※スピンオフ軸
※千冬視点

エモーショナルトリオ


 文化祭で場地さんのクラスがコスプレカフェをやることになった。
 オレも場地さんも文化祭を特別楽しみにしているわけではないし、カフェにもコスプレにも興味はない。それでも場地さんはクラスメイトにテスト対策として勉強を教えてもらうことを条件に出され、最終的にはコスプレで接客するという提案を飲んだ。
 コスプレの候補は多数あったらしい。警察官なんか大したことはないけれど、宇宙人や猫の着ぐるみなど、ハードルはどんどん高くなっていった。極めつけはセーラー服だ。男子がコスプレでスカートを履く。大事だ。場地さんの一大事だ。
 そんなコスプレを場地さん一人にやらせるなんて事は、オレにはできなかった。オレも一緒に辱めを受けます……!オレの髪型ではただセーラー服を着た男子にしか見えないということで、ロングヘアのカツラまで着用して場地さんのお供をすることにした。笑われるならオレも一緒にだ。
 幸いそこまでグロい見た目にはならず、今時こういうのも珍しくないからか、ウケも悪くはなかった。場地さんはテストのため、オレは場地さんのために必死に働く。

 中学でやっている文化祭なので、ダチ目当てや面白いもの見たさで入ってくる客はそれなりにいた。客が途絶えることなく時間が過ぎて行く。忙しい時間帯は、場地さんと話す時間もなかった。ひたすら注文を取り、料理を運ぶのを繰り返しているうちに、今さらになって自分がこのクラスの人間ではないことを思い出した。でも全ては場地さんの為だ。
 やっと店内の客が二組くらいになり落ち着いたところで、呼び込みに行っていた生徒が客を連れて戻ってきた。

 「一名様ご来店でーす!いらっしゃいませー!」
 「いらっしゃいま……!」

 振り向いて客の顔を確認したオレは、その場で固まった。ゆっくりと入店してから、きょろきょろと教室の中を見回しているその人は、紛れもなくさんだ。場地さんを探しているに違いない。
 さんが来店する可能性だって十分考えられたのに、どうしてこのことを見落としていたのか。自分の軽率さに頭を抱えたくなる。不幸中の幸いだったのは、客が少ないので、場地さんが休憩でバックヤードに引っ込んでいることくらいだった。

 場地さんがセーラー服を着ている姿をさんに見られたいと思うのか、それはわからない。でも正直に言うと、オレの立場だったら絶対に見られたくない。自分の彼女だ、いくら文化祭の出し物とは言え、スカート履いて接客しているところを見られたいとは思わない。警察官のコスプレならまだしも、よりによってセーラー服だ。オレは嫌だ。
 ここはオレが生贄になるしかない。覚悟を決めた。後は場地さんがあの姿で現れないことを、ただひたすらに祈ることにする。

 「いらっしゃいませぇぇえ!!」
 「えっ……」

 お盆に水を乗せて、着席したさんにものすごい勢いで近付いた。彼女は状況を理解できていないようで、目を丸くしてオレを見上げている。まだ作戦は始まったばかりだ。

 「もしかして、千冬くん?」
 「そっス!流石さん!一瞬でバレたかー!」
 「可愛い!似合うね千冬くん!」
 「ハハ……」

 バックヤードにいる場地さんに届くように、あえてさんの名前を大声で呼ぶ。店内に彼女がいることを、どうしてもこの場から伝える必要があった。可能なら逃げて欲しいし、着替えて出てきてもらう手もある。
 そんな苦労を知らないさんは、マイペースに携帯を取り出して写真を撮る気満々だ。オレのこの痴態がさんの携帯の画像フォルダに残ると思うと辛い。可愛いとか似合うと言われても喜ぶ気にはなれなかった。渇いた笑いが漏れるのだけは許して欲しい。

 「あれ?そう言えば千冬くん、圭介と違うクラスだよね?」
 「それはっ、人手が足りないって聞いたんで応援に!」
 「そっかー。千冬くんを呼んだのはグッジョブだね圭介、千冬くん可愛いから」

 もうさんは壊れたように「千冬くん可愛い」しか言わなくなってしまった。そして携帯からは狂ったようにシャッター音が絶えず聞こえてくる。泣きそうになりながら、なんとかさんの相手を務めきることを再度誓った。

 「圭介は中かな?こういうのやりそうにないし」
 「そ、そうっス!」
 「やっぱりね。圭介も何かコスプレしてないかなーって期待したんだけどな」
 「その代わりにオレが身体張ってるんで!それで勘弁してもらえれば!」
 「うんうん、そうだよね。千冬くん可愛いしね」

 場地さんのためとは言え、場地さんの彼女に嘘を吐くのは心苦しかった。これは悪い嘘ではない、いい嘘なんだと自分に言い聞かせる。
 その甲斐もあってかさんは上機嫌だった。相変わらずカメラは動きっぱなしみたいだけれど、彼女がこれで満足してくれるのならそれで構わない。

