※R15…くらい?






 予定のある日曜日、それも好きな人との予定のある日曜日はこんなにも浮かれてしまうものなのか。
 家族に問う訳でもなく自問自答しながらバタバタと準備をするの口元は自然と笑みを作る。



優等生失格 04



 毎日のように青峰の家へ行き勉強もそこそこに肌を重ねた。自分から求めたことは一度としてなかったけれど、内心期待していたしそうして欲しいと思っていた。青峰に好かれる為ならどんなことだってしたいという乙女の秘めたる想い。
 金曜も部活に参加しなかった青峰は当然のようにを連れて家に帰った。
 青峰の家に誰か家族がいやしないかとハラハラするのは、自分が何をしているか十分理解しているからだ。付き合ってもいない男と二人きりで何をしているか、そんなことは青峰の家族にも自分の家族にも友達にも言えはしない。
 誰もいない青峰家での時間を堪能した後、いつものようにブラウスを着ていると不意に青峰が声を発した。なぁに?と首を傾げたに青峰が言ったのは「日曜暇してるか?」という趣旨の、所謂デートのお誘いだった。



 まさか休日に青峰と肩を並べて歩く時が来ると思ってもいなかったは上機嫌で服を選んでいた。待ち合わせまではあと1時間以上はある。ショッピングモールを歩き回るのだから気合いを入れ過ぎて青峰くんのお荷物にはならないようにしよう、と意気込むの顔は真剣だ。


 「が休日に出かけるなんて珍しいね」
 「そ、そうかな?」
 「いいじゃないお姉ちゃん、だって高校生なんだしもっと遊びに行けばいいのよ」


 家で勉強ばかりしていないでねぇ、と困ったようにの母が続ける。
 5つ年上の姉と比べているのだろう。姉は活発であまり勉強も真面目にはしてこなかった。明るく、人当りのよかった姉は休みの日も外出していることがほとんどで学生時代にはもっと勉強しろと母に怒られていた。
 妹のは姉とは反対で、他に取り柄もないからと小学生の高学年のころから進んで勉強に励んでいた。先に姉の学生時代の姿を見ていた母は不思議そうにしていたが、勉強をやめろと言うのもおかしな話なので最終的には個性なのだと受け入れた。
 に対する悩みと言えば友達と上手くやれているのか心配なところと、恋愛に興味のなさそうなところ。結局ないものねだりだねと母と姉は苦笑するしかなかった。


 「……ねぇお母さん、外に変な人いるんだけど」
 「えぇ?」


 部屋の換気のためにリビングの窓を開けた姉が母を手招きする。丁度その頃は洗面所で落ち着かない前髪と格闘しながら、二人の会話を遠くで聞いていた。


 「どこよ?」
 「ほら、あそこの電柱のとこ」
 「犬の散歩でもしてるんじゃないの?」
 「もう10分はあそこにいるんだよ?それに散歩してるにしたって近所であんな人見たことある?」


 最近は不審者も多いからなぁと他人事のは姉のコテで前髪の気に入らない部分を真っ直ぐにしていた。やっと納得のいく形に納まった前髪を撫でつけながら、レースカーテン越しに外の様子を伺う二人を横切ろうとする。


 「なんかチラチラこっち見てる気がする」
 「ちょっと!怖いこと言わないの」
 「っていうかあの人かなり背高くない?」
 「えー……でも不審者にしてはサングラスもマスクもしてないし堂々としてるわね」
 「あんな背高いし色黒いし、肉食獣っぽい」
 「肉食獣って……」
 「なんか襲ってきそうじゃん。雰囲気とか目付きとか超肉食系って感じ」
 「ちょ、ちょっと待って!」


 服はこれにするから鞄はどうしようかとかそんな考えは瞬時にどこかへ吹き飛んだ。
 背が高い?色黒い?まさかね……?
 レースカーテン越しにが窓の外を見る。紛れもなく電柱の横に立って携帯を眺めているのは青峰だった。目を疑ったは家族が止めるのも聞かずに勢いよくレースカーテンを開けて再度確認する。青峰だ。何度レースカーテンを開けたり閉じたりを繰り返してみてもやっぱり青峰だった。


