幼馴染で恋人。黄瀬がドライだし少し病んでる。黄瀬視点。






漠然とした不安



 移動教室のために廊下を歩いていると横の階段を数人の女子が通り過ぎて行った。聞き覚えのある声がして横目で追った先に女子が3人、その中にの姿を見つける。大した用事はないけど話しかけたくて、進行方向とは違う方へと身体の向きを変えて声をかけようとしたときだった。


 「涼太くんと私?ないない!」


 予想外にオレの名前が出てきて話しかけられたのかと心臓が飛び上がる。オレの話をしていることを知ってしまって完全に声をかけるタイミングをなくしてしまったと同時に余計に話の内容が気になった。は笑顔だったけれど会話に割って入るのはいけないような気がして、少し後ろを俯き加減について行く。前の3人はオレの存在に気付くことなく少し真剣な表情で会話を続けていた。


 「なんでないなんて言い切れるの?」
 「涼太くんはこれからどんどん遠い世界に行く人だと思うから。きっと私とは違う次元に生きる人になると思うよ」
 「違う次元て……」
 「まぁねー。校門の前でファンが待ってるの見たとき黄瀬って本当に芸能人なんだなって思ったわ」
 「それは確かに!こういうのって本当にあるんだって思った」


 自分のことなのに改まってそういう分析を聞かされると何とも言えない気持ちになる。
 モデルに関してはバイト感覚でしてる仕事だし、真面目にやってるけどその世界でトップになりたいとまで考えたことがなかった。優先順位はバスケだし、もっと言うならバスケとが同等でその後にモデルだ。誰もができる仕事じゃないし簡単な仕事ではないにせよただオレに適正があっただけ。
 でもそんな仕事をしているからと特別扱いして欲しいわけじゃない、バスケでなら違う次元の選手って言われてみたいけどになら尚更だ。


 「私と涼太くんは幼馴染だけど周りから見たら私はどこにでもいる普通の人で、涼太くんは特別な存在なんだよね」
 「まぁそれは仕方ないじゃん?」
 「仕方ないのはわかってる。だからこそいつかただの幼馴染に戻る時が来ると思うの」


 昼間からしかも学校で何でそんな話題になったのかオレには検討もつかなかったけれど、一瞬だけ見えたは口元に薄く笑みを浮かべていてますます訳がわからなかった。周りの生徒はあの3人がどんな会話をしているかなんて知るわけもない。3人の他にオレが一人この会話を聞いていて、階段を上りきったところで一人で立ち尽くしていた。とてもじゃないけど声をかけられるような雰囲気じゃない。



 * * *



 「ねぇ」
 「何?」
 「オレがモデルしてるの嫌?」
 「急にどうしたの?」
 「別に、なんとなく」


 あの話を聞いてしまってからというもの、当たり前のように授業は頭に入ってこないし誰と話していても「聞いてるのか?」と言われるくらいには心ここに在らずだった。それなのにはオレの変化に気付いていないのか移動中何か指摘されることもなく、話を切り出すこともできないまま家の最寄駅に到着する。
 声に不機嫌が滲み出ないように慎重に言葉を選んだつもりだったけれど、いつもより少しだけ低いように感じた。心の中ではから先に何か感じ取って欲しいと思っていたのかもしれない。しかしはは慌てる素振りもなく、携帯を見ていた顔をこっちに向けて首を傾げた。
 学校での会話を聞いていたとはまだ言う気にはなれなくて、オレは必死に普通を装う。


 「なんとなくそんなこと聞くの?」
 「休みの日に仕事入ることも増えたから、どう思ってんのかなーと思って」
 「部活もお仕事も忙しそうだし無理してないかなって心配ではあるけど」
 「相変わらず優しいねぇ」
 「……どうしたの?何かお願いでもある?」


 不思議そうな顔したに見つめられると少し罪悪感が芽生えた。
 不満の一つや二つ言われたっておかしくないと思っていたのが第一声はオレの体調の心配で、嬉しさの反面昼間に会話を盗み聞きしてしまったのを後悔する結果になる。


 「ファンの子に嫉妬したりする?」
 「ファンに嫉妬?何で?むしろ嫉妬するのはあっちじゃないかな。私一応涼太くんの彼女だよ?」
 「それもそっか」
 「涼太くん隠そうとしないし、ファンの子にも知られてるんでしょ?」
 「だって隠す必要とかなくない?コソコソする理由わかんないし」


 こういう会話だけしているととても昼間のあのやり取りが現実に起きたことだなんて思えなかった。があんなことを言い放ったのも、会話の続きをオレが聞いていないだけで悪い冗談か何かだったのかもしれない。
 本当に冗談であって欲しかった。あの後オレの知らないところであの友達二人に思いっきりノロけてくれていたらどれだけ救われるだろう。