 「おい千冬ぅ、休憩交代」
 「……圭介?」

 メニュー表を広げながら、何がオススメだとか他愛もない話を続けた。文化祭の出し物なので大した物はない。それでもさんの気を、何とかして場地さんから逸らしたかった。
 そんな中、遂にオレの後ろから場地さんの声がした。当然さんも声のした方向を見る。お目当ての場地さんが登場したにも関わらず、彼女は珍しいものを観察するような表情で固まっていた。そんな彼女の反応で、オレは全てを察した。
 振り返った時には二人は無言のまま見つめ合っていた。場地さんは欠伸をしながら大股でこっちに近付いて来る。もちろんセーラー服姿でだ。これは想像だけれど、場地さんがバックヤードで昼寝をしていたのなら、何も知らないまま今ここに現れてもおかしくはない。

 「圭介……」
 「……何だよ」

 普段通り、堂々とした場地さんがさんの席まで来て彼女を見下ろした。いつもと違っているのはセーラー服を着ていることだけだ。
 まだ事の重大さに気付いていない場地さんのクラスメイトたちは、変わらず接客している。場地さんとさんとオレのいる席だけが静かで、店内のBGMがやけに大きく聞こえる気がした。
 ショックを受けて呆然とするのか?それとも教室から走って出ていくのか?これから何が起こるのか、さんの反応を見るのが怖くて、彼女を直視できなかった。
 それでも二人が言葉を発さないのに耐えられなくなって、盗み見るように彼女の方をチラ見する。予想に反して、彼女は笑みを浮かべていた。バカにしているとかからかうような笑顔ではない、純粋な笑顔に見えた。

 「セーラー服着たらお母さんにそっくりだね!美人さん!」
 「はぁ?……それ以上言うなよ」
 「お母さんは今日のこと知ってるの?写真撮って見せてもいい?」
 「無理に決まってんだろーが!携帯貸せ!」

 携帯に掴みかかって奪おうとする場地さんに、さんが必死に抵抗する。いきなり始まった二人の攻防を見た場地さんのクラスメイトたちが、不安そうな表情で遠巻きにこっちの様子を伺っていた。ここだけ見ると、無理矢理写真を撮ろうとした迷惑客と、それを阻止しようとする店員。所謂「お客様困ります!」ってやつだ。

 「あの二人、大丈夫なの?」
 「止めたほうが……」
 「大丈夫!あの人場地さんの彼女だから気にすんな!みんな業務戻って!」

 無理矢理写真を撮ろうとしているのは間違いではないけれど、二人の関係からして半分じゃれているみたいなものだ。本気の喧嘩ではない。……多分。
 場地さんのクラスメイトが場地さんの彼女の存在に驚愕している中、なんとかその場を収めて、場地さんにさんの注文を取るように促した。こうなったらもう仕方がない。全てがバレた以上、彼女には普通に飲食してもらって、普通に送り出すだけだ。


* * *


 「お待たせしましたー」
 「ありがとう。やっぱり可愛いね、千冬くん」
 「う、ウス……」
 「千冬くんにもびっくりしたけど、圭介のコスプレが見られるなんてね。しかもセーラー服とか、絶対嫌がりそうなのに」
 「場地さんもいろいろと大変なんスよ」
 「いろいろって?」

 場地さんのお母さんに写真は絶対に見せないという約束で撮影の許可を得たさんは、食器を片づける場地さんの姿を離れた席から連写する。場地さんはそれをわかっているので、意地でも目線を寄越さなかった。
 場地さんを撮影した後、注文した飲み物を運んできたオレを流れるように写真に収めてから、彼女が携帯をようやく机の上に置いた。話を聞くモードに入ったようだ。
 
 「何でもコスプレを条件に勉強教えてもらうとか……。その最終条件がアレらしいっス」
 「ふーん」

 さんがジュースに口をつける。彼女がストローを噛んだところで、場地さんが残りの料理を運んできた。また撮影会が始まるのかと覚悟したけれど、彼女は机の上の携帯に手を伸ばすことなく、場地さんを見上げるだけだ。

 「ねー、圭介」
 「あン?」
 「圭介の売り上げ一位にしてあげたら、ちゅーしてもらえたりする?」
 「はぁあ?おまっ、中学の文化祭で如何わしい店みたいなサービスするわけねぇだろ!バカ!」
 「えへへー、冗談だよ!」
 「オマエどこでそんなん覚えたんだよ」
 「千冬くんの貸してくれた漫画」
 「……あ?千冬テメエ何してくれてんの?」
 「いやいやいや!オレそんな漫画持ってないっス!」
 「嘘だよー圭介!本当はドラマ!」

 場地さんの怒る声とさんの笑い声が響き渡る教室の隅で、場地さんのクラスメイトはひそひそしながらこっちを見ていた。ある程度の会話は筒抜けだろう。さんらしくない冗談の所為で、何故かオレにまで火の粉が飛んできそうだったのも知られているに違いない。オレを見る視線から少し同情っぽいものを感じた。
 周りを置き去りに、先程まで喧嘩しているようだったカップルの片方は苦い顔をしているし、もう片方は楽しそうにしている。不思議な空間だった。