 「何で……!?」
 「……?」
 「ちょっと!?」


 青峰目掛けて走り出したは新聞を取りに行くときに履くようなサンダルを適当に引っかけてから玄関を飛び出した。
 勢いよく玄関の扉が開く音が聞こえて携帯から顔を上げた青峰は、服装とちぐはぐなサンダルを履いて自分の元に走ってくるを見て眉を顰める。


 「何だその変なサンダル」
 「ちがっ……これは……」


 家の中から勢いよく走ったせいか、息を切らして肩を上下させながらは言葉を探した。家の場所は知っているとしてもどうしてここにいるのとか、どうしてそんなに格好いいのとか聞きたいことがいろいろとありすぎる。
 目の前には黒の七分袖のTシャツに濃い色のデニムを履いたシンプルな装い青峰の姿。黒に黒に濃い色という掛け算だけど、こんな格好の青峰を見て不審者だなんてと姉に怒りを覚えながらも私服姿に胸が踊った。


 「つーかおせぇよ」
 「え?待ち合わせ、11時だよね……?」
 「さっさと準備できたから仕方ねぇだろ。連絡先も知らねぇし」


 それって待ち合わせ時間決める意味ないよね……?
 唖然としながら青峰の言い分を聞き、まぁ確かにそうかもしれないけれどと言葉を濁した。
 普段の青峰なら時間ができたから二度寝したとか、そもそも待ち合わせの時間にすらも寝坊を理由に遅れて来そうだから、早すぎる登場だったとしてもちゃんと約束を守ってくれたことのほうが重要だと自分に言い聞かせる。自分は青峰にとってどうでもいい存在ではないのだと思うと、家に押しかけてきたことすらも愛おしい。


 「あそこ人多いから見つけられるかわかんねぇし」
 「それでわざわざ来てくれたの……?」
 「時間はあったしな」
 「ありがとう……」
 「おぅ」
 「……10分だけ待ってもらってもいい?すぐ準備するから」
 「10分な」
 「家、入ってる?玄関くらいになっちゃうけど……」
 「……いや、ここでいい」


 一瞬の沈黙のうちに青峰がを通り越して何を見たのかを知って頭を抱えたくなった。準備よりも家で待ち構える二人の相手のほうが大変そうだ。


 ちゃんあの人彼氏なの?違うよ、友達。友達?嘘でしょ?嘘じゃないよ、友達。
 母と姉はのことを心の底から真面目な優等生だと思っている。毎日勉強してテストでいい点数を取って、男の子とは手も繋いだこともない純情な女子高生。そんな彼女が家の前で男を待たせていたなんて、それはもう家にとっては一大事だ。
 急いで家に引っ込んでからは予想通り母と姉による質問の嵐だった。10分で準備すると言ってしまったのでとにかく急いで髪を落ち着かせ、鞄に必要なものを突っ込み、二人からの質問には適当に答えた。
 嬉々としている母と姉に青峰は自分の彼氏なのだと紹介することができたらどんなによかっただろうと少しだけ胸が痛む。まさかが毎日のように青峰の家に通い、生まれたままの姿を晒しているだなんて二人は思ってもみないだろう。お付き合いを保留にしていると言えば少しだけ聞こえがいいかもしれないけれど、は恋人未満友達以上という肩書きのついた青峰のセフレに他ならなかった。
 それでも自分で納得して今の立場にいるし、同時に今はお付き合いへの段階を踏んでいるだけなのだと本人は至ってプラス思考だ。



* * *



 準備を終えた青峰とがお目当てのショッピングモールに辿り着いたのは当初の待ち合わせ時刻の11時よりも40分も前だった。
 日曜日のショッピングモールでも昼前のせいかそこまで家族連れの姿はない。特に目的のない青峰は新しいバッシュでも見に行くかとのろのろ歩いた。
 本当は日曜に外出だなんて気乗りはしていなかった。どうせ家にいても桃井に押しかけられて買い物に付き合わされるところまでは想像できたので、だったらでも外に連れ出そうと考えたのだ。
 生憎青峰家には両親がいるし、場所だけしか知らないの家にも家族がいるのは先程知った。青峰はもう淡い期待すら抱いていない。


