※『青春みたい』の続き
紫色した青春
イヌピーくんのバイクの後ろに乗せてもらってから一か月くらい経った。連絡先を知らない彼には相変わらずアクションを起こせないでいる。イヌピーくんのことも彼の連絡先も一くんに聞けばなんとかなるのはわかっているけれど、何も話せないでいた。
イヌピーくんと会った翌日、偶然廊下で出会った一くんに「昨日の朝、イヌピーのバイクの音聞こえた気がするんだよな」と言われたときに全て話してしまえばよかったのかもしれない。一くんの口からイヌピーくんの名前が出てきて私の心臓も飛び出そうになったものの、結局何も知らないフリをしてその場は終わった。これまでたくさん一くんに相談してきた私の、唯一の秘密。私の気持ちを話せば一くんとイヌピーくんの関係性も変わってしまうような気がして、このことだけはどう転んでも全てが終わった後でしか話せそうになかった。
最初はとにかく浮かれていた。全てが前向きに思えた。イヌピーくんとの楽しい未来を妄想したりなんかして、2、3日はあっという間に過ぎて行った。
そんな2、3日がまるで嘘だったかのようにまず不安がやってきて、その不安が焦りに変わる。何も進展しない現実を実感すると共に、このまま何も変わらない未来が現実味を帯びてきた。たかが一か月でも短くはない。とても前のことのような、そんな思い出みたいなものに段々と形を変えていく。最終的にあれは夢だったのかもと思い始めるのかもしれない。現実逃避だ。
頭の中はイヌピーくん一色のような勢いだったのに、徐々に別の事に浸食され始めた。勉強や友達との予定、新作コスメや友達から聞いた雰囲気のいいカフェ……恐らく別の情報でイヌピーくんのことを上書きしようとしている。そうすることで自分自身を守っていた。
いつか、どこかのタイミングでイヌピーくんにまた会える。そんな期待が実らないまま一か月。登下校中や授業中にたまにバイクの音が聞こえるとドキドキしていたのに、それにも心が反応しなくなっていた。一くんのように音でバイクが判別できるわけでもない。全部同じにしか聞こえないけれど、音を聞くだけで胸が高鳴ったあの感覚も久しく感じていない。
今だってそうだ。校門の外から聞こえてくる賑やかなエンジン音を聞きながら靴を履きかえていても、音の主を確かめたいと思わないし期待もしていなかった。知らないお兄さんが通り過ぎただけだと思うと心が楽になれる。革靴に履き替えて、上履きを下駄箱の中にのろのろと戻してから、校門へ向かった。
バイクの持ち主のことを探していたわけではない。前を向いて歩いていると必然的に知らないお兄さんとバイクが視界に飛び込んできて、私はひっそりとまた落ち込む羽目になった。自分の吐き出した小さな溜め息の音が耳に届く。
「おい」
溜め息以外の音が右側から聞こえてきて、振り向く前に歩みが止まった。知っている声。聞きたくて仕方がなかった、ずっと待ち望んでいた声の主の顔が頭に浮かぶ。
「学校、今終わりか?」
「イヌピーくん……」
壁にもたれかかるようにしてこちらを見ていたのは、間違いなくイヌピーくんだった。隣には彼の大きなバイクもある。突然のことで、何と返せばいいのかわからなくなっていたテンションの低い私を、彼は不思議そうな顔で見つめた。
「どうした?」
「ごめん、なんでもない!久しぶりだね、イヌピーくんは一くん待ちかな?」
「あぁ。でもココの前にが出てきた」
一くんを待っているという予想通りの返しに悲しむよりも、久しぶりにイヌピーくんに会えたことのほうが嬉しかった。そして、わざわざ私を見つけて声をかけてくれたことも、嬉しさに拍車をかける。
もう次に会えるのはいつになるかわからない。そう思うと、このままさようならをするという選択肢は私にはなかった。申し訳ないとは思いつつ、一くんにはあと10分……5分でもいい、校舎に残っていて欲しい。
「あのね、イヌピーくん」
「ん?」
「前に言ってたでしょ、この前のお礼させて欲しいって」
「あぁ、そう言えば」
「本当にお礼させて欲しいの。だからもしよかったら、イヌピーくんのご都合をお聞かせ願えませんか……?」
