「科学」、それは今の私にとって非常に身近なものであるのですが、やればやるほどそれが何者なのか、また何のために勉強し、研究するのかが分からなくなります。
現段階での個人の見解を述べるのであれば、科学は「ある現象を既存の理論や原理・法則を用いて説明する学問」なのだと認識しています。しかし、一般的にはどういう認識をされているだとか、ある種の論理学や哲学とどう関わっているのかとか、そうしたことは一切分かりません。また、知らないからといって、このサイトを充実させるために勉強しようという気持ちにもなりません。もし興味を持つ方がいらっしゃれば、その手の専門書を読みあさってみるのも良いことかと思います。
高校、大学と数学、物理(、化学)の勉強をしている間は、確かに楽しかったと思います。しかし、大学を卒業した今もなお、科学が身近にある人間としては、当時ほどの面白みを感じることはなくなりました。「物理科なんか行くよりも建築科に行ったほうがいいことあるよ」そんなことを高校時代に慕った師が言っていました。彼がそう言った理由も、今になって分かるような気がします。とは言え、今の自分にはそれ以外にすがれるものがないくらい、これまで科学に没頭してき来ました。今更それを捨てることも出来ません。科学の良い点、悪い点を踏まえ、今の自分に出来ることをやる、それに尽きると思っています。
ここまでで科学という言葉が指していたのは特に自然科学です。自然科学といっても何かぴんと来ないかも知れませんが、所謂理科とか数学とか、中学生・高校生が勉強するそうした教科の成りの果て、です。そして私がやっているそんな「成りの果て」みたいな奴は、(これまでにちょっと嫌ーなものであるような意味を含んだ説明をしている通り、)中高生や一般の方が思うような、不思議で楽しいものであるかというと、必ずしもそうではありません。もちろん、中には楽しみを見出し、研究されている方も在って、世の科学技術の革新のため、日々努力されている(はず)です。
どんなことでもそうですが、科学にも楽しいこと、苦しいことがあります。「どちらが多いか」は人それぞれ感じ方やその人が置かれた環境によって違った印象を持つはずです。因みに私個人の印象としては苦しいと感じざるを得ません。もし本当に楽しめていたら、こんな所に文章を書き連ねる間に、何か新しい発見をするため精進することだと思います。そんな私にとって苦しいのは、何をすれば前進出来るかが分からず、手が止まってしまったときです。この苦しみに打ち勝つためには忍耐力とひらめきが必要です。そのためには日々の勉強や情報収集が物を言います。それでも見つからないときは忍耐に次ぐ忍耐。こうもなると、もはや修行僧にでもなったかのような錯覚さえしてしまいます。哲学的なことを考えてしまうこともしばしばです。私と違う本物の先端研究をなさる方々は、私みたいにぶれぬよう、やはりしっかりとした目標を持たれているようです。せめて人としては負けぬよう、頑張らねば!
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