嬉しかった

 悲しかった

 怖かった

 謝りたかった

 そして、気持ちを伝えたかった






思い 〜シンジ〜









 彼女をはじめて見たのはエヴァ初号機に乗る直前だった。
 文句を言い、乗ろうとしない僕の代わりに彼女は連れてこられた。
 体に重傷を負い、それでも彼女はエヴァに乗ろうとした。
 自分が情けなくなった。
 女の子が頑張っているのに何もしない自分に。
 だから乗ることに決めた。逃げ出してばかりの人生に見切りをつけて、新しい道を歩くために。
 そして、彼女のために。
 思えばこの時から僕は彼女を好きになっていたのかもしれない。






 最初は父に近い存在として気になっていた。
 嫉妬だったかもしれない。
 自分より父に近い存在だから。
 けれど、そう思っていたのは自分だけだった。
 どうしてエヴァに乗るのか聞いてみたことがある。
「君はなぜこれに乗るの?」
「絆だから」
「絆?」
「そう…絆?」
「父さんとの?」
「…みんなとの」
「強いんだな…君は」
「私には他に何もないもの」
 彼女は自分に何もないと言っていた。
 そんな訳ない…その時はそう思っていた。
 ……彼女のことを何も知らなかったから。


ヤシマ作戦

 彼女は初弾を外した僕の盾となった。
 シールドが溶けても、自分の体で僕のことを守った。
 その時のことは無我夢中で覚えていない。
 彼女を助けたかったから。
 ポジトロンライフルが使徒を貫くと、一目散に零号機のエントリープラグへと駆け寄る。
 熱で加熱された非常ハンドルに手をかける。手元から煙が出たが気にしなかった。
「大丈夫か!?」
 ハッチの中に身を乗り出す。
 彼女はシンジの言葉にうっすらと目を開き。
 無事を確認できたら、嬉しさに涙が出てきてしまった。
「自分には…自分には他に何もないって…そんなこと言うなよ。別れ際にさよならなんて、悲しいこと言うなよ…」
 嗚咽を漏らす。
「何、泣いてるの。ごめんなさい……こういうときどんな顔をすればいいのか分からないの」
「笑えばいいと思うよ」
 そして、彼女はゆっくりと微笑んだ。
 この時の彼女の笑顔は一生忘れることはないだろう。






 気づけば彼女はいつも傍にいたような気がする。
 あたりまえのように感じながらも、それが嬉しかった。
 けれど、それに終わりが来た。



16番目の使徒 アルミサエルの襲来

 今までと違い物理的な攻撃が全く効かなかった。
 そして、出撃した零号機に接触を図る。
 しだいに零号機が侵食される。
 それをただ見ていることに苦痛を感じる。
 出撃命令が待ち遠しくてしかたない。
「出撃だ」
 ゲンドウの命令とともに初号機が射出される。
 と、同時に使徒が初号機へと攻撃する。
 パレットガンが破壊され、苦戦を強いられる。
 有効な攻撃手段が見つからないまま、焦りだけが募る。
 その後、何も出来ない僕の目の前で彼女は使徒と自爆した。
 ……僕を守るために。
 爆発の高温において、人間が生きているわけがない。ATフィールドをはることもできないのだから。
 ――――――彼女が死んだ。
 それなのに涙が出ない。
 悲しいはずなのに、どうしてだろう。
 一夜が明けた。
「シンジ君!!」
 ミサトさんが部屋に飛び込んでくる。
 うるさいと思いつつも、伝えられた内容に驚く。
 彼女が生きていた!?
 ミサトと共に病院へと駆け込んだ。
 彼女は生きていた。包帯姿ながらも、彼女は生きていた。
「よかった、君が無事で」
「…………」
「あの、父さんは来ていないんだ」
「…………」
 彼女は何も答えない。
 それでもよかった。
 ――――――彼女が生きていたから。
「ありがとう、助けてくれて」
「何が?」
「何がって…零号機を捨ててまで助けてくれたじゃないか。君が……」
「そう、あなたを助けたの」
「うん。覚えてないの?」
「いえ、知らないの。たぶん、私は三人目だと思うから」
 意味がわからなかった。
 ショックで一時的に混乱しているのだと思った。
 ……その時は。






