※年上ヒロイン(3歳差)です
 ※小学生の頃の三途が出てきます(設定の捏造・妄想など多分に含まれます)
 ※原作の出来事と絡ませて書いているシーンがあります
 ※名無しのモブが登場します

 上記の注意事項を了承いただける方はスクロールをお願い致します
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

夢見るイプシロン 01


 数十メートル先に、何かが蹲っている。
 下校途中何気なく前を向いたの視界が捉えたのは、歩道の真ん中で丸くなっている黒い物だった。距離が縮まるとその黒い物の正体がランドセルであることを理解して、危険物ではないのだと彼女は胸を撫で下ろす。しかしそれがランドセルだと知ったと同時に蹲っているのが小学生だとわかって、彼女は歩く速度を上げた。

 「どうしたの?」
 「?」
 「何かあったの?」

 ランドセルに近付くと案の定子供が座り込んでいて、は躊躇いなく声をかけた。ランドセルが黒いので男の子だと思い込んでたが、蹲る子供は中性的な顔立ちをしていて思わず「ぼく」と呼びかけるか迷う。髪の毛が短く刈られているし服装も少年のそれなのに子供が不思議そうに瞬きをする度に長い睫毛が震えて、可哀想なのとは別の意味でも心臓が跳ねた。
 一方で声を掛けられた春千夜は知らない女性の登場に驚いて一時的に涙が引っ込み、呆然とを見上げる。

 「わ、すごい血……転んだの?」
 「……うん」
 「切れちゃったのかな」

 打ち所が悪かったのか足を擦り剥いたにしては少々出血量が多かった。春千夜にとって転ぶなんてよくあることなのに彼が思わず泣いてしまったのはこのせいで、こんなに鮮やかな血を見たのはマイキーに口を裂かれた時以来だ。血の量はあの時と比べ物にならないくらい少ないのに、痛みよりも驚きと動揺で思わず涙が出ていた。

 「お家は近所?」
 「……」

 ようやく春千夜が口を利いたのに安堵しつつが続けて質問する。彼の回答次第では家に送り届けるくらいのことはするつもりだったが、彼は黙って首を振った。自分より年下とは言え、自宅が遠いのなら男の子をおんぶして家まで送る自信はない。

 「じゃあお姉ちゃんのお家においで。ここから近いし、手当してあげる」
 「……」
 
 心配そうに自分を見上げる春千夜を見たは「知らない人に付いて行ってはいけない」という言葉を思い出して、咄嗟に自分が誘拐犯に間違えられてはいないか心配になった。自分が歳の近い異性に同じことを言われたら安心感よりも恐怖心が上回るかもしれないし、母親くらいの年代の女性ならまだしも不審者だと思われてもおかしくない。

 「やっぱり、お家に電話してお母さんに迎えに来てもらおうか?」
 「……お母さんは家にいない」
 「そっかぁ……」

 祖母の家に預けられている春千夜は何時に帰宅しても母親はいない。そんな事情を知る由もないは共働きの家庭なのだと思い込み、何と言い返すか思案した。子供が転んだくらいで警察に駆け込むわけにもいかず「彼の家までおんぶ」が脳裏を過る。

 「……とりあえずお姉ちゃんのお家来る?」
 「……うん」
 
 困りながらも再び顔を俯かせた春千夜の姿を見て改めて声を掛ければ、控えめに同意の返事があった。春千夜からランドセルを受け取り、彼の手を取っては自宅へと歩き始めた。


* * *

 
 鍵を使って自宅の鍵を開けたに招き入れられて、春千夜は初めて知らない人の家に一人で入った。知らない人と言っても相手は自分より少し年上の女の子で、彼には誘拐なんて言葉は浮かんですらいなかったが年上の女の人の家という意味では少し緊張していた。家には他に誰もいないようで、黙って周囲を見渡せば「お父さんとお母さんは仕事だから、帰ってくるのは夜なの。春千夜くんと一緒だよ」と微笑みかけられる。彼女が勘違いしていることに気付いたものの、彼は黙って彼女の後に続いた。

 「痛いと思うけど、まず最初に傷口洗おうか」
 「……」

 風呂場に導かれた春千夜は、これから起こることを想像して顔を顰めた。はそんな彼の靴下を脱がしてから、風呂場の椅子に彼を座らせる。

 「お姉ちゃん嘘は吐けないから正直に言います。絶対に染みるし痛いです」
 「うぅ……」
 「でもちゃんと洗わないと消毒できないから、頑張ろう。お姉ちゃんに捕まってていいよ」

 促されるがままに春千夜はの制服の肩を掴んだ。それとほぼ同時くらいにシャワーの音が風呂場に響き、足先に水がかかるのを感じる。
 本音を言えば痛いのは想像できるし気が進まないのは確かでも、ここまで怯える程のことではないと春千夜はわかっていた。しかし普段家では構ってもらうのは妹優先で自分だけを第一に考えて接してもらうこともほとんどなかった彼は、自分を甘やかしてくれるの存在が特別に思えてならない。甘えても許される雰囲気が、彼を少しだけいつもより子供っぽくしていた。

