小さな親切大きなお世話なんて言葉がある。
 それはそのときの状況で感じるものだ。
 小さな親切だとしても大きなお世話だなんて思われたくない。
 だってそれじゃ悲しすぎるから。





二人の時間 −中編2−





 雰囲気が悪い。
 この場にいることにさえ苦痛を感じる。
 その原因を作り出しているのは赤い髪の少女だ。
 あの後、校内に入るなり好奇の視線が3人を捉える。
 遠くでひそひそと話しながら女生徒がこちらを見ていた。
 出回っている噂を信じるなら大方、「シンジがアスカと別れて、レイと付き合っている」ということについてだろう。
(みんな勝手だなぁ……)
 シンジはそう思う。
 自分にとっては根も葉もない噂なのだから。
 アスカと付き合っているということさえおかしい話だ。
 シンジにとってアスカは憧れの存在であり、頼りになる人物だろう。
 まだ、恋愛感情というものには至っていない。
 そもそも、下僕のように扱われてその相手に恋愛感情を持つことは難しい。
 その状態で好意を抱くのはちょっとした変態さんだ。
 シンジがアスカに持っている印象はそのような認識でしかないのだ。
「はぁ…」
 つくづく自分に平穏はないのだろうかと感じてしまう。
 すれ違う人全てが自分を見ているように思える。
 シンジでさえそう感じるのだから、アスカのほうにはもっと注目が集まっているはずだ。
 そう思い、ちらっとアスカの様子をうかがう。
「…うわ」
 ヤバイ。ともかくヤバイ。
 肩が小刻みに震えている。
 体からは目に見えないようなオーラが立ち上がりはじめていた。
 言うわけでもなく怒りのオーラだ。
 それは使徒も逃げ出すような感じであり、まさしくキレる寸前。
 もともと我慢強くないアスカにしてはよく頑張ったといえるだろう。
 何かちょっとしたきっかけがあれば爆発する。
 隣にいるヒカリもそれを感じているのか、うかつな行動はとれないようだ。
 しかし、そう簡単に不幸は去るものではない。
 タイミングが悪いのか一人の人物が近寄ってくる。
 髪を茶髪にし、均整のとれた顔と体をしている。
 美形の部類に入るだろう。
 たしかサッカー部でエースだった少年だ。
「いや〜、アスカさん良かったよ、碇なんかと別れることになってさ。アスカさんには碇のような奴は似合わないよ」
 片手で髪をかきあげながら、話し掛けてくる。

 ブチッ

 実際に切れたわけではないだろうが、そんな音が聞こえたような感じがする。
 どこが、といえば賢明な読者ならば分かるだろう。
「ふ……」
「ふ……?」
「ふざけんじゃないわよ〜」
 アスカ、暴走。
 シンジと別れたということに対してキレたのか、そういう話をされたことに対してキレたのかは分からない。
 ……が、キレたことには変わりないだろう。
 手始めに一番近くにいたサッカー部の少年に被害が及ぶ。
 足を振り上げたかと思うと、その脚線美から繰り出されたかかと落としが少年の脳天に炸裂する。
 戦闘訓練で鍛え上げられた技は少年をものの見事に打ち倒す。
 小刻みに痙攣をしている姿を見ると、同情を感じざるえない。
 近くで「おお、白だ」などと口にだし、シャッターを切ろうとしたメガネの少年が一緒に殲滅されたのはご愛嬌だ。
 この日、暴れる少女が起こした事件は第3中学の惨劇と言われたかは定かでない。






 周りは書類の山で覆いつくされているネルフの一室。
 一人の人物が机の上にあるモニターをじっと見つめている。
 椅子に座りながらもその様子は、僅かな情報さえも見逃さないようにと一切の手抜きが見られない。
「なるほど、そういう訳があったのね〜」
 ビールを片手でつかみ、ぐっとあおる。
 この人物のために言っておくが、ノンアルコールビールだ。
 さすがに職場では控えているらしい。
「むふふ…これはおもしろいことになったわ」
 先ほどとは一転して、しまりのない顔へと変化する。
 楽しみがいがあるおもちゃを見つけた子供のような顔だ。
「お姉さんが一肌脱ぎますか」
 椅子から立ち上がり背を伸ばす。コキッと音がするあたり長い時間その状態が続いたことがうかがえる。
 本人はその時間を無駄に感じていないようで、それ以上の収穫があったように思えていた。
「作戦本部長の肩書きは伊達じゃないわ♪」
 軽やかなステップでその場から移動する。
 ドアから空気の抜ける音がすると左右へと開く。
 その場に残ったのはモニターに映る少年達の喧騒だけだった。