言ってからごくりと喉がなった。ついに言った。これが第一歩だ。お礼と理由をつけてはいるけれど、私からすればデートに誘うくらい勇気のいる行為だった。前にとりあえずOKの返事らしきものをもらったものの、予定が合わないと言われてしまえばそこで全て終わると言っても過言ではない。胸の前で手を組み、神に祈るような気持ちで返事を待ちたい気持ちだ。真剣そのものの私の提案に対して、イヌピーくんは少し吹き出すように鼻で笑った。
「何だ、そのクソ丁寧な言い回しは」
「ごめん、緊張して……」
「の学校が終わった後の時間帯でいいんだったら、最短なら明後日だ」
私の言葉遣いを指摘して笑ったイヌピーくんの口から、するりと予定が出てきた。明後日?アサッテ?一瞬言葉の意味が飲み込めず、いつのことを指しているのか考えてしまう。
そもそも、勢いでイヌピーくんの予定を尋ねたものの、ノープランだった。彼にどんなお礼をするかもまだ考えていない。
「明後日……明後日だね、大丈夫!じゃあ明後日でお願いします!」
「わかった」
「あと、予定聞いておいて今更なんだけど、お礼の内容はまだ考えてなくて……」
「……じゃあ何か奢ってくれ。マックでもファミレスでも何でもいい」
正直にお礼の内容について話すと、イヌピーくん自ら希望を話してくれた。男の子に何かプレゼントするには一くんの助言が必須になるだろうし、私が予定を聞いてしまったのでお食事の提案をしてくれたのかもしれない。どちらにせよ、彼の希望することにノーを言うつもりはないので、何度も頷いて見せる。
「何かしねぇと、が納得いかねぇんだろ?」
「う、うん」
きっとイヌピーくんはお腹を空かせているわけではない。明後日のことだからそう断言できるわけではないけれど、この提案も優しさなのだと気付いたときに、嬉しさと申し訳なさで胸が締め付けられた。8割くらいは私に対する気遣いであり、付き合いだろう。ココの幼馴染だから、かもしれない。
私の気持ちを優先してこのまま約束を取り付け、別れるべきか。それとも彼に時間を割いてもらわないでいいような内容に切り替えるか。心の中で迷いが生まれた中、イヌピーくんが話を続ける。
「待ち合わせはここでいいのか?」
「出来れば駅前で……!」
「わかった。時間は今くらいでいいよな?」
「うん。この時間なら大丈夫!」
イヌピーくんがとんとんと話を進めてくれて、引き返せないところまで来てしまった。そのまま彼の話に乗ってしまう私も私だけれど、自分から提案したことなのでもう逃げ場はない。ここまで来たらもう腹を括るしかなかった。
「あまり気を遣わなくていい。でも、楽しみにしてる」
「……私も!」
優しい笑顔と共に、全部お見通しだと言わんばかりのイヌピーくんの台詞が添えられる。前回のこともあるので、彼には私の心の中が読めるのかもしれないと疑いたくなった。「楽しみにしてる」という彼の一言で、こんなにも胸が軽くなってしまう自分は単純だ。そして、やっぱり私は彼のことが大好きで仕方がない。
* * *
明後日とは約束をしてから2回寝た日のことを意味している。つまりはほとんど日がなかった。
イヌピーくんは気遣ってマックやファミレスでいいと言ってくれたけれど、そういうわけにはいかない。彼の好きな食べ物、嫌いな食べ物はわからなかったので、ある程度近場でいいお店の候補を持っておいて、当日聞いてから目的地は決めることにした。平日の夕方なので予約をしなくても並ばずに済むと思いたい。
問題はお店選びのほうではなく、その日にイヌピーくんにどう気持ちを伝えるかだった。接点が多くはない中で、私に告白されても驚かせてしまうだけかもしれない。そもそも、彼にとって私は恋愛対象ではない気がしていた。だからと言って、何も行動しなければ私は彼にとってずっとココの幼馴染ポジションでしかない。仮にいい方向には転ばなくても、私の気持ちを知ってもらうことは一歩前進……と自分に言い聞かせて、何とか気持ちを奮い立たせていた。
この前と同じように、イヌピーくんに会った直後の私は超ポジティブ思考だった。明後日までこのポジティブ思考が続いていることを願うばかりだ。
駅前で待ち合わせをお願いしたのは他でもない、少しでも一くんとの遭遇を避けるためだった。イヌピーくんは見た目とバイクで、校門付近に立っているだけで目立つ。バイクの音で彼の存在を嗅ぎつけるくらいの一くんなので、誰かがイヌピーくんのことを噂なんてしようものならバレてしまいかねない。なるべく早く学校を出て、一くんよりも先にイヌピーくんに会う。一くんに全てを隠している私にとって、そこが第一関門だった。
