※今吉夢と言いつつ後半今吉が登場しません。それは求めてないよ、という方はブラウザバックを……!






 今吉先輩と付き合えるかどうかが決まる、運命の一週間が始まる。



エキセントリック 2



*火曜日*

 放課後、友達にカフェに行こうと誘われたけれど用事があると言って断った。嘘を吐いたわけではないのになんだか罪悪感に似たようなものを引きずりながら、桐皇学園の最寄駅へと向かう電車に乗った。
 今吉先輩にアドバイスをされたものの、昨日の今日で先輩について新たに知れたことは何もない。胸を張ってリサーチ結果を報告できればよかったけれど、今はまだ先輩のことを調べる方法を考えている最中で、結果報告以前の問題だった。だからと言って今日先輩に会いに行かないわけにはいかず、駅に向かっているであろう桐皇学園の生徒とすれ違うようにして目的地へ向かう。
 きっと今吉先輩に会って顔を見れば何か思いつくだろう。もしかしたらヒントを貰えるかもしれない……呑気に考えていた私の両目が捉えたのは、まさかの知らない女子生徒と一緒に歩いている先輩だった。
 咄嗟に目の前にあったポストの影に隠れた。先輩が誰と一緒にいようと私は言われた通りにやるし、恥ずかしいとかそんなこと言ってる場合じゃないのはわかっている。でもせめて呼吸を整える時間だけは欲しかった。大丈夫、あの人は彼女じゃない彼女じゃない彼女じゃない……繰り返し心の中で唱えてから勢いよく二人の前に飛び出す。

 「今吉先輩!お疲れ様です!」
 「急に飛び出して来たら心臓に悪いやろ」
 「ごめんなさい、こうなる予定じゃなかったんですけど……」

 心臓に悪いと言いながらも、先輩が驚いている様子は全くない。いつも通りの笑顔のまま堂々としている先輩の横で、女子生徒は驚きながら一歩引いていた。

 「先輩、今日も好きです……!」
 「そらおおきに」
 「……えっと、これで大丈夫ですか?後で覚えてないとか言わないですか?」
 「信用ないなぁ」
 「先輩が自分で嘘つきだって言うから……」
 「そのへんはフェアにしたるから安心し」
 「ありがとうございます!……じゃあ明日また来ます!失礼しました!」

 最後の一言は、このやりとりをずっと横で見る羽目になってしまった女子生徒に向けてだ。私は頭を下げてから、すぐに振り向いて駅へと猛ダッシュする。あの女子生徒と同じ電車に乗ることになってしまうのは避けたかった。



*水曜日*

 昨日と同じように放課後、友達とのおしゃべりもそこそこに桐皇学園に向かった。駅へと向かう桐皇学園の生徒に逆らって学校の校門まで行き、ひたすらに今吉先輩が出てくるのを待つ。あまり堂々と校門の前に居座るのは気が引けたので、駅とは逆方向の道沿いにある街路樹の木陰から、こっそりと生徒の様子を伺った。

 到着してから2時間が経とうとするものの、先輩が現れる気配はなかった。現在17時53分、先輩と約束をする前にも頻繁にこんなことがあったし、部活をしている可能性だってあるのだから、まだ学校に残っていてもおかしくない。ただ前と違って、19時までに先輩に会わなければならないという約束があるので、少し焦っていた。私が到着する前に下校した可能性も考えたけれど、それだともう先輩に会うのは絶望的だろう。先輩を探しに行くにしたって無謀すぎる。
 今日はタイムリミットまでここで粘るしかないと覚悟を決めたとき、今吉先輩と男子生徒が一緒に校門から出てくるのが見えた。

 「今吉先輩!お疲れ様です!」
 「今日は後ろからか。毎回予想できひんなぁ」

 くすくすと笑う今吉先輩の隣で、先輩よりも背の高い男子生徒が困惑しているのがわかる。とりあえず男子生徒に頭を下げて挨拶し、再び今吉先輩の方を向いた。

 「先輩がなかなか来なかったので少し焦りました」
 「遊んどったんちゃう、今日は部活や」
 「……今吉、オレは外したほうがいいか?」
 「いや、別に外さんてえぇ。でも余計なこと言うたらアカンで」