 「何見るの?」
 「バッシュ」
 「ばっしゅ?」
 「バスケするときに履くやつ」


 を見下ろすと何やら考え込んでいる。部活に行かないのにいつ使うんだろう?と顔に書いてあるように見えて、後ろから軽くデコピンをお見舞いした。使う予定がなくても気になるものは気になるのだ。
 スポーツ用品店に着いてもは店内をうろつくこともなく青峰の後ろにくっついて歩いてた。質問攻めにあうかと思えばは適当なバッシュを手にとっては中を覗いてみたりひっくり返してみたり。たまに青峰を振り返るが話しかけてくる気配はなかった。
 まるで一人で買い物に来ているようだと思いながらもマイペースにバッシュを物色する。んー、と小さく唸ったところにようやくが声を掛けてきた。


 「それ買うの?」
 「持ってたかどうか憶えてねーんだよな」
 「そんなにいっぱいもってるの?」
 「これと、これと、それと、あっちのと、それは持ってる」
 「そんなに持ってるなら、急いで今日買わなくてもいいんじゃないかな……?」


 桃井は青峰の所持しているバッシュをほぼ把握しているだろうから電話をして聞くのも手だったが、その後の展開が面倒なことになりそうでさっさと携帯は片付けた。の言う通りだと大人しくバッシュは棚に戻される。うんと伸びをしてから腹減ったと言うと、じゃあご飯だねと彼女から明るい返事が返ってきた。

 フードコートに移動した二人はそれぞれ食べたい物を買って席に着く。初めて青峰の食べる量を目の当たりにしたは自分が食べるのも忘れてどんどん消えていく食べ物を見つめていた。
 の3倍くらいの量を食べていた青峰のほうが最終的には先に食べ終わってしまい、机に頬杖をつきながらはやくしろと彼女を急かす。お喋りもせずにもぐもぐと口を動かすの姿が小学生の頃に遠足で見たリスそっくりで、青峰は鼻で笑ってしまった。軽く食後の眠気に襲われつつもそっちの用はいいのかと水を飲みながら尋ねる。


 「参考書が見たい、かな」
 「参考書かよ」


 ようやくパスタを完食したは水に手を伸ばしながら頷いた。
 彼女が休みの日にも相変わらず勉強のことを考えていることに溜め息をつきながらも、じゃあ行くかとトレーを片手に立ち上がる。



 2階の一番端にある本屋はそれなりの広さで、参考書も近所の本屋より充実しているのだと嬉しそうには話した。
 本屋に着くとは一人一番角に設置されている高校生の参考書コーナーへと足を向ける。青峰の姿はとっくになかったが、恐らくグラビア雑誌でも立ち読みしているんだろうと気にもしなかった。
 予想通り青峰は男性雑誌コーナーへと向かい適当にバスケの専門誌を手に取る。パラパラと捲ってからすぐに棚へと戻すと、また別の雑誌を手に取った。
 その後漫画を少しだけ立ち読みしたものの元々本屋に長居するタイプでないのでなんだか落ち着かない。桃井に付き合わされて買い物に来ても本屋へ一緒に来ることはほとんどなかった。相手がなので桃井のように置いて帰るという選択肢もなく、青峰はふらふらと参考書コーナーへと彼女を探しに行くことにした。

 参考書コーナーをうろついていると真剣な表情で化学の参考書を吟味しているを見つけた。青峰は声を掛けるか迷ったものの、黙って隣のスペースに腰を下ろす。本屋にはところどころに椅子が設置してあり本を座って読むことができた。一番角に設置されている参考書コーナーには青峰と意外の人はおらず、二人で椅子を占領しても嫌な顔をする者はいない。
 一瞬だけ青峰の顔を見たはすぐにまた参考書に視線を戻した。数ページ捲ってから別の化学の参考書と何やら比べている。何がどう違うのかと青峰はの手元を見つめるものの、違いどころか書いてある意味さえよくわからなかった。
 もう帰るぞと声をかけたいところだったが、の真剣な表情に完全にタイミングを失ってしまう。つまらない、そして眠たい。
 無意識に右手で髪の毛を耳にかけたは青峰のことは眼中にないようだった。眉間に皺を寄せてきゅっと唇が結ばれている。
 意味もわからないまま一緒に参考書を覗き込む目線を少しだけ横にずらせば、露わになった耳が自分のことを挑発しているように思えてきた。勝手にそう思い込んでいるだけでに全くその意図はないのに、青峰の中で何かが煽られた気がした。