 注文した料理が揃うとさんは何事もなかったかのように料理を平らげ、店内に客が少ないからと飲み物を追加オーダーした。オレと場地さんに絡んできたのは最初だけで、その後は他の客とほとんど変わらない様子だった。ただひたすらに、携帯を構えていたところ以外を除いて。

 食事を終え、思う存分撮影を楽しんだであろうさんは会計をするべく、レジへと向かった。場地さんのクラスメイトは誰も彼女に絡んでいったりはしなかったものの、いろいろな意味で気にはなるようでその姿を目で追う。何かしらの雰囲気を感じ取ったのか、レジに立ったのは場地さんだ。
 いつもと変わらない様子で二人は会話をしている。内容は聞き取れなかった。さんが代金を払って場地さんがお釣りを渡した。
 さんはお釣りを財布にしまった後、場地さんに小さく手招きした。場地さんが少し面倒くさそうに彼女の後ろを付いて行く。教室の扉が閉められると、オレを含む数人が駆け寄って扉の窓から廊下を窺った。
 何のために場地さんを連れ出す必要があったのか。教室の中では笑顔だったけれど、オレが当初心配していたようなことが今、廊下で起きようとしているのか。ハラハラしながら見守っていると、次の瞬間さんが場地さんを壁際に追い詰め、片手を壁についた。漫画の世界で見たことのあるやつだ。逆に言うと、漫画の世界でしか見たことのないやつ。オレの隣で二人を見ていた女子が「壁ドン!?」と小さく叫ぶ。
 セーラー服姿の場地さんが、場地さんより身長の低いさんに確かに壁ドンされていた。
 本来なら壁ドンする側の男子が至近距離で女子を見下ろすことで威圧感が増したり、密着感があってドキドキするシチュエーションのはずだ。実際には場地さんがさんを見下ろしているし、反対にさんは場地さんを見上げていて威圧感的なものはないに等しいけれど、至近距離なことに変わりはない。廊下を歩く生徒たちがたまに二人を振り返っているのは、壁ドンが気になるのか、セーラー服を着た場地さんが気になるのか。とりあえず、セーラー服姿の男が女に壁ドンされている光景は、正直言ってかなり異様だった。

 さんはこっちに背を向けていて、何をしているのかは全くわからない。でも場地さんの反応を見るに、二人の間にやり取りがあるのは間違いなかった。扉を隔てているので会話の内容は聞こえるはずもない。それでも、修羅場であるようには見えなかった。
 場地さんは壁ドンされた時に驚いた顔をした以外は平然としていたものの、一瞬だけ視線を迷わせた。二三やりとりを続けた後にそのまま二人は解散して、場地さんだけが教室に戻ってくる。場地さんのクラスメイトが駆け足で扉から離れて行った。オレは様子を伺っていたことを隠す気もなかったので、ドアの側で場地さんが戻るのを待っていた。

 場地さんが教室に入ると謎の緊張感が辺りを包んだ。声をかけるか迷う中、オレの存在に気付いた場地さんが、頭を掻きながら一言だけ呟く。

 「着替えてくるわ」
 「は、はいっ」

 その足でクラス委員長の元へ向かった場地さんが、何やら委員長に話しかける。委員長はひたすらに頷くだけだった。
 委員長に話をつけ、そのままバックヤードに消えて行った場地さんの背中を、客以外の全員が見つめる。誰一人として何も聞かなかったし、バックヤードから戻った場地さんがいつもの制服姿だったことに、誰も抗議しなかった。


 「圭介、ちょっとだけいい?数分で終わるから」
 「サボれねぇんだから、手短にしろよ」
 「うん」
 「……!?おまっ、何すんだよいきなり」
 「勉強なら私が教える」
 「はぁ?」
 「勉強教えるの上手くないかもしれないけど、圭介が必要なときはいつだって駆けつける。徹夜だって付き合うよ」
 「には今まで十分世話になってるし、教えるの下手だって思ったこともねーよ」
 「じゃあどうしてあんな条件でコスプレ引き受けたの?」
 「いや、それは……毎回毎回に勉強付き合わせんのも、迷惑かと思って」
 「迷惑なんて思ったことないよ。付き合わされてるとも思ってない。圭介の為になりたいから」
 「……」
 「これからも私が勉強教えるから、圭介は自分のこと安売りしないで」
 「別にそういうつもりじゃ」
 「私が嫌なの。圭介がしたくてやってるならいいよ。でも、勉強教えてもらう目的で仕方なくやってるなら、やらなくていい。……やらないで」
 「……わかった。悪かったな」
 「……謝らないで。私こそ圭介の優しさにこんな我が儘言って、ごめん」
 「何言ってんだよ。あー……そんじゃ戻って着替えて店番戻るわ」
 「うん」
 「次のテスト前覚悟しとけよ。さっき言ったこと後悔しても知らねぇからな」
 「格好つけて言うことじゃないでしょ。それじゃあ、お店頑張ってね」
 「おぅ」




























わかっていたけれど千冬視点にするとどうしても「場地さん」ばっかりになる。
2023/01/04