学校での用事を終えて急いで駅前に向かうと、イヌピーくんは既に待っていてくれていた。彼に声をかけて、早速好き嫌いについて尋ねる。問題なさそうだったので、行先は第一候補のここ最近一番お気に入りのカフェに決まった。そこまでの移動はイヌピーくんがバイクに乗せてくれることになり、お礼と言いながらまたお世話になってしまった。
カフェには先客がいたものの満席ではなく、静かすぎず賑やかすぎない丁度いい客層だった。可愛らしいテーブルクロスのかかった窓際の丸いテーブルに案内され、イヌピーくんと二人で着席する。
「イヌピーくん甘い物も好きって言ってたよね」
「ファミレスでパフェ食ったりする」
二人でメニューを覗きながら、私の知らないイヌピーくんの話を聞く。初めて聞くことばかりだけれど、甘い物が好きでも嫌いでも、彼のことを好きな気持ちは変わらないだろう。
ケーキセット2つと共に彼はコーヒー、私は紅茶を頼んだ。店員さんが席を去った後、注文を終えたイヌピーくんが窓の外に静かに目をやる。レースカーテンの隙間から日が差して、彼の色素の薄い肌と長いまつ毛を優しく照らしていた。無表情の彼の視線の先に何があるのかはわからない。でも、その憂いを帯びたような表情が格好いいと言うよりも美しくて、なんだか溜め息が出てしまいそうになった。彼がオーバーサイズの派手な紫色の服を着ていなければ、どこかの王子様みたいだ。本人に言えば照れるよりも全力で引くか否定されそうなので、口にはできない。
「イヌピーくん」
「ん?」
「……ううん、なんでもない。あ!ケーキ来たよ」
思わず好きだと口走りそうになったのを寸前のところで堪えて、視界の端に捉えた店員さんの方を見た。お洒落なカートの上にはそれぞれが頼んだケーキとコーヒー、紅茶のカップとティーポットが乗っている。静かな声の説明が入ってこないくらい私は緊張していて、落ち着きを取り戻したのは空のカートが遠ざかったのを確認した頃だった。紅茶をカップに注いで一口含むと、少しだけ気分が楽になったような気がする。
「ここにはよく来るのか?」
「3回目くらいかな。学校でもけっこう話題になってるお店なんだよ」
学校の最寄駅から歩いて15分くらいの場所にあるこのカフェは、女子生徒の間で密かに人気だった。可愛らしい外観にお洒落な店内、見た目も味も満足できるスイーツは、女子の求めるものを全て満たしている。たまに空気の読めない生徒が騒いでいることがあるらしいけれど、店内の落ち着いた雰囲気にあわせて、ほとんどの生徒は普段よりも数倍おしとやかになった。ファミレスとは違う雰囲気が、自分たちを背伸びさせてくれる。
立地が都会すぎないので客が多すぎないのもよかった。客層としては学生や母親くらいの年齢層が多く、たまにカップルもいた。今日はもしかしたら私達も、周りからはカップルだと思われているかもしれない。甘い雰囲気には程遠いとは言え、意識するとケーキを口に運ぶ手が僅かに震えた。
「……」
「どうかした?」
イヌピーくんがじっとこちらを見ているのに気付いて、動きが止まる。いつものように彼にいろいろと見抜かれていないことを祈りつつ、何事もないのを装って声を掛けた。
「……別に」
「本当に?すごく気になる」
「大したことじゃない。の選んだケーキも美味そうだなと思っただけ」
イヌピーくんが見ていたのはケーキだったらしい。お皿に乗ったケーキとケーキの刺さったフォーク、交互に視線をやる。流石に彼相手に「あーん」はハードルが高すぎるので、フォークに刺さった方のケーキをすぐに口の中に入れてから、お皿を彼の方へと差し出した。
「よかったらどうぞ」
「……」
遠慮しているのか私の食べかけなのが気になるのか、イヌピーくんはなかなか手を伸ばそうとはしない。しばらく固まった後、彼はフォークを使って縦に一口分くらい、ケーキに切り目を入れた。ぶすりとケーキを突き刺して、自分の口の中へと運ぶ。
「……美味いな」
「よかった!違うケーキを選んだらこういう楽しみ方もあっていいよね」
僅かにイヌピーくんの顔がほころんだ。美味しい物を食べた時に彼もこんな表情をするのだと思うと、可愛くて仕方がない。一口のケーキで可愛い彼が見られるのなら、いくらでも食べてもらいたくなってしまう。