 折角先輩のお友達(多分)が気を遣ってくれたのに、先輩がこのままでいいと言ったのでお友達が更に困惑してしまった。予想外の先輩の返しに私も困惑して、何故かお友達と視線を合わせることになる。恐らくお友達もできれば先に帰りたいし、余計なことって何?と思っているはずだ。

 「で、何やっけ?」
 「!え、えっと……」

 これから何が起こるか今吉先輩はわかっているはずなのにこの態度で、初めて先輩のことを意地悪だと思った。そこも含めて好きだけど、今は目の前で笑っている先輩が少しだけ憎い。

 「今吉先輩、今日もしゅき……あ、ちが、好きです……!」
 「そこ噛むか!」
 「だってちょっと緊張して!……本当にすみません!急にすみません!」

 顔から火が出そうになりながらも今吉先輩には言い訳して、お友達にはひたすら謝った。お友達はなんとも気まずそうな顔をして、大丈夫だと返してくれる。こんなに優しいお友達を先に帰らせてあげないなんて、先輩は何て事をするんだ。

 「おい今吉……」
 「すまんすまん。この子さん、でこっちは諏佐な」

 今吉先輩が簡単にお互いを紹介してくれたので、今更ながら互いに会釈した。諏佐先輩は私を紹介されてもまだまだ疑問が多いだろうけど、さっきの「余計なこと言うたらアカン」が効いているのか、何も聞いてはこない。

 「今吉先輩って何部ですか?」
 「さぁ何部やろ?あーあ、諏佐と一緒んとこ見られたん困ったなぁ」
 「……さん、オレ達はそういう関係じゃないから誤解するなよ。ただ部活が同じなだけだ」

 今吉先輩の一言を聞いて、事情を知らない諏佐先輩が即座にフォローを入れた。二人とも息ぴったりで、部活中もこんな雰囲気なのかと想像すると、諏佐先輩がとても羨ましい。
 この日はその後も相変わらず笑っている今吉先輩と、呆れ返っている諏佐先輩と駅までご一緒させてもらった。



 先輩達と別れて帰宅後、部屋着に着替えるために自室へと向かいながら、土曜日と日曜日のことを考える。何も先輩についてわからないまま、土曜日を迎えてしまって大丈夫なのか。休日も先輩は部活で学校に通っているのかもしれないけれど、もし部活じゃなかったら?私と先輩の未来がかかっているのに、ほとんど新しい情報を得られていない自分にイライラしつつ、ベッドの上で今日先輩達と話したことを思い返してみる。
 今吉先輩に何部かはぐらかされたのを思い出したので、桐皇学園のホームページを見ることにした。部活動の紹介ページを探すと運動部、文化部共にそれなりに種類がある。
 今吉先輩も長身だけれど、それよりも今日会った諏佐先輩はもっと背が高かった。二人が同じ部活なのだとしたら運動部だろうと予想して、運動部一覧を覗いてみた。特に背の高い人が多そうな部活はバスケットボール部、バレーボール部、後はサッカー部のゴールキーパーも体格がいいイメージがある。期待しながらそれぞれの紹介ページに飛んだ。短い紹介文と一緒に写真が載っていたものの、先輩達を見つけることはできなかった。

 収穫と呼べるようなものがなく、ベッドに大の字になったまま検索画面に『桐皇学園 今吉翔一』と入力してみる。先輩のことだから、何かに本名で登録しているということはなさそうだけれど、試しに検索ボタンを押した。携帯が何かを読み込もうとして一瞬画面が止まる。
 一番上に表示された検索結果は、桐皇学園のバスケ部が何かの大会で上位の成績を収めた記事。その時のインタビューに答えていたのは、バスケ部主将今吉翔一だった。



*木曜日*

 昨日の夜は興奮してなかなか眠れなかった。検索でヒットした記事に写真は載っていなかったものの、桐皇学園の今吉翔一と言えばきっと今吉先輩のことだ。記事の内容は特にこれといって重要ではなかったし、インタビューを受けている先輩は関西弁ではなかったけれど、とても大きな収穫だった。


