「後は頑張って、応援してる」
 「ありがとう……!」



青春ワルツ! ミッションインポッシブル 02



 生徒会室の目の前まで案内してくれた友達と別れて一人廊下に立ち尽くす。目の前には重厚そうな扉があり、如何にもな雰囲気が漂っていた。
 何度も扉をノックしようと試みてはいるけれど生徒会長とテニス部部長を兼任しているという氷帝最強とも言える人物に会うプレッシャーは半端ではない。ここで失敗しては取り返しのつかないことになるのも明白だ。しかし一人で廊下に突っ立っていると女子からの強烈な視線が突き刺さるのもまた事実なので覚悟を決めて扉をノックする。
 扉を叩くと扉の向こうから「入れ」と声がした。命令口調なところからして同じ人種がこの部屋の中にいるとは到底思えない。


 「失礼します……」
 「アーン、誰だ?」
 「間違えました、すみません、出直します、失礼しました」


 大きくてふかふかした椅子に座っていた男子と視線がぶつかった瞬間これは何かの間違いなのではないかとそそくさと扉の外に撤退した。
 アーンって何語?どういう意味?生徒会長はもしかして外国人?聞いていないことばかりで混乱したものの深呼吸し、目の前の一際大きな扉の横をもう一度確認すると「生徒会室」の文字がしっかりと書かれてある。部屋は間違っていない。
 もう一度ノックすると先程と同じ声で「入れ」と一言。そっと扉を開けて中を窺うと少し不機嫌そうな顔をした男子が相変わらず椅子に座っていた。


 「あの、あなたが生徒会長の跡部くんですか?」
 「……お前俺を知らねぇのか」
 「し、失礼をお許しください!転入してきた身なのでご挨拶をと……」
 「ハッ」


 生徒会長という存在をこれほどまでに恐ろしく感じたこともなければここまで丁寧な敬語で接したこともない。自分が鼻で笑われた理由もわからないままとりあえず深々と頭も下げておいた。
 目の前で前髪をかきあげた彼はおもむろに立ち上がり私にソファに座るように勧める。座って話すほど長居する予定はなかったが断れる雰囲気ではなく、仕方なく従うと跡部くんも目の前のソファに座った。


 「転入の挨拶とは気が利くじゃねぇか」
 「は、はぁ……すみません、お手土産も持参せず……」
 「そんなもんは必要ねぇよ」


 謎のオーラをびしびしと感じて私の言葉は先程に引き続き自然と敬語になってしまう。本当に彼は同級生なのかと疑いたくなった。
 促されるままソファに座ったもののテニス部のことを切り出す他に話の引き出しがあるわけでもなく、私の視線はふらふらと彷徨い始める。


 「えっとですね、この度は氷帝学園に転入できたことをとても嬉しく思いまして……」
 「ハッ、当たり前だ。前はどこに通ってたんだ?」
 「えっ!?ええっと、あの、そのえっと」
 「跡部入るでー……ってなんや取り込み中か、すまんな」
 「アーン、忍足か?」
 「おおお忍足くん!?」
 「ん?転校生ちゃん?すまんかったな、とりあえず出直すわ」
 「いやいや忍足くん!どうぞこちらに!」
 「何だ、お前ら知り合いか?」
 「岳人のクラスの転校生やで」


 一番聞かれたくないところを突かれた瞬間忍足くんが登場し、焦りと嬉しさで変なテンションになってしまった私はどうぞどうぞ!と私の隣を彼に勧め続けた。忍足くんは不思議そうな様子でソファに座りながら「な?」と同意を求めるように声をかけてくれて、私は何度も何度も頷くしかできない。
 言葉が出てこないという不安と跡部くんという名のボス、極めつけに忍足くん登場といった緊張の連続に襲われた私は心拍数、テンション共に最高潮だった。まずは落ち着くこと、そして何とかして今話しを切り出さなければもう次の機会は訪れないかもしれない。
 なんとかして落ち着きを取り戻そうと深呼吸を繰り返していると跡部くんが心配というよりも不安気な表情でこちらを見た。


 「……お前さっきから大丈夫か」
 「すみません、大丈夫です。えっと何の話でしたっけ……あ!私がテニス部でマネージャーやってたっていう話かな?」
 「全く違う話だったがこの際目を瞑っといてやるよ」
 「さすが跡部くん懐が広い!」
 「……あんまりそういう褒められ方はしたことがねぇな」
 「なんやねん跡部、満更でもなさそうやん。転校生ちゃんは男転がすん上手やなぁ」
 「い、いえ、どちらかというと転がされっぱなしで……」
 「「?」」


 今しかないと不自然な形でテニス部の話題を捻じ込んだものの、想像していたよりも二人が話を聞いてくれる姿勢なので更に畳み掛けるように身を乗り出す。


 「私はこの学校で静かに楽しく平和に学生生活を送りたい!ただそれだけなんです!」
 「今までどんな扱いを受けたらそんな言葉が出てくんだよ」
 「跡部くん聞きたいですか!?聞いてくれるんですか!?」
 「……あ、あぁ」