イヌピーくんの反応に心が満たされていたところで、今度は彼が自分のお皿を差し出した。きっとこれはお返しのケーキだ。
「オレのも食え」
「いいの?」
「あぁ。元はと言えばの奢りだしな」
先程とは違ってにやりと笑ったイヌピーくんが、身を引いて背もたれにもたれながら目を細めてこっちを見つめる。見つめるというよりも観察されているような、そんな視線と表情。可愛さとのギャップにドキドキした。
同じように一口分くらいのケーキを切り取って、自分のお皿に移した。一口で食べるのが勿体なくて、1/3の大きさに切ってから最初の一切れを口に入れる。この間もイヌピーくんは無言のまま、表情一つ変えない。緊張であまりケーキの味がわからなかったけれど、「美味しい」と感想を口にして、残りの二切れもじっくりと頂いた。
ケーキを食べ、それぞれコーヒーと紅茶を飲みながら時間を過ごした。一か月前の朝、イヌピーくんが学校に来ていたのに一くんが気付いていたようだと報告すると、彼は驚いていた。その後も世間話をしばらく続けて、夕日が沈みかけた頃合いで席を立つことにした。
帰りは最寄駅までではなく、そのまま私の家まで送ってくれることになった。つくづくイヌピーくんに甘えていると思う。わかっていても嬉しくて、首を横に触れなかった私は素直にヘルメットを装着した。
「腹いっぱいで眠たくても、絶対に寝るなよ」
「……寝たらどうなるの?」
「事故って最悪死ぬだろうな」
後ろの人間は運転手にしがみ付くしかないのだから、誰も支えてくれない。バイクが走っている最中、眠気に負けて手を離せば事故が起きるし、無傷では済まないだろう。当たり前のことなのに、イヌピーくんとの会話と温かい紅茶でふわふわしていた気持ちが一気に引き締まる。絶対に離すまいと、この前以上にイヌピーくんにしっかりと抱きついたら、彼が笑ったような気がした。
徐々に暗くなっていく道を、ひたすらバイクが突き進む。私もイヌピーくんもほとんど話しかけることはない。彼は前を、私は景色が流れていくのを眺めていた。しばらく走っていると見覚えのある建物や道が見えてきて、家までそう遠くはないことに気付く。
結局カフェでイヌピーくんに思いを告げることは叶わず、ただ楽しいだけの時間を過ごした。この後彼を引き留めたとして、どういう雰囲気で、何と言えばいいのか。もう時間がないのに、言うしかないのに、頭の中では何も整理できていない。
抱きついているイヌピーくんの背中、鼓動が聞こえそうな気がして耳をあててみる。バイクのエンジン音と風を切る音で何も聞こえなかったけれど、だからこそ今なら言えるような気がした。
イヌピーくんの背中に顔を埋めるようにして深呼吸を繰り返す。彼からする匂いは香水なのか、柔軟剤なのか、とにかくこの至近距離では風の影響を受けることなく、鼻腔をくすぐった。肺いっぱいに空気を吸い込んでから、小さな声で「イヌピーくん……好き」とだけ呟いてみる。背中で篭った声は言葉と言うよりもほとんど振動だった。様々な音に掻き消されて、彼の耳には届いていないだろう。これが今の私の精いっぱいだった。
無事に私の家の前に到着して、二人でバイクを下りる。ヘルメットを外してイヌピーくんに返してから、改めてお礼を言った。
「今日はありがとう」
「奢ってもらったのはこっちだ」
「結局送迎してもらっちゃったし、お礼になったのかわからないよ」
素直に打ち明けるとイヌピーくんは「気にするな」としか言わなかった。
もうイヌピーくんを誘う口実もないので、彼と二人で出かけるのはこれが最後になるだろう。寂しい気持ちは残りつつ、もう会えなくなるわけではないのだからと言い聞かせて、バイバイと手を振ろうとした。
「……聞いていいか」
「うん?」
「さっきの、あの……」
「?」
バイクを置いて手を離したイヌピーくんが、一歩私に近付く。珍しく彼は言葉を濁した。少し考えるような素振りをした後、彼は短く息を吐きだして諦めたような目をした。
「言葉選ぶのは得意じゃねぇから、はっきり言う。オレはのことほとんど知らねぇ」
「うん?」
「きっとそれはも同じだと思うし、だからオマエがオレのどこを好きになってくれたのかも全然わからねぇ」