 朝、自分の学校に登校した私は自分のとは別の席に座る。しばらくしてから登校してきた友達は、自分の席が占領されていることに眉を顰めた。

 「ちょっと、朝から何のつもりよ?」
 「リコちゃんにお願いがあってお待ちしておりました」
 「何よ、気持ち悪いわね……」

 リコちゃんは荷物を片づけながら、不審者を見るような目で私を見つめる。

 「今日お昼一緒に食べたいんだけど、忙しい?」
 「作業しながらでも良ければ大丈夫よ」

 約束を取り付けて大人しく自分の席に戻った。
 リコちゃんは生徒会副会長なこともあって、いつも忙しそうにしている。ここ最近は休み時間でさえも教室にいなかったり、教室にいても話しかけるなオーラを出しながら何やら作業していた。そんなリコちゃんに私は「桐皇に知り合いいない?」だなんて話しかける気にはなれなかった。まさか、唯一声をかけなかったリコちゃんが重要人物の可能性があるなんて、昨日の夜まで思いもしなかったのだ。



* * *



 「、お昼行くわよ」
 「教室で食べないの?」
 「少し用事があるの」

 リコちゃんが向かった先は体育館だった。広い体育館の中には、一人ぽつんと座っている男子生徒がいた。

 「言い忘れてたけど日向君も一緒よ」
 「日向君も一緒よって急に言われても困るだろ……」

 日向くんが頭を掻きながら気まずそうにすると、リコちゃんが「この子私に話があるんですって」と事情を話す。私は自分の恋愛事情が誰にバレても今更なんとも思わないので、お邪魔しますと日向くんに会釈してからリコちゃんの隣に座った。

 「作業しながらで悪いわね。で、のお願いって?」
 「えっとですね……まず確認なんだけど、リコちゃんってバスケ部なんだよね?」
 「正確には男子バスケ部監督よ。どうしたの今更?ちなみに日向君もバスケ部よ」
 「そうだったんだ、尚更有難い……!」
 「まさかウチのバスケ部員に好きな人でもいるの?」
 「そうじゃないんだけど……」
 「じゃあ何なのよ?」

 リコちゃんの勘の鋭さに驚きながら、お茶を飲んで一呼吸置く。自分にも関係があるのかと、日向くんも黙って私の言葉を待っていた。

 「誠凛じゃなくて違う高校の人っていうか……」
 「言っとくけど黄瀬は紹介できないわよ!」
 「ごめん、キセ?って人じゃない」
 「じゃあ誰よ?学校は?」
 「えっと……桐皇……」
 「「桐皇!?」」

 二人の反応がイマイチなので、桐皇はあまりいいイメージのない学校なのかと少し心配になる。リコちゃんと日向くんは顔を見合わせてから、険しい表情で話し始めた。

 「桐皇……ってことはやっぱ青峰か?」
 「青峰でもそうじゃなくても問題よ!あそこ個性強いのしかいないじゃない!」
 「でもまぁとりあえず話を聞いてみないことには……」
 「そうね、とにかく話を進めましょう。ねぇ、私に聞いてくるってことは相手は桐皇のバスケ部なのよね?誰なの?」
 「二人の話聞いた後だとなんだかちょっと言いにくいんだけど…………今吉さんです、3年生の」
 「「今吉ぃ!?」」

 桐皇の生徒だと知った時よりももっと驚いて、名前を出した後は二人ともしばらく固まってしまった。二人が今吉先輩のことを知っているのは確かなようだ。

 「……で、私に今吉を紹介しろと?」
 「ううん、知り合いだから紹介はしてもらわなくていいんだけど……」
 「既に知り合い!?何でよ!?」
 「よりによって今吉か……」

 二人は衝撃を受けているし頭を抱えているしで、しばらくその場は混乱していた。リコちゃんも日向くんも似たような反応だし、反応を見る限り今吉先輩の印象はよろしくないみたいだ。二人が協力してくれる可能性は低そうだけれど、出会ったきっかけや今の状況、先輩との約束のことなど全て話した。

 「どうしても土曜日と日曜日も今吉先輩に会わないといけないの!なので、バスケ部の土日のスケジュールの分かるお知り合いがいれば、連絡を取ってもらえないでしょうか……!」
 「土日に部活してるとは限らないわよ?もしスケジュールがわからなかったらどうするつもり?」
 「……そうなったらもう、今日先輩の後をつけて家を特定するしか」
 「やめろ!そんなストーカーみたいなことすんじゃねぇ!」
 「あーもうわかったわよ!仮に土日部活じゃなくても今吉の予定を把握できそうな人間に一人だけ心当たりがあるから、ストーカーだけはやめなさい!」