 足を洗い終えた後は同じ調子で傷口を消毒し、絆創膏を貼って手当は無事に完了した。たったこれだけのことなのに「えらいえらい」と褒めてくれるにすっかり懐いた春千夜は、の制服の一部を掴んだまま彼女を見上げる。

 「春千夜くん、お腹空いてない?よかったらおやつ食べて帰る?」
 「いいの?」
 「お母さんに怒られたりしない?」
 「大丈夫」

 まだ帰りたくないと思い始めた春千夜の心境を察したようにが声を掛ければ、彼は嬉しそうに目を輝かせた。
 悪いことを企んでいる訳でもないのに、二人は視線を合わせてから笑う。トレーにジュースの入ったコップとスナック菓子を乗せて、と春千夜は寄り添うようにして彼女の部屋に向かった。

 に兄弟はおらず、両親は共働き。夜になるまでは自宅で一人で過ごすのが当たり前だった。そんな彼女が、突如現れた道端で蹲る小学生に庇護欲を掻き立てられたのは必然だったのかもしれない。大声を出したり暴れたり、小学生の男子と言えば元気が良すぎて少し手を焼くようなイメージを抱いていた彼女にとって大人しくて控えめな春千夜はとても可愛く思えたし、それこそ理想の弟のようだった。

 「今日ね、体育の授業で跳び箱5段跳べた!」
 「跳び箱懐かしいなぁ。春千夜くん5段も跳べるの?」
 「余裕!」

 春千夜はまるで以前からと知り合いだったかのように今日一日学校であったことを話した。「そんなことがあったんだ」「その後はどうなったの?」「春千夜くんはすごいね」どんな話をしても彼女は真っ直ぐに彼を見つめ、楽しそうに話を聞いて褒めてくれる。妹に話を遮られたり話題を攫われることなく、彼女の前でだけは自分が主役でいられるような気がした。彼女と一緒だとお菓子の味までいつもよりも美味しく感じる。ただ二人でお菓子を食べているだけなのに心が温かく、満たされていくような感覚になった。
 お菓子がなくなり、コップが空になった後もと春千夜は話し続けた。


 17時を過ぎた辺りで時間を気にしたが春千夜を送ると言って、二人で家を出た。数時間前に出会ったのが嘘のように打ち解けた二人は、手を繋ぎながら彼の家へと向かう。
 
 「ここまででいい」
 「お家まで送らなくて大丈夫?」
 「……大丈夫」

 不意に春千夜が立ち止まり、手を繋いでいたも歩みを止めた。先程と打って変わって少し元気のない声色の彼を覗きこむと、寂しげな目で見つめ返される。
 は小学生の頃の自分が近所の年上のお兄さんやお姉さんに遊んでもらった時のことを思い出した。彼らは皆とても優しくて、遊んでいても話していてもとても楽しかった。普段一緒に遊ばないのもあって特別な時間に思えたし、別れの時間が近付いてくると寂しかった。自分も春千夜にとってそんな存在なになれていたら嬉しいな、と彼女は彼に微笑む。

 「わかった。じゃあ気を付けてね」
 「うん。お姉ちゃん、今日はありがとう」
 「どういたまして。春千夜くんの脚、早く治るといいね」

 ゆっくりと握っていた手を放して春千夜は駆け出した。怪我をした脚で走らなくてもとは思ったものの、彼にとっては僅かに痛む脚よりも彼女との別れのほうが寂しく、辛かった。

 春千夜が家の付近でと別れたのは、このまま二人で家まで行って祖母や妹と鉢合わせるのが嫌だったからだ。彼女と一緒のところを見られれば誰なのか、何があったのかと必ず尋ねられる。祖母なら挨拶で終わるかもしれなくても、妹ならばそうはいかない。そう思った時、彼は彼女の存在を秘密にしておきたいと思った。祖母にも妹にも、もちろん兄にも知られることのない存在にしてしまいたい。独占欲という言葉を知らない彼にとって、その気持ちは心からの純粋なものだった。

 駆け足で曲がり角に差し掛かった春千夜が角を曲がる直前に振り返る。数十メートル先、の姿がまだそこにはあった。春千夜の姿が見えなくなるまで見守っているつもりだった彼女は、振り向いた彼に手を振る。小さく手を振り返した春千夜は、振り切るようにして前を向いてから再び走り出した。




























今は小学生の三途と中学生の夢主ですが話が進むにつれて年齢を重ねていきます。
三途が口を割かれた世界線で、彼の口が裂かれた後を想定して書いています。夢主は大人の対応で傷には言及せず、という設定です。
口が裂かれたのをきっかけに徐々に性格が変わっていったという解釈で書いているので、小学生の頃は内気だった三途として書いています。
妄想全開で書きますがお付き合いいただければ嬉しいです。
2025/07/20