 何日かして僕はリツコさんに呼び出された。
 検査以外で呼び出されたことはないのになんでだろう。
 本部へつくなりターミナルドグマへと続くエレベーターに乗せられる。
 途中でミサトさんが加わった。リツコさんに銃を押し付けたのには驚いたけれど。
 二人の雰囲気からここから先にはなにかがあることが推測できた。
 とても大きなことが。
 エレベーターが止まり扉が開くと、人工進化研究所3号分室と書かれた部屋が見えた。
 放置されたビーカーや薬品。飾り気がない部屋は彼女の部屋を思い出させた。
「まるで彼女の部屋だ」
 シンジのつぶやきにリツコが答える。
「ここは、彼女の部屋よ。彼女が生まれ育った所」
「ここが?」
「そう、生まれた所よ。彼女の深層心理を構成する光と水は、ここのイメージが強く残っているのね」
 リツコさんが説明する。
 信じられなかった。
 こんな所で彼女が生まれたということが。
「赤木博士。私はこれを見に来たわけじゃないのよ」
 ミサトさんが話を区切る。
 …まだ何かあるのか?






 歩きだした先には巨大な空間に無数に横たわる巨人の骨格があった。
「EVA?」
 ミサトさんが質問とも独り言ともつかない声をあげる。
「最初のね。失敗作よ。10年前に放棄させたわ」
 リツコさんの答えはそっけない。
「…EVAの墓場」
 ミサトさんのつぶやきに僕は息を飲んだ。
「ただのゴミ捨て場よ。あなとのお母さんが消えた所でもあるわ。覚えていないかもしれないけど。あなたも見ていたはずなのよ。お母さんの消える瞬間を」
―――母さんが消えた所? リツコさんの答えに僕は震えた。
 僕の動揺をよそに、リツコさんは歩き続ける。
 まだ、あるの? 正直僕の心は整理がつかなくなってきていた。



 EVAのダミープラグプラント。
 目の前にあるのは脳のようなデザインと、それにつながって中身が空になったカプセル。
 それは、脊髄を連想させた。
「これがダミープラグの元だというの?」
 ミサトさんが尋ねる。
「真実を見せてあげるわ」
 それに答えず、リツコさんは手元に持っていたスイッチを入れた。
 辺りがオレンジ色の光に満たされ、周りが水槽だったことに気づかされる。
 それ以上に驚いたのが、水槽の中にたくさんのシルエットが浮かんでいること。
 それは明らかに人間の形をしていた。
 そして、その人型は…彼女だった。
「君は……」
 僕は呆然として声をあげる。その声が届いたかのように彼女の形をしたものたちは僕のほうを向いた。
 その光景に僕はゾッとした。
「まさかEVAのダミープラグは…」
「そう、システムのコアとなる部分。その生産工場よ」
「これが?」
「ここにあるのはダミー。そして彼女のためのただのパーツに過ぎないわ」
 ミサトさんとリツコさんが何か話している。けど、僕はあまりの出来事にショックを受けていた。
「人、人間なんですか?」
「そう、人間なのよ。本来魂のないEVAには、人の魂が宿らせてあるの。
 みんな、サルベージされたものなの。魂の入った入れ物は彼女一人だけなの。
 あの娘にしか、魂は生まれなかったのよ。この部屋は空っぽになっていたのよ。
 ここに並ぶ彼女と同じものには魂がない。ただの容れ物なの」
 リツコさんは淡々と話し続けた。まるで何かを我慢しているかのように僕は思えた。
「だから壊すの、憎いから」
 リツコさんが再びスイッチを押した。
 水槽に気泡がたち、彼女の形をしたものが分解されていく。
 ばらばらになっていく彼女の形をしたもの。
 もはや、人間の形をしていない。
 リツコさんは自嘲の笑みをもらしている。
「あんた、何やっているのか分かってんの!?」
 ミサトさんの言葉をトリガーに激情にかられたリツコは発作的に告白する。
 父さんと関係があったこと…そして裏切られたこと…
 ここでのことは思い出したくもない。
 僕に残ったのは父さんへの憎しみと、リツコさんへの憐憫と、そして・・・彼女に対する恐怖だった。
 ようやく分かったのだ。
 彼女が自分を三人目という訳を。
 自分に何もないと言った訳を。