 「涼太くんってみんなが思っている以上にドライだからなぁ。にこにこしてるだけの涼太くんしか知らないファンの子はある意味幸せかもね」
 「何かオレがすごーく嫌な人みたいな言い方するのやめてくんない!?第一、オレにそんな冷たく当たったりしないし!」
 「嫌な人なんじゃなくてそれが素ってことだよ」
 「じゃあそんな素の黄瀬涼太を知ってるは特別だよね?」
 「……どうしたの、なんか今日変だよ?」


 信号待ちで立ち止まるとがオレの顔を下から覗きこんできた。射抜くような視線で何か探るようにじっくりと見つめてくるからオレもじっとの顔を見つめ返す。


 「……オレ、聞いちゃったんだよね」
 「何を?」
 「今日が友達としてた会話」
 「何の話?」
 「……はオレとただの幼馴染に戻りたいと思ってんの?」
 「……どこで聞いてたの?」
 「偶然通りかかって聞いちゃっただけ。……ねぇ、何であんなこと言ったの。オレ、結構傷ついた……」


 信号が青に変わったことを知らせるブザーが鳴っているけれど、そんなこともおかまいなしにの肩に顔を押し付けた。オレももその場から動かない。


 「まさかあそこに涼太くんがいるなんて思ってなくて……ごめんね」
 「じゃああの言葉撤回してよ」
 「……ほら、顔上げて。周りの人がこっち見てるよ」
 「何で話はぐらかすの?」


 信号がまた赤に変わってしまったのか見世物状態になっているのか、周りに人の気配が増えてきた。激しい言い合いにこそなっていないもののこれは所謂修羅場というようなやつで、本当なら外でこんな話をするなんてみっともないのは百も承知だ。でもここで話すのをやめたらこの話題は曖昧なままずっとはぐらかされて、いろんなことが終わると思った。
 オレは真剣だけどだからと言って怒っているわけじゃない。の考えてることは違うってわかってもらいたい一心だった。


 「私は涼太くんの幼馴染で一緒に過ごした時間も他の人より長いけど、これから高校卒業して大学に行って就職してっていう過程でまだまだいろんな人に出会うでしょ?涼太くんは私よりもたくさん出会いがあるだろうし、いつか私の存在を追い抜いちゃう人だって現れるだろうなって思っただけ」


 要するに、オレは他人との接触の機会が多いから心変わりするかもしれなくて不安だと。まるで前々から言ってやろうと決めていたとでも言わんばかりに、一言の淀みもなくが言い放った。
 オレがを不安にさせるようなことをした前科があるのか思い返してみても心当たりもない。そしては自分で思っているほどオレのことを理解していないと思った。


 「あのさぁ、何でそんなに悲観的になってるのかわからないけどオレはそういう出会いとか求めてないし興味ない。むしろ仕事でもみんなにの話するし普通に遊びに行った時の写真見せたりするし」
 「何それそんなの聞いてない!」
 「だって今初めて話した」


 何でのことを話したり写真を見せて回るかって周りへの牽制、これしかない。
 大切にしている彼女います、だから食事に誘わないでください、連絡先聞いてこないでください、これを口でいちいち伝えるより先に先手を打つのが有効。それでも怯まない人は絶対に面倒な人だと思うし、そんな人からのお誘いはもっとごめんだ。
 その口実にを利用するのは酷いのかもしれないけど、の代わりなんて探す気もないし、の心配する彼女以上の人間だっているとは思っていないから、そういう意味での人脈を広める理由がオレにはない。
 業界の友達も欲しくない。部活、学校、あとは各地へ散った元帝光メンバー、それだけいれば十分だ。


 「が言うようにオレってドライなところあるんだろうけどさ、人間関係の構築とか面倒くさいんだよね」
 「涼太くんそういうこと口にするの珍しいね」
 「だって言わないとがわかってくれないから」
 「……ごめん」
 「謝って欲しいとかじゃないんだけど、マジで今回のはショックっていうか」
 「……よくわかりました。こんな必死な涼太くん、バスケしてる以外であんまり見ないもん」


 いつの間にか家のすぐ傍まで帰ってきていたオレ達は、オレの家の前で自然に足を止めた。表情を曇らせながら立ち止まったにもう一度ごめんと謝られ、何と返そうか迷ったオレはある言葉が頭に浮かんで咄嗟にを抱き寄せる。
 はオレの顔を見ようとしたのか苦しかったのか頭を動かしたけど、少し強引に顔を胸に押し付けた。


 「お願いだからずっと一緒にいて」
 「……そんな豆腐みたいなメンタルだと青峰くんに勝てないよ」
 「それとこれとはちょっと事情が違うって」
 「黄色いから卵豆腐かな?」
 「すぐそうやってからかう!」
 「涼太くんが可愛いからね」














2017/11/08

2022/01/01 加筆修正