 リコちゃんの一言が体育館に反響する。日向くんが息を呑むのがわかった。

 「カントクまさか……」
 「そう、そのまさかよ!一応連絡先は知ってるけど、こんなことのために連絡することになるなんて……」
 「リコちゃんごめんなさい!私がその人にちゃんと謝る!」
 「……そういう意味じゃないわ。それに多分の話をすれば手助けはしてくれるはずよ……あの子だって女なんだから」

 溜め息を吐きながら携帯を取り出したリコちゃんが、誰かに電話をかけてくれる。気がのらない!こっちから電話するなんて!とコールしている間中、リコちゃんはずっと悪態をついていた。

 「日向くんも電話の相手知ってるの?」
 「知ってる。桃井っていう桐皇バスケ部のマネージャーなんだが……なんつーかこっちもこっちでアレというか」
 『もしもーし、リコさん……ですよね?電話、間違えてません?』
 「間違えてないわよ!どうしてもアンタに頼みたいことがあって電話してるの!」

 リコちゃんは少し不機嫌になりながらも、電話で桃井さんに事情を説明し始める。私は横で正座をして、ただその様子を見守るしかなかった。

 「……そう、そういうことよ。相手が相手だし私も心配なんだけど……とにかく本人に代わるわ。ハイ、
 「私が話すの!?」
 「当たり前でしょ!事情は説明したから、からもお願いしなさい」

 急にリコちゃんの携帯が渡される展開に慌てたものの、当然のことを言われてしまったので大人しく携帯を受け取る。緊張しながら電話に出ると、とても可愛らしい声をした女の子が弾むような声色で返事をしてきた。

 「あの、はじめまして。と申します」
 『はじめまして、桃井さつきと申します。桐皇一年で男子バスケ部のマネージャーです。えっと先輩、でいいですか?』
 「何でも大丈夫です……!あの、今回のことなんですけど……」
 『リコさんから聞きました。今吉先輩の連絡先とかは先輩に聞いてからじゃないと難しいですけど、他に答えられることならなんでも答えますよー』
 「いいんですか!」
 『同じ女の子として応援させてもらいます。もうすぐ昼休み終わっちゃうんで、リコさんから私の連絡先聞いてください』
 「桃井さん本当にありがとうございます……!」
 『いえいえ。それじゃあ切りますねー』

 電話を終えて携帯を返す。リコちゃんも日向くんもほっとしたような表情でこっちを見ていた。どうなったか、結果は言わなくてもわかるだろう。
 とりあえず先が見えた安心感からか、私は体育館の床にへたり込みながら、大きく息を吐きだした。

 「なんとかなったみたいね」
 「まだ先輩のことは聞けてないけど協力してくれるって……すごくいい人そうでよかった」
 「あの子の情報収集能力は本物よ。が知りたくないことも知ってるかもね」
 「先輩の女性遍歴とか知りたくないなぁ……」



 桃井さんの言った通り、昼休みが後少しなので慌てて残りの昼食を食べ、三人で二年生の教室へと向かう。歩きながら、結局リコちゃんと日向くんの作業がほとんど進まなかったことを謝罪した。その後、二人に今吉先輩についてどう思っているのか、どんなことを知っているのか聞いてみることにした。悲しいことに、きっと2人のほうが私より今吉先輩のことをよく知っているはずだ。

 「悪い人じゃねぇと思うけどさ……なんつーか腹黒い?っつーか」
 「顔では笑ってるけど多分本性エグいのよね。普段が温厚そうだから、余計タチ悪いところはあるわね」
 「先輩は自分のこと面倒くさい性格って言ってた。適当で嘘つきで性格悪いって」
 「さすがご本人ね、言ってることそれ全部当たってるわよ」
 「そうかなぁ……性格悪いってどんな感じだろ?」
 「がここ最近されたこと全部思い返してみなさいよ!ったく鈍いんだから!」

 日向くんに宥められるリコちゃんにごめんねと謝ると、あれこれ言い返された。リコちゃんが心配してくれているのはとてもわかるし、あれだけ渋っていた相手にも結局電話してくれて感謝しかない。
 「リコちゃんがいなかったら、今吉先輩と付き合えなかっただろうなぁ」呟きを耳に入れたリコちゃんは呆れながら「気が早い!」と私を叱った。

















2020/06/13
2022/11/19(修正)