イヌピーくんの口から出た言葉を聞いて、動けなくなった。思い当たることは一つしかない。しかも彼の言葉選びから察するに、最悪の結果は避けられそうになかった。それでもずるい私は、どうにかしてなかったことにできないかとしらを切る。
「あの、ごめん、えっと……何の話?」
「オマエさっきオレに言っただろ」
「……何か聞こえたの?」
「はっきり聞こえた」
絶対に聞こえないと思っていたのに、どうして?今日一番心臓が動いているのは間違いない。無意識に片手は制服を握りしめていた。
パニック状態の頭でも、こうはっきり断言されては言い逃れは無理だと判断はできた。だとしてもこんな場合はごめんなさいなのか、改めて告白すべきなのか、どうすればいいのか全くわからない。
「……ごめんね」
「謝ることじゃねぇよ」
イヌピーくんはばつが悪そうに頭を掻いたあとその場にしゃがみこんだ。その姿は如何にもヤンキーといった佇まいで、違和感がない。
「今まで誰かを好きだとかそういうの考えたことがなかったし、興味もなかった。だから、オマエのことは女として好きなのかわからねぇ」
同じようにイヌピーくんの横にしゃがんで、彼の顔を窺う。私の発したあの一言に、こんなにも真剣に向き合ってくれていると思うとそれだけでも嬉しかった。
「イヌピーくんの気持ち、話してくれてありがとう」
「……」
「いきなり告白してごめんね。しかもあんな形で……絶対聞こえないと思ってたから。ずるいよね」
少しだけ顔を上げたイヌピーくんと目が合った。私は無理に笑顔を作って、何を言われてもダメージはないのだという風を装った。ここで泣き出したりしたら、彼をもっと困らせてしまう。
「嬉しかった。でも、どうすればいいのかわからねぇってのが本音で」
「……そっか」
返す言葉が見つからなかった。フラれているのだとはわかっていても、イヌピーくんが必死にフォローしてくれているのが伝わってくる。ありがとうもごめんも違うような気がして、相槌しか打てなかった。顔を見るのも気まずい、話もしたくないと思われていなさそうなのが、今の私にとって唯一の救いだ。
「……でも、できればの告白を、前向きに受け止めたい」
「……え?」
「オマエからしてみればオレの考えはあやふやかもしれねぇけど、それでもよかったら……」
「本当に!?」
全く予想していなかった展開に、驚きすぎて立ち上がって大声を上げてしまった。そんな私を口を半開きにさせたイヌピーくんが下から見上げる。
「……立つとパンツ見えるぞ」
「ご、ごめん!何だかもうわけがわからなくて!」
すぐに足を揃えておしとやかにしゃがんだ。目線の高さが同じになると、当然ながらイヌピーくんとの距離が再び近付いた。時折見せる鋭い眼差しとはまた違う視線が向けられているのがわかって、彼の目を見るのが恥ずかしい。それでも、ここで再度私の気持ちもはっきりさせておくべきだと、負けじと彼を見つめ返した。彼の気持ちはよくある「今は好きな人がいないから付き合ってもいい」と言うよりも、もっと純粋な感情な気がする。そんな彼の気持ちに、真剣に向き合いたい。
「あんなずるい告白した後だけど……イヌピーくんのことが好きです」
「……」
「だから、イヌピーくんの気持ちも知って、全部理解した上で……こんな私でも彼女にしてくれるなら、すごく嬉しい」
身体は震えるし、上手く話せている自信もなかった。イヌピーくんは何も言わなかったけれど、微笑んだ彼の手が伸びて、私の髪の毛に触れる。黙っていると「またメットのせいで変になってたから」と優しく髪の毛が撫でられた。今度からはヘルメットの所為じゃなくても、髪の毛が乱れていなくても触れて欲しい。そんなことを考えながら、彼にお礼を言った。
大きなバイクの後ろに隠れるようにして、二人でしゃがんで顔を突き合わせる。まだ手探りで、純粋で、手を繋ぐわけでもなければキスするわけでもない。もしかしたら、これから何かしらの気持ちがはっきりとイヌピーくんに芽生えれば、何もないまま彼とは別れてしまう可能性だってある。でも未来を悲観的に考えず、今はこの瞬間を大切にしたいと思った。二人でいるこの時間が、何よりも幸せだ。
「ファミレスでパフェ」は最初「ファミレスで野郎とパフェ」でした。
まだ彼らとは仲良くなる前なので修正。危うく時空をめちゃくちゃにするところだった……。
2023/03/11