 3分後

 「おい、お前のメンタルは本当に鋼なんだろうな」
 「は、はい!鋼のメンタルです!」
 「ちゃんめっちゃ自分売り込みにくるやん」
 「命かかってるので!」
 「(命……?)正直いろいろ部活以外にもキツイことあるかもしれんけど……大丈夫なん?」
 「キツイってどれくらい?選手と同じくらいの体力つけて欲しいからって夏にプールで10km泳がせたりする?オフの日に嫌だって言ってるのに一緒に体力づくりしようって無理やり朝3時から山登りさせたりとかは?あとは」
 「もうええわかった!聞いて悪かったすまん!」

 
 あまり具体的な団体名や名前を出すと正体がバレてしまうので濁した部分はあったが、今までの壮絶な体験談に関しては嘘1つない紛れもない事実だ。
 友達に誘われて軽い気持ちでマネージャーを始めた立海テニス部。私が風邪を拗らせて入部早々数日間休んだ間にあまりの厳しさに同じく軽い気持ちで入部した女子達は全員見事に退部し、それを知らずに数日後風邪から復活した私は一人呑気に部活に復帰した。入部早々欠席続きだった私の顔など誰も憶えているはずもなく、よくわからないが一人だけ生き残っているマネージャーがいると部内は騒然とする。そんな事情など何も知らない、まだ純粋だった私の肩を優しく叩いたのは他でもない幸村くんだった。

 そんな私のきっかけ、時に楽しく時に地獄のような思い出話。ありのまま全て話したのでこれで駄目なら私にはもう手立てがない。
 静かに話を聞いてくれた跡部くんと忍足くんは顔を見合わせてからこちらに気を遣っているのかこそこそ耳打ちを始めた。

 
 「話聞いてるだけやと鋼のメンタルどころか身も心もゴリラって感じやで」
 「パッと見はゴリラには到底見えねぇが……」
 「いや、パッと見ぃもゴリラやったらそれもう人間ちゃうやろ。まあ今までずっとマネやってきてるから今更他の部活に入る気もないって言うんは信憑性あるけど……」
 「本人の言っていることが全て事実であることが大前提だがな」
 「そんなん跡部がちょちょーっと調べたらわかることなんちゃうん?」
 「お前はまたすぐそうやって俺様を!」
 「しー!声でかいと聞こえるやろ」


 本当はほとんど聞こえているが二人が気を遣ってくれているようなので何も聞こえていないふりをしながら、私の脳内はこれからのことでいっぱいだった。
 かなり無理矢理な方法で鋼のメンタルアピールが成功し現在恐らく部長、副部長を目の前に審議されている。これだけ自分でアピールしておいて申し訳ないけれどこの計画には立海が関わっているし、しかも幸村くんがものすごく清々しい笑顔だったので絶対にいいことは起こらないし、挙句ものすごく有能なマネージャーアピールをしたけれど私は大して有能ではないのが本当に申し訳なかった。
 しかし一番申し訳ないのは彼らを騙そうとしている点で、仮に彼らが私のことを信頼してくれたらそれはそれで私も辛い。幸村くんに嫌味を言われるのも辛いけれどここで目の前の二人が私を不採用にしてくれるほうが一番平和かもしれないなんて新たな発想が降って湧いた。氷帝の部長に頼み込んでも駄目だったと報告すれば幸村くんもスパイ作戦は諦めてくれるのでは……?


 「あの、やっぱり……」
 「よし、採用だ」
 「……本当に?う、嘘だ……」
 「さっきまでの威勢の良さはどうした」
 「あれは何ていうか、物怖じしない心と助かりたい気持ちの表れっていうか……」
 「言ってることはよくわからねぇが、採用と決めたからには取り消さねぇからな」
 「……はい」


 目的を達成するためのスタートラインにようやく立てたのに何故か気持ちはもやもやしている。もし氷帝のテニス部のみんながとんでもなくいい人ばかりで、普通に仲良くなってしまって裏切るのが怖くなったらどうしよう。きっと氷帝のテニス部と仲良くなった時点で反逆者の烙印を押されて私は立海テニス部からは追放されてしまう。スパイとしての機能すら持たない私は幸村くんのお荷物でしかない。

 先のことを考えても仕方ないのでとりあえず幸村くんに現状を報告するべく教室へ向かいながらメールを打つことにした。
 氷帝に転校して数日、勉強よりも何よりも毎日幸村くんの対応に追われてまともにスクールライフを楽しんでいるどころではない。こんな私でもご期待に添えるよう日々頑張っているのだ。なんとかテニス部にも入部できる目途が立ち、少しは褒めてもらっても罰は当たらないのではないだろうか。
 氷帝に来てからの毎日を振り返った私は幸村くんに少し腹が立ってきて勢いで『男子テニス部マネージャー無事採用されました。喜べ』とかなり偉そうな一言を添えてメールを送った。その後1時間経っても2時間経っても返信がなく、喜べなんて調子に乗って言うんじゃなかったと後悔した。反逆者にはなれない運命なのだ。





















2017/11/26
2022/02/08 大幅加筆修正