 「ッ!?!?」
 「?」
 「なっ、あの……?」


 右耳を包む温かいというより生温い感触に驚いてはめいいっぱい息を吸い込んでしまう。拒絶もできないままその場で固まる彼女を見て気を良くした青峰は口に含む範囲を更に広げた。


 「ちょっ、青峰くん!?」
 「あん?」
 「な、何してるの……?」
 「何って耳を……」
 「そうじゃなくて……!ここ、お家じゃない、よ……?」


 んなこたわかってるに決まってんだろという台詞ははふはふしていていつもほどの気迫はない。それでも話す度に耳にかかる息が更にを困らせたのは言うまでもなかった。力が抜けたせいでが落としかけた参考書を取り上げた青峰の手は、そのまま彼女の両手を捕えてから太ももの上に置かれた。


 「いきなり、ど……したの?」
 「別に何でもねぇよ」


 グラビア雑誌を見て発情したのかと言われればそうでもない。いつもの隣の席で授業中の彼女を見ているのと変わらないのに、何故だか今日は違っていた。いつも抱いているときと匂いは同じ。制服が私服に変わってはいるものの、それだけのこと。
 身を捩って逃げようとするの腰を手を掴んでいるのと反対の手で掴んで強引に引き寄せる。人が来ることを恐れているのか彼女の目は潤んで口はしっかりと結ばれていた。それでも青峰は耳を攻めるのをやめない。


 「んっ……!」
 「バレんぞ?」
 「も、やめ……」


 本屋の参考書コーナーだとは言えここは日曜日のショッピングモール。ここがいつものように青峰の家ならば雰囲気に流されただろうが、はとてもそんな気持ちにはなれなかった。
 いつ、誰が、ここにふらりと現れて二人のことを目撃するかわからない。今の自分たちのしている事は完全にアウトだ。青峰の胸を押そうにも両腕はがっちりと掴まれている。どれだけ身を捩っても身体が離れるどころか更に青峰を挑発している気さえした。
 そんなの反応を楽しんでいる青峰は耳たぶをやわやわと甘噛みしてから耳の穴にゆっくりと舌を差し込んだ。大きく跳ねる肩などおかまいなしに緩く抜き差しを繰り返す。くちゅりと小さく耳元で鳴る音が前戯を思い出させて彼女の身体が小さく震えた。


 「あおみね、くん……!」
 「あ?」
 「こんなこと、したって、続きはできないからね……!」


 このままでは流されてしまいそうで、必死に青峰の名前を呼んだは精いっぱい彼を睨んだ。青峰は瞬きもせずにを見つめ返す。何が何でもこの状況をどうにかしたい彼女にとっては大きな賭けだった。これ以上、ここでおかしな気を起こされては困る。


 「……」
 「……」
 「……だよなー」
 「……え?」
 「こんな時に限って家に親はいるし、ったく使えねぇな」


 こんなに簡単に諦めてくれるのかと拍子抜けしそうなくらいあっさりと青峰は身を引いた。あまり大きくない椅子に身体を投げ出しての膝に頭を乗せ溜め息を吐く。
 これはこれで何本屋でイチャついてんだとクレームを言われそうだが、先程のよりはマシだろうとは諦めることにした。せめて長すぎる彼の足が通行人の邪魔になりませんようにと願うばかりだ。


 「早く明日にならねーかな」
 「青峰くん、起きて……」
 「あー……早くヤりてぇ」
 「青峰くん!声が大きい!」
 「あー……」
 「青峰くん!どこ触ってるの!?」


 下から胸を突いてくる青峰の顔を参考書でがつんと軽く叩くと痛ぇと呻きながら鼻を抑えた。少しやりすぎたかもしれないと思ったのもつかの間、もういい寝ると拗ねてしまった彼の唸り声のような呟きが聞こえては頭を抱える。
 こうなれば大きな黒い肉食獣が眠っている隙に参考書を決めてしまおう。小さく溜め息を吐いたは遠慮がちに青峰の頭を撫でてから、再び数冊の参考書と睨めっこを始めた。
















2019/05/08