 ミサトさんとリツコさんを置いて、僕はエレベーターへと戻った。
 疲れた…もう、何がなんだかわからなくなった。
 ともかく何も考えたくなかった。
 エレベーターが止まり、本部の廊下を歩く。
 そこで、彼女と出会ってしまった。今一番会いたくない彼女に。
 僕のほうを見る彼女の瞳。それに先ほどの光景を思い出す。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 僕は彼女から逃げ出した。
 怖かったから。
 彼女に恐怖したから。
 だから、彼女の表情に気づいてやることができなかった。



 どれくらい走っただろう。
 いつの間にか本部から抜け出していた。
 小高い丘の所まで来ていたことに気づく。
 近くにあったベンチへと座り、疲れた心と体を落ち着ける。
 僕は彼女から逃げ出した。怖かったから。
 考えてみれば、彼女に失礼なことをした。
 謝ろうか? 一瞬そんな考えが頭に浮かぶ。
 けれど、無理だろう。
 会ったら、また逃げ出してしまうから。
 深く考え込んでしまう。
 先ほどのことを整理するために。
 そして、改めて実感する。
 彼女は彼女であって彼女ではないのだ。
 僕の知っている彼女は死んでしまった…


「〜〜〜〜〜ッ」
「うっ…く…うっ…〜〜〜ッ!」
 僕は彼女が死んでから初めて泣いた。
 僕の知っている彼女が死んでしまったことが分かったから。
 僕は彼女に気持ちを伝えることが出来なかった。
 とても大切なことを。
「愛している」ということを。
 永遠に失ってしまったのだ。
 その機会を。









 嬉しかった

 彼女と共に生きることが
 
 悲しかった

 彼女がいなくなったことが

 怖かった

 彼女じゃなくなったことが

 謝りたかった

 彼女を傷つけてしまったことを

 伝えたかった

 愛しているていうことを

 だけど、それは無理なこと。

 だって

 彼女はもういないのだから








 思い 〜シンジ〜


 END







あとがきというなの戯言

O:ああ、長かった。短くするつもりだったのになぁ。
R:私のお話なの… (≧∇≦)
  私のために泣いてくれる碇君…嬉しい。
O:ふっふっふっ 何を言っているのかなレイちゃん。
R:?
O:今回の話で、レイちゃんとは一言も言ってないぞ。
R:え… ^[.]_[.]^(読み返す)
  本当なの。一言もレイがないの…
O:あくまでも、彼女もしくは君としか言っていない。
  普通に書いたんじゃ面白くないからちょっとひねってみた。
R:どうしてそういうことするの? (;_;)
O:面白いかな〜って。
R:ふふふふふ……
O:??
R:死なすわ(ロンギヌスの槍を持ち出す)
O:ひぃぃぃ、ちょっとまった〜
R:何?遺言なら手短にして。
O:ここでomiを消したら、二人の時間は執筆不可能になるぞ〜
R:ピクッ(手を止める)卑怯なの…
O:まぁまぁ、落ち着いて。
  確かにレイとは書いていないけど、読んでくださる方の90%はレイちゃんだと思ってくれますよ。
R:残りの10%は…?
O:他のキャラ、もしくはオリキャラを連想。けど、ここはLRSな部屋だから大丈夫ですよ。
R:仕方ないの…今回は我慢するの。
O:2000HIT小説ではシンジ君とラブラブにするから・・・ね。
R:分かったの。楽しみにしてるの。
O:ちなみに、思いは他のバージョンでも書きます。今度はレイちゃんの名前がでます。
  期待しててね。
R:感想待ってるの。



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