 シンクロというものは精神的なものに左右される。
 それゆえ、今のアスカにとってシンクロ値に影響が出てしまっていた。
 先ほどの騒動は、シンクロテストがあることにより生徒達は助かった。
 もし、午後まで授業があったならまさに地獄となっていただろう。
 ネルフ側にとってはシンクロテストに影響が出るようなことは避けたいだろうが。
 影響が出たといっても、それは多少のことだ。
 アスカはエヴァに乗ることで気持ちを切り替える。
 テストに影響するほど引きずりもしないのだ。
 ここでもアスカの優秀さがうかがえる。
「アスカちゃん、相変わらずいい数値ですね。」
 計測器を覗き込みながらマヤがリツコに話し掛ける。
「そうね…」
「けど、シンちゃんだっていい数字が出ているわよ」
 後ろからテストの様子を見ていたミサトが話に加わる。
 シンクロ率はアスカが70%、シンジが65%、レイが55%を出している。
 アスカやレイは長い訓練を行っているので分かるが、シンジはエヴァに乗ってからまだ数ヶ月しかたっていない。
 それを考えるとまさに、「エヴァに乗るために生まれてきた子のよう」だとミサトは思ってしまう。
 シンジのシンクロ率が高いわけはハーモニクス値が安定しているからである。
 エヴァの自我を無意識に認めているため、つねに小さい誤差で済んでいた。
 それに比べてアスカはエヴァを自分が操るだけのものとしか考えていないため、悪くはないが、素晴らしいと言うほどのまでの数値は出ていない。
 レイの場合は少し特殊だ。零号機の自我の振幅が大きすぎるということに問題がある。
 レイが合わせようとしても不安定なためにいいハーモニクス値がでないのだ。
 したがって、平均、もしくは平均以下というもので落ち着いてしまう。
 このままいけば、シンジがトップに立つのは間違いないだろう。
「まだ余裕があるわね、深度を下げて」
 リツコの指令にマヤがキーボードを叩く。
 モニター内のアスカとレイの顔がすこし曇った。シンジはまだ大丈夫のようだ。
「本当にすごいわね……」
 珍しくリツコの口から感嘆の声が出ている。
「神経接続を切断、テストは終了よ」
 十分なデータに納得しテストを終わらせる。
(エヴァに乗るために生まれてきたよう…か。けど、それじゃ悲しすぎるわね。こんな兵器ないにこしたことはないもの)
(早くエヴァから離れられる日がくればいいわね)
 シリアスな顔から一転してミサトの顔が緩む。
(まぁ、固い話はなしにして、レイの所に行きますかぁ〜)
 いったいなにをする気なのだろう。






「レイ、ちょっちいいかしら」
 更衣室から出てくるのを見計らい、ミサトがレイを呼び止める。
「…何でしょうか」
 表情をまったく変えずに立ち止まる。
(相変わらずねぇ〜)
 慣れているとはいえ、やっぱり寂しいものがある。だが気を取り直し、話を続ける。
「ここじゃなんだから、食堂に行きましょう。話したいことがあるのよ」
「はい」
 その返事を確認すると食堂へと向かいだす。
(第一段階は成功っと。第二段階に移りますか)
 食堂。
 ここはメニューの多さで定評がある。
 味もいいほうなので職員には憩いの場所だ。
 今日はそこに珍しい組み合わせがいた。
 レイとミサトだ。
 まったく正反対の性格といってもいいこの二人が共に行動するなんて非常に珍しい。
「……葛城三佐、話とは?」
 レイの言葉にミサトはずずっとコーヒーを飲んでいた手を止める。
 その言葉を待っていたとばかりに口を開く。
「レイ、今度の日曜にシンちゃんとデートなんですってねぇ?」
「…でーと?」
(デート…異性と待ちあわせること。恋人がするもの。異性? 碇君と…?)
 情報としては知っていたが自分がその情報どおりの事をするとは思っても見なかった。
 しかも碇シンジと言う人物と。
 そう考えると自然と顔が熱くなってしまう。
「…おお」
 初めて見る表情にどこぞの親父のような反応をしてしまうミサト。
 ここぞとばかりに攻め込みだす。
「シンちゃんが女の子を誘うのってレイが初めてなのよねぇ」
 初めてという言葉にぴくっと反応する。
「うらやましいわ、後10年私が若ければ……」
 どこか遠くを見るような目をしていたりする。
 学生時代のことでも思い出しているのだろう。
 懐かしいわねぇ〜などと思い出に浸っていたが、今の状況を思い出す。
「それはそうとして、レイ、デートって何するか知ってる?」
「…いえ」
 単語の意味を知ってはいるが、具体的に何をするかは知らない。
「ふふ、じゃあお姉さんがいろいろと教えてあげるわ。シンちゃんに嫌われないようにね」
 リツコがいたら余計なお世話だとでもつっこまれるところだが、この場にはその人物はいない。
 唯一ミサトのことを止められる者がいない今、やりたいほうだいだ。
 レイは別にいいと思ったが『シンちゃんに嫌われないようにね』という部分が気になり、承諾することにした。
「はい、よろしく…お願いします」
 この時のミサトはまさにしてやったりといったものだろう。
 さっさとレイを食堂から連れ出し、どこかへと消えていった。
 余談だが、食堂の職員がレイの赤らめた顔を見て硬直していたのは、またご愛嬌である。






 そして、時間は戻る。
「……はぁ」
 何分か物思いにふけると、またため息をつく。
(碇君と待ち合わせて洋服を買いに行って、そのあと食事をしてそれから……)
 その先を考えてしまうと顔が熱くなってしまう。
 いったいミサトは何を教えたんだろう。
 顔を上気させ、色っぽいため息をつくレイは怪しげな魅力を出している。
 周りの生徒は硬直して微動だにできない。
(明日は碇君と……)
 そして、また明日のことについて考える、ため息をつくを繰り返す。
 それは一日中続けられた…
 明日はシンジと約束の日。
 初めて二人だけでのシンジとの行動。
 初めての経験。
 そして、レイにとって決戦の日を迎える。







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