってきたのもこのベッドで一緒に寝るのも今晩が初めてだ。
胸のあたりでさんの息遣いを感じながら目を閉じる。今晩はもうハグするだけ。絶対にハグするだけ。それ以上のことはしない。もうキスもしない。
小さな声でおやすみなさいが聞こえた。それとほぼ同時に優しくさんの手が俺の腹部に触れる。……ハグするだけ、今夜はハグするだけ。
俺今晩ちゃんと寝れんのかなー。明日寝坊したらさんのせいだからな。











2019/05/09